78.オルシ伯爵
隣の領地の領主、ラニエリ・リシオ男爵が儂の領城を訪ねてきた。
「ポンペオ・オルシ伯爵閣下、罷り越しました。」
リシオ男爵には、アトラス領の調査を任せている。
儂は、かつて大陸東部を支配していた大国オルシ王国の末裔だ。本来なら侯爵であっても良い血筋だ。
東部大戦の折に、北部と、東の海岸沿いの領土を、ガラリア王国に奪われた。
東部大戦の初期に、テーベ王国やノルドル王国と共闘してガリア王国や周辺の王国と戦っていた所為だ。
当時、大陸の東部の領地は盗り放題だった。
オルシ王国は、ガリア国王とゼオン王国、アスト王国、テルソン王国、ハロルド王国の5連合王国軍に敗北した。
その結果、儂の家門は、その後建国されたガラリア王国に、服従することになった。
何とか命脈は保てたが、領土の大半を失なった。
儂のご先祖様は見る目が無かったのだ。
オルシ王国の北部は、東部大戦で戦功を上げた下賎の者達に分割譲渡された。
そして、東端の広大な土地は、アトラス領となってしまった。
海沿いの土地は、当時、ほとんど開拓の進んでいなかった土地だった。
土地を奪われてしまったのは屈辱的であるものの、未開の土地でアトラス家が苦労しているのを見ることで溜飲を下げていた。
しかし、最近になって、アトラス領が変わった。矢継ぎ早に、様々な物品が開発されている。
そして、あろうことか、アトラス山脈で、金や銀、銅の鉱脈が見付かった。
忌々しい。
本来、儂の財宝であったのに、それを我が物にしている。
アトラス家は、かつて無いほどに純度の高い、金や銀を国王に献上したと、先月の宰相会議で話題になっていたと聞く。
あの、辺境の田舎子爵にすぎない、アトラス家に、高純度の金や銀を生み出すことなどできるはずが無いのだ。
何かよからぬ事をしているに決っている。
「それで、何か掴んだのか?」
リシオ男爵と組んで、アトラス領の動向を探るようになったのは、領民の流出が無視できなくたってきた為だ。
リシオ男爵が、領地で農地を放棄する領民が増えてきていると泣きついてきた。
男爵程度の領地では、出来ることは限られている。
儂のところのような大領主に依存するのは仕方の無い事だ。
リシオ男爵には、かねてから様々な企てを謀ってもらっている。儂にとっては便利な領主だ。それなりに大切にしないとならない。
調べてみると、儂の領の領民の1/8が、どうやらアトラス領に流れて行ったことが判明した。
リシオ男爵の領地では、さらに深刻で、1/4がアトラス領に流れてしまっていた。
アトラス領では、鉄という金属、さらにガラスの製造に成功していた。
突然それらの物が生み出されるはずがない。
特にガラスは、王都の博物館に国宝として展示されている。
失伝した技術で、誰も復活させることができなかったものだ。
鉄やガラスによって、生み出される富は莫大なものになる。
たかが子爵風情が、扱って良いものではない。
だが、その富に釣られて、父祖の地を捨てる領民が増えてきている。
急速な発展には、何か秘密があるはずだ。
「色々と探らせているのですが、妙な噂しか出てこないのです。
あれだけの変化をもたらした黒幕が絶対に居るはずなのですが……。
どんなに調べても、アトラス子爵の息子のアイテールと騎士団長のソド・グラナラの娘のニーケーが考案したのだという話です。」
「その息子や娘は、それほど優秀なのか?聞いた事が無いが。」
それほど優秀な後継者が居るのであれば、王都や他領で話題になっているはずだ。
しかし、アウドもソドも、前領主と前騎士団長が死んで、領地に戻って結婚したと聞いている。
それほど前の事ではない。
そんな後継者が居るのだろうか?
「いいえ。領民は、「新たな神々の戦いの最中に生れた神々の知識を持つ子供」と、持て囃してます。」
なんだ?それは。
「新たな神々の戦いは、3年ほど前のことだ。その時に生まれた子供なら、まだ4歳の幼児ではないか。」
「そうなんです。だから、妙な噂と申し上げているので……。」
「鉄やガラスが出てきたのは2年ほど前だ。その頃ならば、その幼児はまだ赤子ではないか。
そんな、見え透いた偽りを信じているのか?
もっと真面な情報は無いのか?」
「私も信じられませんでしたので、何度も調べましたが、これと言った情報は出てきません。
ただ、その二人を指導していた魔法使いの侍女が居たらしいのですが……。」
「では、その者が黒幕ではないのか。」
「ところが、昨年、実家の不幸があったとかで、その侍女は、アトラス家を辞めているのです。
それと、昨年から、アトラス領の領都では、夜も昼の様に明るくなっているのです。」
「ならば、なおの事、その侍女が黒幕だろう。」
「その明るいのが、光の魔法であるなら、その侍女という線も考えたのですが……。
ただ、侍女が去った今も変わらず、領都マリムの夜は明るいままで……。」
「その魔法使いの侍女が、何かしていて、どこかに潜伏しているのではないのか?」
「ですが……、領都全体を明るく照す光の魔法など有り得ないではないですか。
その魔法は、伝承魔法と言われているもので、魔力の維持が困難だと言われてます。
それを領都中に一晩中というのは……。」
「いずれにしても、その侍女を探すのが必要な事ではないのか?」
「その侍女の名前までは分らなかったのですが、王都近郊の男爵の娘らしいです。
そして、確認したところ確かに王都に向っています。
そして、その光は、領民の話では、「デンキ」というもので、魔法ではないと言われています。」
「それでは、今回判明した事は、その幼児が変化をもたらしたというヨタ話だけではないか。」
「はい。申し訳の無いことです。」
「ううむ。何とも面妖な話だ。
アトラス子爵には、何か隠蔽すべき秘密があるのだろう。
それで、そのような戯言を吹聴しているのに違い無い。」
「私も、その様に考えています。
誰か他に黒幕は居るはずです。
ただ、ここまで、何も掴めないとなると、アトラス領を調べていても埒が明きません。」
ふむ。何か打開策が必要という事か。
「ところで、男爵の領地は、今どうなっているのだ?」
「それが……。さらに流出が加速していまして……。
これほど領民が流出してしまうまで、気付けなかったことが、返す返すも悔まれます。
ただ、このまま、手を拱いているだけですと、我男爵領は、立ち行かなくなってしまいます。」
しかし……。ここまで、何も判らないとは……。
事態が発覚したのは、半年程前だ。
止む無く、リシオ男爵領では増税をした。
儂の所もだ。
その所為で、さらに領民の流出が加速している。
今では、男爵領は、半分近い領民が領地を離れているらしい。
儂の所も今では、空き農地が目立ってきている。
既に、1/4ほどの領民が離れている。
このままでは、アトラス家は富み、我々は衰退していく未来しか無いではないか。
確かに、何か手を打たなければならない。
アトラス家は、国王家との繋りが強い。特に、アトラス家に輿入れしているのは、宰相の娘だ。その家族に手を出すのは危険だが……。
「これは、例の方法しか無いかと思うのですが……。」
「うむ。儂もその事を考えていたところだ。ラステル男爵のときも、ミミック男爵のときも上手く運んだからな。」
「いつもの者達がおります。たかが幼児二人です。そのヨタ話が本当だとしたら、連れて来てしまえば、いくらでも言うことを聞かせることができるでしょう。
そうで無かったとしても、こちらで身柄を取れば、子爵と交渉して、黒幕が誰なのかが分かるのでは?」
まあ、危険はあるが、誘拐してしまえば、やり様もある。
「それでは、その者たちを動かしてもらおうか。
金は、こちらでも融通しよう。
まあ、身柄については、生きていても、死んでいても構わん。
ただ、くれぐれも、足が付かないように動けよ。
アウドの息子の母は、宰相の娘だ。
この事が発覚したら、どのような処分を受けるか分らんからな。」
「分っております。
たかが、幼児二人ですから、万が一にも失敗することは無いでしょう。」




