7W.砂糖
この世界には砂糖が無い……。
トマトも無い……。
これだけで、私の好きな食べ物の半分ぐらいは食べられない。
折角電気が通ったのに、クッキーも、ケーキも焼いてもらうことができない。
サトウキビや、甜菜は無いのか!
あとは、シュガーコーンというのが有った気がする。
トウモロコシ自体が無いのか見たことが無い。
メイプルシロップってのもあったな。あれは樹液だったっけ。
メイプルっていうのだから、紅葉みたいなものだよな。カナダの国旗の葉っぱか?
つくづく、前世で、植物に詳しくなっておけば良かったと思う。
サトウキビも、甜菜もどういう植物なのか知らない。
そもそも、同じ植物があるとは限らないんだけどね。
竹も笹もないからなぁ。
そういえば、ススキも見たことが無い。
あんなに、どこにでも生えていた繁殖力の強い植物なのに。
サトウキビは、キビというのだから、イネ科の植物なんだろう。なんか押し潰して砂糖を採っていたのをテレビで見たことがある。太い茎だったような……。
甜菜は、砂糖大根という別名が有ったと思う。だから、きっと大根のような見た目なんだろう。探すにしても根こそぎ持ってこないとダメだよなぁ。
とにかく探すしかない。
まずは、セアンさんを侍女さんに呼んでもらった。
私の植物顧問だ。
セアンさんや、助手さんたちと、砂糖探索会議をする。
そもそも何で、植物の種類が少ないのかと思って、つい口に出してしまった。
そしたら、理由があった。
植物に詳しいセアンさんの話では、「神々の戦い」のときに、生き残った住民が住んでいた島以外の土地は、荒野になっていた。
荒野というのは生易しくて、草木は全く生えていなかった。
その後、世界に広まった植物は、その島に生えていた植物、植物園にあった植物、観葉植物として貴族の家にあった植物、食品や生活に必要なものとして種が保管されていた植物、他国の種子として売買していたものだけだった。
流石、その頃の交易の中心となっていた場所だけあって、交易品としての種子、植物園の植物は色々な種類があったので、それなりに植物の種類は多い。
とは言っても、限界があって、知られている植物の種類は、数千種類だけらしい。大半は、雑草のような植物だそうだ。
図鑑を作ったら、全て網羅できるよ……。
すると……その中にトマトが無かったんだ……。それじゃトマトは二度と食べられないのか……。
ショックだった。ものすごくショックだ。
それで、納得できる部分もある。何故、この世界に薬が無かったのか。
日本でも馴染のある漢方は、植物で薬効のある部分をすり潰したり、煎じたりして処方する。
体に良い植物を発見して、それが薬になった。
こんなに植物の種類が少なかったら、薬効のある植物なんて、ほとんど無いんだろう。
そうすると、薬という概念自体が発生しない。
そして、感染症が少ないのも、媒体となる動植物の種類が少ないことや、生き残った人の中に、重篤な症状になるような病原体が無かったんだろうか。
うーん。そうすると、地球から、宇宙船でやってきた人類が、遭難してこの惑星に住みついた?
そして、科学文明を完全に忘れてしまったのだろうか……。
なんか、そんなアニメを見たことがあるかもしれない。
ただ、あの数字の表し方は……無いな。
12進法だし。
10進法を使っていてアラビア数字を使っている人類が、そんな変遷はしないだろう。不便すぎる。
考えても判らないことを考えていてもしょうがない。
それより、砂糖だ。
その数少ない植物の中に、砂糖を蓄えてくれる植物が無いかということになる。
私の乏しい植物の記憶から探すのが、正しいんだろうか?
植物の目録が有ったりするのだろうか。
あっそうか。目録があるとしても、それは木簡に記載されているのか。
少ないと言っても、数千種類の目録だ。部屋一杯の目録になってしまう。
少なくとも、この領地には無いな。
私の乏しい植物の知識で、サトウキビとテンサイの特徴を伝えて、その植物を探したいと伝えてみた。
「でも、何で、そんな植物を探すんですか?」とジオニギさん。
「そもそも、サトウって何なんです?」とキキさん。
そうだよな、砂糖の有難味を知らないよな。
しょうがない。魔法で作るか。
侍女さんにお願いして、小麦粉を持ってきてもらった。
あと、果物も。
小麦粉のデンプンからぶどう糖 (グルコース)を取り出す。
果物から、果糖 (フルクトース)を取り出す。
砂糖 (スクロース)は、グルコースとフルクトースからなる二糖類だ。
そして、グルコースとフルクトースを脱水反応させて、スクロースを作る。
実験室の机の上のビーカーの中に、砂糖が詰った。
時計皿に、少しずつ、小分けにして、セアンさんや助手さん達、侍女さん達に渡して、舐めてみてもらう。
皆、吃驚顔だ。
ふふふ。驚け、驚け。
「これ!すごく甘いです。」とカリーナさんが珍しく声を上げる。
皆頷いている。
「すると、この甘いものがある植物を探すってことなんですか?」
「そうよ。そうすれば、色々な食べ物の調味料に使えるのよ。」
それから、色々な植物を集めてもらうことにした。
数千種類しかないのだったら、包括的に植物の目録が有っても良い。
何に使えるのかも一緒に記しておけば、後で役に立つ。
絵の上手なヨーランダさんに、植物の絵を書いてもらって、使い道や特徴的な成分を調べていく。
当然砂糖も探すよ。
ーーー
そんな事が有って、4ヶ月経った。
その間に色々あった。
ある意味、怒涛の4ヶ月だった……。
それでも、弛まず努力して、砂糖探しだけは継続した……。
でも……領都周辺の主立った植物は、網羅してしまった。
植物の目録は、1000に達しようとしている。
あとは、雑草の様な、植物だけだな……。
サトウキビも、甜菜も、メープルの木も無かった。
シュガーコーンは、最初から期待してなかったけど、やっぱり無かった。
嬉しかったこともある。ゴムの木のような木が見付かった。
何故、ゴムの木と言わないかというと……私がゴムの木がどんな木か知らないから。
ただ、天然ゴムと同じような樹液を出す。
もう、これはゴムの木と呼んでも良いのかもしれない。
そんな時、セアンさんが、蕪のような植物を持ってきた。
「これは、家畜の飼料に使う植物なんです。
豚飼草という名前です。
普通は、葉が出たら抜いて、ブタに食べさせるんですが、放っておいたら、根が太くなるみたいですね。
普通は、葉が硬くなったら、そのまま潰して次の種を撒くんです。
あまりにありふれたものなので、逆に、調べてないですよね。」
そう言えば、小麦や大麦などを、態々調べたりはしていなかった。
まあ、ダメ元で、蕪のようなところを潰して、煮込んで、成分を調べてみた。
なぜ、煮込むかというと、セルロースもグルコースをモノマーとする高分子なので、分離の魔法で、グルコースを調べると、間違い無く分離されてくる。
煮込んで、可溶分を調べないと、糖分の測定が出来ない。
調べてみて吃驚。大量の砂糖が溶け出していた。
なんと、こんな身近に甜菜が有ったとは……。
セアンさん曰く、家畜の餌なので、誰も食べてみようとは思わなかったんじゃないかという。
齧ってみると、確かに少し甘いんだけどエグかった。
食べたいかと言えば……食べないな。屹度。
早速、この植物の生育条件を確認していった。
植物の名前が判れば、色々と調べることもできる。
この植物は二年草だった。
一冬越えてから、花が咲き、種が出来る。
多分、花が咲く直前が一番根に養分が蓄えられているのだろう。
ただ、二年草だと、時間が掛るね。
仕方が無いか……。
収穫担当の文官さんの伝で、豚飼草の種を作っている農家さんを紹介してもらって、二年目の豚飼草を少し分けてもらった。
確かに根の部分は、大きくなっているが、大きめの蕪ぐらいの大きさだよね。
糖分含有量を調べてみたら、期待したほどでは無い。
ただ、砂糖分は、多いのは多いのだよ。他の植物と比較すると3,40倍はある。
でも、この程度で、砂糖を取るというのは……。
あぁ。そうか、前世の甜菜は、品種改良していたんだな。
……これは……更に手間が掛る。
どうしようか。
目の前に砂糖になる可能性が高い植物がある。
もう4ヶ月も探していたものだ。
でも、品種改良をしないと、十分な収量が得られない。
仕方が無い。奥の手を使おう。
大量に魔法で砂糖を作り出した。
これで、お菓子を作る。
そして、この砂糖が取れる植物の品種改良を領地で継続する様に持ち込む。