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【祝15000PV】無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

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021 スペイの出産①:破水

 スペイの顔色が悪い。難しい顔をして、口数が少なくなっている。


 夫のロバートに言わせれば、スペイは話題に飢えているらしい。


 彼女らしくない大人しさだった。


「あの、どこか具合が?」


 入室一番、エリーは様子を窺った。


 やっと声に気づいたスペイは、額に脂汗を浮かべた笑顔を作る。


「ああ、何だい。来てたのかい」


 エリーとミキの入室にも気づいていなかったらしい。


「本当に大丈夫ですか?」


「いや……朝飯食ってから、どうも腹の調子が……トイレが近くなっちまってさ」


「本陣痛かも」ミキが呟く。「スペイさん、ちょっと診させてもらえるかい?」


「大袈裟だよ、ソーマ先生。こちとら二日三日陣痛と付き合ってきてんだよ? 違いくらい見分けがつくさね」


「万が一、食中りなら他の妊婦さんも危ないからさ。ここはこの藪の顔を立ててよ」


「……まあ、そこまで言うならさ。あいたたた」


 身体を縮めて腹痛に耐えるスペイに、エリーは寄り添う。


「スペイさん」


「大丈夫大丈夫。先生、診察は良いけど、先に用を足さしてくれないかい?」


「別に漏らしても気にしないよ」


「デリカシーとかないんですか」


 エリーはミキの前に立ち塞がった。


「出産で何のためにシーツを頻繁に取り換えていると思っているんだい? 下の心配なんてナンセンスだよ」


「ああ、もう。私が付き添いますから。スペイさん、一緒に行きましょう」


 スペイに肩を貸して歩調を合わせ、エリーは退室した。


 スペイは廊下を歩くのもつらいらしく、時折立ち止まっては肩で息をした。


 今にも倒れそうな顔色だ。肩を貸すだけでは心配で、エリーはスペイの身重の身体を腕で支えた。


 ひゅう、ひゅうと唸るような呼吸、歯を食いしばってまで痛みに耐えている。


 見るからに、ただの腹痛じゃない。


「スペイさん、やっぱりミキさんに」


「ヤバい……漏、る……あ!」


 バシャシャッ。


 カップを返したような音がした。スペイの足元に、大きな水溜まりができていた。


「あ、あ……何か、中で破けた……」


 止めどなく流れる透明な液体を、スペイはうろたえながら内股で止めようとする。


「ど、どうすりゃ……止め……止まらな……」


 涙目、唖然として腰を抜かしそうなスペイを、エリーは必死に支えた。


 エプロンドレス、ワンピース越しに染みこむ液体は生温かく、微かに生臭さと甘みを併せた独特な臭いを漂わせる。


「破水しました! 誰か!」


 咄嗟にエリーが助けを呼ぶと「ほら言わんこっちゃない」と文句たらたらのミキが駆けつける。


 破水と耳にしたスペイは見る見る青褪める。


 陣痛がピークに達し、苦痛を堪えるのがやっとだった。立っていられず、膝から崩れる。


 ミキもスペイに肩を貸し、エリー二人で両脇から支える格好になった。


「スペイさん、部屋まで戻るよ。頑張って。お湯とシーツ! 大至急!」


 ミキの号令がホールに響く。


 ミキの歩幅は強引で、エリーはやむを得ずスペイを宙吊りにし、ミキについて行く。


 移動する間にも、スペイの苦しみ方は激しさを増していく。


 絶叫に中てられて、エリーも狼狽する。


 この数日、嫌と言うほど苦しみ、凄惨な光景を目にしてきて、エリーは慣れていた。


 けれども、その苦痛を味わうのが自分ではなく、身近な人となると見るに堪えなかった。


「ほらそこちゃんと支えて」ミキが喝を入れる。「お母さんと赤ちゃんが一番頑張ってるのに、アタシらが先に参っちゃ話にならないよ」


「……はい!」


 苦痛に喘ぐ叫び、硬直する肉体。身を寄せるだけでも吞まれてしまいそうな怯えを殺して、エリーはスペイを支え、客間に到着した。


 スペイをベットに寝かせ、ミキがリズムをとって呼吸を整えさせる。


「痛いの逃がす呼吸しようか。五秒吸っ吸っ吸うー三、四、五……五秒吐いて―……四、五。良いね。その調子」


 五秒で細かく吸って、五秒で長く吐き切る。


 ミキが身体を叩くリズムに従って、スペイに深呼吸をさせる。息がまるで唸るようだった。


「同じリズム意識して。吸って……はい吐いて……。エリーさん、ヘーゼルと旦那さん、呼んであげ――」


「うおおお姉ぢゃーん!」


 客間の扉をぶち破って、涙目鼻声のヘーゼルがベッド横に飛びついた。


 産気づき、強いて呼吸を整えるスペイの胸にドゴンと顔を埋める。スペイが目を白黒させ、泡を噴く。


「ぐえーっ!?」


()ぬなー!」


「殺す気かこのガキャアッ!」


 スペイの拳骨がヘーゼルを壁際まで殴り飛ばす。


「あいててて……」


 姉妹揃って痛がり方がそっくりだ。一歩引いて騒ぎを見守っていたエリーに、ミキが訂正する。


「この弟子ときたら耳と鼻ばっかり早いね。エリーさん、呼ぶの、旦那さんだけで良いや」


「あん? そう言や、義兄さんはどこスか」


 頭の大きなたんこぶを撫でながら、ヘーゼルが部屋を見渡す。


「火事の後始末で森に」エリーが教えた。


「かぁー、仕方ねえ人ッスねえ! 若隠居、一瞬窓開けるッスよ」


 外に向けて、ヘーゼルは遠吠えを上げた。少しの間を置いて遠吠えが返ってくる。


「ライトールが呼びに行ってくれたッス」


 狗人(クー・シー)で構成されるスプリグリ族、その族長の倅の名である。


 ヘーゼル――人狼(ライカンスロープ)の遠吠えなら、近しい種族である彼らにも通じるのだ。


「ヒュー、あっと言う間だよ」


 ミキと共にエリーも共感している間にも、客間には続々と物資や医療器が運ばれて、着実に分娩の準備が整っていく。


「じゃ、エリーさんは廊下の掃除をお願い。助産に加わるのはその後で良いから」


 エリーは面食らった。


「立ち会って構わないんですか? 私も?」


「君の記憶の呼び水になるかも。良いよね? スペイさん」


「何ッでも良いからっ……! どう、どうにか、しとくれぇえ……!」


 生みの苦しみ、それと廊下に残した粗相の恥ずかしさ。


 両方を合わせたスペイの願いに、エリーは力強く頷いて応えた。


「スペイさん頑張って! 元気に赤ちゃん産んでください!」


 掃除用具を取りに、そしてスペイに付き添うために仕事を離れるとキャスパーに断りに、エリーは急ぐ。


 スペイの初産は日暮れまで続く長丁場――しかし初産にしては驚異的な進行速度となり、元気な女の子を産んだ。


 母体の大量出血、心停止と引き換えに。

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