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惑星ガイアのものがたり  作者: Tossy
はじまりのものがたり 1
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63.紙の商売

朝、セアンさんが摘んできてくれた花の香りとともに目覚める。

もう、1年以上毎日花を摘んできてくれている。

有り難いことだね。


今日は、リリスさんが2ときに研究所に来る。


朝食が終ってすぐに、アイルと研究所に移動する。


昨日の内に、発電機とモーター、定電圧発生器は、騎士さんたちに、階下に移動してもらっている。

海水の入った水槽と電極、発電機と定電圧発生器を繋ぐ、人が漕ぐ発電機では電圧が低かったので、昇圧トランスを急遽準備した。


あとは、リリスさんが来るのを待つだけだ。


神殿の鐘が2時を告げたのとほぼ同時に、リリスさんが研究所にやってきた。

今日は、お付きの人が多い。


5人もいた。


一人はお手伝いにやってきていた人だ。


名前は……。


覚えてないな。申し訳ない……。


こちらも、助手さんたちと、ウィリッテさんとカイロスさんや、コンビナート担当の文官さん2名も居る。打ち合わせスペースは人だらけだ。

あまり人の事は言えない。


侍女さん達にお願いして、人数分の椅子を、私達とリリスさんの背後に並べてもらう。


お手伝いに来てくれていた人がリリスさんの隣に座った。


ん。何かあったのかな?


リリスさんと、私とアイルが挨拶をして、周りに控えている人たちの紹介をする。


私の助手さんやウィリッテさんやカイロスさんは、リリスさんには始めてではなくても、付いて来た人たちは、きっと知らないだろう。


こちらも一通り紹介しておく。


「ニケ様、アイル様、今日は、私の商店の者を引き連れてきてしまい申し訳ありません。

私の隣りに居るアムベロは、コンビナートを作る際にお世話になった者ですが、先日、工場長に成りました。

工場はこれまで、ボーナ商店の番頭が兼務して見ていたのですが、ニケ様方のお陰で、多忙になり、商売の方の手が足りなくなってきてまして。

専門知識の有る者が工場を見た方が良いということになりました。

これからも、製紙工場でお世話になるかと思いますので、今日は、報告と紹介のために連れて来ました。」


リリスさんの隣りに座った人は、アムベロさんだった。


名前を忘れていてドキドキしていたが、紹介してもらえて助かった。


一緒に来た人たちは、今話題に上った番頭さん、紙の用途開発をしている人、インクを開発している人、紙の商売の責任者だった。


本題に入る前に、街の様子を聞いてみた。

無理矢理、街を改造してしまってから、それほど経っていない。


「今日は、急な呼び掛けなのに、早速お越しいただいて申し訳ないです。アムベロさんは、今後も宜くお願います。

本題の前に、街の様子を教えていたけませんか?

先日、急に街を改造してしまって、大変だったでしょう?」


リリスさんや、他の人たちは、街の改造自体には、かなり好意的だった。

これまで、何棟も建物を借りて商売をしていた。

近い場所を借りたくても、場所が無く、離れた場所を借りていた事もあって不便だった。

今は、建物が大きくなって、隣合った3棟を借りて商売をしているので、利便性が良くなって有り難いと言ってる。


引越しが大変だっだろうと思って聞いてみたら、どの場所に引っ越すことになっているのかは事前に調整が付いていた。


文官さんたち、あの短い時間で、いい仕事しているねぇ。


新しい建物を作ってから、古い建物を壊して、その場所に新たに建物を作っていったため、引越し荷物を新しい建物の建設予定地の側に移動して、新しい建物が建ったら運び込んだだけと言っていた。

引越しが少し慌しかったけれども、天気も良かったので混乱することも無かった。


「でも、吃驚したのは、水道ですよ。

これも、ニケ様とアイル様の発案だと聞いています。

これまで、染色のための水は、井戸から長い時間を掛けて汲み上げていたのです。

それが蛇口を捻るとすぐに水が溜まります。

染色職人たちは喜んでいます。

そして下水道。

染色した液は、これまで、態々(わざわざ)川に運んで流していたんです。

下手に外に流すと、周辺に色が付いてしまいますから。

染色に使った水を下水に流して良いと言われて、どんなに楽になったか。」


この世界の染色素材は、天然染料だ。


活性汚泥に生息している細菌たちの良い餌になってくれているだろう。


「大した混乱が無かったようで、良かったです。街の様子はどうですか?」


街の様子を聞くと、異臭が無くなったことを話してくれた。


リリスさんのところでは、染料の排水を捨てる時に、一緒に排泄物も川に持っていって流していた。

服飾店の周辺が汚物で汚れているのはマズいということで、周辺の住人の分も引き受けていた。

それでも、少し離れた場所では、排泄物を道に廃棄する人も多く、街の中は、異臭がしていた。

今のように綺麗になって、これまで、どれだけ街が臭かったかが実感できると言っていた。


トイレも、陶器工房に洋式の便器を作ってもらったそうだ。

まだ完全に普及してはいないみたいだが、リリスさんの家では既に取り付けている。

清潔でとっても良いと喜んでいた。


そして、人で溢れた街に、野宿している人達が沢山居た。

そういったところは、盗みや傷害事件が頻発していた。

危い場所ということで、リリスさんたちは避けていた。


そんな場所も一掃されて、家が無くて野宿している人も居なくなった。


道が広くなって、荷物の積み降ろしも楽になった。

これまでは、荷台を店の前に置くと、他の荷台が来る度に、場所を移動したため、とても不便だった。

今は、向いの店に荷台が停まっている状態で、店の前に荷台を停めて積み降ろししていても、他の荷台が通行できる。


「王都と比べても、マリムの街は、遥かに清潔で便利だと聞いています。王都からマリムに出店している店主たちが、羨んでいましたから。

上下水道などというものは、どこの街にも無いと聞いていますし、この街の道の広さは王都の王宮の前の大通りに匹敵するそうです。」


アムベロさんに、工場の状況を聞いてみた。


今年、大分多めに亜麻の作付を実施した。

ただ、紙の売れ行きが想定を遥かに越えていて、原料不足の状況だと言う。

農地の改良が進んだことで、来年は、フル生産できるようになるが、今はまだ、そこまで生産することができない。


これは、不幸中の幸いというか……。


良い話だね。今のうちなら、水車を改造しても問題は無さそうだ。


コンビナートの奥の場所には、街が整備され始めた。

飲食店や宿なども開店している。


コンビナートの工場が珍しいこともあって、一種の観光地のようになっている。


領民台帳が出来たことで、領民には見学を許している。


その所為で、観光地になっているんだろう。


一通り見学して、工場で働きたいという人も沢山居るらしい。


今のところ、他領の人はコンビナートへの立ち入りは許可していない。

しばらく許可する事も無い。


沢山の他領の人達がコンビナートの街に来ている。けれども、宿に泊まって、情報収集するか、遠くから、眺めているだけだ。


一時的に領民になる他領の人も居るかもしれないが、そんなの取り締まり様も無い。


ただ、あの工場を再現することは、この世界の人には、当面、無理だろう。


何百年も経てば分らないけど、今は、私とアイルが他の領地に居なければ不可能だ。


ソロバンも他領で真似しようとして、ことごとく失敗したらしい。


あの工場はその比じゃないからね。


売れ行きが想像を越えていたという話が出たので、商売の状況を聞いてみた。


まず、領主館から始まった紙の商売は、利便性から、瞬く間に領都に広まっていった。

当初、木工工房との競合が生まれるかと思っていたのだが、木工工房でも紙を使い始めた。


客との家具のデザインの相談に、紙を使っている。


他領から来た商人はこぞって紙を欲しがったが、現在の生産量だと領内の需要を満たすことができていない。


他領に売る場合には、敢えて、物凄い高額設定にしているのだけれども、それでも購入する商人が居る。


王都から来ている商人は、アトラス領内の商人との契約で見た、透し入りの紙がどうしても欲しいらしい。

けれども、それは、領内のギルド以外に流すことを禁止している。


横流しをしたら処刑されることになっている。

奴隷落ちじゃなくて、処刑だよ。恐しいことだ。


あまりに、他領からの引きが強いので、ボーナ商店は、来年の紙の増産に合わせて、他領や王都に出店する準備をしている。


それで、人手が足らなくなっている。


インクを開発しているというアナリアさんという女性が、紙用のインクについて説明してくれた。

布に使っていた染料を利用して、紙用のインクを開発したら、こちらも飛ぶように売れている。

青色が人気だと言っていた。


黒が中々作れないと嘆いていたので、炭を使う事を勧めておいた。

紙は洗濯したりしないので、顔料もインクの候補になると伝えたら、目を輝かせていた。


せっかくなので、鉛筆やフェルトペン、クレヨンなどのアイデアを伝えたら、力一杯「やってみます。」と言っていた。


これからは、文具も重要だよね。


ただ、これも私の発案になっちゃうんだろうか……。私が考えた訳じゃないんだけど。


その後で、別な女性が話を始めた。


私の目の前には、カラフルな正方形の紙があった。


ん?千代紙みたい。


「ニケ様、始めてお目にかかります。フェーデと申します。私は、紙の用途開発を任されております。

実は、このような商品を考案しまして……。

とは言いましても、ニケ様が作られたと伝わているこの造形のことですが……。」


次に目の前に有ったのは、折り鶴だった。


あぁ。そういえば、紙の説明をしたときに、そんなもの折ったな。

侍女さんの誰かが、他所の人に教えたかな。

あの時は書き損じの紙を使ったような気がする。


「この造形は、今、領都で大人気なんです。

書き損じの紙を使ってあちこちで折られていて。

最近は、別な形を考案する者も出始めています。

紙を作っていると、端切れの紙が沢山出来てきます。

それで、流行っている造形を、綺麗な紙で折ってみてはどうかと思って、この色付き紙を作ってみたんです。」


「なあ、ニケ、これ『千代紙』だよな。」


「そうね。『千代紙』だよ。すごいね。こんなものまで考えるなんて。」


「えっ、今、何と仰いました?」


「あっ、ごめんなさい、『ちよがみ』と言ったの。私の知識では、こういった色の付いている折り紙用の紙の事を『ちよがみ』と言うのよ。」


「そうなんですか。それは良い事を聞きました。これから、これを「ちよがみ」という名前で売り出します。」


そうか、端切れの紙なんてものもあるよな。


「アイル。アイルのところで蝋を使ってなかったっけ?」


「ああ、ロストワックスだよな。蝋が欲しいのか?」


「うん。少し分けてもらえないかな。それと、『封蝋印』って知ってる?」


「ああ、知っているけど……。現物を見たことは無いな。」


「それ、今、作ってくれない?」


それから、アイルの助手さんに蝋を持ってきてもらった。

アイルには、アルミニウムで封蝋印を作ってもらった。


印は、折角なので、ボーナ商店のマークを教えてもらって、それでを印章にした。


千代紙の四角を中心に向けて折る。


そう。封筒を作ってるのだ。


その中に、イタズラ書き紙を四つ折りにして入れる。


ウィリッテさんにお願いして、蝋を魔法で鎔かして、折り曲げた千代紙の中心に落してもらい、封蝋印を押した。


「こうすると、紙を破らないと、中のものを見ることができなくなります。

この、折り曲げて重なったところは、ニカワで貼り付けると、さらに中に何が入っているのか分らなくなりますね。」


そう私が言った途端、フェーデさんとリリスさんが、顔を見合せている。


「これまで、木簡に書いて届けていたのですが……。

紙で渡すことも出来るんですね。

そして、こうすると、書いてある内容を他の人が見たかどうか、一目瞭然です。

こんな使い方もあるんですね。

大分前に、ギルド用の特別な紙を依頼されたときにも驚きましたが……。

紙とは、世の中を変えてしまう力を持っているんですね。」


とリリスさん。


なんか、嬉しくなってしまって、和綴じのやりかたを教えた。


和綴じは、紙を束ねて、4ヶ所か6ヶ所穴を空けて、糸で綴じる方法だ。

古い、日本の書類は和綴じされていた。


また、リリスさんの表情が、遠くを凝視めているようなものに変わった。


大分寄り道をしてしまったけど、そろそろ本題の話にしないと。


「申し訳ありません。なんか本来のお話をする前に、大分寄り道をしてしまって。

それで、お願いがあるんです。

コンビナートと工場の改造をしたいと思っています。

これを実施すると、1週間ほど、工場を停止することになると思います。

利点はいくつもあるのですが、ご協力いただけませんか。」


リリスさんが、


「お借りしている工場ですので、それはかまいません。

どのような改造をされるのですか?」


「利点のひとつは、漂白剤を作るのが楽になります。

原料として海水を運び込めば、自動で、漂白剤が作れます。

実は、この漂白剤は、上水を清浄にするためにも使用しています。

実は、大量に必要なんです。

これまで、私が魔法を使って作っていたんですが、コンビナートで大掛りに生産したいと思っています。

これに伴なって、炭酸バリウムを酸化バリウムに分解するための高温の炉が不要になるので、木炭の消費が抑えられると思います。

あとは、ロールを動かすために設置してあるシャフトが無くなります。

ここらへんは、アイルに説明してもらいます。」


アイルには、要点だけを説明してもらうようにお願いしてある。


いつもの調子で説明してもらうと、多分、誰にも分らないからね。


下に運んだ機材を使って、アイルが騎士さんに実演してもらう。ボーナ商店の人たちは、発電機を騎士さんが動かして、モーターが回っているのを不思議そうに見ている。


アイルは、水車で、発電機を動かすこと。

これを取り付けるために、水車を一度停めなければならないことなどを説明する。


あとは、私の番だね。


「ここには、海水が入っています。発電機で作った電気をこの水槽に流すと、漂白剤が出来てきます。」


助手さんにお願いして、白金電極を海水に漬けてもらい、定電圧装置の電源を入れる。

ほどなく、水素の泡が出てきて、しだいに塩素臭がしはじめる。


「あら、この臭いは、嗅いだことがありますわ。」


そうリリスさんが言って、水槽に近付く。


「えぇ。そうです。最初に漂白剤の説明をしたときに、お見せしてましたね。

先日、この方法で作成した漂白剤がここにあります。」


そう言って、ステンレス製のバットに次亜塩素酸塩の水溶液を入れてもらう。


「申し訳ないのですが、その千代紙を1枚いただけますか?」


そう言って、もらった千代紙をバットの中の液体に浸す。色がみるみる消えていく。


「これを、大量に作ることができるのですか?」


「そうです。浄水場にも使いますから。ただ、海水が原料ですから、それを運び込むことが必要になります。」


アイルが、電気さえあれば、ポンプも作れると言ってくれたので、海水は、コンビナートの船着場まで運んでくれば良い。


「それは、ボーナ商店で請け負いますわ。

実は、漂白剤は紙の漂白以外にも、布の漂白で使わせてもらっているんです。

アトラス布として、他には無い白さから、大人気なんです。

アムベロと相談して、紙の生産で余った漂白剤を使わせてもらっていたんです。

来年には、紙の本格生産が始まると余剰は無くなるということで、ニケさんに相談したかったんです。

それが、大量に作れるのですね。

ぜひ、布の漂白の分もお願いします。」


なんか、必死にまくし立てられた……。


「えぇと。作業や費用に関しては、文官の人と契約をお願いします。

領地でも大量に使用するものですから、ボーナ商店さんの負担にする訳にはいきませんから……。」


一緒に居た文官さんが、「後程、作業区分などを打ち合わせましょう。」と言っていた。


「それで、いつ頃工事しても良いでしょうか?」


リリスさんは、直ぐにでも工事してもらいたかったみたいだけれども、アムベロさんが、工場を停めるための手順があると言って、譲らなかった。


当然だよね。


結局、契約などの期間も含めて、1週間後に工事を実施することになった。

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