71.無線機
昨年の末に、無線機の試作1号が出来てすぐに、ウィリッテさんが、領地を去っていった。
あまりに突然の事に、呆けている内に、年が開けた。
ウィリッテさんが領地を去ったのは、無線機の試作とは関係ないはずだと思うんだけど……多分……。
後でニケに聞いたのだが、ウィリッテさんは、遠耳の魔法の使い手だった。
無線機とは完全に競合するのだろうか?
無線機の試作が出来たところで、実は、ニケやその助手さん、ウィリッテさんとカイロスさんには見せている。
ウィリッテさんは、凄く吃驚した顔をしていた。
誰もウィリッテさんが出て行った件と、無関係とも関係があるとも言ってくれない。
ウィリッテさんが出て行ったことが、これだけ、大騒ぎになっているのに……。
うーん。気になる……。
年明けの宴のあとに、無線機の紹介をした。
そうなるだろうと思っていたけど大騒ぎだった。
「これが、以前聞いた、遠くに居るものと会話することができる道具なのか?」
と父さん。
あれは、インターネットの事を話してたのだけど、まあ、音声に限ってみれば、同じ機能なのかな?
「まあ、そういった道具の一つです。」
「『シーキュー・シーキュー』とか『テンフォー・テンテン』とかでしょ?」
ニケの、それは、一体どこから持ってきた知識だ?
父さん達の顔に思いっきりクエッションマークが浮んでるぞ。
「それで、これは、どうやって使うのだ。」
ソドおじさんが、早く動作を確認したくて仕方が無いという風に聞いてくる。
父さんやおじさん達に、使い方を説明していった。
音を拾うマイクロフォン、音を出すスピーカー、そして、無線機本体のスイッチ、周波数の合わせ方。
とりあえずなので、周波数の設定は、固定にした。
そもそも最初のうちは、何チャンネルも必要無いし、可変周波数にすると、相互の装置の周波数を合わせるのが面倒になる。
領主館は、チャンネルの1というようにしておくと、どこからでも、領主館に通話したい場合には、そこに合わせれば良い。
不幸にして、同時にあちこちが通話しようとすると混信するけれども、通信機が少ない間は、問題ないだろう。
そして、送信の周波数と受診の周波数は別のものを割り当ててある。
完全に双方向独立で通信できる。
温度特性などによって、周波数にズレが出るかもしれないので、受信感度に合わせて周波数を微調整できるようにはしてある。
今のところは、そんな感じで大丈夫じゃないかと思っている。
通信機が増えるようになったら、また別途考えることにしよう。
今、決めなきゃならないことでも無いだろう。
まあ、今後どうするかは別にして、今は、この2台しか無線通信装置は無い。
「すると、この通話のためのボタンを押して、話をすれば、相手に聞こえるのか?」
「そうです。相手が話した内容は、全て、ここから聞こえてきます。」
ソドおじさんが、真面目に質問している。
父さんが、落ち着きなくしている。
使ってみたいのかな?
「じゃあ、片方の道具を隣の部屋に設置しますから、お父さんとソドおじさんで、通話してみますか?」
「よし。分った。それでは、私が隣の部屋に行こう。準備が整ったら、話をするから、ソドは、返事をしてくれ。」
どうやら、最初に話したいみたいだな。
まあ、いいよね。
ソドおじさんの補助を助手のアルフさんに任せて、助手のウテントさんと、セテさんに無線機を1台、隣の部屋に運んでもらう。
オレと父さんは、一緒に隣の部屋に移動する。
ウテントさんとセテさんに、無線機のセッティングをしてもらった。
父さんに、準備が出来たことを伝える。
「ソド聞こえるか?」
「アウド、「ソド聞こえるか」という声が聞こえた。」
「ソド、「アウド、「ソド聞こえるか」という声が聞こえた」という声が聞こえた。」
「アウド、「ソド、「アウド、「ソド聞こえるか」という声が聞こえた」という声が聞こえた」という声が聞こえた。」
……
白山羊さんと黒山羊さんかよ、オイ。
互いに互いの声が聞こえている事を確認する正しいやり方ではあるのか?
しばらく、意味の無い会話の応酬をしている。
いいかげん良いだろうと思ったので、父さんからマイクを奪い取って、ソドおじさんに通話した。
「そろそろ良いと思うので、そちらに戻りますね。」
助手さん二人に無線機の撤収を頼んで、元の部屋に戻った。
いつの間にか、装置の周りには人が沢山居た。
母さんたちや、ダムラック司教の姿もあった。
「アイル様、これは、凄い道具ですな。
この声は、どの位、遠くまで届くのでしょう?」
とダムラック司教が聞いてきた。
「それは、まだ確認してませんけど……一応、マリムダムやコンビナートと、領主館を繋げようと思ってます。」
「なに!マリムダムか ?
それで、声が届くのに、どのぐらいの時間掛るんだ?」
と父さん。
「えっ?今と変わらないかと思いますけど。」
父さん、ソドおじさん、ダムラック司教は、ものすごく驚いた表情で固まっていた。
無線通信は、電波を使うから、光と同じスピードで信号は届く。
マリムダムぐらいの距離であれば、一瞬だろう。
電離層があれば、惑星ガイアの裏側にも届くだろう。
それですら、1秒の何十分の1かで届くはずだ。
あれ、そういえば、この惑星にも電離層があるんだろうか?
確認しておかないと……。
なぜ、そんなに驚いていたのかが分らなかった。
皆がそれぞれに、持論を話している内容を統合すると、遠い場所まで音声が届くのには時間が掛るものだと思っていたみたいだ。
遠い場所に落ちた雷の音が届くのには、かなりの時間がかかる。
近い場所に落ちた雷の音は即座に聞こえる。
「ということは、あんなにも遠い、マリムダムと、となりの部屋に居る様に話が出来るってことなのか?」と父さん。
「そうですね。」
「すると、例えば、隣国との国境に警備隊を置いておいて、敵が攻め込んできたときに、即座に状況を知ることができるということか?」
とソドおじさん。
「まあ、電気が無いとムリですけど、電気さえ準備できれば、そういう使い方も出来ますね。
マリムダムとコンビナートには電気がありますから、その二箇所とは、簡単に通話できるようになると思います。」
「そうか。電気が無いとダメなんだな。」
なぜかがっかりしたようにソドおじさんが応える。
「ただ、ニケに頼めば、電池を作ってくれると思いますから、そうなれば、電池の交換だけで済みますよ。」
「電池とは何ですか?」とダムラック司教が聞いてきた。
「電気を溜めておける道具ですね。」
「では、それがあれば、異教徒との国境の状況が逐一分るということですか?」
「えーと、異教徒というのは、テーベ王国の事ですよね?
そのぐらいの距離になると、いろいろ確認しなきゃならないでしょうが、多分可能じゃないでしょうか。」
「おぉぉぉ。やはり神は使徒を遣わしてくださったのだ。」
しかし、司教さんと話をすると、異教徒とか、使徒とかが、必ずと言って良いほど出てくるんだけど。
どうにもアブナイ人に思えるんだけど……大丈夫なんだろうか?
一応お披露目ができたので、あとは、改良していくことにした。
マリムダムと繋げようと思うと、アンテナが重要になりそうだ。
その後、ソドおじさんが、警務団に持たせられないかと相談してきた。
警務団の詰所に置くのであれば、可能だけど、携帯無線機は、電池をどうするかがあって難しそうだ。
ニケと相談したら、ニッケル水素電池だったら、蓄電出来て良いかもと言っていたが、けっこうハードルが高そうだ。追々考えることにしよう。
ソドおじさんとしては、詰所に置いてあるだけでも助かるらしい。
あとは、ギルドにも置いてほしいと言っていた。
ギルドには、不審者の訪問が時々ある。
そんな場合は、職員が詰所に走って連絡するんだそうだ。
それから対応しようとすると、場合によっては、逃げられたりする。
近隣の詰所と無線が繋がれば、早く制圧できると言う。
まあ、それはかまわないけど、チャンネル数とか、運用方法とか、検討が必要になりそうだ。
オレを警護してくれている騎士さんと、そういった事を詰めていけば良いといわれた。
早速、何台もの無線機を使うことになってしまった。
やはり、運用方法をきちんと考えなきゃならないんだな。




