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無原罪御宿の吸血鬼 ヴァンパイア・イン・イマキュレート・コンセプション 悪女と呼ばれた記憶喪失の女は、凶悪吸血鬼の血を宿して新生する  作者: ごっこまん
2.最初の朝餐

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020 命日おめでとう

 豹変したエリーに、男とイーリャが硬直する。


 口をわななかせて、イーリャが上ずり叫ぶ。


「そ、んな……ヘーゼル……いや……いやあああ! ああ……」


 最後の絶叫がピークに届く前に、限界を迎えてイーリャは失神した。ふっと脱力した人質に刃が入らぬよう、男はイーリャの身体を支える。


 男は男で、直前まで対立していたミキを頼るような視線を送る。


 しかし、この場で頼れるはずのミキでさえ、思わずたじろいでしまう。こんなときを狙って出るなんて、嫌らしい吸血鬼だよ。


 対して、アルフレッドはこの場の生命全てを見下げて、悠然と両腕を広げて宣った。


「主よ、あなたは人と獣とを救われる」


「なあ、おい……護律官! ど、どういうことだ! 一体こりゃ、何が起きてんだ!」


「教えてやるよ、食用種」アルフレッドが出しゃばる。胸に手を当て、恭しくお辞儀をする。「アルフレッド・ヴァルケル。テメエらが“標的”と呼ぶコイツの身体を借りている、胤族だ」


「いん……ぞく」


「吸血鬼の自称だよ」


 ミキの補足と共に、男の脳裏で一夜を共にした仲間たちの死体がよぎる。まるで、血を吸われたようだとは思っていたが、まさか。


 ミキが短剣に手を忍ばせる。が、柄に届かない。血の糸がミキの手を引いている。天井を介して滑車て吊るすように、アルフレッドの手から赤い糸が伸びていた。


 銀糸を織った手袋は、調理と食事の際に外してしまっていた。


「動くな。ふざけた仮面しやがって」


 アルフレッドは愉快そうにイーリャを指す。


「露術を使うのをためらったなあ? あの小娘がただじゃ済まねえなら、しょうがねえよなあ?」


 思い出したかのように、男は人質を抱き直す。「腑抜けんじゃねえよ半端野郎が! しっかり女の(タマ)握ってろや! それでも殺し屋かボケ!」理不尽な叱責に、男は反射で背筋を正してしまった。


「良く思い出せ。テメエはここから逃げたいだけだろう? だが、露術を使われちゃたまらねえ。人質は抑止力だ。この拝露教徒をよぉく見張ってろよ。コイツの露術が狙うのは、オレか、それともテメエかわかんのか? 予言者様よお?」


「耳を貸すんじゃない。君、よく考えたまえ」


「黙ってねえで答えろ! その頭は飾りかハゲ!」


「吸血鬼の誘惑に耳を貸しちゃいけない」


「客観的かつ論理的な意見だろうがボケが!」


 聖と邪、二人の狭間で思考が揺さぶられ、自然と男は剃刀に力を込めた。


 この吸血鬼――アルフレッドの言うことには一理ある。何が何だか理解できないが、少なくとも彼の登場で、この場の勢力図が一気に塗り替わった。逃げるなら、この機に乗じる他はない。


 後は、タイミングの問題だ。


 アルフレッドは満足感を味わうように、ゆったりと頷いた。


「……つー訳だ。命日(ハッピー・デス・)おめでとう(アニバーサリー)! ミキ・ソーマ」


 テメエには実験台になってもらう。アフルレッドは手の平を爪で裂き、流れる血より無数の牙を生んだ。ギチギチと牙ひしめく手を結び、開き、ミキに正面切って一歩踏み出す。


「露術も使えねえ女一匹。テメエは無力なんだよ、散々思い上がりやがって」


 血の糸はミキの腕を捻り、軽々と吊るし上げる。腕から肩にかけて、自重がミキを責め苛む。


 しかしと男、思い直す。言い知れない違和感を手繰り寄せる。


 この怪物の方に乗って、本当に俺は助かるのか。


「咎は悪しき者に向かい、その心の内に言う。その目の前に神を恐れる恐れはない。彼は自分の不義が表されないため、また憎まれないために、自らその目でおもねる」


 意味のわからない句を読みながらミキへ詰め寄るアルフレッドの姿は、嬉々とした悪鬼に見える。


 無数の牙の生えた手が、護律官たる女の首に添えられ、徐々に絞められていく。


「その口の言葉は邪と欺きである。彼は知恵を得ることと、善を行う事とをやめた。彼はその床の上で邪な事を企み、善からぬ道に身を置いて、悪を嫌わない」


 首を裂き、穿つ牙。絞まる喉が苦悶に喘ぐ。手の隙より鮮血が溢れ、白銀の祭服を染めていく。銀糸に触れた血が焦げ、身体中から煙が昇る。


 細く手折られそうな引き入れ声が、宙吊りになって床を掻く靴の音が、聞く者の心を掻き乱す。足掻く足が床に擦れ、奇妙な振り子の円弧を刻んでいく。


 粛々と進む惨劇を前にして、男は恐れに呑まれる脳を遅々とさせながらも、考えた。


 護律官が倒れた後、俺はどうなる。


 確かに俺は護律官から逃げたい。逃げたいとも。だが今、見届けている光景は、ただの追う者の最期なのか。


 追う者が、より邪悪な者へ引き継がれゆく過程にすぎないんじゃないか。


 人質を守る護律官。吸血鬼を守る俺。唯一吸血鬼に対抗できる護律官は、吸血鬼の手で殺されつつある。護律官がいなくなった後、人質と俺は吸血鬼にとっての何になる。


 三つ巴になっていやしない。


 気づいた瞬間、人質はおろか噴き出した冷や汗すら置き去りにする速さで、男は背を向けていた。アルフレッドの昏い威圧感に呑まれて、状況を読み違えた。今この場は、護律官に従わなければ全滅する局面だったのだ。


 それを、言葉巧みに唆されて、自らの目をつむってしまった!


 男は前のめりになって、両腕で(くう)を掻くように逃げる。今頃外は朝日が燦燦と降っている。吸血鬼は外までは追えまい。


 精々、俺が逃げるまで、護律官を貪るのに夢中になっていろ!


「これで満足か、オオカミ女」


 逃げる男の背を眺めつつ、自嘲気な嘆息と共にアルフレッドが呟いた。


 刹那、男に獣の荒い息遣いが衝突した。小物な男のこじんまりとした勝気の笑みが潰れ、筋力と重量を乗算した衝撃が男を襲い、壁に挟まれて崩れ落ちる。


 一瞬の、完全な不意を突かれた出来事で、男に抵抗する暇もない。すぐさま、男はヘーゼルによって羽交い絞めにされる。


 男は薄れゆく意識の中「何て、間の……悪……」と言い残して、絞め落とされた。


 終わった。ヘーゼルが盛大に息をつく。


「てめえどうせなら最後まで責任持てよ!」


「贅沢言うな。オヤジ狩りの注文は聞いてねえ」


 意識の手前で、エリーは二人の口喧嘩を、何とも言えない気持ちで傍観していた。思い返しても、アルフレッドがヘーゼルに従った理由に、目星すらつけられなかった。

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【こぼれ話】

アルフレッドに解釈違いを起こしかねない内容ですが、次で説明入ります。

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