77.戦時景気
うーん。あっという間だったな……。
精錬方法の検討に2ヶ月以上かかったんだけど……。
プラントの建設は、1週間で終った……。
相変らず、アイルの魔法は凄まじかった。
あっという間に、プラントが出来上がってしまったなぁ。
コンビナートには、硫酸、硝酸のタンクが立ち並び、銅、銀、金の精錬工場が稼動している。
紙の生産も注文に追いつかないというので、ついでに、もう1工場増やしておいた。
アイルと私がプラントを作っている間に、助手さんたちが、アウドおじさん、グルムおじさん、ボロス商店、ボーナ商店、コラドエ商店と話を付けて、工場の運営方法を決めたらしい。
まっ、今回の生産物は、金と銀、銅だから、私が説明しなくても大丈夫。
プラントが出来上がったところで、簡単な試験運転をしたら、早速生産が始まった。
半月ほどで、銅が60キログラム、銀が10キログラム、金が2キログラム取れたと聞いた。
ウチの領の鉱山は、良質だねぇ。
早速、1キログラムずつ、国王に献上したらしい……。
あまりの高品質の貴金属に、国王も驚かれていたと教えてもらった。
出来て、すぐに国王に献上するなんて。
ウチの大人達は、抜かりが無いんだね。
なんて思っていたら、実は、戦争の準備に貴金属類が欲しかったんだって。
そう言えば、そんな事が有ったな。
忙しくしていて忘れてたよ。
それで、国王に貴金属を持っていったのかな。
どうやら、ノルドル王国とは、かなり険悪の度合いが上ってきている。
こちらが砦を築き始めたら、先方は、ノアール川の対岸に、軍を駐留させた。
グルムおじさんは、戦費の捻出のために、銅精錬工場で、フル生産させている。
このペースなら、何時戦争が起きても大丈夫とか言っているけど……。
国王や神殿経由で、戦争を避ける手立てを、講じていたんじゃなかったんだろうか?
調査に行った、騎士達の報告では、金鉱脈はかなりの埋蔵量だった。そして、それは、アトラス領側にあるノアール川の支流の辺にあった。
父さんは、
「しばらく睨み合いだな。こちらから手を出すことはしない。
ただ、先方が川を越えてきたら、相手をするしかない。
仮に攻め込んできても、こっちには鉄の武器があるから問題は無い。」
と言っていた。
通信機も上手く動作して、毎日、各砦から、状況の報告がある。
まあ、ほぼ毎日、「異常無し」という報告らしいが……。
このまま何も無ければ良いんだけどな。
前世は、戦後かなり経った日本に生れ育ったので、戦争は忌しい遠い記録でしかなかった。ウチの両親も戦後生れだったしね。
知っている人が敵と切り結んで怪我をしたり命を失なったりするのは、想像するだけでも恐しいと思う。
そうは言っても、戦争に成るかもしれないのであれば、備えなければならない。
領都内は、戦時景気で沸き立っていた。
前線に送る食料や、武具を、領地で大量に買い上げていた。
グルムさんが貴金属を欲しがる訳だよな……。
既に、アトラス領の騎士の半数は、ノアール川沿いの砦に駐留している。
領主館周辺の騎士さんの人数が目に見えて減っていた。
領都には、戦時景気を当てにして、さらに大量の移民が雪崩れ込んでいた。
領都マリムは、加熱気味に拡大の一途を辿っている。
ここにきて、私達の周辺に変化があった。
私達を護衛する騎士さんの人数が、ようやっと少なくなった。
前々から過剰護衛だと思っていたんだよね。
まぁ、半数の騎士さんたちが、出張中だから当然なんだけど。
お父さんとの間では、面倒臭いやり取りがあった。
「護衛の騎士を減らしたりしたら、二人が襲われて、攫われるかもしれない。」
「あのね、私達をどうやったら攫ったりすることが出来るのよ。」
「たった4歳の幼児なんだから、抱えて逃げれば攫えるだろう。」
「だから、私達をどうやったら、抱えて逃げられるのよ。」
「そうですよ。おじさん。ボク達を攫おうと思ったら、大火傷するか、溺れるか、そうそう巨大な氷を上から落したら、相手は纏めて押し潰されるかもしれないですね。」
「いや……。そうだな……。マリムダムの時の事を考えると……。」
「そうよ。とにかく、不意を突かれなければ、反撃できるんだから、そんなに護衛の騎士さんを付けなくたって良いのよ。
大体、今、領都を警備する騎士さんだって足りてないんじゃないの?」
しばらく不毛なやり取りをしてから、どうにか、お父さんは納得した。
背に腹は代えられないというのもあったんだろう。
やっと、馬車の護衛の騎士さんの人数が10人ちょっとになった。
これでも多いような気がする……。
でも、やっと過剰護衛では無くなったかな。以前は、3,40人居たからね。
増加する人口に対応するために、いろいろな整備が必要になった。
私とアイルは、上下水道設備や、発電設備の増強に駆り立てられた。
発電量を増やすために、領主館にある変電所を増設した。
久々に、船でマリム川を遡った。新緑の季節なので、良い保養になった。
以前は、ウィリッテさんも一緒だったな。
発電機は、新たに3基設置して、5基稼動になった。
それに併せて、ダムの変電設備も増設した。
送電線も、1系統増やしたと言っていたけど、超伝導素材の在庫は?
アイルは、もう2系統増やしても大丈夫だと言っていたので、ダム用としては足りているらしい。
良かった……。
上下水設備は、3系統になった。
これで、50万人ぐらいまでは許容できるだろう。
まだ、20万人に届かないぐらいの人口なので、しばらくは大丈夫かな……?
ん?去年の暮れに8万人じゃなかったっけ?
うーん。戦時景気の所為かな。
領地台帳の担当文官さんに聞いたら、1/4は、1歳未満だって。
もの凄いベビーブームだな……。
アウドおじさんは、街を拡張して、家を増設していた。農地も増やしている。
水道設備も増やした。
また、大量に、水道配管を作った。
そろそろ、領地で作れるようにした方が良いかも。
手が空いたら、希少金属を生産するようにしよう。
合金生産のための電気炉も必要だな。
どうやって加熱しようか。
アーク炉か、低周波誘導炉か……。
また、検討に時間がかかりそうだな。
たたら製鉄も拡張されて4台の炉がフル稼動している。
武具を作るために大量に鉄が必要になったためだ。
今は、原料の半分ぐらいは、三酸化二鉄鉱石を使用している。
それでも、砂鉄の純度は良いので大量に使っている。
砂鉄蒐集で、河原や砂浜は大盛況だ。
何で、そんなに剣が必要なんだろうかと思っていたら、戦争に備えて、盾が大量に要るらしい。
そう言えば、盾は見たことが無かったな。
戦争のときには使うんだ。
今は、領都で、盾を大量生産している。
ん。弓矢や槍ってのは無いのか?
警護してくれている騎士さんに聞いていみたら、知らないらしい。
弓矢が無いのは、不思議だ。
鳥や兎を採ったりするのに使うんじゃないかと思っていたんだけど、鳥と言えば、鶏で、あとは、雀や鳩ぐらいしか居ない。
弓矢の詳細を説明したけど、そんなものが、小鳥に当たるんですか?
と逆に聞かれてしまった。
兎は、犬、猫と同様に人に飼われているだけ。野生の動物は、魔物に食われてしまってやはり居ない。
なるほど、弓矢の使い道が無いんだ。
戦争の時の飛び道具は、魔法なんだって。
槍も知らないと言っていた。
青銅の太い棒は、武器として有るらしい。そう言えば、魔物は、殴り倒していたんだったな。あの厚い皮に、刃物は役に立たないんだ。
先に刃が付いている必要は無いんだ。
戦争とは無関係な事も進んでいく。
金、銀、銅が領都内の市場に出て、貴金属の細工物を作る工房が出来た。
重さの単位として、1/1728(=1/d1000)キロを表わす単位のグラムが一般化した。
まあ、貴金属は、キログラムでは、量らないよね。
冷凍機が出来たので、アイルに冷蔵庫を作ってもらって、領主館の厨房に設置した。
今はまだ春だけど、夏になったら、冷い飲み物が飲める。楽しみだ。




