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【祝15000PV】無原罪御宿の吸血鬼  作者: ごっこまん
4.Εὐλογητοί

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015 エリー・イン・メイド⑦:Εὐλογητοί (エウロゲトイ)Ⅰ

   】


 身体の主導権を戻されて、エリーは窓辺に走った。


 誰も気に留めない。室内の全員が赤ちゃんの安否を気にかけている。


 カーテンを閉めた瞬間、瞬く間にエリーの目は血に染まる。


   【


「クソアマども、ガキを寄越せ」


 助産師が反論する気配を見せたので、アルフレッドは軽く握った拳でその顎先を打った。


】あっ【


 とエリーが止める間もないまま、助産師の頭が揺さぶられ、目眩を起こす。


 助手には殴りかかる真似に留めて脅す。


 有無を言わさない暴力に助手は怖気づき、思わず瀕死の赤ちゃんから離れ、助産師を庇った。


 屋敷の人員には銀器が貸与されている。助手はナイフを抜いた。


 切っ先が泳いでいる。あれでは刺されたところで芯を捉えられない。


】ちょっと!【


「野蛮でごめんあそばせだよ!」


 木桶に張った湯に、赤ん坊が沈む。


 アルフレッドはすぐさま引き上げようとした。


】待って消毒! 熱々のお湯に手を浸して……【


「ああもうあれこれ注文しやがって!」


 袖をまくって肘まで露出した腕の表面に、血の薄膜が浮かぶ。


 アルフレッドが皮膚の汚れや雑菌を殺し、瞬く間に血は皮下に浸透して消える。


】今の何!?【


「この方が早えよ!」


 改めて赤ん坊のまだ据わっていない頭を支え、横に抱く。


 父親が固唾を呑む中、母親だけが必死に嬰児を呼び求めている。


 飛び出さないように押さえるのに必死で、銀器を構える余裕もないようだ。


(どいつもこいつも腑抜けばかり)


 室内を見渡し、アルフレッドは悦に浸った。


「喚くな! オレが直々に生き返らせてやろうってんだ!」


 助産師に寄り添う助手のそばで、荒っぽく床を踏み鳴らす。


「のんびり腰抜かしてんじゃねえぞクソアマ! オレが代わるって、あの飲んだくれに伝えてこい!」


 血の目、怒鳴り声と長い牙を見てパニックになった助手が、転びそうになりながら一目散に退室した。


 この場で最も危険な人物の排除に成功する。ついでに助手がミキの足止めになれば上々だ。


 処置に入る。


 エリーの肺に穴を空ける。毛細血管から肺胞に出血させ、肺表面活性物質をこそぎ採る。


 普通であれば内臓出血、喀血する症状だが、アルフレッドが操作していれば傷跡も残らない。


】表面積の五パーセント分あれば充分、だと思う。新生児で小っちゃいから【


【んだよ。息止める必要もねえじゃねえか】


 器の注文通りの量を採取し、血と一緒に口に含む。


 アルフレッドは舌を噛んで血を増やし、蒼白な赤ん坊の唇に唇を重ねた。


 口内の血を、赤ん坊の気管へ押し流す。


】ちゃんと加減してよ。赤ちゃんって脆いんだから【


【テメエ誰のおかげで生き返ったか忘れやがって恩知らずが。口閉じてろ】


 柔らかく、未熟な肺。その隅々に血を満たし、エリーから採取した肺胞表面の成分を行き渡らせる。


 赤ん坊の胸が徐々に、強制的に膨らんでいく。


 その後、血を引き上げさせるにつれて、胸が凹んでいく。


 一滴残らず吸い取り、唇を離した。


 赤ん坊はぐったりと四肢を投げ出し、青白いままだった。


 アルフレッドは不満を隠さず、顔をしかめた。


「余計な真似を――!」


 いつの間にか到着したミキが詰め寄るのと同時だった。


「シカトしやがってこのクソガキが!」


 アルフレッドは赤ん坊を逆さ吊りに持ち替え、パァン! と容赦なく小さなお尻をぶっ叩いた。


 まだ繋がっている胎盤と一緒に、振り子のようになった赤ん坊がむせた。


 平然と、産声が上がった。


 まるで初めから上手く泣いていたかのように、拍子抜けするほど元気な産声が客間に満ちていく。


 アルフレッドは再び赤ん坊の頭を支えるようにして抱いた。


「ああもう、うるっせええぇ! そんだけ泣けるなら最初から素直に泣けよ! スタートからつまずきやがって、この愚図が!」


 不信と困惑と驚嘆。感情が入り乱れてぽかんと放心する目撃者たち。


 その眼前で、赤ん坊が息を吹き返した。


 張り合うように怒鳴り聞かせても泣き止まない赤ん坊に、アルフレッドは手を焼いた。


 産声の沸く室内で、必死になって赤ん坊に手を伸ばす女を見つける。


「おいテメエ母親だよな? おらよ! 親ならこいつに礼儀ってもんを教えとけよ!」


 母親に赤ん坊を押しつけるときも、アルフレッドは壊れ物を扱うよう、慎重に手渡した。


 子の無事に咽ぶ母親と、感謝を繰り返す父親など意に介さずに背中を向ける。


 すれ違いざまに、ミキの肩を叩く。


「診察したけりゃ精々気のすむまでしやがれ。非の打ち所なんざねえけどな」


 アルフレッドは潔白だ。だがミキが信じるとも思えなかった。皮肉のつもりで言い捨てる。


「あー……と、とりあえず、へその緒、切ろうか」


 放心したままの場にミキが声をかけて、分娩室の時間が再び流れ始める。


 へその緒を切り、おくるみを着せ、この場に居合わせる人々が新しい命への祝福で心を一つにする。


「ふん。駄賃代わりだ」


 忙しそうにするミキたちの間を割って、おもむろにアルフレッドは切り離された胎盤を掴んだ。


 流れるような所作で胎盤に牙を突き立てる。中に残った血を吸う。


】ちょおおお!? 何てことしてくれんのよ!?【


 意識の内側にいるエリーも含め、全員が凍りついた。


 泣く赤ん坊と、我が子可愛さに夢中な母親だけが気づかない。


「……え、えっと、良いかな、みなさん」


 ミキがしどろもどろになりながらも、指一本立てて周囲の注意を引いた。


 誰もが精神的に憔悴し、愕然としている。


「あ、良くない? まあ、とりあえず、ええ? どうしよ……。えーその、アタシから説明させて……何かあったよ。こういう場合にぴったりの何か……ああ、そう! 歴史的にも地域的にも限られているけれども、何と胎盤って食べる文化があったりしてさ! 色々な事情から手放しでお勧めはできないんだけれども、産後の体力回復に効果があるんだよ! だから……」


 ちゅうちゅう胎盤に食らいついて吸血中のゴア・モンスター・メイドを一瞥する。


「……家畜とかも普通に胎盤食べてるし、生物の本能的行動としては、何も矛盾し、……ないね。うん、大丈夫だよ。大丈夫。そもそもいつもトナカイの餌に混ぜてたよね」


 説明を聞かされても、次々に度肝を抜く出来事を目の当たりにした一同には、もはや何も響いていなかった。


 助手二人が顔面蒼白で、吐き気を催している。


 そのトナカイの餌行きだった物をじゅるじゅる吸っているメイドは何なのよ、と言いたげな目をしている。


 慶事が弔事のような空気になってしまった。


 何か、気の利いたことを言わなければ。余計な使命感が、ミキを慌てふためかせる。


「……そ、そういえば、胎盤って、レバーみたいな味って話だよ」


 助手二人が嗚咽し頬を膨らませ、口元を押さえて我先にと部屋から出て行った。


 からからに乾いた胎盤を吐き捨てて、アルフレッドは我関せずとばかりに退室する。


「おい、これだけは言っとくぞ」


 ドアの前で、アルフレッドは振り返り、血塗れの口元を拭って、赤ん坊の両親を指す。


「そのガキ、しっかりデカくしろよ! この貸しは絶対血で返してもらう! 目方が少ねえんじゃわざわざ手を貸した甲斐がブェ」


 左手がアルフレッドの意思に反して口を塞いだ。


 もごもごと独り相撲で揉めている内に、目から血の色が抜けていく。


   】


「あはは、な、何でもありません。……えっと、おめでとうございます。あっ、助産師さん! 急に殴ったりしてごめんなさい! 何ともないですか!」


 他のことで頭がいっぱいなのか、助産師はかくかくと頷いた。


「ああ良くないけれど良かった……えっと、あと、あと……ご馳走様でし……ゲフンゲフン! ち、朝食お持ちしますね」


 口元を袖で拭い、銀のペンダントを襟の下に戻し、エリーは笑って誤魔化した。


 産声から隠れるように部屋を辞し、極めて淡泊に食膳を配る。


「あの、ミキさん、すみません。私、いてもたってもいられなくて、出過ぎた真似を」


 ミキは新生児に聴診器を当てているところだった。「シッ」と静かに待っているよう伝えてきた。


 聴診器を外し、診療録(カルテ)にペンを走らせる。


「色々言いたいことはあるけれども、ま、結果オーライとしようか。予想が正しければアタシでも難しい症例だったろうし、助かったよエリーさん。それに、アフルレッド。二人ともありがとう」


 さすがに叱られるとエリーは覚悟していた。


 少々苛立ちが声音に表れているけれども、エリーはほっと胸を撫で下ろした。


 空かさずクリップボードの角がエリーの頭を小突いてくる。


「ただし。これからは、どんなに急いでいても、アルフレッドを出すのは護律協会関係者の承認を得てからにしておくれよ。今までは曲がりなりにもちゃんとできていたし、君の素行の良さに甘えて言いそびれてたこっちも悪いけれども」


「……はい」


「で、どうやって治したのさ?」


 アルフレッドを活かした肺表面活性物質(サーファクタント)の直接投与。


 知識が蘇ったところから、エリーはかいつまんで説明する。


(緊迫した状況に直面して、作業記憶と意味記憶が刺激された……?)


 赤ちゃんの診察を進めつつ、ミキは考察する。エリーへの相槌は生返事になっていた。


 エリー一人、しょんぼりと頭の疼痛を撫でている。


「メイドさん」


 ベッドの褥婦と夫に声をかけられた。


「本当に、本当にありがとうございました」


「このお礼は、必ず」


 頭を下げる二人に【じゃあ血だ。血って言え】と、エリーだけに聞こえる雑音が入る。


「お礼には及びませんよ」


 自然と出た言葉が気障ったらしいのに、エリーは何だか胸のすくような思いに満たされた。

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