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シン桃太郎  作者: 星乃光
五月雨
10/53

日鬼真宗

「ねねさんが、鬼に攫われてしまった!」

 旅人のお兄さんの慌てふためく声が夜を切り裂いた



 桃太郎の頭がその言葉の理解を拒もうとする


 聞きたくなかった

 でも今聞けてまだよかった


 知りたくなかった

 でも今知れてまだよかった


 相反する感情が桃太郎の頭を破壊する

 目の前が真っ白になる



 破損した脳の正常な部分が無意味に推察する

 なぜ、だれが、何のために……


 高速で頭の中で色々なことが浮かび上がっては、弾けて消える

 思考がまとまらない






 ようやく声が出る

 その声は自分でも驚くほどに掠れている

「一体どんな奴が」


 その声は旅人のお兄さんすら喫驚する

「僕も実際にその場にいたわけではないから、あくまで村長から聞いた話から推測したものになるけど、彼らはおそらく日鬼真宗(にっきしんしゅう)だ。

攫う時に「全ては我らが鬼様のために」と叫んでいたらしい。」


 ……日鬼真宗ってなんだ。

 どこのどいつだ。


 怒りで言葉が出てこない。

 頭に血が昇っているのを感じる


 それを察してか、旅人のお兄さんが説明を続けてくれる


「彼らは、鬼を神の御使いであると考えるイカれ宗教集団だよ。鬼が欲しがるものを貢ぐこと、それすなわち神への貢物。より多くの貢物(徳を積む)をしたものは来世では神の御使いに、つまり鬼になれる。と本気で信じている」


 周囲でさまざまな雑音が聞こえる気がする

 怒りが込み上げすぎた桃太郎には、旅人のお兄さんの言葉以外が何も聞き取れない





 これまでの人生で感じたことない怒りに脳が沸騰している


 なんだその集団は。

 ふざけているのか。

 そんな理由でねねは攫われたというのか。


 いや、動機はどうでもいい

 今考えるべきは、ねねをさらった人間がどこにいるかだ。

 追いかけ取り返すことができるのかどうかだ




「ねねが攫われたのはいつですか?」

 ほんのわずかに冷静さを取り戻して、質問をする

 しかし、その怒りのこもった口調は、周囲の大人たちの身を(すく)ませた。


「すまない。正確に何日前かはわからない。ただ、ねねさんが攫われた2日後に僕は村を訪れて話を聞いたんだ。

そのまま、全速力で桃太郎少年を探しながら、あなたが旅で立ち寄るだろう村を回ってここまで来た」


「そうですか。私達のために、本当にありがとうございます」

 嗚呼、怒りがおさめられてない


 自分の言葉に気持ちが乗せられない

 怒り以外の気持ちが乗せられない







 桃太郎は一旦状況を整理する

 日鬼真宗は鬼に貢物を貢ぐことを目的としている。

 おそらく、『ねね』がその貢物だ。


 であれば、其奴(そやつ)らの目的地は、鬼ヶ島。

 今私が進んでいる方向へと向かえば、自ずとねねを見つけられる可能性が高い


 問題は、どのくらい人攫いと距離が離れてしまっているのか

 それ次第で、鬼ヶ島に着く前に、ねねを取り戻せるのかどうかが決まる



 旅人のお兄さんは全力で、ここまできたと言った。

 とはいえ、日鬼真宗のくそ野郎も全力で逃げているはずだ。


 ならば、私とねねの距離は、おそらく2日前後。

 このまま、全速力で鬼ヶ島へ向かえば、どこかで追いつける可能性がまだ残っている




 ああ、旅の道中でいつの間にか、ねねを拐ったクソ野郎に追い抜かれていたことに、気が付かなかった自分が嫌になる

 近くで、助けを求めていたねねに気づけなかった自分が嫌になる

 ここ最近の自分の無能さに嫌になる。


 何もかもが本当に嫌になる


「旅人のお兄さん。ここから最短で鬼ヶ島に向かうにはどうするのがいいですか。」


「ああ、この正面の山の合間、そこを抜けるとイオノという川がある。

その川の流れに乗って下れば、そのまま信濃の大川へとつながり、鬼ヶ島の近くまで一気に運んでくれる。

これが私が知る限りの最短、最速ルートだ。」


 桃太郎は気づいていないが旅人のお兄さんの顔は少し引き攣っている

 たった十数才の少年に臆していた


「わかりました。何から何まで、ありがとうございます。ねねのことは私が自分でなんとかいたします。武蔵、行くよ」


 桃太郎の怒りに満ち溢れた声が、周囲の緊張の糸を強く張る。

 皆が思った。この男を刺激してはいけないと。

 もしかしたら、鬼よりも危険だと。



 誰もその場を動かない

 誰もその場を動けない

 ただ一人、村長を除いて



 村長は決断する

 今この英雄を、どんなことをしても止めないといけないと。

 たとえ逆鱗に触れて、殺されることになっても。



 パンッ



 桃太郎は頬に強い痛みを感じる

 誰かに叩かれた


 目の前に村長が立っている

 村長が頬を叩いたらしい。


此方人等(こちとら)のぉぉ、話をぉぉ、聞けぇぇええええ!!!!」


 初めて会った時とは比にならないほどの怒号が飛んだ

 頭にのぼった血が引いていく。



 その痛みは、桃太郎に冷静さを取り戻させるには十分だった

 村長の必死の訴えは、頭にのぼった血を全て取っ払った


「桃太郎殿、その旅人のことが信用できるのはわかります。話している内容も理解できます

それでもそのまま山を超えてしまうと、二度とあなたの思い人とは会えなくなります。どうか、話を聞いてください。」


 桃太郎の破損した脳が漸く正常に動き始めた







 冷静さを取り戻した桃太郎は、村人達と一度、食堂に戻ることにした。

 焦ることと急ぐことは、別物だ。

 今、焦ってはいけない時だと思った。


 そう、村長に気づかせてもらった。



「申し訳ありません。そして、私の暴走を止めてくださりありがとうございます。」

 話し合いは、桃太郎の謝罪から始まった。


「気にしないでください。それよりも時間がないので、早速本題に入りたいと思います。

桃太郎殿、昨日のことを思い出してください。ちょうどこの場所で、此方人等(こちとら)と宗一郎が言い争っていた時のことです。」


 桃太郎は記憶を振り返る


「あの時、この食堂に日鬼真宗の人間がいました」


「……!?」


「覚えていませんか、端の方で「鬼様の望むままに」と言い続けていた人間を」


 確かに、いた。

 桃太郎が、気にもとめなかった人間だ。

 桃太郎という旅人がいることを知って、ただ一人驚かなかった人間だ


 あれが、日鬼真宗の人間……


 村長が話を続ける

「もしかしたら、桃太郎殿はこの村に鬼が出ている時期に、旅人(ももたろう)が訪れたから、村人が驚いていたと考えていたのかもしれませんが、そうではないのです。

こんな辺鄙(へんぴ)な村に2日連続で旅人が訪れたから、皆驚いたのです」


 嫌な予想が桃太郎の頭に走る


「そうです。端の方で「鬼様の望むままに」と言い続けていた人間、彼が桃太郎殿の前日に訪れた旅人です。そして、彼はとても大きな、それこそ人間がちょうど一人、入りそうなほど大きな荷物を持っていました」


 ああ、私はなんて無能なんだ。

 本当に自分のことが嫌にいなる。


 直感が告げている

 間違いない。

 そいつが犯人だ。



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