狛犬
武蔵:お供の犬
狛犬:妖刀
鬼喰兼親:霊刀
桃太郎は、段々と急斜面の岩場へと追い込まれていく
退路を先に塞ぎ、桃太郎と武蔵の力量差を正確に見極め、共闘できないように分断
さらには、自分達が戦いやすい岩場へと獲物を誘導し、仕留める。
この猿達は本当に連携がうまい
ものすごく戦いにくい
特に今は、足場が、岩場が、邪魔だ。
…………
そうか。邪魔なら壊せばいいじゃないか
桃太郎の力にかかれば、この程度岩は簡単に壊せるのだから。
どうせこのままならジリ貧だ
試す価値はある
桃太郎は右手に力を込めた
ドガッ
地面の大岩に向かって、本気の一撃を加えた。
岩が弾け飛ぶ。
桃太郎は、そこまで深く考えていたわけではないが、弾け飛んだ岩の欠片が猿を強襲する。
猿達は連携を大きく乱した。
一時的に攻撃が止む
ここで、猿達に武蔵と分断されていたことが、結果としては桃太郎に味方をした。
もし近くに武蔵がいたら、岩の破片を一番喰らったのはきっと武蔵だったことだろう。
しかし、それは今重要ではない。
もっと重要なことがある
連携が途絶えた。
つまり攻撃が止んだ
退路は塞がれているから、逃げて立て直すことはできないだろうが、この一瞬があれば刀が抜ける
桃太郎は霊刀『鬼喰兼親』に手をかけた。
鬼と対峙した時のように、刀を鞘から抜こうとする。
ここでまた予想外のことが起こった
鬼喰兼親がなぜか抜けない
もうすでに、猿は体勢を整えている
このままではせっかくのチャンスが台無しである
そうこうしている内に、次の攻撃が始まった
桃太郎は、仕方なく鬼喰兼親を鞘に入ったまま武器とした。
鞘から抜けた場合と比較すれば、武器としての性能は落ちている。
しかし、それでも攻撃範囲が広がったことにより、桃太郎は猿の攻撃を喰らわなくなった。
全ての攻撃を防御、または回避できた。
猿は本当に全方位から攻撃してくる
前後左右、さらには上から
しかし、先ほどまでとは違い正面にいる猿が不用意に近寄れなくなっていた
桃太郎の力で振られる鞘に殴られただけでも、致命傷になり得るからだ。
今までの戦闘でかなりの切り傷を受けてしまったが、ようやく、五分の戦いが始まった
と、思ったのも一瞬だった。
周囲で退路を塞いでいた猿の中から、さらに三匹が参戦してきた。
退路を塞ぐ猿は、新手の援軍としても機能するらしい
さらにマズイことに、他の猿と違い、参戦してきた猿は体力が満タンだ
それだけではない。
ずっと戦いを観察していたため、癖なども読まれ始めていた
桃太郎はまた劣勢に戻された。
その時…………
妖刀『狛犬』がカタッと鳴った
まるで、桃太郎のことを呼ぶみたいに
本能的に体が動いた
一瞬の隙の作り方なら、わかっている。
桃太郎はもう一度、地面の岩を全力で殴った。
ドパン
岩の破片が四散する
桃太郎は妖刀『狛犬』に手を掛ける
呼応するかのように、狛犬が熱を帯びるのを感じる
ここで桃太郎は理解する
妖刀『狛犬』も霊刀『鬼喰兼親』も自分にふさわしいと思う敵の前じゃないと抜けないのだ
そしておそらく、ふさわしい剣士が持たないと。
鞘から出た狛犬は、白銀に輝いている
さらに、桃太郎が振るう刀の軌跡に沿って霧のような白銀の帯が伸びる
その幻想的な刀に、一瞬猿ですら目を奪われる。
しかし、すぐに連携攻撃が再開した。
桃太郎は思い出す
お爺さんが言っていた。
妖刀『狛犬』と霊刀『鬼喰兼親』には不思議な力があると
桃太郎は実際に戦いながら、狛犬の能力を理解した。
狛犬を振るとその刀身の軌跡に、白銀の帯が発生する
その時間は約1秒
その帯には実態がある。
刀と同じように、白い帯の鋒に触れれば怪我をする
『狛犬』には持ち主を守る力がある
まさしく、その言葉に見合う能力を持っていた。
妖刀『狛犬』のおかげで猿は無闇に突っ込むことができなくなった。
どんなに死角を狙おうと、桃太郎が防御特化の刀を手にしたことで、ある程度見なくても死角を防御ができるようになってしまったからだ
猿の勢いがなくなる
膠着状態である。
しかし、その状況は桃太郎の敗北を意味する
まだ武蔵が危機的状況にある。
この状況が続けば、いずれ武蔵が殺されるだろう
そうすれば、小細工はいらない
全部の猿の力押しでいつか桃太郎は敗北を喫することとなるだろう
猿達は、それをわかっているからこそ、距離を置いている。
まだ桃太郎が劣勢である。
そして桃太郎の目には、武蔵はもっと劣勢に見える
桃太郎が少し近寄ると、猿達は少し距離をとる。
逆に引けば、近寄ってくる。
常にある程度の距離を保っている。
その距離は、岩を殴り割った時、飛散する岩の欠片が避けられる距離だ
さらに厄介なことに、武蔵を助けるために包囲を抜けようとすると全力で襲いかかってくる。
猿達は、かなりうまく連携し、しっかり頭を使って戦っている。
対して桃太郎は、ぎりぎりの場面を偶然と力押しで乗り切っている。
確実に猿の方が上手だった。
ねねが攫われた時と同じだ
急ぐべきところだが、焦るべきじゃない
今なら、考える余裕がある
桃太郎は、深呼吸をし、思考を巡らせた。
妖刀『狛犬』を鞘にしまう。
その程度の誘いには猿は乗ってこない
そこまでは予想通りだ。問題ない
そこから、桃太郎は包囲網を抜けるため全力疾走する
刀を鞘に収めた、桃太郎の全力疾走である。
猿達は、かなり虚をつかれている。
しかし、想定外の速さでも予想外というほどではなかったようだ。
あっという間に、桃太郎は囲まれた。
猿の包囲網が近づく。
まだ、桃太郎は妖刀を抜いてはいない
「ウッキーッキーッ」
一匹の猿が甲高く鳴いた
桃太郎にはわかった。
仲間に警告しているのだと
だが、もう遅い。
はなから桃太郎の狙いは、包囲網の突破ではない。
そう見せかけて猿を誘き寄せ、今自分の足元にある大きな岩を殴ることにある。
バンッ
今までで、1番の力で大岩を殴った。
四散する岩が、何匹かの猿に直撃する
包囲している数の半数以上が、被弾している。
被弾しなかった残りの猿の数では、もう包囲網としては機能しないだろう。
普通ならこれで桃太郎の勝利だった
しかし三匹、四散する岩を上に避けた猿がいた。
いや、避けたのではなく、狙って上へ飛んでいた
包囲していた一部の猿は、二回、桃太郎が岩を砕いたのを見て、その弱点に気づいていた
桃太郎が岩を殴る際、その岩の欠片は四方八方へと飛散する
しかし、殴った本人がいる上方向だけは欠片が飛んでこないのだ
そして、上に飛んだ先には桃太郎のガラ空きの背中がある
桃太郎からしたら死角になっている
下方向に攻撃を加えた桃太郎には、大した対応をすることができない
反撃はできない
完全に無防備な背中だった
桃太郎の背中めがけて、三匹の猿から必殺の一撃が加えられた