012 エリー・イン・メイド④:拾われっ子
バーンズ夫妻の部屋にいたのは、スペイだけだった。
エリーのメイド姿へのお決まりの反応もそこそこに、ヘーゼルを過労に追いこんだことを謝った。
「ああ、良いのよ良いのよ。あの子なんか、人様のお役に立ってなんぼなんだから。……おや、何だい。まさかあいつ、まだダラダラ怠けてんのかい? かぁー、恩人一人働かせて、良いご身分になったことだね! ちょっと待ってね、エリーさん。あいつ叩き起こして来るから」
「い、いいです! 間に合ってますから! スペイさんこそ安静にしてください!」
肝っ玉もここまで強いと手こずらされる。
あたふた話題を探し、不在の夫ロバートについて尋ねた。
「ほら、昨日、森の方で一騒ぎあったろう。吸血鬼の心配もないって狗人も護律官も太鼓判でさ、日の出一番に焼け跡の後始末に駆り出されてんのさ」
スペイの夫ロバートはラムシング村の中でも頭一つ抜けてたくましい。
力仕事なら、いの一番にお呼びがかかる。
けれども、陣痛が間延びしているとはいえ、スペイを置いて行くのはどうなのだろう。
「良いってのよ。あの図体なんだから、こういうときに遊ばせとくにゃ勿体ないよ」
気風が好い姉御肌だ。どうやら死活問題らしく。
「あの辺、養蜂場なんだよ。焦げ臭いままだと花にも悪いし、肝心のハチが住みつかないから」
ハチははちみつ作りに限らず、農作物の受粉を促すにも必要不可欠な益虫だ。
養蜂は村の将来を左右する重要な産業である。
ロバートが駆り出されるのは当然としても、やはりスペイは孤独を隠しきれていない。
「お加減はいかがですか?」
エリーはスペイの丸い腹を見やった。スペイが愛おしく撫でる。
「あれから二回、波が来たよ。間隔が縮んじゃいるけど、こりゃ、まだまだだね」
陣痛が来れば即出産とはいかない。場合によっては一週間もかかるらしい。
との談は、エリーが出所らしいのだけれども、記憶を失った今のエリーにはさっぱり実感が湧かなかった。
簡単に言ってのけるスペイの雰囲気も手伝って、余裕を感じた。
「前々から訊きたいことがあったんですけど」
「何だい。勿体ぶってないで言いな」
「ヘーゼルとは、実の姉妹じゃありませんよね?」
スペイは小柄で、人狼特有の縞模様もない。
なのにヘーゼルは彼女を姉と呼び、慕っている。
「何だかヘーゼルにだけ、村のみなさんがよそよそしいと言うか、だから何か関係があるのかな、なんて……ああ、いえ、話しにくい事情なら結構なんですけれども」
「……構わないよ。誰が見たって気づくことさね。実際あの子は拾われっ子なんだから」
スペイが幼い頃、村の食糧庫に忍びこんでいたのがヘーゼルだった。
見つけたのはスペイの父で、半人半狼で骨と皮張りの姿は、皮膚病を患ったオオカミのようだったという。
「しょっ引こうなんて話も上がってたらしいけど、親父が猛反対してさ。そりゃもう目ん玉ひん剥いたね。口数少ない親父が引き取るって言って聞かないんだよ。あたしには『弟か妹が欲しい、つってたろ。良い子にしてたから、神様が授けてくれたんだろ』って言いくるめてさ。まともに贈り物くれたことだってなかったくせにさ」
最初はヘーゼルが怖かった。
言葉も通じない。不潔で触るのにも勇気が要る。そもそも近づくだけで威嚇してくる。何より可愛くない。
こんなの妹じゃない。
スペイは、野良イヌなんかと仲良くなれる気がしなかった。
「人狼の集落が、禁域を越えた先にあるってのは知ってるかい?」
エリーは首を横に振る。
「あいつらさあ……頑固と言うか聞き分けが悪いと言うか、まあ、文化に誇りを持ってんだよね。冬の時季なんか、たまに村に忍びこんでスプリグリ族の家畜を盗んだりしてさ。厄介者なのさ」
「じゃあ、ヘーゼルは」
「理由は知らないけど、そこから逃げなきゃなんない事情があったんだろうね。お腹も空かせて、小さいのにたった一人でさ」
保護された直後のヘーゼルは、今では考えられないほど荒れていたという。
誰にでも牙を剥く。やむを得ず軟禁するも、食事を運ぶたびに襲われた。
それでもスペイの父は、ヘーゼルを見捨てなかった。
「親父はさ、先の大地震――半地変で故郷を追われたんだ。家族とも生き別れて、お袋はあたしを生んで逝っちまった。で、寂しいわ、自分とこのガキが弟だの妹だの騒ぐわでさ。人一倍寂しさが身に染みた人だったってのにね」
スペイの父は、腕にフェルトを重ね巻き、自作したバイトカバーを腕に締めて、甲斐甲斐しくヘーゼルの世話をした。
腕を噛ませている間は「腕、痛い、父ちゃん、痛い」と大袈裟に痛がって、努めて言葉に出した。
「大丈夫、大丈夫だ」
そうして頭を撫で、身体を撫で、抱き締めてやる。
するとヘーゼルは少しだけ大人しくなり、頃合いを見て父が肉を差し出す。
ヘーゼルは肉を奪って納屋の隅で貪る。
満腹で眠気に勝てなくなってきたら、固めのブラシで縞模様――スリットの内に畳まれた毛皮を梳いて、ノミやダニを取る。
全部、ヘーゼルが落ち着くサイクルで。ゆっくり、丁寧に。
そうしている内に、ヘーゼルは吠えるのをやめ、じっと父を観察するようになった。
父が近寄るとしきりに匂いを嗅ぐ。
「匂い。嗅ぐ」
父は言葉にして、ヘーゼルの匂いを嗅ぎ返す。
挨拶代わりに撫でると、ヘーゼルが自分から頭を差し出すようになった。
父の手から食事を食べるようになった。
元々言葉の素養があったヘーゼルは、周囲の予想より早く心を開いていった。
スペイは語りながら、懐古に頬を笑ませる。
「そっから初めて引き合わされた訳。で、父親の取り合いしたり、着なくなったお古の服を盗られたと思いこんで喧嘩したり……あんまり良い思い出って感じじゃないけど、普通の姉妹っぽいことは一通りやったねえ。ヘーゼルも普通に村に馴染んでってさ……」
今ならエリーにも、ヘーゼルが異常なまでに親身にしてくれた理由がわかる。
ヘーゼルも孤独で、逃げていて、助けられたことがあるからだ。
意図的か無意識か、エリーと自身の境遇を重ねずにはいられなかったのだろう。
エリーも和みつつ、しかし、思い出が幸せを帯びるにつれて、気がかりが影を濃くしていく。
「でも、今は何でみなさん、あんなによそよそしくして……」
スペイが一瞬、言い淀む。祈るように合わせた手を握る。
「同い年くらいの子とは、仲が良いんだよ。あのことはみんな、子どもには黙ってるから」
同い年の子。エリーは違和感を覚えた。
ヘーゼルと仲が良い村人といえば、獣追いの兄弟たちだ。
二人はどう見積もっても十代前半である。
「待ってください。ヘーゼルって今いくつなんですか?」
「さてねえ……はっきりとはわからないけど、スプリグリ族の感覚だと今年で……十二か十四くらいって話だね」
「じゅうし……っ!?」
姉であるスペイが想像以上に若いので、ヘーゼルも見た目より若いとは薄々勘づいていた。
けれども精々まだ十四歳。いくら何でも見た目年齢とかけ離れすぎている。
真っ直ぐで、愛嬌があって、距離感の詰め方がエネルギッシュで、体力があって、そのせいで逆に体力の限界を知らなくて……。
(ああいや、あのテンションと無鉄砲さは十四でも納得いくわ)
て言うかアルフレッド、十四の子に手を出したの? は? ゴミか?
顎の外れたエリーに、スペイは苦笑した。
「あの子、人狼っつっても人間の血にほんの少し混ざっている程度なんだよ。それだけでも成長が早くて、あっと言う間に貫録出て、背丈も力も追い抜かれちまってね」
「た、頼り甲斐があるから、てっきり大人だと……」
「あたしに言わせりゃまだ青二才だけどさ、身体は立派な大人だよ。スプリグリ族の受け売りだけどね」
エリーは放心し、正気に戻った。
まだ肝心なところを話してももらっていないのに。
「それで、何でヘーゼルは腫れ物みたいに扱われているんですか?」
「あちゃあ、誤魔化せなかったか」
悪戯っぽくはにかむスペイも、ヘーゼルと歳の近さを感じさせる。
スペイが明るく振る舞うほどに、話題の重さを痛感する。
「話しにくいことだと思いますし、全然」
「ううん。お嬢様と懇意にしているなら、隠すのも難しいだろうからね」
「イーリャさん?」
スペイが頷いたときだった。
「早く! ソーマ先生を呼んできて!」
分娩中の隣室から、悲鳴のような声が聞こえた。
面白いと思ったら、ブックマークや評価をお願いします!
【祝】
100話目に到達しました。
ここまでお付き合いくださりありがとうございます。
加筆がない限り、ここがランドマークです。
さて――
100話ですよ! もう読者のみなさん、この物語が好きなの確定してますよ!
「おめでとうお疲れ」コメントが欲しい! ブクマ欲しい!
て言うかもう好きって認めて☆5つけて欲しい!
ごっこまんを助けると思って一つ、よろしくお願いします。
まだまだ続くエリーたちの試練に、どうかご声援をください。




