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無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

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033 死線を潜り抜けた後に⑥:メイド失格

 一撃ノックアウト。これが試合ならタオルの後にゴングが鳴るところだ。


「きゃあ!? ミ、ミキさん!?」


 だがこれは試合ではない。エリーは悲鳴を上げた。


 多分、試合でも悲鳴を上げただろうけれど。


 それ以上に、キャスパーが相当手加減してチョップを放っていたのだと知って、生きた心地がしなくなっていた。


(ご注目って、見せしめって意味ですか!? この執事、怖っ!)


 悪寒を感じて両腕を掻き抱くエリーの目の前で、床を舐めるミキをキャスパーが仁王立ちで見下ろした。


「あなたがいながらみすみす吸血鬼に主導権を握らせるなど、何という体たらく! 怠慢! 無責任! 仮にも護律官でしょう! あなたが監督責任を軽んじたせいで、村は存亡の瀬戸際に立たされたのですよ! ミキ・ソーマ護律官、何か言うことはないのですか!」


「お、女の子、本気で……殴ると、か……サイテー……」


 床で痙攣するミキは虫の息だが、口は減らない。キャスパーが珍しく声を荒げる。


「黙らっしゃい! 何が女の子ですか! 村で一番の実力者が性別を盾にするとは何事です! 片腹痛い! 大体、あなたなら避けようと思えば避けられたでしょう! これでも男です! 私めを侮っているなら承知しませんよ!」


「違う違う……。だってさ、責任から逃げるって、後が怖いもん……」


「ほほう。ならお尋ねしましょう」腕を組むキャスパー。「どうやって責任を取るおつもりで?」


「ラムシング村を出てく。エリーさんと一緒に」


 意表を突かれたキャスパーが、おもむろにエリーの顔色を窺った。


「……え!?」当然、寝耳に水だった。けれども、驚きが尻すぼみ。「えぇー……? はあ。まあ……」


「おや、何だか歯切れが悪いね。まさかもう知ってた?」


 ケロッとしてミキがネックスプリングで起き上がる。エリーはふるふる首を振った。ミキは訝しむ。


「イーリャさ、うっかり口を滑らせたんじゃないの?」


「まさか。教官ではあるまいし」


「何だとぉ……」


「何ですか」


(何か裏で進んでた話っぽい……)


 大師匠(ミキ)師匠(イーリャ)が火花を散らし合う間に、弟子(エリー)が割りこむ。


「いえ、違うんです。こう、村を出る心構えはあったんですけれど、こんなとばっちりみたいな形で話を振られるとは思いも寄らなくて驚いただけで……」


 新生児と褥婦。昨日だけで死にかけた人が二人も出ている。


 本当なら助かる見込みもなかったけれども、エリーの知識とアルフレッドの力が合わされば、一縷の望みを見出せた。


 だとしてもだ。


「私、自分にしか解決できないって舞い上がって、希望に踊らされて、目の前の命を取りこぼしたくないって気持ちが先走ってしまって、もっと大勢の人を危険に晒すだなんて思いもしなかったんです。結果的に赤ちゃんもスペイさんも助かりました。でも、力の誘惑に負けてしまいました。大した実力もないから、分の悪い賭けに手を出してしまったんです。二回もですよ」


「思い詰めすぎです」イーリャに諭された。「おっしゃる通り、分の悪い賭けだったのかもしれません。ですが、他に方法などあったのですか? 私はエリー様の勇気あるご決断に敬意を表します」


 エリーは軽く礼を言う。


「私も、助けるならああするしかなかったと、今でも思います。けれども、一人、二人の命のために、村人全員を巻きこんだのは間違っていたとも思っています」


「そう簡単に割り切れる問題では……」


「イーリャさん、お願いします。公人としてお答えください」


 一瞬、イーリャが言葉に詰まる。代わりに前に出たのはキャスパーだ。


「畏れながら、一言よろしいですか? みな様のお考えはそれぞれごもっともなことでございます。ですが、この場を設けたのはエリー様とソーマ護律官の功罪を明白にし、ご自覚と反省を促すためでございます。ソーマ護律官のご責任を追及したせいで話が逸れてしまいましたのは私めの不手際にございます。お詫び申し上げます。また、白状いたしますとその罰にまで議題を広げる用意を整えておりません。ましてや村からの退去となれば、いささかお話をお急ぎになり過ぎていると愚考します」


「うーん、確かに」腕を組み、ミキが悩まし気に身をよじる。「アタシも売り言葉に買い言葉は熱くなり過ぎてたね。みんな、不安にさせてごめんよ」


 そもそもミキは、村を出るのは急ぐ話ではなかったと釈明する。


「エリーさんと村を出るにしても、流産のリスクを少しでも下げるのが絶対条件。だから最低でも、ええと……」指折り数える。「もう三、四週間くらいは村に居てもらうよ。何が何でもね」


 急な頭痛を堪えるように眉間を揉み、キャスパーが手を挙げた。


「……ということは、エリー様はご懐妊からまだ十二、十三週程度しか経っていないと?」


「もし妊娠していれば、その前提で症状から当て推量しただけれどね」


 仮定が前提になる仮定って何気に危ういな、と医学知識を取り戻しつつあるエリーは思う。


「はあ……全く、まだ不安定な時期ではありませんか。そんなご婦人と逃避行? 全く何をやって……」


 アルデンス――旧友マイケル・スコットを思い浮かべているのだろう。キャスパーのぼやきには、珍しく人前で素の語気が垣間見えた。


(四週間かあ……)


 すぐにでも村を離れるつもりだったエリーにとっては、永遠にも思える時間だ。


 ラムシング村で過ごすこれから四週間の間に、人命にかかわる局面に当たったり、あるいは新たな刺客が襲い来るようなことでもあれば。


 それでまた村を危機に陥れかねない選択を迫られたなら。


(私一人だけでも、村を出よう)


 一人でいかめしい顔つきをしていたところを、イーリャに見つかった。


「ですが、まあ、どうしても罰を受けないと気が済まないのでしたら、一つご提案があります」


 考えすぎて藪蛇を出してしまった。


 覚悟があっても、保留されたはずの罰をいざ受けるとなると、さすがに身構えてしまう。


「お、お手柔らかにお願いします」


「ご自身で追放などという最上級の罰を願い出ておいてですか?」


 可笑し気に口元を隠し、イーリャが咳払いをする。


「では、エリー様。あなたを懲戒免職に処します。たった今からメイドの職権を剥奪し、ただの露術(アンスロ)使い見習い兼ゲストに戻っていただきます」


 ぽかんと聞いていた。要するに元通りである。


「そ、そんなの色々恣意的すぎるんじゃないですか」


「公人とは往々にしてそのようなものですから。それとも胤術(ハイマ)研究者の肩書きもおつけした方がよろしいですか? ひとまずエプロンをお返しください」


「でも」


「エプロンをお返しなさい。ワンピース等はこのまま貸し与えますが、どれも当家の財産には変わりません。あなたに所有権はないのです。当家の財産を奪うおつもりなら出るところに出て訴え――」


「わーっかりました! わかりましたから!」


 食い気味に圧迫されて、エリーは不承不承エプロンを解いて畳んで返した。その上にホワイトブリムも載せる。


 聞えよがしに溜め息をつくキャスパー。


「ああ、無償の労働力が……」


「おいおいおい聞き捨てならないわね。は? 今までタダ働きだったの?」


「雇用契約書を交わしておりませんので。それにタダではありません。賄いをお出ししました」


 ガキの遣いじゃあるまいし。


「イ、イーリャさん、ご当主代理としてどうなんですか? この従者、有能だったら何しても許されると思ってますよ。懲戒解雇ってことは、雇っているおつもりだったってことですよね?」


 イーリャにぷいとそっぽを向かれた。一番頼りになる人が。


「あ、あれだけ公明正大だったあなたはどこに行ったんですか!? 実はまだ宿場町から帰ってきてないんじゃありませんか!?」


「我が家の家訓は無謀ですので、無謀な言い逃れに挑んでおります……」


「やかましいわ! 言い逃れって自分から言っちゃってるじゃないですか! 大切な家訓を引き合いに出してまでしらばっくれて! 家名が泣きますよ!」


 エリーが必死に糾弾するほどに、イーリャは笑いを堪えるのが苦しくなっていくようだ。


「ミキさん! 見ました!? 権力の濫用ですよ! 見てないで取り締まってください!」


「はいはい、ミキさんは権力に尻尾を振るワンちゃんです」


 いつの間にかキャスパーが酒のボトルを渡していた。「お手」「ワン」「おかわり」「ワン」


 ば、買収されてる……。


「この人でなし! 陰謀だ! 癒着だ! 横暴だ!」


 エリーは知る由もないが、それどころか、メイド職はそもそも単なる舞台装置でしかない。


 アルフレッドの目を盗んで露術習得のヒントを自力で掴ませるためのカモフラージュ。


 職権剥奪も何も、最初からエリーはメイドですらないのである。


 心中で悪人面をする他三人とは違い、何も知らないエリーは一人やきもきした。


「じゃあせめてイーリャさん、今日一日付き合ってください。詳しいことは割愛しますけれど、結論だけ言うとアルフレッドが折れて露術訓練できるようになったんです」


【折れた訳じゃねえ】


 どのみち同じでしょうが。エリーはボソッと言い捨てた。


 感慨深げな溜めを置き、イーリャが肯った。


「では朝食後にまたこちらにお越しください。……ふう、何だか、とてもお腹が空いてきました。キャスパー、今朝のメニューは?」


 話は終わりだとばかりにイーリャが肩の力を抜く。エリーの困惑を置き去りにして。


「アタシたちも食堂に行こうか」


 ミキに肩を引かれつつ退室しても、エリーはまだスッキリしなかった。


 苦し紛れに取りつけた露術訓練の約束も、労働への対価としては弱い。


「あんまり真面目腐っても仕方がないよ」と、不真面目代表に諭されても余計に首が傾くだけ。


「アタシが言ったこと、あながち間違ってなかったでしょ?」


 何のことかわからず、エリーは眉をひそめた。


「流されるだけでも忍耐が要るって」


 記憶喪失から間もなく、エリーが本当に無知で無力だったときに救ってくれた教訓だ。


「コシノフ家の不正を見逃せって意味ですか?」


「不正? どんな?」


 ミキが小さな酒瓶を見せびらかしてチャポチャポ振る。


 仮面と面布の下できっと、したり顔をしている。


「……もう良いです」


 ここまで徹底的にうやむやにされるといっそ清々しい。


 大体、あれだけゴネていながら、エリー自身も賃金にそこまで執着している訳ではない。


 実際、さっきの小芝居を少し楽しんでいた自覚さえある。


 論点のすり替え、負け惜しみな気がしないでもないけれど、お腹の虫が鳴いたことだけは確かだ。


 そういえば、昨日は晩ご飯抜きになるのかしら。それとも血が晩ご飯代わりなのかも。


 栓のないことを思いつつ、一階の食堂へ降りていく。

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