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無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

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037 春の訪れ:春雷

エイプリルフールに投稿した特別編は活動報告に移しました。

   †


 農繁期を目前にしたラムシング村では、修律士たちが中心となり、用水路の浚渫作業が行われていた。


 堆積した土砂などの除去は骨が折れる。だが、露術で水を含ませれば生き物のように取り除くことができた。


 イーリャの担当区画で、泥の大蛇が起きたと思えば、再び用水路にビシャンと横たわった。


特務護律官(オケアニデス)がお越しになる?」


「うん、そう。近い内に」


 ミキが軽く言い流すのが信じられなかった。


 特務護律官といえば、護律官の中でも選りすぐりのエリート。下手な貴族より影響力のある、護律協会の精鋭である。


「どうしてもっと早くおっしゃってくださらなかったんですか」


「だって決まったのが昨日だよ? 伝えるタイミングなんてなかったもん」


「いえ、ですから、スケジューリングの途中からでも情報を共有していただかないと、歓待の手配もございますし」


「無理無理。昨日ポッと電話したら何かシュッと決まったんだもん」


「だから昨日電話した時点で相談を……おかしいですね。昨日の内に決まったかのように聞こえましたが」


「うん。そう言ったよ」


「き、昨日!? 電話一本で!?」


 泥の大蛇が突沸、爆散した。二人仲良く泥まみれになったのを、ミキの露術で洗い流す。


「注意一秒怪我一生だよ」


「す、すみません。それより、特務護律官って、あの特務護律官ですよ? こんなところに何の用があって……ま、まさか、禁域の不祥事を察知して緊急の査察に……!?」


「あはは。全く、心配性だね。その点は安心してくれて良いよ。たまたま近くに来る予定だっただけだから」


「何だ……でしたら……」イーリャが緊張を解く。


「で、エリーさんのことで色々手を借りたかったからさ、ついでにこっちに寄ってこない? って誘ったらオッケー出ちゃった」


「さ、誘った……!?」


 絶句する。イーリャの理解が追いつかず、白昼に立ちすくんでしまった。


 電話一本でエリートをこんな辺鄙な村に、さも誘うなど、途方もないことだ。


「ま、そういうことだから、覚えておいてね」


 呆然とするイーリャの肩を叩き、お気楽に手をひらつかせ、ミキは持ち場にふらふら戻っていく。


 道すがら思い返すのは、昨日の朝。十年(ととせ)(あきら)との通話内容だ。


『そもそもやねんけど、難儀なお願いや承知の上で、真っ先にうちを頼ってくれたんは、これでも嬉しいんよ? せやけどねえ、ミキちゃんは奔放やさかい、ちょっと歩幅が独特やねん。遊撃手向きっちゅうたらよろしおす? ほんで、海千山千の特務護律官と会いたいっちゅう訳でっしゃろ? うちなあ、思うんよ。個性的な物って服でも食べ物でも何でもそうやけど、寄せ集めてみると賑やかでよろしいなあ、って』


 こんな調子で明の嫌味が木枯らしのように吹き荒れて、ミキは寒干しのように心が干からびていた。


 賑やかでよろしい。つまり、一見豪華に見えても着こなしも食べ合わせも最悪だと。


 まるでラムシング村の出来事を透視しているような言い草だ。


「ア、アキちゃん……、本当の本当に、無理言ってるのはわかっているんだけれども、必要なことなんだよ。聖遺物、どうにか工面できない?」


『まあほんま、こだわりが強い子やこと。そこまで言いはるんやったら、考えといたりますさかい。送れたら送るっちゅうことで――』


「アキちゃん」


 受話器がしばらく、細かな息遣いのノイズを流す。


子弟(アプレンティス)制度って覚えてはる?』


 半地変後から今日、ジキニア公国連邦は深刻な人材不足に悩まされている。


 それは護律協会も同じで、人材育成が間に合わないまま現場送りになる護律官が後を絶たない。


 そこで、経験豊富な先任と新人を組ませることで、実力不足を補いつつ、後続に技術継承を試みる制度が実施されることとなる。


 それが子弟制度だった。


 騎士団のように集団戦法が幅を利かせている組織であれば、慣例で行われていてもおかしくない。


 だが、基本的に個人ないし少数で動く護律官にとっては、足手まといが増えるだけである。


 別名、尻拭い。護律官の間では名高い悪習であった。


 この制度のために、護律官を諦めて地方に身を固め、修律院で指導に甘んじる者が増えたほどだ。


 おかげで本部から支部や地方へのパイプが太くなり、ミキが太平楽して過ごせる礎となったのだけれども。


「そりゃ、まあねえ」


『今ね、ちょっとおもろい子がデビューしとんねんな』


「おもろい子?」


『うちの訛り移っとるで。まあええわ。驚きなや? 何と如泉五傑(にょせんごけつ)を卒業直後にご襲名や』


 鳥肌が立つ響きだ。


「うわあ。あの悪ノリユニット、まだあったんだ?」


『そないなこと言わんといてな。ラディちゃんも、勿論レヴィちゃんかて現役やねんで? あとなおどれ、うちもやからな』


 最後の森閑とした切れ味。


「うん。歴史ある組織って硬直しがちなのに、若手が存在感を示せるって素晴らしいね!」


『あっはは。冗談やないの。ミキちゃんおもろいわあ』


「声が本気だったけれども」


『はて、何でやろ。喉が荒れてんのかな』


 煙草を呑む息遣いが聞こえる。


「アキちゃん、これでも真面目なお願いの最中なんだからさ」


『あっはは、堪忍な。この通り。ミキちゃんとおしゃべりなんて久し振りやし、えらい楽しゅうて、つい』


「仕方がないなあ。それで、子弟制度と、その期待の新人がどう繋がるの?」


『簡単なことやよ。ミキちゃん、その子の師匠んなったらええねん』


「アタシが?」


『できるて。自信持ちなはれ。ほんで、こっからが本題やねんけど、師匠になるやろ。要するに指導のためにお手本にならなあかん訳や。お手本見せたろう思ったら、師匠が丸腰やと格好がつきまへん。ここまで言ったらわかるやろ』


「弟子の聖遺物を借りるって名目で、パク――」


『ああ、あかんあかん! 何や通信がおかしなってもたわ。もしもし? ミキちゃん聞こえてはる?』


「――あ、良かった。繋がったみたい」


『ほんま、電話線かてどこもかしこもボロボロや。うち老後が心配やわあ』


「……えっと」


『……あ、ごめんな、滑ってもうた。ほんまにうちったらおもんないこと言うてからに。あかんなあ』


「止め止め! しんみりするの嫌。そうだ、あれやろうよ」


『あれ……ああ、あれかあ。まあ、ええよ。たまには』


「せーので言おうよ」


『よっしゃ、せーの……』


 生きてるだけで丸儲け! 電話で二人が唱和する。


 同級生に戻った二人は、落ち着き払って愛想笑いも控えめに、束の間に学院時代を懐古する。


『ほんま、あの頃はこんなしょうもないことでキャアキャアようはしゃげたもんやわ』


「今もはしゃげているなら、まだ若いってことじゃない?」


『ほんまや。ほんで、確認やけど、ミキちゃん今どちらにいはるん?』


「ラムシング村……旧ラムシンケ伯爵領の方が伝わるかな?」


『うん。前から変わってはらへんね。なら件の子、すぐに行けると思いますさかい。今な、パティソンっちゅう男爵領らへんにおるはずやから……』


 禁域を越え、黒い森(ブラックブッシュ)を越えた先にある、悪い噂の絶えない領地である。


「ううん、迂回しないとだから、今すぐ来てもらうにしても一日二日はかかるかなあ」


『あ、待って。ミキちゃん、近所に川って流れてる?』


 禁域は渓谷の底に位置している。地下水が湧いており、二方向に河川を形成している。


 一方はラムシング村へ流れ、もう一方は黒い森へ流れている。


「あるけど、それがどうしたの?」


『迂回路と最短経路、どっち?』


「最短経路」


『あっちゃあ……』


 電話越しに途方に暮れる姿が目に浮かぶ。


『あの子な、河川地域の少数民族っちゅう珍しい出自なんよ。せやからか知らんけど、川沿いとか水場に惹かれるっちゅうけったいな癖を持っとるみたいやねん』


「何それ? そんなの、アタシらなら普通……」


『おもろい子や言うたやろ。任務は一応ちゃんとこなすんやけど、過程に難があんねん』


「よくわかんないんだけれど、迂回して来るように伝えれば?」


『迂回路やとパッと思い浮かぶ水辺があらへんのでっしゃろ。尚のことやで。あの子、予定に寄せればええと思っとる()があるさかい、ギリギリになってやっと尻に火い点いて最短経路で来るんとちゃう?』


「宿題を溜めて前日に慌てるタイプ?」


『ミキちゃんと一緒やん。気い合いそう』


「何だとぉ……」


『それにな、あの子。珍しく何もあらへんとこうろついてたか思ったら、後々そこ掘ったら水とか温泉とか湧いたらしいで』


「嘘でしょ」


『真偽不明や。ほんまなら筋金入りの水の民やで、知らんけど』


「嘘だよ。絶対盛ってるでしょ。地下って。微生物(アンスロ)だってほとんどろ過されちゃってるって」


『せやから知らんて。うちも風の噂で聞いただけやし』


「……なーるほどお、おもろい子やさかい」


『次一言でも似非訛り口走ったらどつくで』


 電話で聞く限りでも、相当な曲者が来るらしい。


 詰所まで出て迎えに行こうかと、ミキは考える。


 そうすると、見張りのためにエリーも連れて、訓練教官にイーリャ、森の人狼(ライカンスロープ)とのトラブルに備えてヘーゼルもいた方が……。


 予定を組んでいる内に、いつものメンバーが固まっていくのが、どこかおかしかった。


 エリーと出会って三日目。緩やかな田舎生活が、目まぐるしく変化している。


「聞け聞け! 自分の姪っ子の名前、決まったッス! ジルディーヌ! 今日からジルディーヌの姉ちゃんッス!」


 疾風の如くヘーゼルの声が村中を駆け抜けるのを耳にする。


 自然と童謡がミキの口から漏れ、持ち場へ向かう足が軽くなる。


「イヌは喜び……村、駆け回り……ああいや、これ冬の唄か」


 春先に雪を降らせる予定があるはずもなく、ヘーゼルが駆け回るのは姪の命名を記念して。


 軽くなったはずの足を止める。


「あれ。そう言えば、今度来る子、何て名前だったっけ……?」


 前情報の癖が強すぎて吹っ飛んでいた。


 確か、スプリグリ族に似た名前、というか名乗り方だったけれど。


(あの名乗り方、頭にスッと入らないんだよねえ)


   †

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