76.精錬
オストワルド法自体は、原料がアンモニアで発生するガスが二酸化窒素で注意が必要である以外は特に問題は無かった。
アイルに作ってもらったガーゼ状の白金ロジウム触媒が上手くいった。
プラント建設のデータを取った。
オストワルド法の検討をしている最中に、最後の鉱石探索隊が戻ってきた。
予定より2ヶ月遅れだ。
隣国ノルドル王国と小競り合いが発生したため、帰還が遅れたと言っている。
持ってきた鉱石を調べたら、石炭は無かった。
代りに金鉱石があった。
これは……多分ヤバイやつだ。
天然金の粒が多量に含まれている。
ノルドル王国との国境線は、ノアール川とアトラス山脈の稜線だ。
最近になって、ノアール川の下流域で砂金が採れることが判明したらしい。
そして、その砂金の元はアトラス領側の金鉱脈のようだ。
これは、紛争の元にしかならないよな……。
アトラス領は、アトラス山脈の東側一帯が領地なのだけれども、北の方は手付かずで、全く開拓されていない。
つまり、人が殆ど居ない。辺境というより、僻地だった。
以前から度々、ノルドル王国民が国境を越えることがあって、国境警備している騎士と小競り合いが発生していた。夏の間海に出て漁をするらしい。その時に、アトラス領の海岸を利用している事が多かった。
夏の間、時々騎士を派遣して、追い返していたんだそうだ。
しかし、今回は、違っていた。
ノルドル王国は、国境を越えて、砂金を蒐集していた。
小規模の集落も見られたようだ。
それが、アトラス領側の川辺にもあって、追い出すのに苦労したみたいだ。
今回、鉱石を調査しに行って、その事実が発覚した。
急遽、人が集められて対策会議になった。
でも、私、この会議に必要?
何故か呼ばれた……。
状況の説明が鉱石探索チームに同行した騎士からあった。
もともとこの地域は、冬季には海が荒れる。
寒冷地のため、作物も取れず、浜辺は港としても利用するのは困難で、人が住むような場所じゃない。
ところが、ノアール川の両岸には、集落ができていて、砂金蒐集を盛んに行なっていた。
上流域の鉱脈周辺には、金鉱脈を探索するために、アトラス領側に入り込む者が多数居たらしい。
それらの人々を追い返したものの、また侵食される可能性が有るという事だ。
領地は国王のもので、領主は、国王の領地を守るのが重要な仕事だ。
隣国から侵略があれば、押し返して、あわよくば領地を広げなければならない。
当面は、ノアール川の右岸、アトラス領側の警備のため、騎士を派遣することになった。
騎士たちは、川の右岸の上流部、中流部、下流部に砦を築くことになった。
金の鉱脈の正確な場所と埋蔵量の特定を急いで実施する。
通信機を使いたいので、簡易発電装置と蓄電池を準備する。
大陸の東岸では、海流が北に向っているので、物資や騎士の輸送には船を使用する。
そういった事が会議で決まった。
その後、対応をアイルと相談した。私は通信装置と畜電池用の素材を作る。
蓄電池としては鉛蓄電池を採用した。
その他に、蓄電池用のケースと、陰極と陽極の交換用の板、瓶詰めの硫酸を準備した。
私に付いていた騎士さんから、派遣する騎士さんへ、使用方法を伝えてもらった。
簡易発電装置はコンプレッサーで使ったフィットネスバイクを使うことになった。
大掛りな自転車のダイナモみたいなものだ。
これを使って、鉛蓄電池に電力を溜める。
騎士さんが訓練と称して漕ぎ続けるんだろうな……。大変だな。
船で運ぶんだったら、多少重くてもどうにかなるだろう。
問題なのは、無線通信の到達距離だ。
どうやら3千kmぐらい離れているらしい。
アトラス領は、また、随分と無駄に北に長いんだな。
アイルは、この惑星にも電離層があることを掴んでいた。短波帯の電波なら届くんじゃないかと言っていた。
実際はやってみないと分らない。
お父さんの話では、ノアール川のこちら側に騎士を派遣すると、ノルドル王国も対抗すると予想している。
金鉱脈の場所にもよるが、こちら側だと知られた場合には、奪いに来るかもしれない。
そうなったら、戦争だ。
そうならない為に、王国のトップ同士の会談と、神殿組織での話し合いをしてもらう事を要請すると言っていた。
やっかいな事だ。
途中で、時間を取られたけれど、私は予定通り、精錬の検討を再開した。
一番厄介だと思っていた窒素の固定化はメドが立った。
黄銅鉱から、銅や銀、金を取り出す手順は、
・鉱石から必要な銅を含んだ鉱物を取り出す。
・銅を含んだ鉱物を酸素中で加熱処理して金属銅を析出させる。ここで、大量の二酸化イオウが発生する。これは、硫酸を作る原料にする。
・得られた粗銅を硫酸中で電解精錬して、電解銅を得る。
・陽極に沈殿するスライムを固めて、硝酸中で電解精錬して純銀を得る。
・銀を得るときに発生するスライムから金を取り出す。これは、状況を見てからかな。
高温研究室に、助手さんたちに精錬用の炉を新設してもらった。
ボロスさんのお陰で、黄銅鉱や白金の鉱石は着々と集まっている。
まずは、鉱石の選鉱が必要だ。
鉱石を砕いて、粉にして、水の中に入れて攪拌する。
鉱物は水より重いので、沈殿する。
そこに、気泡を導入する。
鉱物の表面が疎水性だと、泡が纏わりついて、浮遊してくるので、それを集める。
水に、重金属塩を溶かしたり、pHを調整したりして、水や空気と鉱石粉の親和力の相違などで、目的の鉱物が浮遊するようにする。
最初は、何をしているのか、助手さん達には訳が分からなかったみたいだ。
石が水に浮くんですか?とか聞かれたけど、空気の泡と一緒に浮ぶので、別に水に浮いている訳ではない。
いろいろと条件を変えて、この鉱石から銅などが多い鉱物を浮遊させることができた。
分離した鉱物の貴金属類の含有量を、魔法を使って比較して見せた。
これを一々、手作業で分類するのは、とてつもなく大変なことは理解してもらえたみたいだ。
耐熱性を考慮して、マグネシアで坩堝を作った。マグネシアは熱伝導度もそこそこなので、電力加熱することにした。
スーパーカンタルヒーターなら、1300℃ぐらいまでの高温を簡単に実現できる。
選別した鉱石と珪砂を坩堝に入れて、空気を送り込んで加熱する。この反応は、硫化物の硫黄分が酸化する反応で、ほとんどの反応段階で発熱反応だ。
このとき、硫化銅は酸化されて、金属銅になる。
酸化銅にはならない。
この方法を使って、地球でも古代から金属銅を得ていた。
鉱物に含まれている、鉄、ケイ素などは金属銅より軽いので、反応が進むと表面に浮いてくる。
それを取り除けば、鎔融した銅を得ることができる。
坩堝は上流から下流に向けて3段にした。日本の某金属メーカーが実施していたものだ。
1段目は、鉱物を鎔解する槽で、空気を送り込んで、硫化物を酸化反応させる。鎔融物は、全て2段目に送られる。ここでは二酸化硫黄が大量に発生する。
2段目は、さらに加熱して比重の大きな「かわ」(銅を含む硫化物)と上部に浮いてくる「からみ」(酸化鉄や酸化ケイ素)を分離する。
3段目は、2段目の「かわ」に更に空気を送り込み、鎔融銅と、不純物を含んだ硫化銅を分離する。ここでも二酸化硫黄が大量に発生する。
1段目と3段目の坩堝の側面に穴を開けて、上部の「からみ」を外に流し出せるようにした。
炉の外側は、アルミナで中が観察出来るようにすると共に、発生した有毒な二酸化硫黄を外に導き出した。
導入した空気に混って外に出てきた二酸化硫黄は、冷却した後で、水で洗って、水に溶かした。
鉱物を鎔解して、加熱を続けていくと、鉄などの比較的密度の低い酸化物は上部に銅を含む比重の高い鎔融物は下に分離していく。
見ていても良く分らないけれど……。
反応を進めて得られた「からみ」と「かわ」が冷えた後で、含有する銅や他の金属の量を調べる。
何度か、温度を調整したりして、反応条件を確認して記録をとっていった。
粗銅が作れる条件を決めることができた。
あとは電解精錬すれば良いな。
電解精錬は、粗銅を陽極にして、ステンレスを陰極にして硫酸銅水溶液中に浸けて電気を流す。
陽極から銅を含む金属がイオンになって、ステンレス表面に銅が析出していく。
粗銅に含まれている卑金属も溶け出すのだが、ステンレスの表面には銅だけが付着する。
電極の構造や印加電圧、硫酸銅濃度を調整して適切な条件を探した。
スライムとして陽極の下に沈殿するのは、銅よりもイオン化傾向の小さな貴金属やセレンなどだ。
セレンの含有量を見たけれど、ほとんど無かった。
アトラス領の鉱脈は、かなり良質の黄銅鉱が採掘されているみたいだ。
これを鎔融して固めて電極として、硝酸銀溶液で同じように電解精錬する。
適切な条件を探していく。
最後に、硫酸の製造プロセスと、硝酸の製造プロセスの検討をして、精錬プラントの建設に必要な条件を調べ終えた。
最後に残ったスライムは、金と極微量の白金族元素、セレン、テルルが極極微量含まれていた。
このまま、これは金だと言っても問題無さそうだな。
鎔かして固めたら、どう見ても金にしか見えない。
精製するか悩んだけど、まあ、このままでも良いだろう。
この国で使われている金貨の組成よりは、はるかに高純度の金だった。
金貨の組成は、金貨を鋳潰してこっそり組成を調べたよ。
そのぐらいのお金は持っている。
条件を決めるのに、3ヶ月掛った。
後は、プラントの建設だ。
最近は、化学実験をしていたので、セドくんに会いに行けなかった。
何か有害物が衣服や髪の毛に付着しているかもしれないからね。
ようやくそれも終ったので、久々にセドくんに会いに行った。
可愛いなぁ。
寝返りを打つことができるようになったらしい。
ベットの上で、コロコロ転がっている。
「お姉ちゃんですよぉ。」
若い侍女さんが、「セド様は、ニケ様と違って、まだお話しになりませんね。」と不思議がっていた。
うーん。何と応えたら良いんだろう。多分、これが普通なんだけどね。




