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【祝15000PV】無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

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026 スペイの出産⑥:アルフレッドの脚本

 ロバートが献血に名乗り出ても、ヘーゼルはそわそわと献血の様子を見守っている。


 ヘーゼルは既に一度血を吸われて、献血に耐える体力は残していない。


 しかし、姉想いの素直な娘である。言い聞かせたところで辛抱できず再び献血に名乗り出かねない。


 ミキは献血の有志を集めさせる体裁でヘーゼルを部屋から追い出した。


 助産師も人工呼吸役を残して有志を募りに向かわせる。


 遠吠えが聞こえる。猶予はない。止血と輸血を同時に進めなければならない。


「シーツを抜け、ミキ・ソーマ。邪魔だ」


「子宮収縮不全なんだよ。抜いたら失血死する」


「直に傷を塞いでやろうってんだよ。輸血と一緒にな」


「んな無茶な……」


「無茶? 舐めてんのか。誰がコイツの割れたド(タマ)塞いでやったと思ってんだ」


 ひけらかすようにアルフレッドは自分(エリー)の頭を指す。


 手遅れな命をも現世に呼び戻す、血の奇跡。エリーはその生き証人である。


 アルフレッドに従い、ミキがスペイの産道に詰めたシーツを慎重に抜く。


 裂いて小さな塊になったシーツはどれも滴るほど血に濡れそぼっている。


 その傍らでアルフレッドはロバートから血を抜き、体内で血液型の置換を進めた。


 アルフレッドはほくそ笑み、ロバートと額を突き合わせて睨みつける。


「さて、素敵な旦那様。選ばせてやるよ。指でするか、口でするか」


 おもむろに留守にしている方の手指を舐る。


 中指と薬指。喘ぎ、唾液の絡み、舌からてらてらと艶めく粘糸を引く。


 これ見よがしの挑発だった。


 含意はあからさまに卑猥で、これ見よがしに見せつけられたロバートが青筋を浮かべた。


 決意を固めたはずの表情さえ歪ませ、恨めしさを堪える。


「ロバート、相手にしない」


 最期のパッキングを除き、ミキがアルフレッドの手首を掴む。


 ミキを振り払って、ひらひらと手をはためかせてアルフレッドはおどけた。


「冗談だよ。リラックスしろよ、ご両人。血管が詰まっちゃ輸血に障るぜ?」


 ゲラゲラと独りで嗤い、アルフレッドは満悦する。


「それから胎盤を寄越せ。血の足しにしてやる」


 意味もなく唾で濡らした指に血をまとわせる。血は自在に形を変える触手となり、スペイの出血箇所に侵入した。


 両手が塞がっていた。口元に差し出された胎盤に牙を突き立てるや、瞬く間に胎盤は萎びていった。


】血のことには目をつむってあげる。少しだけね。けれど、血に限らず、度を越したら許さないわよ【


【へえへえ】


 小うるさい中身が騒いでも、涼しく聞き流す。


 この分娩室の行く末を握っている充足感が、アルフレッドを増長させている。


 しかし、ミキが目を光らせている以上、軽薄な吸血鬼といえどもスペイの救命には手を抜かないはずだ。


 いざとなれば胤術に賭けるしかない。エリーは意識の内側から警戒を保った。


 日が暮れていく。燭台が灯された。蝋燭の灯りが人影を浮かべ、壁に揺らめかせる。


 ロバートに続いて、四名が献血に協力してくれた。


 今朝一命を取り留めた子の父親が恩返しのために一番乗り、続いて獣追いの父母が駆けつける。


 老ヴィトーまで血を差し出したのにはエリーも驚いたけれど、恐らく身内を守るための点数稼ぎのつもりだろう。


 動機はどうあれ、血があればあるだけ助かる現状に人が集まってくれるだけでも御の字だ。


 分娩室の外にも勇気ある痩せ我慢たちが列を成している。


 現在、献血を終えたのは五名。採取した血は二千㏄に及ぶ。


 けれども、スペイの子宮内膜は止血の兆しを見せない。


 黙々と助産師たちとミキが交替で人工呼吸を試み続ける傍らで、ロバートとヘーゼルが祈る。


   †


 スペイは一向に息を吹き返さず、内心でエリーは焦っていた。


】やっぱり土壇場は無茶か……何か他に手は……【


 エリーが推定した吸血鬼の血の特性は、これまでの観察のみを頼りにした当て推量にすぎない。


 強心作用は実証できた。けれども、凝固作用は期待するほどでもなかったのかもしれない。


】アルフレッド、スペイさんの容態は?【


 奇しくもミキも同時に、同じ質問をした。


「黙ってろ。集中が乱れる」


 表で真剣に答える一方で、心の声は喜悦に満ちていた。


【テメエの見立ては大当たりだ。花丸をやる。止血の手応えがあった。確かにオレならこのチビ女を助けられる】


】だったら何を手間取って――【


【気が変わった】


】……何?【


 呆けた反応を寄越すエリーに、アルフレッドは邪に笑んだ。


【気が変わったんだよ。この女が生死の境をさまよっている間は、村中からお人好しの輸血袋どもが勝手に集まって来やがる。こんな美味しい状況、早々に手放すにゃ勿体ねえ】


】まさか、あんた【


【ああ、ずうっと、生かさず殺さず。地味だがよ、案外愉しいぞ。テメエもやってみるか?】


 身体が自由なら、エリーは爪を食いこませるほど拳を握りたかった。


 この時代、羊水塞栓症は覆しようのない死を意味する。


 地変前の知識に基づいた、救命に要する物資、時間を知る者は少ない。


 アルフレッドはそこにつけこんで施術を遅延し、自分一人のために血を集めさせている。


】確かに少しくらいなら、あんたの血の足しにしても良いって言ったわ。けれども、もう六人目よ。スペイさんの出血も合わせたら四千㏄くらいいきそうなのよ。良い加減にしなさい!【


【嫌だね。あと百人前平らげるまで粘ってやる】


】スペイさんがどうなっても良いって言うの!?【


【ガキが元気なら良いだろ。コイツは役目を果たしたんだよ。ガキ産んで力尽きたなら、後は肉なり革なりにしてやるのが節理ってもんだ】


】親子揃って無事な方が良いに決まっているじゃない!【


【母親なんざいようがいまいが、ガキは育つ】


】……どうして【


【何が】


】赤ちゃんを助けてさ、ミキさんとご両親にお礼を言われたじゃない。あんた、心の底だと満更でもなかったでしょ。一心同体だもの。そのくらい私にもわかるわ。詰所でイーリャを助けたときだって【


【その眼差しだよ】


 エリーは困惑した。


【時々こうでもしねえと、テメエらはオレを誤解しやがる。食事ついでに直々に思い知らせてやろうってんだ。ありがたく食われとけよ、食用種の仕事だろうが】


】……『オレたち』って、言ったのは【


【ガキを助けた実績が、オレをここに立たせてんだよ。つまり今回の脚本はテメエも一枚噛んでるってこった。言い逃れはさせねえ。テメエの努力が呼んだ結末だ。真正面から受け止めやがれ】


】このわからず屋!【


 エリーが血に意識を集中させる。


 エリーの介入により血の触手の操作が乱れる。局部から血が噴出し、アルフレッドが頭から浴びた。


】あっ!【血飛沫にすくみ、エリーが集中を解く。


「アルフレッド!」


 容態急変を察知し、ミキが叫ぶ。


「黙ってろ! それより傷の治りが早え野郎呼んで来い!」


 不測の事態にも死力を尽くすかのように、アルフレッドは外面を繕った。


 意識の内側では、嘲笑をより酷薄に歪めて。


【ありがとよ。テメエの出しゃばりで、輸血袋を追加する口実ができた】


】何で……あんなに血、飛び出る訳……【


【テメエの胤術(ハイマ)に合わせて、オレが操作した】


 エリーの血の気が引く。】そんな……だって、私の胤術は、あんたを封じることだって……【


【この身体の主導権、今は誰が握ってると思ってんだ】


 エリーが絶句する。


【どうやら血も、身体の主導権に含まれているらしい。確かに内側からでも干渉できるが、肉体と違って血は元々オレの物だ。表に出た今、テメエの胤術なんざガキのお遊戯みてえなもんだぜ】


 次の献血有志が入室する。アルフレッドが有志の腕を異形の牙で穿ち、血を吸収する。


 その大部分が、アルフレッドの糧となる。


 スペイに回すのはなけなしの量のみ。命が潰える寸前で踏み止まらせるだけしか、アルフレッドは回さない。


 人知れず行われる横暴を咎める者はいない。


 全貌を知るエリーには――。


【おっと、殴られるのは勘弁だぜ。うっかり手元が狂うと、コイツの股が裂けちまう】


 胤術のコツを掴んだだけで思い上がって、吸血鬼に全権を明け渡したエリーなどには、決して。


 薄膜一枚を隔てた意識の手前、心象風景は一面の血の床である。


 エリーは感覚の失せた手足を震わせながら、凍えてうずくまるように土下座した。


】お、お願い……誰も死なせないなら、好きなだけ血を飲んでも良い。それでどんな罰が下されても、全部私が代わりに受ける。だから、スペイさんは……スペイさんの命だけは、助けて……ください……【


 床一面の血が隆起し、口々にエリーの惨めさを味わった。


【断る】


 徒党を組んで蜜を独り占めした悪童の口ぶりだった。


【人狼の小娘に言ったこと、覚えてるか。弱視の小娘が人質に取られたときのやつだ】


 イーリャを助けるために一芝居打ったこと。


 アルフレッドはヘーゼルに手を貸して『釣り合い取らせろ。後でオレの言うことも聞いてもらう』と言った。


【一族郎党、村の連中の血を吸わせてもらうことにした】


 心底から悦びに浸る、吸血鬼の恍惚。


 唯一の希望すら塵に還り、エリーの口は言葉も成さずわなないた。


 嬉々として語られる悪巧みが、精神の檻に降り注ぐ。


【コイツはデザートだ。だがすぐには食わねえ。考えてみりゃ百人待つまでもねえんだ。ここに輸血役が十三人集まったら『正念場だ! 気合い見せろや!』とか焚きつけりゃ、お人好しどもは一発だ。舞い上がった奴らの血を一斉に、ミキ・ソーマ諸共吸い尽くしてやる。この際だ。血穢(けつえ)が場を荒らしたのの乗じてやるのも良い。日暮れまで粘って眷属を増やしゃあ、村が混乱に陥っている間にトンズラこける。どうだ! 晴れてオレは自由の身って寸法だ!】


 自らが招いた取り返しのつかない事態を、滔々と語り聞かせる。


 耳を塞ごうが、目を逸らそうが、外の世界にいるスペイを気にかける限り、エリーはアルフレッドの姦言を聞かされる。


【血が足りなくても構いやしねえ。全力尽くした風にはもう見せかけている。ちょっとしょげて見せりゃ、村の連中も納得するさ。そうなりゃオレは裏に引っ込んでやる。精々慰めてもらえよ。『スペイのために危険を顧みず、あの怪物を遣ってくれて、本当にありがとう』とでもな】


 擬態の力で再現されたロバートの声は嗚咽を噛み殺して真に迫っていて、一層とエリーの神経を掻き乱す。


【安心しろ。オレはしばらく表に出ねえ。嫌でもテメエを矢面に立たせてやる。真相を語ろうとしやがったら、露術のお勉強のときみたく脳みそを揺らしてやる。懺悔も、告解も、贖罪も許さねえ。精々、感謝と、悲しみと、心痛と、共感を、骨の髄までしゃぶり尽くせ】


 邪悪な高笑い。


【幼子よ、あなたは、いと高き者の預言者と呼ばれるであろう】


 血溜まりを打つ落涙、慟哭が現実から最も遠い地点で籠り響いた。

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弄ばれとるんか独り相撲なんか? 嫌じゃ嫌じゃ後者は嫌じゃ!

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