040 蠢動③:聖遺物の暴威
来訪以来、所在なさげにビーズをいじっていたユィユィの手。その親指が何かを弾いて、リベットの顔面に命中させた。
ユィユィを迎えた際、パティソン準男爵が羽虫だと思った物――銀のビーズである。
ユィユィは初めから試していた。吸血鬼は準男爵か、あるいは夫人か。
爆音に腰を抜かしたパティソン準男爵の前で、指弾で顔から火を噴かせ、リベットが踊るように苦悶する。
「な――にしやがんだ、このクソガキ!」
燃え盛る頭部ごとビーズを切り離し、断面からリベットの新しい頭部が生える。
吸血鬼の本性を現した瞬間、リベットは腕に血を集めて肥大化、瞬時に爪を研ぎ澄ます。
軸足と支柱になる骨格を残し、他の体内組織を筋肉へと変換した一突きを繰り出し、ユィユィが背負い物で攻撃を受ける。
鈍い金属音を上げて背負い物の布が裂け、それが起動した。
菱形のそれは蒸気を噴き、平面部に備えた回転刃を唸らせて、リベットの一突きを裁断、吸収していく。
その表面は銀の装飾が施されており、触れたそばからリベットの肉体が炎上する。
回転刃の隙間から、機構内部に満ちていく火が煌々と筋を浮かべる。
「な、何よ……何なのよ、それ!?」
手を引き、おののくリベットの眼前で、火の手が残りの布を燃やし、その武器の全容が露わになる。
それは、盾にしては鋭く、剣にしてはあまりにも鋭すぎた。
柄はなく、鋼鉄板の縁は全て刃で、そして側面にすら回転刃がひしめいている。
使い手と敵の区別なく、触れるもの全てを切り刻む形。
それはまさに鋭利だった。
「聖遺物“イェークルハウルプ”」
使用資格者――特務護律官、如泉五傑が浄泉、ユィユィ。
主人に応えるように、蒸気が煤煙とアフターバーナーに変じて、聖遺物の刃から噴射した。
内部に銀を施したイェークルハウルプは、露術により起動、操作され、吸血鬼の血を燃料とする。
銀胤反応による爆発的な反動が推進力となり、それ自身も回転刃と化したイェークルハウルプが居間を切り刻みながら縦横無尽に駆け巡る。
高速移動する巨大な刃が、四方八方からリベットを切り刻んでいく。
刃を弾く――側面の回転刃がリベットを薄切りにし、燃料にする。
刃を避ける――三重構造の刃には噴気孔が備わっており、そこからユィユィの露術が発動。熱水を浴びてリベットの一部が溶血する。
「ボーっとしてないで何とかしろよ! 旦那様だろ!」
リベットの激昂に弾かれて、パティソン準男爵が腰を抜かしたままユィユィの足に組みつく。
バランスを崩したユィユィに馬乗りになり、胸倉を掴んで床に叩きつける。
「触媒はどこだ! 差し出さないと殺すぞ!」
「ひいい! ごめなさごめなさ……あ、あそこ、ですぅ!」
ユィユィの指がでたらめな図形を描くように差された。イェークルハウルプの軌跡を追って。
「あれが触媒な訳あるか! 男が露術に無知だと決めつけるな! お前から離れて、触媒が作用する訳が――」
「あれ特別、本部言うました! 聖遺物、術者と離れる、良い! ユィユィ露術使えるます!」
パティソン準男爵が愕然とした。あれからは、奪えない。
「グズグズするな愚鈍チキン野郎!」
リベットの罵声を否定する一心でユィユィの首に手をかける。
しかし、床板の合わせ目から水が湧き、パティソン準男爵の顔面に直撃する。
水は、既に玄関で撒いていた。ブーツの泥を浚うために。
ユィユィは居間に通されるまでの間に、家屋周辺の残雪を融かした水を、床下に忍ばせ終えていた。
怯んだ隙にユィユィが謝りながら殴り飛ばし、浮いた股を足蹴にする。
パティソン準男爵が悶えている内に、イェークルハウルプは噴煙の反動で強制的に軌道を曲げ、リベットに直撃、炎上、両断、焼灼。
切断面が元に戻らず、リベットは床にばらばらと崩れた。
「い、嫌っ! わ、私の身体……くっつけ! くっついてよ!」
肉体を掻き集めるリベットの上に、影が落ちた。
弁明を待つかのようにイェークルハウルプが、みじめに足掻くリベットを見下ろしている。
回転刃面が、ゆっくりと倒れこむ。
「ま、待ってお願い……謝る! 謝ります! もう二度としま――」
棺桶の蓋が閉じられるかのように、吸血鬼を下敷きにした。
イェークルハウルプは制御不能のろくろのように、その場で高速回転する。
その下でリベットが鉄板焼きの火元と化して、断末魔を家に響かせる。
「だずげで! あなだ! おねがい! だ、だずげでえぇぇ! わだじ、鞘女で、ほんどうのぎぞぐで!」
飛び散る血は銀に焼かれて火種となり、火の粉が家具に燃え移っていく。
「死にだぐなあぁああぁぁぁ……」
材木の爆ぜる音と、しつこい電話の呼び鈴がやがて、悲鳴を食っていった。
雨がすり抜けたのかのように天井から漏れていた。ユィユィが“雲送リ”に干渉し、意図的に起こした雨漏りだった。
床下からも絶え間なく水が湧く。
ユィユィの露術が、リベットの残滓すら残さず、火と血を洗い流していく。
「リ、リベット……」
水に呑まれていく自宅を目にし、古傷の疼きを忘れ、パティソン準男爵が遺体すら残さず逝った妻を呆然と呼ぶ。
その背後に、水を蹴る足音が止まった。
恐る恐る振り返る。びしょ濡れのユィユィが、おどおど困った顔で見下ろしている。
雨の水辺の如く満ちた居間に、電話の呼び鈴が止まない。




