62.電流
解熱剤の臨床試験が始まった。
そんな大袈裟なものじゃないか……。
地球と全く同じだという確証がある訳じゃないから、確認しておかないとならない。
多分、人間は、地球に居た人間と極めて類似しているというか、同じだと思われるのだけれどもね。
副作用もあるかもしれない。大体一月ぐらいかけて、データを取っていくことになる。
今は、夏の終りだから、秋ぐらいから本格的に生産してみようかな。
アイルの相談を後回しにしていたので、アイルの研究室に向う。
アイルのところには、先日の発電機が2台に、モーター、そして、金属製のボックスが有った。
「これ、何?」とボックスを指して聞いてみる。
『これは、定電圧発生器だよ。電気分解に使うんだったら、大電流を流す必要があると思って、少し大型になっているんだけど。三相変圧装置と平滑回路が入っている。』
『じゃぁ、これを使えば電気分解できるのね。』
『そうだね。ただ、現場で、水車を使って発電してみないと、最終的にどのぐらい電力が得られるか分らないから、現場で調整が必要だよ。
いやー、苦労したよ。
ダイヤモンドからn型とp型の半導体を作ってダイオードにして、最終的には、ツェーナーダイオードも作ったんだだけど、結局それはシリコンに……』
うーん。これは長くなる。止めよう。そうしよう。
『そう。わかった。
大変だったのね。
私も、もうダバダバしなくて済むんだ。』
『ん?ダバダバ?』
『あっ、それは良いの。で、相談て何?』
『そうそう。水車に発電機を取り付けるのに、工場を止めないとならないじゃない。それをどうするか相談したいんだけど。』
『それは……。
ボーナ商店さんの管轄だから……。
リリスさんと相談しないとダメね。』
『それで、ニケにその段取りをお願いしたいんだ。
オレは、リリスさんと面識は有っても、ちゃんと話をしたことが無いから。』
そう言えば、そうだったかも。
リリスさんから見たら、アイルの事は知っていても、私の協力者みたいに見えているかもしれない。
そうだね。私経由でお願いした方が良いんだろうな。
『わかったわ。リリスさんには、私から連絡してみる。
ところで、アイルは、都合の悪い日とかは無いの?』
『とりあえず、一段落なので、今は、天体観測の結果を確認して軌道の計算をしているんだ。
だから、何時でも良いよ。』
『そう。分った。
あっ、そうそう、伝え忘れていたんだけど、石炭が見付かったわよ。』
『えっ、石炭?なんで……?
えーと、石炭って、何かの化石なんだよな。一体何が化石になったんだ?』
『石炭は植物の化石よ。
なんで、そんなものが有るのかは、私にも分らないわよ。
この惑星の太古の昔に、植物が繁茂していたことがあったんでしょ。』
『ふーん。それで、いつ頃繁茂していたのか解るのか?』
『それは、無理ね。
だいたい、あのノバ君は、一体何時爆発したの?
放射年代測定しようにも、同位体の比率が、何時変わっちゃったのか分らないとムリよ。』
『そうか……そうだな。
今、天体観測で、メクシート周辺の天体の動きを調べているけど……。
まだ半年しか観測していないから、結果が出せるかどうか分らないな。』
『そう。期待しないで待ってるわ。用事は、リリスさんの事だけ?』
『あとは、確認なんだけど。
コンビナートの水車の回転速度から、発電機の発電電圧は三相で200Vの予定で、
定電圧電源は、一応10Vで設定してあるけれど、それで大丈夫かな?』
一応、海水から次亜塩素酸を電気分解で取り出す実験は実施した。
そして、この10Vというか、電気の単位が曲者だった。
そもそも、地球の単位とこの世界の単位を合わせる方法が無い。
長さと重さの標準を作ったところまでは良いのだけれど、電気の単位はまた別に定めなければならない。
暫定的に、鉛蓄電池の起電力を2Vとしたのだけれども、抵抗値と電流値の基準はどこにも無い。
電流の定義なんて私は知らなかったけれど、アイルは知っていて、それに拘った。
SI単位系では、電圧ではなく、電流を基本単位にしていると言うのだ。
ただし、定義を聞いたら、実現不可能だったので、私が却下した。
無限に長い直線導体2本を1mの間隔を空けて真空中に置いて、同じ量の電流を流して、1mあたり、10のマイナス7乗ニュートンの力が加わっているときの電流量が1Aなのだそうだ。
そうやって定義すると、真空の誘電率が4π掛ける10のマイナス7乗になるんだそうだ。
どうでも良いよ。
そもそも、1ニュートンの力って、どうやって測るのよ。基準になりそうな重力加速度も分らないのに……。
それに、どうして、ここで10進数に拘るのかと言ったら、グウの音も出なくなった。
あまり、実態と懸け離れても困るので、水を電気分解したときに流した電流の総量と、その時に分解された水素と酸素を再度水に戻したときの重量と、ファラデー定数から電流量の基準を決めた。
つまり、この世界の1秒の間、一定の電流を流して、得られる1価の物質の量が、ファラデー定数モルになるのが、1Aだ。
ちなみに、この世界の同位体比率を考慮して求めた水の分子量と同じ数値のグラム単位の重さの水が1モルだ。
それ以上ややこしくなるのは、私が認めない。
アイルは、それに対抗するだけの方法を提示できなかった。
ふふふ。勝ったね。
ただ、1秒の長さが地球の4倍ぐらいありそうだと言ってきて、ファラデー定数を1/4にした方が良くないかと訴えてきたけど。
知らんがな。そんなこと。
アイルは、ここで定めた、電圧と電流の値から、1Ωの標準抵抗を作っていた。
電流を測定するのに必要だと言っていた。
そして、そんな実験をしているときに、とりあえず、10Vで、電気分解できるのだけは確認したおいた。
『この前、確認しているから、電圧の値はそれで良いよ。
積算電流値が分ると嬉しいかもれない。』
『わかった。何か考えておくよ。』
二人で日本語で話していたとき、バンビーナさんを、吃驚させてしまったみたいだ。
他の助手さん達から説明を受けていた。
そう言えば、バンビーナさんは、日本語には免疫が無かったね。
お付きに侍女さんに、リリスさんへ、都合の付くときに御会いしたいと言付けを頼んだ。
返事を待っている間、アイルが先刻、話そうとしていた話を聞いてあげることにする。
アイルに日本語じゃなくて、こっちの言葉で話してね、と頼んだら、困った顔をしていた。
だって、私達二人だけが会話をしても、助手さんの能力向上には繋がらないからね。
アイルがしどろもどろになりながら説明しているのを聞いていた。
トランスや、コンデンサー、ダイオードなどの構造の説明を聞いた。
どうやら、私が作ったシリコンでは、足りなくて、思い付いたのがダイヤモンドらしい。
ダイヤモンドも、p型とn型の半導体を作れる。
その説明を始めたときに私が日本語で割り込んだ。
『アイル。ダイヤモンドだけは、こちらの言葉にするとマズいから、『金剛石』にでもして。
大体、馬車の窓も、それでしょ。
流石に、ダイ……『金剛石』はこの世界でも高価な宝石の素材なんだから。
知られると、それだけで大騒ぎになるわ。
余計なトラブルの元になってしまう。』
『ん。そうなのか?
そう言えば、時計を作ったときに、とんでもないということを言われたような気もするな……。』
それから、アイルは、ダイヤモンドの半導体を、「よく似た金剛石を使って」とゴマ化して説明を始めた。
アイルにとって、ダイヤモンドは炭から作り出せる。非常に廉価な素材だ。
一般の人から見たら、とんでもない話なんだけど。
説明によると、ダイヤモンドに、リンとかホウ素とかをハイドープして、ダイオードを作った。
定電圧を作るために、ツェナーダイオードを作ろうと思って、いろいろ試してみたが上手く行かなかった。
電圧制限のダイオードだけは、シリコンを使ったらしい。
私でも意味の分らないところがあるんだけど……。
この前、やっと電流の事を理解した助手さんたちに、バンドギャップとか、トンネル効果とかは、チンプンカンプンだろう。
それでも、何度も話を聞いていれば、頭の中で整理できるようになるかもしれない……。
無理……かな。
ただ、一つ分ったことは、アイルは、シリコンや、銅、アルミニウムなど何種類かの金属はなんとか分離できるようになったみたいだ。
「求めよさらば与えられん」だね。
ウィリッテさんが、羨しそうにしていた。
私に、今度教えてほしいと強く言われた。
ウン。ウィリッテさんなら、出来るんじゃないかな。
多分。
金属を取り出すだけで、ものすごく疲れると言っている。
化合物は全然ダメだって。
あいかわらず、アルミナは作ることができないと言っている。
お使いに出した侍女さんが戻ってきた。
明日の2時にリリスさんが、研究所に来てくれることになった。
なんか、むりやり呼び出したようになってないかな。
多分、リリスさんは、今、一番忙しい人のように思う。
申し訳ないな。




