017 スカラリー・メイド②:ライ麦パンを分かち合う
悔しいけれども、キャスパーの料理は絶品だ。
ソバ粉のガレットを、あっと言う間に二種類も用意してくれた。
カスタマイズと注文したはずだけれど、キャスパーの独自解釈でなかったことにされている。
それでも悪阻に配慮してくれて、どちらかでも食べられるようにと用意してくれたのだ。
まず、蒸したキャベツやカブ、トナカイのパストラミを合わせたおかず系ガレット。
レンズマメのスープを煮詰めたマッシュも添えて満足感もある。
「このお野菜、すっごく甘い」
「雪中貯蔵したものです。越冬するために甘さを蓄えるのですよ」
「つまり、お野菜自体の味でこんなに……?」
「ええ。蒸すと味を逃さないので、素材の持ち味が活きます」
「お肉も美味しいです」
「パストラミハーブの調合は各家庭で違います。エリー様のお口に合うかと思いまして、特に爽やかさを際立たせた調合をなさっているご家庭から分けていただきました」
それから、こんもりとサワークリームを盛り、数種のドライベリーを散りばめたデザート系ガレット。
さっぱり爽やか、甘酸っぱい。いくらでも入る味だ。
「これ好きです!」
「お粗末さまです」
クリームが多い。それをライ麦パンにつけて食べるのも良い。
「キャスパーさん、一緒に食べませんか」
二皿目を運んでくれたときに誘うも、キャスパーは揺るがない。
「ガレットを作る合間に、同じ材料をスモーブローにしていただきました」
スマートだ。この広い屋敷を取り仕切るために時間を無駄にしない。その姿勢が食事一つに表れている。
働き盛りの男性が、そんな立ち食いの軽食で満足できるのかしら。
「そんなので足りるんですか?」
「仕事の合間に食べるのが習慣になりまして。これでも今は満腹なのです。満腹でいられる時間は短いですが」
「最後に人とお食事されたのって?」
「ふむ……」
キャスパーが顎に手を当てて考えこむ。天井を見上げたまま固まってしまった。
「……ライ麦パン、おかわりできます?」
「ああ、はい。ただ今」
「それからお茶とハチミツも」
あっという間に注文通りの品が出る。
「サジーリーフ茶、それからソバの花のハチミツです。癖があるので無理に召し上がらなくても結構ですが、やはりライ麦パンにはこれが外せませんからね」
「うーん……」
わざとらしくならないように、エリーは腕を組んで首を傾げた。
「やっぱり、ちょっと多すぎたかも。キャスパーさん、半分こしましょう」
「あなたというお方は……」
キャスパーは呆れて、自然と笑みをこぼしてエリーと相席した。
「認識を改めます」
パンを食べ終え、お茶を飲み干してキャスパーが切り出した。
「マイクが変わった理由が何であれ、今のあなたに責任を求めるのは筋違いでした。責めるような物言いをして、本当に申し訳……いや、すまなかった。八つ当たりして、大人げなかった」
――あるいは君が、マイクを邪道に走らせた原因かもしれない。
昨晩、宴の帰りに交わした会話。エリーに悪夢を見せた一因だ。
「キャスパーさんは悪くありません」
エリーはカップに残る熱に縋った。
「私も同じ立場なら疑っていたと思います。ましてや、記憶喪失なんて責任から逃れる理由になりません」
「だとしても僕は、君のせいじゃないことを祈っている。君の働きを見聞きした今なら、心からそう思える」
背もたれに身を預け、キャスパーは両手で顔を隠し、天井を仰ぐ。
羽を伸ばすような語り口だった。
「それにしても、どうして今言おうと思ったんですか?」
「指導に慣れていなくてね。厳しくしっ放しだと、据わりが悪くていけない」
思わずエリーは噴飯しかけた。
「向いてませんよ、先生に」
「君も、メイドよりも助産師に向いていそうだ。赤ちゃんを助けてくれて、ありがとう」
なんて、心温まる一幕が色あせるほどの食器が山と積まれている。
全部、洗い待ちの食器である。
実際の仕事量を目の当たりにして、エリーは固まった。
「ほ、本当にこれ、私一人じゃなきゃ、ダメですか……?」
「ダメです。繰り返しになりますが、これは罰でもあります。昼食までには間に合わせてください」
「メイドより助産師に向いているって言いましたよね」
「何をおっしゃっているのかわかりません。先生に向いていないそうなので」
同じパンを分け合った仲なのよ……。同じ執事とメイドなのよ……。
袖を濡らして見せ、目配せしても、キャスパーは動じない。
それどころか下心を見透かされて、残飯を見るのと同じ目で見られている気がしてきた。
「さ、ぼんやりしている暇はございませんよ。水仕事ですから、つらければお湯を足してくださって結構です。残飯はバケツによけてくださいね。トナカイたちの飼料に混ぜますから」
「ええ? お肉も一緒にですか?」
「ああ見えて雑食の気が強いのです。魚なんかも与えれば食べますよ」
豆知識と一緒に、エリーの汚した食器、茶器類が、洗い物の山の頂上に追加された。
「うげえ」
「無駄口はここまでです。集会が控えていますので、私めはお嬢様をお呼びに参ります。これ以上班長方をお待たせするのは忍びないですからね。それでは、ここは頼みました。よろしくお願いしますね」
ウマの毛束を握らせられた。食洗ブラシである。
キャスパーが去り、エリーは一丁気合いを入れて袖をまくった。
「これもお願いね」
調理担当の人々から追い討ちとばかりにギットギトの鍋やら木べらやらを追加されて、心が折れかけた。
「あ、あのう、洗剤とかないんですか?」
「ないよ。そんな贅沢な物」
冗談じゃない。
「な、ならどうやって洗えば……」
「灰、おが屑、フスマ……探せばその辺にあるよ」
長丁場になりそうだ。後で覚えてろよ、キャスパー・レンスキー。
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