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【祝15000PV】無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

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027 スペイの出産⑦:黒焦げ鍋の小人

 七人目、八人目。村人たちは、スペイのために惜しみなく血を捧げる。


 心臓は動いている。ミキや助産師たちが呼吸を繋いでいる。


 献血している間、人々は生死の瀬戸際で戦うスペイに声援を送った。


 アルフレッドの陰謀が張り巡らされているとも知らず。


】(何か……何か考えないと……)【


 頼みの綱の胤術は封じられた。身体の支配権なら一時的に奪い返せるけれども、スペイを見捨てることになる。


 意識の手前から、アルフレッドの視界を介して外の様子に目を光らせる。


 全員、スペイを救うために必死に動いている。


 唯一ミキだけが、しきりにアルフレッドの方に目線を寄越しているようだった。


】ミキさん、疑ってる……?【


 アルフレッドから企みの気配を察してはいる。けれども、直感を信じるには一歩足りないもどかしさが、ミキの仕草に表れていた。


】ミキさん、気づいて――!【


 現実で、エリーの頭の傷が開き、血が流れる。意識の中のエリーも思考が霧散し、血溜まりに倒れた。


【余計なことをするな】


 外が混乱している。


 真っ先に異変に気づくのはヘーゼル。エリーの身を案じる声がする。


 ミキは凝固物質の枯渇を疑い、施術の中止を検討している。


 冗談じゃないとロバートが悲痛に叫ぶ。


 無駄だったのか。何てこった。早くもスペイを悼む声たち。


「うろたえるな。オレを誰だと思っていやがる」


 その中でアルフレッドの声は、窮地を切り裂く剣のような響きを伴っていた。


「手元が狂っただけだ。まだいける」


「……エリーさんの命に係わる段階に入ったら、施術はストップさせるよ」


 ミキの決断は苦渋に満ちていた。


 九人目、十人目。献血後即輸血の突貫手術でさえも膠着状態を打破できない。


 アルフレッドに治す気などないのだから。


】ヘーゼル……ミキさん……誰か。誰か、私に気づいて……【


 十一人目、十二人目――。


】誰か助けて!【


 叫んでも、もはやアルフレッドさえ応えない。


 意識の檻で、エリーはうずくまり、膝を抱えて嗚咽を漏らす。


 エリーのせいで、スペイや村人たちを巻き添えにしてしまう。後悔に心が塗り潰されていく。


 不意に耳が、音色を拾った。


 静かに凪いだ水面に滴が波紋を作るような、ささやかで清らかな音だった。


 どこで鳴っているのだろう。外の音にしては明朗で、エリーは腫らした目で音の出所を探った。


 音は意識の奥から響いている。血も光も届かない奥底から、ピチョン、ピチョンと清水の気配がする。


】何……?【


 涼し気な潤いに誘われて、エリーは意識の奥へ進んだ。


 血の波打際を越え、奥へ、奥へ――壁だと思っていた物に手を突くと、何の抵抗もなくするりと抜けた。


「ここって……」


 暗幕を抜けた先は、無人の客間だった。間違いなくコシノフ邸の間取りだ。


 けれども、誰もいない。スペイもミキも、ロバートやヘーゼルも、キャスパーたちの影も形も見当たらない。


 アルフレッド――乗っ取られたエリーの身体でさえも。


 代わりに、無数の光の粒。


 空中に星空のような光の群が瞬いて、邸内は白昼と見紛うばかりに明るくなっていた。


 その光が薄い部分――人型の空白が、直前の分娩室の慌ただしさを再現している。


 心肺蘇生措置の喧騒が、遠い。


「何が、起きているの」


 目の前の粒が、一際強く輝いた。


 光の粒の間に線が渡る。星座をなぞるような線は、部屋の外へ続いている。


「ついて来い、ってこと?」


 エリーは線の結ぶ先を追って部屋を出た。


 ドアノブを掴もうとするも、そのまますり抜ける。


 まるで幽体離脱のようだけれども、血潮が身体にみなぎっている。


 むしろすり抜けるのが自然だとばかりに、エリーは一階へ続く星座線をたどる。


 次第に音の出所が確かになる。厨房で鳴っているようだ。


 スイングドアを抜けると、桜色に光る歪な人型があった。


 おぼろげな容姿で判然としないけれども、女性のように見える。


 両足と右手は無色透明、他の部分が桜色だ。


 水を滴らせるそれは、じっとエリーを待っているようだった。


】何、あなた【


 桜色の人型が歩み寄る。一歩ごと、爪先から波紋を広げながら、エリーの前に進む。


 人型は手を差し伸べる。恐る恐るエリーもそれに倣うと、そっと両手で包みこまれた。


 手の平を開けば、水のとろみが残っている。


   †


 狩人と猟犬、そしてイヌ笛。


 術師と露術(アンスロ)、そして触媒の関係性はそう喩えられている。


 学び、鍛え、実践し、経験値を蓄えるだけでは、露術は行使できない。


 水の中に息づく微生物――アンスロだけでは露術は発現しない。


 露術を術師の実力だと過信する限りアンスロは応えず、アンスロもまた従うべき命令がなければありふれた有機生命体未満の存在だ。


 ましてや触媒の持たざる魔力を幻視し、あまつさえ崇拝する者に扱う資格などない。


 助けを求める術師、助けに呼ばれるのを待つアンスロ、その両者を思念で繋ぐ触媒。


 この二者と一つの仲介で成す共生関係の名を、露術と呼ぶ。


 記憶を失う前のエリー(エレクトラ・ブラン)は、鳥人(ハーピィ)に攫われて味方(アルデンス)の助けが望めない窮地に立たされる。


 絶望的でもなお助けを求めた結果、露術が発現し鳥人の羽根を凍らせてみせたのだ。


 今のエリーも同じく、孤立無援の中で助けを求めている。


   †


 十三人目に分娩室に入ってきたのは、逆さまになった黒焦げの鍋だった。


 鍋を被った水の小人が、玉杓子でガンガン被り物を叩いて存在を誇示している。


 厨房からそんな調子で来た異物は、村人たちの好奇の視線など意に介さず分娩室までやって来た。


 本来の十三人目の献血者を押し退けて、小人はよたよたとした足運びでアルフレッドの前に躍り出る。


「……んだこりゃ」


 アルフレッドも含め、室内の全員が呆気にとられる中、人工呼吸役だけは注意を反らすのも一瞬で、救命の手を止めなかった。


 人々に見守られる中、黒焦げの鍋は玉杓子を大振りし、アルフレッドの向こう脛をぶん殴った。


「痛った!? はあ!? テメッ……なんっ……!? この野郎!」


 アルフレッドの頭に血が上る。力任せに鍋を蹴り飛ばす。


 中身の詰まった鍋だ。蹴りの反動にエリーの身体は耐えられず、爪先が骨折する。だが、アルフレッドにかかれば瞬時に治癒するので問題ない。


 蹴られた鍋はつんのめって、頭から倒立――もとい、元の鍋の正位置に戻り、ぐわんと一回転して止まる。


 ゲル状になるまで増殖したアンスロが、鍋の中に溜まっていた。


 シュールな光景に言葉を失った室内で、ミキが銀の短剣を抜いてアルフレッドに突きつける。


「おいおいおいおいおい、なん、何のつもりだおい、いきなり」


「それはこっちの台詞だよ」


 ミキが切っ先を更に前へ出す。


「これはアタシの露術じゃない。人の命がかかっている状況に、こんな悪い冗談をかます人もこの村にはいやしない。だとすればこれはメッセージだ。エリーさんからアタシたちへの、緊急のね」


 アルフレッドは余裕を示すように笑むが、注意は切っ先に逸れて、冷汗を浮かべている。


「やっぱり君、無視できない量の血をちょろまかしたね。スペイさんの命を盾にして、この上まだ悪巧みを考えているんじゃないかい?」


 ミキの怒りに呼応するように、鍋のゲルがあふれ出る。


 露術で空気中の水分を取りこみ、いざとなれば物量でエリー諸共アルフレッドを駆除するために。


「ヘーゼル、ロバート。スペイさんは顔に泥を塗られて黙っていられる口かい?」


 ミキの意図を察したヘーゼルとロバートが手分けして廃水を鍋にかける。


 瞬く間にゲルは水を吸い、無数の水球と化して部屋を飽和、包囲する。


「二つに一つだよ、アルフレッド。今すぐスペイさんを本気で助けるか、ここでアタシに駆除されるか。失敗しても駆除するよ。五秒で決めて。五……」


「げっほ! げほっげほっ……はぁー……はぁー……」


 カウントダウンが始まるのと同時に、スペイが息を吹き返す。


 アルフレッドは心底興醒めして、気怠そうに首を傾ける。


「チッ。あーあ、あと一人だったってのに。萎えちまったよ」


 血の触手を産道から抜く。患部の出血は止まっていた。


 スペイの意識はまだ戻っていないが、土気色だった肌が血色を取り戻していく。


「おめでとう。テメエらの勝ちだ。今日のところはな」


 アルフレッドが自ら銀のペンダントを胸元に仕舞う。発煙、肌を焼灼する臭いが漂った。


 白目から血が抜け、アルフレッドはあっさりと引き下がった。


   】


 気を失い、その場に崩れるエリーを、ヘーゼルが支える。


「エリー、ありがとうな……!」


 涙声を絞り出し、力なく寝息を立てる奇跡の立役者を抱きしめる。


 スペイの容態は安定している。汗すら尽きていた肌から、雪解けのように滴が浮かんでいた。


 その地肌に短剣の面を、ミキはそっと当てる。


 銀と反応しない。ミキはやっと肩から力を抜いて、手近な椅子を引き寄せて腰を休めた。


   †


 スプリグリ族の宿営地、産後に起立不全を起こした母トナカイが焚き火に当たっている。


 首をもたげるまでに回復し、食欲も申し分ない。


 仔はまだ隔離している。目を離していると勝手に乳を飲み、母親の体力が消耗するためだ。


 乳搾りは炎症を防ぐ程度に留め、搾った分は全て母親のそばで仔に飲ませる。


 母親は乳を飲んですくすく育つ仔を、ずっと舐めていた。


   †

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【書き溜め期間】

に、入るかもしれないです。未定です。頑張ります。

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