020 スカラリー・メイド⑤:胤術を編み出す
仕事に区切りをつけ、報告がてらキャスパーに成果を伝えに行く。
「な……るほど」
あのキャスパーが言葉に詰まった。何故かその場に居合わせたミキを見る。
「アタシに解説を求められても困るよ」
体験したエリー自身も荒唐無稽な顛末だと思う。そんなことよりも。
「ミキさん、赤ちゃんは看てなくて良いんですか」
「容態が安定しているから、元々の担当者に任せてきたよ。もっと目が離せない妊婦がここに、いるから、ね」
わざわざ婉曲した物言いをしながら、執拗にエリーの額を小突くのが嫌らしい。
羽虫のように振り払ってやった。
けれども、これからは「目が離せない」の意味が変わってくる。
何しろエリーは、これまでとは一味違う。
アルフレッドが表に出ても抑える方法がある。露術だって普通に学べるのだ。
それなのに、ミキはともかくキャスパーときたら、祝うのも忘れて浮かない顔で考えこんでいる。
ウキウキで成果を持って帰った女の子が目の前にいるのに、その態度はないんじゃない?
「喜んでくれないんですか?」ちょっとむくれる。
「ああ、これは失敬。私めとしたことが、余りにも予想外の産物で驚いてしまいました。それを失敗と甘んじることなく、即座に応用なさったともなれば驚きもひとしおでして」
うんうん、とミキが頷く。銀仮面の下の訳知り顔が透けて見えそうだった。
「古今東西、予想外の実験結果や成果が人類を豊かにしてきたからね。転んでもただでは起きない姿勢って大事だよ」
「ええ、ソーマ護律官のおっしゃることはわかります。吸血鬼に対抗する術を独自に編み出されたことは驚嘆に値します。ご躍進、謹んでお祝い申し上げます」
全然祝われている実感が湧かない。
「じゃあ何で浮かない顔をしているんですか?」
「血を操る能力は吸血鬼ありきのものです。露術と比べると不確定要素が多すぎます。お喜びのところに水を差して大変恐縮でございますが、この成果は通過点にすぎません。これに満足するのは、いささか時期尚早ではないかと苦慮しております」
(い、言い返せない……)
「あーあ、アタシの台詞全部盗られちゃったよ」
ミキが咳払いし、補足する。
「言うなれば、今のエリーさんは他人のおもちゃを羨んで、つい取り上げちゃった子どもってところだもんね。大人が仲裁しないと泥沼だよ」
それも相手はあのアルフレッド。どんな陰惨な報復があるか知れたものではない。
(でも……)
その一方で、アルフレッドはただ悪逆非道なばかりではない。
口の悪さは相変わらずだし、ちょっとやそっとの善行では帳消しにならない悪事を、許せない所業を重ねている。
それでもアルフレッドはミルズの森の一件を解決し、ついさっき瀕死の赤ちゃんの息を吹き返させた立役者でもある。
色々と制約や交換条件があってのことだけれども、あいつなりに人間側に歩み寄ってくれている。
段々と態度を軟化させていると感じるのは、エリーと一心同体だからこその身贔屓だろうか。
「ま、それはそれとして、今は素直に喜んでも良いんじゃない?」
ミキは腕を組んで、誇らしげにエリーの肩を叩く。
「お祝いに技の名前を考えたげるよ」
「技の名前?」
あまりピンと来ないエリーに反して、ミキは活き活きと語る。
「露術に対応させた呼び名だと……血を操る術、胤術ってどう?」
胤術――エリーが復唱する。
正直名前なんてどうでも良いかと思っていたけれど、あればあったで曖昧な技に姿が与えられたような感じがする。
うん。良いわね、胤術。エリーだけのオリジナルの技という点も特別感があって良い。
「お祝いって言った矢先に何だけれども、浮かれちゃいけないのはキャスパー君の言う通りだからね?」
顔に出ていたのを隠してももう遅かった。
「名づけは概念を認識する手助けでしかないよ。あくまで危険性が未知数のものにラベル貼っただけだっていうこと、自覚しといてね」
冷水をかけられた気分だったけれど、ミキの言い分はもっともなのでエリーは重々しく頷いた。
「それよりも」と話を変えて、恥ずかしさを誤魔化す。
「今なら頑張ればアルフレッドを抑えていられると思います。イーリャさんに露術を教えてもらいたいんですけれど」
「アタシが教えてあげようか?」ミキは無視された。
「大変結構な向上心ですが、生憎とお嬢様は先程サラディンへお出かけになりました」
「ねえ、アタシがいるよ?」ミキは無視された。
サラディンとは、ミルズの森を抜けた先にある宿場町だ。
「昨日の森林火災の煙が、宿場町からも観測された模様です。昨日、当家に通報がございました。イーリャ様がご対応なさっているとお答えしましたが、被害状況の共有は対面でなければ説明は難しいですからね」
「イーリャさんが説明に出向いたんですか? わざわざ?」
「村の信用がかかっていますので。それに、下手に対応を怠れば無用な探りを入れられてしまいます。それでお困りになるのはエリー様でいらっしゃいますから」
「私……? あ」
確かに、エリーは追われる身の上だ。
追われる理由まではわからないけれども、滞在地で波風は立たせないに越したことはない。
追手の立場になって考える必要がある。
例えば、追手が難癖つけてエリーを放火犯に仕立て上げようものなら、困ったことになる。
「お嬢様は村の利益を第一に考えてのこととおっしゃっていましたが、エリー様の身をご案じでおいでなのですよ」
「頭が下がります」
「是非ともお嬢様がお帰りになられたら、そうおっしゃって差し上げてください」
露術の訓練が先延ばしになりっ放しで不安だけれども、村には他にも仕事は山積している。
そんな多忙な時期に、エリーの一身上の問題まで面倒を見てくれている。
その解決に厚意から奔走してくれる人々へ報いるためにも、一刻も早く独り立ちしなければならない。
「それなら誰から教えてもらえば……」
「アタシじゃダメかな?」ミキは無視された。
イーリャの他に露術を教えてくれそうな人と言えば――。
「院長先生はどちらですか?」
「アタシわい!」ミキは無視された。
「修律院へご出仕なさいました。バーレイ院長はご代表ですし、本日はその……行旅死亡人の埋葬や報告手続きなどがございますので」
「あ……」アルデンスや、殺し屋たちのことだ。「その、ご遺体はもう村に?」
「アタシが運ぶつもりだったんだけれどね」不貞腐れたミキが言う。「色々ばたばたしてたから、向こうの詰所の当番さんたちに頼んでね」
エリーがラムシング村へ行く際に、禁域の崖道ですれ違った修律士の二人組を思い出した。
禁域の惨劇を何も知らされず、エリーに対しても分け隔てなく挨拶を交わしてくれた人たちだ。
今朝になって「君たち、実は死体と一晩過ごしていたんだよね」と電話で伝えられ、遺体を連れ帰ったのだろう。
どの遺体も酸鼻を極める状態だ。彼女たちの心の傷になっていないかが心配だけれど。
†
それは今朝、詰所にて“入るな”と記した扉が開かれたときのこと。
見張り番に当たっていた二人の修律士は、昨晩の宴のおこぼれが回ってきた意味を知る。
この死体の世話を押しつけるための、前払いだったのだと。
「あの飲んだくれ! とんだ厄ネタを隠してやがったよ!」
「今度という今度は足腰立たなくなるまで尻を滅多蹴りにしてやる!」
†
不幸中の幸いというか、エリーの予感は外れていた。二人は悪態つきながら死体を運んでいた。
ラムシング村の女はタフである。
あの二人と今度どんな顔をして会えば良いのか、事情を知らないエリーにはわからなかった。
「お見送りはまだ先になる予定です。エンバーミングのしようがない損壊だそうですが、できるだけお綺麗な姿で送れるようにお取り計らいくださると、院長先生が」
「そうですか……後でお礼を言わないと」
アルデンスを見送る機会を、エリーの弱さが奪ってしまった命に向き合う機会を整えてくれている。
そこに露術訓練を願い出るほど、身勝手なエリーではない。
「それじゃあ、どうしましょう」
挙手して銀仮面を指すミキを視界の端に捉えた。
「キャスパーさん、鍋の浸け置きが済むまで休憩させてもらっても構いませんか?」
「結構ですよ。ご予定は?」
「スペイさんとお話の途中だったので、続きを」
「そろそろ怒るよ」
ドスを利かせて凄むミキも結局、エリーもといアルフレッドの見張りという口実でスペイの客間に同伴することになった。




