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【祝15000PV】無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

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025 スペイの出産⑤:羊水塞栓症

【お願い】

しつこいようですが、作者は医者でもなければ助産師でもありません。

作中の医学・生理学描写は独自研究なので、間違えている箇所があるかもしれません。ていうかあると思って読んでください。


エログロ注意なんかよりも、こういうことの注意喚起を嫌ってほど繰り返すのが必要だと思う次第です。

   †


 スプリグリ族の宿営地ではトナカイの出産が相次いでいた。


 遊牧を営む彼らにとってトナカイはかけがえのない財産である。


 仔の健康はもとより、母親の肥立ち如何も一族の行く末を左右する。


 春先の繁殖期は一大行事だ。


 スプリグリ族のトナカイは長く飼育されてきたことで周年繁殖も可能であるものの、依然として季節繁殖の傾向が強い。


 春先になると雌トナカイは示し合わせたように一斉に産気づく。


 一族総出で助産に駆け回る光景は、この季節の風物詩だった。


「いかんな」


 そのトナカイは、人目につかないところで出産していた。


 仔は健康そのもので、母親の乳を夢中でつついている。


 だが、見つけたときに既に母親はぐったりとして、横腹を下にして横たわっていた。


 激しく胸を膨らませては縮ませ、忙しなく呼吸している。


「自力で立てないのか」


「かもしれん」


 遊牧生活では特に、歩けなくなることは致命的だった。


 一族の移動について来れなくなったが最後、家畜は屠畜され、身内であろうと最悪の場合は置き去りにされてしまう。


 その場に居合わせた狗人(クー・シー)が、必死に乳を求める仔を、母親から引き離した。


 ばたつかせる前に四肢を封じ、母親の鼻面に近づける。


 母親は愛おしそうに仔を舐めた。


「諦めるには早い。乾いた寝床と焚き火を用意しよう。力飯と岩塩も」


「吊り具は早いか」


「出し惜しみしてられん。組んでおいてくれ。その前に、担架か橇を頼む。ここから運んでやらんことにはな」


「わかった」


 幸いにして今は宿営中である。体力を取り戻す猶予ならある。


 スプリグリ族が手を尽くした後は、母親の体力次第だ。


 生まれて間もなく親元を引き離された仔は、つぶらな瞳でずっと母親の横たわる方角を見つめていた。


   †【


 アルフレッドはおもむろに靴を脱ぎ、血溜まりに素足を浸した。


 足裏から血を吸う。


「おら、どけボンクラども」


 心肺蘇生に努める助産師たちを引き剥がし、床に叩きつけるように下がらせた。


「お座りしてんじゃねえよ薄鈍。さっさとカーテンを閉めろ」


 助産師たちは威圧されるがまま、恫喝に従う。


「また勝手に……!」


 ミキの抗議を意に介さず、アルフレッドは爪から血の針を伸ばし、スペイの腕に深々と刺した。


 ロバートとヘーゼルがいきり立つ。


「コイツの命が!」一喝で室内が静まり返る。「惜しけりゃ、オレ()()の言う通りにしろ」


「げひゅっ……」


 意識を失ったはずのスペイがむせた。アルフレッドを除く全員が耳を疑う。


 スペイは気を失ったまま、息も止まっている。


「……おい、心拍を測ってみろ」


 カーテンを閉めた助産師の内、聴診器を身に着けた方の襟首を掴み、心音を聴かせる。


 助産師は目を見開き、自分の耳が信じられないまま声にした。


「動き始めてる」


 分娩室の全員が騒然とした。


 ロバートは「本当か!」と助産師に詰め寄る。


 ヘーゼルは一層精魂尽くして黄泉路から姉を呼び戻そうとする。


「まだ呼吸が戻ってない。人工呼吸、続けるよ」助産師が息を口移す。


 一縷の希望は吸血鬼がもたらした。しかし、誰もがそれに縋るしかない。


「……何が必要なんだい?」


 逡巡も短く、ミキは背に腹は代えられないと結論を下し、アルフレッドに問う。


「決まってんだろ」


 アルフレッドは舌舐めずりする。


「血だ。とにかく人間の血を寄越せ。村から人間、集められるだけ掻き集めて来い」


 状況を手中に収めた充足感に酔い痴れながら、アルフレッドは一抹の苛立ちを覚えていた。


 (エリー)の洞察が、余りにも深く胤族の血を穿っていたためだ。


【それで? どうやら手の施しようなんざねぇみてえだが?】


 肉体の主導権を奪えるだけ奪ってから、意識の奥に引いたエリーに訊く。


 本心では呆れていた。


 この母親が助かる見込みはない。寿命、あるいは天命だ。


 諦めの悪さは笑えるが、人を表舞台に引きずり出すほどの傍若無人さには辟易させられた。


 運好く赤ん坊一匹救ったのを実績と思い上がり、増長しているようにしか見えない。


 だが、エリーの意思は、アルフレッドの内から凛と示された。


】もう頭から羊水(ようすい)塞栓症(そくせんしょう)って決めつけとく。これ以上最悪な事態は考えたくもない【


 子宮内膜から胎盤が剥がれることで生じた傷に羊水が侵入することがある。


 これ自体はよくあることだが、稀に母体がアナフィラキシーショックを起こす場合もあった。


 そうして発症すると考えられているのが、羊水塞栓症である。


 正確な原因は地変前の時代でも突き止められていない。


 発症する確率は出産三万件中一件ほど。兆候はなく、発症の予測は不可能だ。


 その症状は多岐に渡る。


 突然の意識の消失。血管の弛緩、急激な血圧の低下、心肺停止。産道の大量出血や、血液凝固物質の枯渇に起因する古傷からの出血。


 これらがほぼ同時に、畳みかけるように発症する。


 劇的な変化が現場から冷静さを奪うため、診断さえままならない。


 対処には投薬と大量の輸血が必須。それで間に合わなければ子宮の摘出も視野に入る。


 薬も、輸血液も、満足な手術器械もないこの時代に発症すれば、ほぼ確実に死に至る。


】(けれども、それは――)【


 人の力だけで対処するならばの話だ。


】まずスペイさんの心臓を叩き起こして、弛緩した血管を引き締めるわ【


 血迷ったか。アルフレッドは鼻で嗤った。


【それが出来りゃ苦労は……】


】胤族の身体は血液だけなのに、形を固定できて、とても腕力が出せるのはどうして? 骨も筋肉もないのに【


 答えに窮した。【いきなり何の話だ】と悪態をつき、動揺をはぐらかす。


 擬態も、高い身体能力も、どちらもアルフレッドにとって呼吸と同義である。仕組みを説明できるものではなかった。


 しかし、この女は食用種の分際で、冷静にアルフレッドを観察している。


】あなたたちの血には多分、人とは比べ物にならないくらい強力な強心作用を持った物質と、融解と凝固を自在にさせている物質が含まれているはず。そうでもなきゃ説明できないわ【


 話が見えてきた。


【まずオレの血を……いや、その物質とやらを抽出してぶち込めってか】


】そう。それが第一関門【


 確かに、アルフレッドの血を投与するだけでも、心肺蘇生と止血が一度に解決する。


 しかし、スペイの救命にはあと一歩足りない。


【食用種にしちゃ上出来な案だ。面白え。だが血はどうする? 床に垂れ流した物そのまま戻す訳にゃいかねえぜ】


 羊水と混ざった血は既に溶血を起こしているだろう。


 エリーの見立てが正しければ凝固物質が枯渇しており、そもそも床のゴミや雑菌も混ざっている。


 汚れを取り除けばアルフレッドの食事の足しにはなるだろうが、スペイの体内に戻すには心許ない量だ。


】村人から有志を募って輸血するわ【


【バカ言え。テメエの血液型も知らねえ連中集めたところで】


】私は敗血症になってない【


 アルフレッドの吸った血は、アルフレッドに適合する限り消化器系を介さず血管内に直接注がれている。


 本来であれば無差別に血液を摂りこむと、血液型の不一致で敗血症を引き起こしてしまう。


 しかし、アルフレッドはエリーの体質に合わせて、摂取した血の血液型を改変できる。


 輸血をするために生まれた能力。そう評しても過言ではない。


(こいつ……)


 夢の中の会話だったか。確かにそんな話をした覚えがある。


 その時はマヌケ面して聞き流していたくせに、今頃になって突然理解しやがった。


【薬もオレ、輸血もオレ。今まで散々目の仇にしてきたオレ頼みか。恥ずかしくねえのかよ】


】ない。スペイさんの命の方が大事【


 一転の迷いもない。逆にアルフレッドが呑まれそうな、強靭な覚悟を宿している。


(このオレが気圧されている? 無力な孕み女一匹に?)


】どうしたの? あんたにとっても悪い話じゃないはずよ。輸血にかこつけて血を少し失敬しても、誰も文句を言えないんだから【


 それに、悪賢くなっている。


【血をやるって、そういう意味かよ。テメエ、意味わかってんのか? テメエは村の人間を差し出すっつってんだぞ】


】打つ手が他にない【


 まただ。自分を信じて疑わない声だ。


 意識の手前から信念を、アルフレッドの背中をナイフのように突きつけてくる声色だ。


】あなたにしかできないの。レッド、お願い【


 不愉快なことに、器の目論見通りに褥婦の心臓は蘇った。


 奇跡を目撃した者たちに、仄かな希望をもたらして。


「なら、自分の血を使え!」


 ヘーゼルがアルフレッドに腕を突き出す。


「自分はどうなっても良い! 姉ちゃんを助けろ!」


「ヘーゼルとアタシはダメだって」ミキが割りこむ。「もう限界ギリギリまで血をあげたんだから」


「けどよ!」


「血があれば、スペイは助かるんだな」


 食いでのある大男――ロバートが切迫した様子で、アルフレッドに詰め寄った。


 アルフレッドは驕り笑む。


「全力は尽くしてやる。腕を貸せ」


 ロバートが袖をまくる。アルフレッドは手の平を裂き、牙を生やしてロバートの剛腕に食いこませた。


 エリーの細指から溢れる血のおびただしさに反して、男の表情は一つも歪まない。

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