紫炎
武蔵:お供の犬
狛犬:妖刀
鬼喰兼親:霊刀
桃太郎の背中めがけて、三匹の猿から必殺の一撃が襲い掛かる
この状況では桃太郎は、転がるくらいしかできない
まさしく絶体絶命だった。
……もし相手が、桃太郎ではなければ。
桃太郎は、きっとこのような状況になると思っていた。
ここまでが、桃太郎の作戦だった。
桃太郎は、妖刀『狛犬』を握る
今この状況で刀を抜く暇はない
その必要もない
その状態で、桃太郎は体を無理やり捩るように回転させる
一瞬、三匹の猿が自分めがけて落ちてきているのが見える。
自分が想像するよりも多くの猿が、岩の欠片を避けたらしい
それでも問題ない。
そのまま桃太郎は、体を捻りながら岩の上を転がった。
妖刀『狛犬』その能力は軌跡に刃と同じ切れ味の白銀の帯を作ること
発動に必要なのは、刀の柄を握っていること
それは鞘に入った状態でも、発動する
やはり、勝ちを確信した時ほど、無防備になる
鬼も、人間も、猿も…………
猿は、目の前に突然、白い帯が生まれたことで、自分が死地の際に立っていたことに気がついた
自由落下している猿達には体を捻り、腕や足で急所を守ることしかできない。
野生的な感と、その運動神経で、三匹とも命に関わるような怪我はしなかった
しかし、もう継戦は難しい
桃太郎側の戦いで、猿の指揮をとっていたこの三匹がいないのであれば、もう勝ち目はない
桃太郎 対 猿の群れ は結果的には桃太郎の完勝であった。
桃太郎は、後ろの猿のことなど目もくれず、武蔵に向かって駆け出した
包囲網を突破した時点で、猿の思惑は意味をなさない
桃太郎と武蔵を分断し、各個撃破
人数差を利用した、最も効率的な戦い方
しかし一瞬でも、桃太郎と武蔵が共闘すれば、武蔵と戦う猿三匹は容易に突破できる
あとは、武蔵が死ぬ前に桃太郎がたどり着けるかどうかの問題だ
段々と、武蔵の戦いが大きく見えてくる
いや、もう戦ってはいなかった
武蔵は組み伏せられて、その上に一匹の猿が馬乗りになっている
武蔵の牙が動いている
ぎりぎり死んではいない様だ
桃太郎は全力で走る
間に合え!心の中で念じる
あと数メートルへと近寄った時、武蔵の声が聞こえた
「拙と主人様が鬼の仲間な訳あるかぁぁぁぁああああ!!!」
…………
これはもしかして、戦っていないのでは?
桃太郎が近づいてきたのを目撃し、武蔵の上に乗った猿が目を見開いている
そのまま、すぐに武蔵の上から離れ、手を上げる
完全に猿側が優勢に見える状況から、降参するらしい
「拙の主人様に勝とうとは、片腹痛いですよ」
武蔵が独り言を言っている。
…………いや、これは猿と話している?
お互い、死者は出なかったものの、そこそこボロボロだ。
さっきの武蔵の叫びを考えるに、何か行き違いもありそうだ。
桃太郎はそっと、きび団子を猿に差し出す
武蔵に馬乗りしていた猿に
周りに集まってきた猿の仕草から、この猿が一番偉いのだろう。
もしかしたら猿王という奴かもしれない
その猿は、まるで毒を恐れるかのように、恐る恐る団子を食べた。
武蔵と同じように、傷が治る。体格が二回りほどよくなる。
そして声が聞こえた
「ういっす。初めまして。俺は猿王の息子の紫炎って言います。よろしくっす。」
なんだか、軽薄に見える猿である
「初めまして。私は桃太郎と申します。この犬はお供の武蔵です。」
「桃太郎さんと武蔵っていうんすか。いやぁ、マジでお強いっすね。まさか、5匹掛りで足止めすらできないとは……
ところで、早速本題なんすけど、マジで鬼じゃないんですか?」
その発言に武蔵がまた怒り出す
「何度も申していますよね。主人様は鬼を退治するために旅をされているのです。
しかし今は、急いで日鬼真宗の総本山を目指さないといけない所です。あなた方のお相手なんてしている暇はないのです。」
「失敬、失敬。
あまりの強さにどうしてもただの人間だとは信じがたくて。ただ、先ほどの団子を食べて解りました。桃太郎さんも、あの団子の力で強かったというわけですか。」
「……いや、私のは純粋に鍛錬によって身につけた力です。」
紫炎の開いた口が塞がっていない
「…………一応聞きますど、まじで、鬼じゃないんですよね?」
武蔵が紫炎に飛びかかった。
「いやぁ、ほんとすんません。ところで、日鬼真宗の総本山を目指すと言ってましたけど、場所わかるんすか?あ、これ傷に効く軟膏っす。どうぞ。」
桃太郎は、紫炎から軟膏を受け取る。
「湿原地帯のどこか、とだけ。」
「なるほど、なるほど。急いでいる理由はよくわからないっすけど、俺らも今から超速でそこへ向かうところっす。よかったら一緒に行きますか?」
「場所を知っているのですか?……というか、なんでわざわざそんな場所へ?」
「今、そこの奴らと縄張り争いしてるんすよ。どうにも奴ら、俺らが日光周辺や男体山を封鎖しているのが気にくわねぇみたいで。かなりの数で攻めてきましてね。」
「それなら日光周辺の守りに助太刀すべきなのではないですか?」
「まあ、普通はそうっすね。でもやられっぱなしはしょうにあわねぇってのが今の猿王の方針でして。いっそのこと日鬼真宗の総本山を攻め落とそうと。
面目ねぇことに、その総本山に向かう途中にあんたらに会ったもんだから、日鬼真宗の人間か、鬼に違いねぇと思ってしまいました。ほんとすんません。」
とても軽薄に見える猿だが、利害は一致している
手合わせしたからわかる
武力も申し分ない
何より時間が命の桃太郎たちにとって渡りに船である
少し悩んだが、桃太郎はこの猿達と手を組むことを決めた
「先に話しておきますね。日鬼真宗の総本山というのはブラフっす。奴らそういう名前をつけて、偽の山に人を誘導してるっぽいんすよ。」
新情報である
これだけでも手を組んだ価値がある情報である
「ということは、湿原地帯には総本山はないと?」
「まあ、そうっすね。でも信者は増やしたいから見つからないように近くに拠点があるんすよ。」
「湿原の何処かということですか?」
話しながら歩いているとすぐに、大きな湖に着く
まだ暗く、全てを飲み込みそうな水面に、月光が反射している。
池の周辺には水芭蕉が咲いている。
「いえ、奴らはこの湖『尾瀬沼』の上を拠点にしているんすよ。……そう、船っす。
んで、今からやる俺らの仕事は、その船に乗っている教祖をとっ捕まえることっすね。」