022 スペイの出産②:産みの苦しみ
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森の広場、祖霊退治の舞台となった場に、固く乾いた打音が響く。
饐えた臭いが漂う火事場跡で、ラムシング村の男たちが焼けた倒木に斧を振り下ろしている。
木をこる音が織られる中、荒々しいウマが駆け抜けて、広場の中央で手綱が引かれた。
「ヘーゼル・バーンズの身内の者、名乗り出ろ!」
朗々とした声が響く。馬上からスプリグリ族のライトールが首を巡らせた。
「俺だ。義妹がどうかしたか?」
倒木に斧を投げ刺し、ロバートが前に出る。ライトールが愛馬ヴューガをその近くに寄せた。
「奥方が産気づいた! 乗れ!」
決然とロバートはウマに飛び乗る。
「おら急げ、ロバート急げ!」
「チンタラすんなよ幸せ者が!」
村の仲間の声援を受けて、ロバートを載せたケナガウマが行く。
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「いぎゃあああぁあぁっぁああぁっぁ……!」
聞いている方まで卒倒しそうな悲鳴が、コシノフ邸を揺るがした。
分娩の準備が進む客間で、場違いなほど穏やかに、正午前の陽だまりが部屋の四隅を照らしていた。
「陣痛早いね」とミキ。
破水から間もない。本当に初産なら……いや、たとえ経産婦だとしても驚異的な進行速度だ。
岩に圧し潰されるようなスペイの悲鳴が、否応なしに耳にした者を戦慄させる。
「な、なあ、若隠居。姉ちゃん本当に大丈夫なんだよな」
ヘーゼルが不安を露わにする。
ずっとスペイの手を握って励ましていたが、スペイの苦悶は波を重ねるにつれて激しくなっている。
否応なしに泣き叫ぶスペイを――普段の姉からは考えられない姿を目の当たりにし、その悲鳴を浴び続けてきたのだ。
お産の壮絶さはヘーゼルの想像の埒外で、未知の恐れに中てられている。
「落ち着きなよ。心配なのはお姉さんだけかい?」
虚を突かれたように、ヘーゼルが俯く。
「……赤ちゃんも」
「そうだね。お姉ちゃんって呼ばせたいんでしょ。ここが正念場だよ。陣痛の波が来る時間を測ってスペイさんに教えたり、飲み物飲ませてあげたり。旦那さん来るまでは、君にしかできないことだよ」
潤んだ目を拭って、ヘーゼルは表情を引き締める。
スペイに負けないよう手を握り返し、もうすぐ痛みの波が来る頃だと教える。
まさにドンピシャだった。
「痛……い、いったい、痛い痛い! もうやだぁ! やめるぅ! 終わり終わり終わり!」
嵐のような絶叫も、助産師を自負するミキにとっては精々春一番である。
「これからだよ、スペイさん。腹をくくりなって」
「くくる! くくっておくれ! くくれぇ! とっとと引きずり出せぇ!」
胎児に縄をくくって引っ張り出す光景が浮かんだ。
(確か“おおきなかぶ”って童話があったよね)
愚にもつかない連想を、ミキは頭から振り払う。
「必要なら似たことはできるけれども、まだ早いよ」
「今あ! 今だってばあ!」
迫真の駄々である。
「ええ? 本当に?」
疑いが勝るものの、万が一があってはいけない。悪い慣れは大敵だ。
「今かどうか見てみるからねー。さ、痛いの逃がす呼吸しましょう。ヘーゼルもカウント手伝ってあげて」
「ウッス!」
「五秒吸っ吸っ吸うー三、四、五……五秒吐いて―……四、五。上手上手ー、そのままどうぞ、続けて。……どのくらい開いてる?」
局部を観察している助産師に耳打ちする。
「五センチ」
聞き間違いか。ミキは聞き直す。
「子宮口の開き具合だよ?」
「そうよ」
スペイの主訴の腹痛は朝食後からだという。
それが陣痛の始まりだったと仮定すると、ミキの想定と食い違ってくる。
陣痛が始まってから子宮口が五センチ開くまでに、普通なら五、六時間くらいはかかるのだ。
朝食から半時間も経っていない。いくらなんでも進行が速すぎる。
「スペイさん、直近で前駆陣痛を感じたのっていつ頃?」
「よ、あぎっ……夜明け前……っ!」
「もっと前は?」
「とぉおおごぐぐぐ……まびょ、真夜中ぁあぁぁぁ……! はあっ……! はぁっ……!」
それが本陣痛だったとすれば納得がいく。
(朝食後とは言っていたけれども、それよりも前からお腹の不調と勘違いしていたのかな。前駆陣痛に慣れてたせいで)
破水より前に本陣痛が来ていて、真夜中から子宮口が開き始めていた。
時系列を頭の中で整頓しながらも、それでもミキは声もなく唸った。
このお産は、そう考えても、短時間でとんとん拍子に進んでいる。
けれども、腹痛と勘違いするくらいの軽い陣痛に始まったことに反して、今は、尋常ではないほど悶絶している。
出産は妊婦の数だけあるとは言うが、スペイの事例はミキをして初めて看るパターンだ。
幸い、今のところ出血などの異常は見られない。
(スペイさんは普段から気の強い方だし、痛みに強い体質なのかな? 破水と雰囲気に呑まれて、緊張が切れただけなら良いのだけれど)
「痛いいだい! も、もう終わる? もう終わりで! もうやだ!」
「もう少し頑張ってよ。……アタシが看てみるね」
ポジションを交代し、観察する。やはり、いきむにはまだ五センチ足りない。
「聴診器、胎児の心拍を測って。母体の方の脈拍、血圧は」
「胎児正常」
「母体も問題ありません」
「大問題だよ! どいつもこいつも! このすっとこどっこいーっだだだだだだ!」
烈火の如く怒鳴るスペイを、ヘーゼルが泣きべそ混じりに応援する。
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【ぼやき】
面白いって確信を持って書いていますが、フィードバックが限られてて面白さが伝わっているのか本気でわかんなくなってきました。
読者様からの刺激が欲しいので、ガチで反響ください。ていうか逆にどこが物足りないです?




