031 死線を潜り抜けた後に④:子守唄と春風
「だって、吸血鬼の増え方、知ってます?」
大袈裟な身振り手振りを加えて、胡散臭い識者のように解説する。
「人間に特別な血を分けて繁殖するそうですよ。ある意味、生まれる前から名前なんてもう備え付けが当たり前なんです、こいつら。そもそもネーミングセンスが育つ文化じゃないんです。その証拠にさっきヘーゼルがヘンテコな名前連発してもノーリアクションだったんですよ、こいつ」
「ヘ、ヘンテコ……!? エリー、う、嘘だよな……?」
「なのに名づけなんて、センスが壊滅的なの自分からバラす真似、アルフレッドは死んでも――」
【
メイド服の胸元、銀のペンダントと接触する地肌が燃えた。
「黙って聞いてりゃオレを虚仮にしやがって! ガキの名前の一つや二つくらい朝飯前に決まってんだろうが! 大体、この浮かれオオカミよりセンス終わってる野郎なんざ、この世のどこ探したって見つかんねえよ!」
「ンだとてめえこら!」
せっかくうとうとし始めた赤ちゃんがむずがってしまった。
ヘーゼルは慣れない喃語で平謝りしつつ、べろべろばあと赤ちゃんをあやす。
「テメエら覚悟してろよ! 歴史に残る名前考えてやっからよ!」
】
「熱ちゃああちちちち!」
怒鳴るだけ怒鳴ってアルフレッドが引っこみ、代わりに表に立たされたエリーを待っていたのは、布にまで延焼した胸元の火。
乾燥した室内で転がって鎮火する訳にもいかない。慌てふためき火を叩き消しつつ、水を探す。
水差しがベッドサイドにあった。
遮二無二手を伸ばすと、エリーが取るより先に中の水が噴射し、頭上から滝のように降り注ぐ。
じゅわっと鎮火し、蒸気と白煙が昇る。
生き返った心地な一方、ずぶ濡れになって踏んだり蹴ったりだ。
とにもかくにも、露術は確実にエリーの物になっているらしい。
もっと別の形で再確認したかったのだけれども。
「エリー、なあ、さっきの嘘だよな?」
「……ねえ、前さ、詰所でアルフレッドのお願いを一つ聞くって約束したの、覚えてる?」
「あ、ああ」
「これでチャラってことで、ね?」
両手を合わせて頭を下げる。【おい勝手に決めんな】と騒ぐアルフレッド。
】献血中にイキってたのバラすよ【
【うぐっ】
上手く黙らせられたので、恐る恐るエリーが片目を開いてヘーゼルの様子を窺うと、凶獣の面相が悲憤で爆発寸前だった。
気まずくてエリーはスペイの方を向いた。
「えと、アルフレッドが名前を考えなかったら、私が決めても構いませんか」
「あ、ああ。助かるよ」
ヘーゼル抜きで話が秒でまとまっていく。
ヘーゼルが説明を目で要求してきても、全員意地でもヘーゼルと目を合わせようとしなかった。
「へっ、そうかよ」
ヘーゼルのへそ曲がりを察知してか、赤ちゃんはとうとう泣きだしてしまった。
半人半狼の形相が、瞬く間に縞模様の中へ折りたたまれる。
「あ、ああ~、ごめんなあ。姉たんガルガル怖かったなあ。べろべろべろ」泣き止まない。「おっかしいなあ。漏らした臭いもしねえけど」
「騒ぎすぎなんだよ、あんたは」
「アルフレッドに言ってくれよ姉ちゃん!」
姉妹が口喧嘩をしている間も赤ちゃんは同じ調子で泣き通しだ。
ヘーゼルは参ってきて、さっさと、しかし乱暴にならないように姪っ子をスペイに預ける。
「アルフレッドのせいだかんな」
エリーの中にいる悪者に耳打ちし、ヘーゼルは絨毯に横たわり、こちらに背中を向け、肘枕をついてふて寝してしまった。
「あーあー、堪え性のないおばちゃんでちゅね」
代わりに赤ちゃんを寝かしつけるスペイの小言に、敏い反応で「姉たん!」と訂正が入る。
赤ちゃんは中々寝つく様子を見せない。
背中や胸をとんとん叩いてもご機嫌斜めなままだった。
【ああ、もう、うっせえガキだな! エリー、出せ。黙らせてやる】
「あんたに任せる訳な……」
エリーはペンダントをエプロンポケットに仕舞った。
【
再びアルフレッドが表に出る。ベッドに腰掛ける。
「少し触るぞ」
両親の許可を得る前に、アルフレッドは赤ん坊の目元を覆い隠した。
努めてソフトタッチだった。眉間から鼻先にかけて撫で、目蓋を下ろすように、かつ光が目に届かないように、注意深い手つきを維持する。
悲し気な子守唄が、そっと風にのって。
カーテンが春風の形にそよぐ。
赤ん坊はいつしか、すやすや寝息を立てていた。
】
「吸血鬼ならではね」
ペンダントを首に提げつつ、エリーはひそひそ説明する。
「生まれたばかりだから、お母さんのお腹の中と同じ環境にしてやれだなんて」
胎内は暗く、篠突く雨のような血潮の音が常に流れている。
目を閉じるように促しつつ、手の平の血流を誇張して聞かせることで、その環境を再現したのだ。
「さっきの唄は?」スペイが尋ねた。
「何でも良いんです。寝かしつけの合図になるなら、読み聞かせとかでも」
そう解説しつつ、エリーも子守唄のことが気になり始めていた。
あの唄はエリーも知っている。今までもときどき口ずさんできた唄だ。
だからアルフレッドがメロディを知っていてもおかしくはない。
けれども、アルフレッドは一番を通して唄っていた。エリーはそこまで口ずさんだことがない。
なのに、アルフレッドの口にしたメロディは、エリーの知っているものと全く同じだった。
「さっきの唄、有名なのかしら?」
周りが困惑する。「さあ? 知ってる?」「いや、俺は初めて聴いたな」バーンズ夫妻は初耳らしい。
ところで、ロバートがずっと気まずそうに顔を反らしているのはどうしてだろう。
「エリーさんさ、そろそろ気づいとくれよ」
スペイの視線に促され、見下ろした胸元はぽっかり焦げ穴が開いている。
しかもびしょ濡れで生地がぴったり貼りついている有様だ。
今更恥じらいで頭が沸騰しそうになる。
声を殺してエリーは胸元を隠し、その場で落ちるように屈んだ。
ダメにした借り物はこれで二着目、突貫で裾直しをしたイーリャのドレスも含めれば三着目で、自前を含めて四着目。
おちおちお洒落を楽しんでもいられない。
「お、お見苦しいものを……へへ」
「何言ってんのさ。見物料取るくらい言ってやんだよ、こういうときはさ」
スペイの溢れる自信に、むしろ元気をもらうようだった。
(憧れちゃうな、こういう人)
「ま、今回は亭主の面目を守ったみたいだから、勘弁してやっとくれ」
からかいの中にも親しみがあった。決まりが悪そうにロバートが頭を掻く。
「とりあえず着替えなきゃ……。それに、昨日お世話になった人たちにお礼を言わないと」
「アルフレッド」
新しい家族を迎えて一段と明るくなった客間の去り際に、ヘーゼルが呼び止める。
「……でけえ口叩いたの、忘れてねえからな。良い名前、考えてやんだぞ」
エリーの体内で、アルフレッドは気が抜けたように鼻で笑った。
【テメエ、奇抜なセンスを反省してから物を言え。浮かれたアマを納得させられるかってんだよ】
面白いと思ったら、ブックマークや評価をお願いします!
【そっと風にのって】
https://youtu.be/8IrkgjMHTvk?si=Q9kNqlm2jg0ILPdQ
【嬉】
15000PV突破ありがとうございます!




