79.ガイロン
リシオ男爵から仕事の依頼を受けた。
4歳の幼児を二人を攫ってくる簡単な仕事だ。
もしもの時には、殺しても構わないとも言われた。
これまでも、リシオ男爵からは、表に出せない、いろいろな依頼を受けた。その度に、大金をもらっている。
オレが纏めているのは、ガイロン傭兵団。総勢30人の大所帯。そして、オレは、その団長のガイロンだ。
普段は、領都リシオを根城に、真面目に商人たちの護衛をしている。
真面目な仕事をしてなきゃ、ヤバイ仕事なんて出来ねえ。
昔、ヤバイ仕事ばかりしていた傭兵団もあったが、皆、犯罪奴隷になるか、処刑されちまっている。
オレのところには、腕の立つ団員が多いから、何も知らない商人達には、頼りになる傭兵団で通ってる。
オレの団員は、皆、脛に傷を持っている。
どこかの領地の騎士をして、逃げてきたヤツが多い。詳細は知らないが、横領でもしたんだろう。
そうでもなければ、オレの処にやってきたりはしねえさ。
オレも若い頃に、いろいろやらかしたんで、生れ故郷の領地には居られなくなっちまった。
昔、リシオ男爵の依頼で、隣の領主の息子を攫ったり、他の領主の娘を攫ったりしたことがある。
どういった理由で、幼ない子供を攫うのかは、オレには良く分らないが、貴族には貴族の柵のようなもんがあるんだろう。
脅して、婚姻だか婚約を諦めさせたりしたらしいが、オレの知ったことじゃない。
どちらも、攫ってきて、リシオ男爵の代理人とやらに引き渡しただけだ。
どの親も、自分の子供が攫われて、初めて慌てるものだ。
そんな事態には成らないと信じているらしい。
そのお陰で、いくらでも隙を突くことができる。
今回は、子爵の息子とその領地の騎士団長の娘らしいが、たった4歳だ。
これが、10近い歳になると、魔法が使えたり、剣の腕がそこそこあったりして厄介だが、4歳だったら、そんな事にはならねぇ。
抱えて、領地から出ちまえば、誰も追っては来ない。
簡単な仕事だ。
相手が、子爵だってんで、金を弾んでくれた。
ありがてぇこった。
オレは、腕利きを15人引き連れて、アトラス領の領都マリムに移動した。
オレ達の真面な方の仕事は、王都との間の荷の護衛なので、東の端の辺境には行ったことがない。
残りの連中は、領都リシオで通常業務だ。
領都マリムに来てみて、吃驚した。
やけに人が多い。活気というか、何というのか、領都リシオと全く違う。
街もやたらに綺麗だ。
子爵と男爵の領都だと、こうも違うのか。
まあ、人が多いってことは良いことだ。
街に留まっていても、目を付けられることはねぇだろう。
街に入ったところで、当面の宿を探す。あまり高級なところだと足が付きかねない。4軒の安宿に当りを付けた。
攫うまでに必要な金は、リシオ男爵から手形でもらっている。
下っ端の部下に、両替屋に換金してくるように命令した。
街の大通りで待っていると、その部下が戻ってきた。
「親方。なんか、両替できないって言われちまったんだけど。」
「なに、バカな事言っているんだ。貴族様の手形だぞ。両替出来無いなんて事がある訳ねぇだろう。何やってんだてめぇは。」
「いや、普通に両替を頼んだんだ。でも、「商業ギルド」で確認書をもらえって言われて……。」
「んん。何だ?その「商業ギルド」ってやつは?」
「説明はしてもらったんだけど、何だか、解らなかった……。」
こいつは、腕は立つんだが、オツムがアレだ。
だから、下っ端みたいなパシリしかできない。
「まったく、てめぇは、役に立たねえ。おい、お前、ちょっと調べて来い。」
普段、護衛のリーダーを任せているヤツに声を掛ける。
そいつは、話を聞きに、さっきの両替屋とは違う、他の両替屋に向った。
こいつは、ちゃんと考えてるじゃないか。
「親方、商業ギルドってやつが解りました。
どうやら、商業ギルドは、この領の文官や豪商が運営している組織みたいです。
他領の手形は、そこで使い道を確認してるようです。」
「なんだとぉ。そんなところに持ち込んだら、足が付くじゃぁねえか。」
金が無ければ、宿も取れない。
仕方が無いので、野宿しながら、三日がかりで、リシオ男爵の領地に入ったところまで移動した。
今日は、ここで野宿だ。
部下をリシオ男爵の元へ走らせて、現金を受け取ってくるように向わせた。
戻ってこなかったら、どうなるか解っているような、と脅しつけた。
四日ほどして、部下が金を持って戻ってきた。
もともとの手形の金額と合っていることを確認した。
全く、初手で、ゴタついている。
これまで、こんな事は無かったな。
まあ、金が手に入ったんだから気にするこたぁねぇだろう。
また、三日掛けて、マリムに向った。
前に、目を付けていた宿屋に向った。4人一組だ。
子分達には、別々のアトラス領の村の名前を教えてある。そこから来たことにしておけと伝えた。
目を付けた宿の一つで、部屋を頼んだ。
「どちらから来られたのですか?」
宿の受付が聞いてきた。
手筈通りに、北部の村の名前を告げた。
「では、領民台帳の番号を教えてください。」
領民台帳?また聞いたことのない言葉を聞いた。番号だと?何だそれは。
困っていると追い討ちを掛けるように言われた。
「領民台帳を知りませんか?奇しいですね。ひょっとすると他領の方でしょうか?
時々いらっしゃるんですよね。領外から来て、領民を偽る方が。
本当に知りませんか?」
全員で、その宿から逃げる他無かった。
以前野宿をしていたところまで、また三日掛けて戻った。
既に、何人かの部下たちが所在無さげにしていた。
話を聞くと、オレ達と同じ目に遭って逃げてきたようだ。
そうこうしている内に、全員が揃ってしまった。
部下の一人が、商人を装えば良いんじゃないかと言った。
それなら、他領の人間がマリムに居ても変じゃぁない。
噂でしか知らないが、マリムにはかなり変わったものがあって、他領の商人が詰め掛けているらしい。
今度は、商人ということで、宿を取ることにした。
また三日掛けて、マリムに戻った。
前と同じ宿だと怪しまれそうなので、商人が泊まりそうな、少し良い宿を選んだ。金が掛るが仕方が無い。
宿に着いて、部屋を頼んだ。
「リシオ領から来られた商人の方ですね。
部屋は準備しておきますので、商業ギルドで登録してから再度お越しください。」
そう言われて、宿から外に出されてしまった。
また、商業ギルドかよ。
また、何かあるかもしれないと思っていたので、もしもの時に落ち合う場所を決めておいた。
落ち合う場所に行くと、既に何人か居る。
そのうち、全員が集った。
どうやら、宿で、皆同じ事を言われたようだ。
「親方。商人を偽るのはヤバいですぜ。」
一体、この領地はどうなってるんだ。
宿を取ることすらできねぇ。
部下の一人が、職人になろうと思って来たと言えば良いんじゃないかと言う。
そういや、この街には、沢山の工房がある。
そんなヤツも大勢居るだろう。
前回選んだ安宿に、違う部下を割り当てて、職人に成りに来たと言って宿を取ることにした。
宿屋で部屋を頼むと
「職人になりに来られたのですね。では、工房ギルドで登録をしてから再度お越しください。」
工房ギルド?何だそれは?
話を聞くと、職人になるためにマリムに来た他領の者は、領民台帳に登録をした上で、工房ギルドに職の斡旋を受けなきゃならない。
そのために、まず工房ギルドへの登録が必要だと言われた。
工房ギルドが何かを聞くと、商業ギルドと同じようなものらしい。
その上、以前どんな職に就いていたかを聞かれて、適性を確認する。
ヤバいだろ。それは。
宿から出されてしまったので、また落ち合い場所に行くと、先刻と同じになっていた。
もう、状況を聞くまでもねぇな。
「親方、どういたしやしょう?」
そんな事を聞くんじゃねぇよ。オレにも判らねえ。
「とりあえず、夜は、この街のどこかに潜んでいよう。これだけ大きな街だ、どこかに潜んで居られる場所があるだろう。」
早めの夕食を食って、街の中をあちこち見て歩く。
どこもかしこも綺麗に整っていて、潜める場所が見当らない。
まあ、暗くなれば、闇に潜んでいることもできるだろう。
日が沈む頃から、街中がやけに明るくなってきた。
日が沈んでも、街中は昼のように明るい。
目星を付けていた路地も明るい。
他領から初めて来た風を装って、領民に話を聞いてみた。
夜間は、ずっと明るいままらしい。
その上、やたらに警備の騎士が居やがる。
街中で野宿でもしようものなら、そのまま掴まっちまう。
どうしようもねぇ。街に潜伏するのは諦めるしかなさそうだ。
街を離れて、暗い中を移動した。街道筋で野宿をした。
これからどうするか考えなきゃならねぇ。
やり始めて分ったが、これは、かなり面倒な依頼だった。
街に泊まることは諦めるしかねぇな……。
リシオ男爵領の野宿していた場所まで戻っていたら、状況を探ることすら出来そうもねぇ。
どこかに潜んで居られる場所を探さねぇとならねぇな。
そう言えば、この街の西側に川が有ったな。
川のあたりだったら水も手に入るから、そこに拠点を作るか。
夜が明けてから、街道から外れて、川に行ってみる。
なんだか、やけに人が多くねぇか?
何してるんだ?
子供も多いな。
旅人を装って、近くに居た子供に聞いてみる。
「坊主、これは何をしてるんだい?」
「サテツを取ってるんだよ。」
「サテツ?そりゃあ何だい?」
見せてもらったものは、黒い粉だ。
よくよく、話を聞いてみると、ここでサテツなるものを取ると、領主が結構な金額で買い取ってくれるらしい。
昔は道具一式を領主の元から借りていたらしいが、最近では道具を買うことも出来るんだそうだ。
坊主は、随分と前からサテツ取りをしていて、道具は自分で買ったと自慢していた……。
肝心のサテツが何なのかは、全く分らなかった。
しかし、日中は、領都の側の川沿いには、こんなに人が居るのか……。
とても潜んでいることは出来なそうだ。
上流に行けば人が減るかと思って、川沿いに上流に移動したんだが……。
どこまで行っても、川沿いは人が居る。
子供が多い所為か、騎士の姿もちらほら見える。
水は諦めて、森の中に潜伏するか……。
頻りに作業している人に混って、突っ立っているオレ達は目立過ぎだ。
部下を連れて、街道に戻った。
あまり街からは離れたくはねぇ。
街の側にあった森に向って行く。
森と思っていたところにも人が居る。
頻りに黒いモノを運び出している。
ここでは、何をやってんだ?
良く見ると、森の周りには、小屋が沢山建っている。
煙を上げている小屋もあれば、黒いモノを運び出している小屋もある。
森の周りは小屋だらけだ。
そして、相変らず、騎士の姿も見える。
いくつもの森らしき処を移動してみたが、どこもかしこも人だらけだ。
本当にこんなところで、何をしているんだ。
そうこうしていたら、日が沈んできた。
街道に戻って、街道脇に野宿をすることにした。
どうやら、街の周辺は人で溢れている。
その翌日は、海岸に行ってみることにした。
流石に、港でもない海岸には人は居ないだろう。
海辺は野宿には厳しいが、街から離れると、依頼された仕事が難しくなる。
日が昇ると同時に、海岸へ向った。
なんと、ここにも人が居る。
河原より人が多いかもしれねぇ。
ここは、砂浜で、何も無えんじゃあねぇか?
河原と同じような事を皆でしている。
やはり子供が多い。
例のサテツとやらなのか?
そして、騎士がウロウロしてやがる。
しばらくうろついた挙句、結局リシオ男爵領の野営場所に戻ってきた。
街道沿いは、何故か騎士たちが巡回している上、街道から外れるとすぐに農地だ。
どこにも拠点を作れなかった。
次の話から暫くは、別な話になります。
ガイロンは、これから苦労することになるのですが……。
それは、もうしばらく先になってからの事です。




