74.皆既日食
天文台を担当している助手のダビスさんと、ピソロさんが日中研究室にやってきた。
普段は、昼、夜逆転の生活を強いてしまっていて本当に申し訳ないのだが、昼に態々訪ねてくるのは、かなり珍しい。
「アイルさん、衛星セレンの軌道を見ていたら、ヘリオと衛星セレン、惑星ガイアが並びそうなんです。」とダビスさんが言う。
この恒星系は、太陽系と良く似ている。
そして、惑星ガイアと地球も良く似ている。
かなり大きな月が一つだけだというのも地球と同じだ。
ただ、月が天球上を移動する白道と、太陽が天球上を移動する黄道との角度が地球と比べるとかなり大きい。
地球の場合は5度程度なのだが、ここでは、17度ある。
黄道と白道の角度が地球と違って大きいのだが、この恒星系が太陽系とかなり異なっているところがある。
各惑星の軌道面のズレが、大きいのだ。
太陽系の場合、各惑星の軌道面は、非常に近い。
ところが、ヘリオ恒星系の惑星は、軌道面がそれぞれ勝手な方向を向いている。
ズレ自体は、それほど大きくないのだが、最大で30度近いズレがある。
もともと、星間物質が集まって、恒星が誕生するときには、星間物質が持っていた運動量が収束して、一定方向に回転する円盤状の軌道を形成する。
だから、外乱でもなければ、恒星系に所属している惑星は、恒星を中心に同一の方向に周り、軌道面もほぼ同一になる。
これは、近場で超新星爆発した恒星メクシートの影響じゃないかと思うのだが、はっきりとは言えるほどデータが未だ無い。
「えぇっと。恒星ヘリオと衛星セレンと惑星ガイアが一直線に並ぶという意味ですか?」
「はい。そうです。恒星ヘリオ、衛星セレン、惑星ガイアの順に並びそうです。」
ということは、日蝕が起こるかもしれないってことか。
惑星と衛星の軌道の観察をしていて分っていることがある。
惑星ガイアと衛星セレンの公転周期が、ほぼ12倍で、僅かなズレしかない。
そのため、皆既日蝕は極めて稀な現象になるのだろうという事だ。
まだ、1年未満の測定のため、正確な軌道の計算が出来ていないので、はっきりした事は言えない。
それでも、公転周期の最小公倍数がかなり大きな値になるため、直線に並ぶのは、数百年に1回程度しかないだろうと予想している。
黄道と白道の交差点の位置は、他の惑星の影響でズレていくのだが、そのズレがどの程度になるのかもまだ解っていないので、大雑把な話しかできないのだが。
ただ、地球で度々見られた、日蝕という現象は、惑星ガイアに於ては非常に起こりにくい事なのは確かだ。
つまり、今、生きている人で、日蝕という現象を過去に見たことがある人は居ない。
突然、日蝕なんかが起こったら、間違い無くパニックになるだろう。
「それで、それはいつ頃の事になるのですか?」
「今月の末の新月の時に並びそうです。」
えーっと。今日が1月のd20日だから、ん。あと12日ぐらいしかないのか?
これは、どうしたら良いのかな。
まずは、どのぐらい経緯度で一致することになるのか計算しないとダメかな?
二人は、多分、計算しているんだろう。それを聞いた方が早いな。
「経緯度で、どのぐらい近くなりそうですか?」
「最も近付いて見えるときには、1分もズレて無いかもしれません。」今度は、ダビスさんが応えた。
ピソロさんと、ダビスさんは、1歳ピソロさんの方が年上だ。二人で行動する際には、大体、ピソロさんが仕切るのだけど、計算は、ダビスさんの方が得意だ。
この世界で、角度を表わすのに、時刻と同じ呼び方をした。
だから、360度は、12時。1時は30度だ。
そして、1時は12刻なので、1刻は2.5度
1分は、その12分の1なので、約0.2度だ。
この方が12進法の世界では便利だと思ったのだが……オレの頭の中では、未だに度に換算している。
こんな事なら、最初から360度で定義すれば良かったと思うこともある。
だけど、360度の定義は、12進法の世界では収まりが悪かった。
この惑星が、地球と似ている点なのだが、恒星ヘリオと、衛星セレンの視度がほぼ一致していて、大体2分5秒ぐらいだ。
そして、この視度も地球から見た太陽や月とほぼ同じだ。
とは言っても、惑星ガイアで見た視度の方が若干小さ目だ。
それで、ズレが1分無いということは、確実に日蝕になるな。
「それで、アイルさんに確認してほしいのですが。」とピソロさん。
そうだな。
あと12日しかないんだったら、日蝕になるかどうかは直ぐに確認しておいた方が良いな。
突然日蝕になんかになったら、本当にパニックになるかもしれない。
「わかった。えぇっと、天文台に行けば良いのかな?」
「ええ。お願いします。」
侍女さんにお願いして、天文台まで連れていってもらった。
これまでの天体観測で得られているデータを元に、黄道と白道の交点に恒星ヘリオと衛星セレンが到達する時刻を割り出してみた。
恒星ヘリオが到達する時刻は、1月30日4時1刻8分W.4秒。衛星セレンが到達する時刻は、1月30日4時1刻8分W.2秒だった。
これは確実に、皆既日蝕になるな。
何度か、異なるデータで計算をしてみても、この時刻に違いは無かった。
測定結果が相互に信頼できる証明になっているようで、素晴しい。
二人を褒めておいた。
二人はかなり照れていた。
夕食の時に、父さんに、今度の月末に、皆既日蝕が起こることを伝えた。
予想通り、夕食の席に居た人達は、誰も日蝕というものを知らなかった。
ニケは浮かれていた。
「日蝕、日蝕、皆既日蝕」と歌いながら踊っている。
いつもの状態だ。
ヘリオの前をセレンが横切ることで、ヘリオが隠れてしまう現象だと説明した。
偶々居合せていたダムラック司教様も話を聞いていた。
この人、良く夕食の時に居るよな。
「その時に、ヘリオとセレンは、大丈夫なのか?衝突したりしないのか?」とダムラック司教。
まあ、そう思っても不思議じゃあないよな。
「セレンは、ヘリオより大地に近いところを移動してますから、衝突したりしませんよ。」
「だが、セレンもヘリオも同じ大きさに見えるではないか。」
「ヘリオは、セレンよりも大きいんですよ。
ヘリオは太陽の男神で、セレンは月の女神ですよね。男神の方が、女神より大きいんです。
同じ大きさに見えるのは、ヘリオの方がセレンより遠くに居るためですよ。」
なんか、嘘八百だ。
でも、何故か、納得してくれた。
「ただ、領民の人たちは、突然ヘリオが隠れてしまうと吃驚すると思うんですよね。
事前に、領民の人たちに伝えておいた方が良いと思います。」
「それは、何時の事なのだ?」
「1月d30日4時1刻9分の前後3分ぐらいですね。」
「ちょっと待ってくれ、書き記すから。1月d30日4時1刻6分から、4時2刻までで良いのか?」
「そうですね。多分、その日の4時1刻9分は夜のように、真っ暗になります。街灯を点けておいた方が良いかもしれないですね。」
「そうだな。何も知らずに、突然真っ暗になったら危いな。
ソド、警務団に伝えておいてくれ。街灯もその時には点灯しておくようにしてくれ。
司教殿、布告は出すが、文字の読めない者も多い。
信者には、口頭で説明しておいてくれないか。」
ソドおじさんも、司教様も了承してくれた。
さて、オレはオレで、折角の機会だから、天体観測するか。
相対性理論の実証に、日蝕を利用したのは有名な話だ。
恒星の質量によるレンズ効果で、背面にある星の位置がズレて見える。
またとない機会だから、きちんと観測しておこう。
ニケが、暗くなっても、直接ヘリオを見ると目を痛めると言いだした。
まあ、その通りだ。
でも、見てしまう人が出るんじゃないだろうか。
観察用のガラスを作ると言いだした。
お前、ガラス板1枚作れないじゃないか。
「だから、素材は私が用意するから、アイルが作ってよ。」
ということで、NDフィルターのような石英板を大量に作るはめになった。
石英の中に、アルミニウムの微粉を混入したものだから、原価は只だ。
手間は……仕方が無いな……。
翌日、アウド父さんの名前で、布告が行われた。
布告
1月30日4時1刻6分から、4時2刻までの間、セレンがヘリオの前を横切るため、6分ほどセレンが翳る現象が発生する。
4時1刻9分には、夜のように暗くなる。
無用な騒ぎを起こさないように。
過度に騒いだ者には、処罰もあり得る。
目を痛める可能性があるので、暗くなっても、ヘリオを直接見ないように。
横切る状態を見たい者は、領主館に黒いガラスを準備してあるので、それを使うように。
1万枚ほど用意した石英板は、あっという間に無くなって、追加で2万枚ほど準備することになった。
 




