69.発電所
アウドおじさんの執務室に、アイルと共に呼ばれて話を聞いている。
水力発電所の建設予定地が見付かった。
騎士さん達は、マリム川のかなり上流まで調べに行ったみたいだ。
マリム川は、中流で、二つに分岐して、片方は、アトラス領内を流れ、領都マリムで海に流れ込んでいる。分岐のもう片方は、オルシ伯爵領やリシオ男爵領との領境になっている。
他の領地に影響することから、分岐しているところより上流にダムを作ることはできない。
マリム川は、支流も沢山ある。源流はいずれもアトラス山脈だ。
アトラス山脈は、大陸東岸にそびえる巨大な山脈。その山に蓄えられた水が湧き出て、南側から流れ出している支流が集ってマリム川になっている。その所為もあってマリム川は水量の多い大河になっている。
今回、水力発電所の建設する場所として、
水量の多い滝、あるいは、傾斜が急になっていても川幅が狭くないところを探してもらった。
かなり上流に流量の豊富な滝があった。けれど、それは川の分岐点よりも上流だったため候補にはならなかった。
分岐部分あたりは、かなり急峻な谷になっていて、流れが早い。
その分岐を下流に下って、流れが穏かになる直前ぐらいに、傾斜があって、流れが急な流域がある。
今回候補になったのは、その場所らしい。
報告していた騎士さんは、その場所まで、馬で5日ほど掛ると言っている。
馬って、1日でどのぐらい走るんだ?
時々休ませなきゃならないから、平均時速はそれほど早くないよね。
10km/hぐらいかな。もっと遅いかな。
ということは、400kmぐらい上流?
前世の大学の有った場所と東京ぐらい離れているじゃない……。
日本が小さいというか、大陸がデカいというか……。
結構遠い場所だな。
送電線の材料は足りるかな。
足りないと、またあの複雑な結晶を魔法で作らなきゃならないんだよね。
憂鬱だな……。
気になって、アイルに相談してみた。道の無いところを移動したから、せいぜい1日の移動距離は30kmぐらい。
それでも150kmも上流じゃないか。
ただし、送電用の材料は、その距離でも余裕で足りる。
よかった……。
とにかく、現場を確認してからということになった。
大変だね。アイル頑張ってね。
何故か、私も行くことになった……。
私、要らなくない?
今回視察して、場所が良ければ、そのまま建設してしまう。
強力な魔法使いが必要な上、変電設備を作るための素材が足りなくなったら現地調達する。
そのために私が必要だって。
いつの間にか、私たち二人を連れて行くことになっている。
拒否するとしても理由が必要だけど……。思い付かない。
同行するのは、アウドおじさんとお父さん。グルムおじさんは、収穫の時期なので、領主館を空けられない。
馬での移動で、馬に乗れない私達を連れていくので、片道8日。現場での作業含めて20日は掛るらしい……。
まあ、今は助手さん達に、製薬の仕事を任せているので、私が居なくても進むから良いけど。
すると、突然、アイルが、「船で行きましょう。」と言い出した。
運ぶ資材が多いことや、川の上流に行くのだから、川沿いの道の無いところを馬で移動するより船の方が楽だと説明している。
でも、川上に向うんだよね。帰りは楽かもしれないけど、行きは大変だよ。
船は魔法で動かせば良いなんて言っている……。
そう言えば、大量の岩石を空中に浮かべていたな、この人は。
ん。だったら、空中を移動すればもっと簡単じゃないかと思った。
隣に居たウィリッテさんに聞いてみた。
空中浮遊は、力の有る魔法使いが試みることは有る。
ただ、自分の体を浮遊させ続けることが難しく、浮遊している途中で、イメージが維持できないと、墜落してしまう。
一旦バランスを崩すと、立て直すことはまず出来ないため、何人も死んだり大怪我をしている。
なるほどね。命を掛けてまで、することではないのか。
船だったら、魔法が切れても流されるだけで、ちょっと困る程度で済む訳だ。
結局、移動用の船を作ってみて、魔法で移動ができるのか確認することになった。
アウドおじさんやお父さん達と、川辺まで移動した。
船体はアルミニウムで作って、船底だけステンレスで補強することになった。ステンレスの原料を一緒に川辺まで運んだ。
アルミニウムは、川砂から取り出す。
ステンレスの塊を作って、川砂からアルミニウムを作っていく。その横でアイルが船体を作っていく。
私が素材を作るはじから船体になっていく。もう、慣れたよ。
なんか、とても大きな船になりそうだけど、これ、本当に動かせるのだろうか。
半時もしないで、小型のフェリー船ぐらいの船になった。
20人ぐらいのキャビンと貨物室を作っている……。
桟橋のようなものを作って、その脇に船を空中移動させて停泊させた。
アウドおじさんとお父さんが愕然としている。
まあ、そのうち慣れるよ。
私は慣れた……。
「じゃあ、試験運行してみますから、乗ってみてください。」
アイルが言うので、みんな桟橋から船に乗り込んでいく。
はっきり言って、快適だった。
時速は、体感で、30km/hぐらいかな。
アイルが船を空中に浮かした段階で、動くだろうとは思っていたけど。
ただ、何故、舵輪があるんだ?
アイルの助手さんが操舵している。
「この船は、基本、前に移動するだけ。進む方向を変えるには、舵を使う。
そうすれば、魔法も後ろから押すイメージだけで良いので楽だから。
これなら、ニケも動かせるんじゃない?」
そう言われて、魔法で船を前に進ませる役目をバトンタッチした。
船を後ろから押すというイメージを思い浮かべたら、前に進み始めた。
たしかに、進行方向を魔法で調整しようとしなければ負担は小さい。
舵で、方向を変えている間も、後ろから押しているイメージを維持していれば船は進む。
なるほど。これは楽だ、というか、とても楽しい。魔法を調整すると船の速度が変わる。
もう少し体が大きかったら、自分で操縦できるのに……って、あと何年後だ?
カイロスさんぐらいにならないとダメだよね。
という事は、あと3年必要ってことか。魔法で大きくなれないものかね。
アウドおじさんとウィリッテさんも操縦をしたがったのでバトンタッチした。
流石に領主様だね、アウドおじさんは、私やアイル並のスピードだ。
アウドおじさんは、自分で操舵しながら船を進めている。
ウィリッテさんは、ちょっとだけ速度が遅いかな。それでも楽しげに船を操っていた。
カイロスさんが、羨ましそうにしている。
少しだけでも魔法が使えるんだったら、成長すると沢山魔法が使えるようになるかも知れないと、誰かが言っていたような気がする。
まあ、もう少し大きくなって、もう少し魔法が使えるようになったらだね。
ふふふ。私は、君の歳になったら、自由に自力で操縦できる自信が有るよ。
強力な魔法使いが4名居れば、問題は起こらないだろうという事で、船で移動することが決まった。
騎士さんの一団が先行して、現場まで移動した。現地で護衛をするためだ。魔物が出てくるかもしれないと言っていた。
侍女さん達は、キャビンに布団や日用品を船に積み込み始める。
船中泊ができるように準備している。
往復で4日ぐらいの船旅になるはず。万が一のために10日分の食料と、現場で合流する騎士さんたちの食料を積み込んだ。
私とアイルは、助手さん達にお願いして、現場で作ることになる変電設備の材料を積み込んでいった。
私達は、騎士さんたちに4日遅れで、出港した。
船で移動するのは、アウドおじさん、お父さん、アイルの助手さん3名、侍女さん達、ウィリッテさんとカイロスさん。総勢15名だ。
とても珍しい経験なので、今回の船旅をサポートする侍女さんたちは、裏で、参加者の争奪戦を繰り広げたらしい。
詳細は知らないけど、良く聞く「……勝ち取りました……」というセリフを聞いた。
船の操縦は、殆どアウドおじさんがやっている。「幼児にそんなことはさせられない。」という建前だけど、操船が楽しいみたいだ。
風を感じながら、夏の終りの船旅は快適だね。
順調に、川を北上して、夕方になる前に、錨を下して船中泊に移行する。
先行した騎士さんたちより先に着いてもしょうがないとお父さんが言っていた。
大量に木炭を持ち込んでいるので、暖かな夕食を皆で食べて、就寝する。
朝起きて、食事を摂ったら、また川を川を北上していく。
このペースだと今日の昼ぐらいには候補地に着くらしい。
だんだん山がちな地形になってきた。北の方に見える高い山は紅葉が始まっているみたいだ。
ダムの建設予定地に着いた。
騎士さんたちが、駐屯していた。
こんな上流でも川幅が200mぐらいある。水量が多い。
川の流れが緩やかな場所に停泊をする。
少し先に行くと、流れが急に早くなっている。川の両岸は岩肌で囲まれている。その外は、なだらかな傾斜の山が連なっている。
アイルが急拵えの桟橋を作って、船を停泊させた。
岩肌に階段を作った。
岩肌の上は、かなり高い。
登ってみると見晴らしが良い。
下に川が流れているけど、300mぐらいの高さがありそうだ。
登るのに大分時間がかかってたけど、こんなに高かったんだ。
自分で歩いていないので、実感が無かったよ。
この場所は、かなり広い高原になっている。アイルは、もともとここは、滝があったけど、削れていって、谷になったんじゃないかと言っていた。
アイルとアウドおじさんが相談を始めた。
この場所を完全に堰き止めてしまって、下流域で困らないかの確認と、堰き止めた後で、どうやって帰るかだった。
そうだよ。川を堰き止めちゃったら船で帰れないじゃない。
この場所で川を堰き止めても、下流に幾つも大きな支流があるので、下流では水位が若干下るぐらいで済むらしい。
問題は、どうやって帰るかだ。
この場所から、2kmほど下流にそこそこ大きな支流があるので、そこまで戻れば水がある。
ん。船はどうするんだ?
「船は、そこまで空中を移動させるから、問題ないよ。河原を少し歩いて戻らなきゃならないけどね。」とアイル。
まあ、良いよ。私は普通に帰れれば文句は無いよ。
ただ、私達を運んでくれる侍女さんか騎士さんには申し訳ないな。
安全のためと言って、アイルは船をこの高台に持ち上げた。
普通に空中を移動させただけだ。
これから始まることに比べると、些細なことだよ。多分……。
船ドッグにあるような船の台座を作って、その上に船を載せた。
お父さんが、騎士さんたちを招集した。馬達を驚かせないように、馬は少し離れたところに繋がせた。
馬を見張る騎士さんを残して、騎士さんたちは、全員高台に移動した。
それからは、アイル主催のスペクタクルだった。
かなり遠くにある岩山の上部が浮き上がり、こちらに向って飛んでくる。ここの手前で10個ぐらいの大きな塊に分裂して、川に沈んでいく。
このシーンは前も見たけど。凄まじいね。特撮映画を見ているみたいだ。
何度も岩を川に沈めると、段々と上流側の川の水位が上って、下流側の水位が下っていく。
そして、完全に川が堰き止められた。
その後は、大きな岩の塊ではなく、人の頭ぐらいの大きさの多量の岩が堰き止めた場所に降っていく。
この高台の高さの1/3ぐらい積み上がったところで、巨大な岩のパイプが飛んできた。直径が4mぐらいある。
それが等間隔に12本積み上がった礫の山の上に乗る。
片方の口は下流側で元の川の水面ぐらいの高さにあり、もう一方の口は上流側のこの高台より少し低いところにある。
そのパイプの周辺に、人の拳ぐらいの礫が降り注いていく。最後は、親指ぐらいの細かさの岩が降っている。
どんどん積み上がった砂礫が高くなり、この高台と同じ高さになった。
ようやく空から岩や石が落ちてこなくなったので、高台の端に移動して下を覗いてみる。
川上側は、傾斜角60度ぐらいの斜面になっている。川下側は、傾斜角30度ぐらいの斜面だ。
前世で見たことがある。ロックフィルダムってやつだ。
その壁から、ニョキニョキと岩石で出来ているチューブが川上側から川下側に貫通している。
川上側は少しずつ水が溜り始めていて、小さな湖になりつつある。
下流側は、鳥たちがやってきて、干上がった川底で、逃げ損ねた何かを啄ばんでいた。
一応、逃げそこねた者たちのために手を合せておいた。
そのまま、夕食になった。
騎士さん達も、侍女さんたちも興奮状態だ。
このシーンを見るのが二度目の私でも凄いと思うぐらいだから、初めて見る人は、こうなっちゃうんだろうな。
私達、船組は、高台に置いてある船の中で一夜を過した。
夜が明けた。
今日は、アイルが仕上げをしていく。砂礫の山の頂点の部分を平にして通路を作る。
向こう岸まで道が出来た。
ダムの両岸に近いところを2mぐらい削って高さを低くした。
これは水位がダムの高さより上昇しないように、下流側に流す経路になる。
水が流れても砂礫が侵食されないように、表面を固めて滑かに加工した。
その上に、石橋を作って、通路が繋がっている状態にする。
水が溜った後、溢れた水は、石橋の下を流れる。
巨大な石の管の上流側の水取り入れ口の周りに壁を作った。
堰を作って水門を作った。水の取り入れ口に水を流したくないときに、水が流れないようにする仕掛けだ。
アイルは、発電設備を設置する時やメンテナンスの時に使うと言っている。
来たときにアイルが作った階段は完全に砂礫の中に埋まってしまったので、ダムの斜面に、下流側の川まで移動出来るように石段を作った。
今は、水が全くないので、川底へ降りるだけだけど、水が流れるようになったら、船を横付けすることを想定している。
階段は、後々使うので、手摺りを付けた立派なものになった。
その階段を下まで降りて、下流側の水の出口のところには、石造りの小屋を建てて、二つの出口に水車を1基ずつ、2基設置した。
それぞれの水車に発電機を設置した。
二つの発電機は共にとてつもなく大きい。
回転速度を変更するための巨大なギアボックスを繋いで、水車との間にはクラッチを付けた。
「あとの水の出口はどうするの?」
「最初は、2基だけ動かして、電力が必要なったら12基まで増やすようにしたんだ。それで、上流側には堰と水門を作ったんだよ。」
浄水場や下水処理場と同じなのか。人口増加対策だね。
ここまで、作って、構造物は一応完了だ。
ちょうど昼になったので、昼食を食べる。
その後は、電気関連の機材を組み上げていく。
高台に、変電所の石造りの建物を作った。
その中には、発電機から電力を引き込む端子台、領都へ電力を供給する端子台を設置した。
この端子台は、大電流が流れることを想定して、銅の塊を使用している。
どれもこれも巨大だ。銅の導線も私の胴体ぐらいの太さがある。
そして、超伝導体との接続部分は、超伝導体の塊を銅と密着させる。そこから、細い超伝導体の送電線へ接続することになる。
まだ繋がないけどね。
しかし、この太い銅導線からの電流を、あの細い超伝導体に繋いで良いのか?
なんとなく不安になる。
アイルが大丈夫だと言っているから、大丈夫なんだろう。
電圧調整用のトランスを設置した。まだ発電器が動く状態じゃないので、水が溜るまで、これは、そのまま放置になる。
最終的に、あの巨大な発電機の出力電圧が正確には判らないので、仮組だと言っていた。
それらは、船で持って来た原料から素材を抽出してその場で組み上げていった。
やっぱり、私が必要な要素が、無い……よね。
再度、素材を持ってくるのは面倒なので、船を使って大量に運び込んだ鉱石類は、全て保管小屋を作ってそこに格納しておいた。
そして、監視作業を行なう騎士さんの駐屯地用の建物を建てた。
これから、騎士さんは常時4名が駐留して、異常事態が発生しないかを監視するんだって。
今は、水が溜るのを待っているので、水の溜り具合監視が主任務だな。
その日も夕食を食べて、高台の上にある船に泊った。
翌朝、下流側の枯れた川に向って階段を降りる。
船は、空中を私たちの後を付いてくる。
うーん。シュールだ。
私とアイルは、屈強な騎士さんに背負われながら移動した。
もともと川のあったところは、干上がっていて、まだ泥濘んでいる。
魔法で、水を乾燥させて、歩けるように地面を固めていく。
何となく生臭い臭いがするけれども……。
鳥たちが、まだ、何かを啄ばんでいる。
南無南無。
下流に向って2kmちょっと移動したところに川があった。
もともと、ここは、今、干上がっている川に、支流が合流していた場所だ。
今は、この支流の川の水が、干上がった川の少し上流まで流れ込んでいる。
この場所に来た時と比べると、水位は大分下っている。
川の深さが1/3ぐらいになっているかな。
アウドおじさんが簡単な船着場を作って、アイルが船を空中から船を川の縁に下した。
船底が川底に接触しないか心配だったのだが、貨物を大量に置いてきたため、喫水が上っているので問題無いみたいだ。
帰りは、川下りなのでかなり短時間で済んだ。その日の内に領都に辿り着いた。
結局、私が行く必要は無かったよ。まあ、SFXみたいなスペクタクルが見れたから良いかな。




