5W.電気
休耕農地の改造が本格的に始まった。
領主館の文官さんたちの総力戦になっている。
文官さんたちやアウドおじさんは、農村を駆けずり回っている。
私は、農薬を魔法で作るために手伝っていたけど、それも落ち着いた。
そんな間にも、移民の人が続々と増えている。
上下水道完備が効いたかな。
どうせ住むなら、そういうところが良いよね。
文官さんの人員が不足したために、引退した文官さん達が、戻っている。
みんなメガネの年配のオジサマ達だ。
若い文官さん達は農地、登録事務は年配の再雇用の人達という役割分担になっている。
アイルがメガネを作った当初、メガネを掛けている年配者を、陰で笑っていた不心得者が居たらしい。
今では、メガネは普通になっている。誰も中傷したりしない。
そのうち自分もメガネを掛けることになるんだからね。
そうこうしている間に、鉱石探索チームが順次帰ってきていた。
順に分析を掛けていく。もう、慣れたものだ。
あと、戻ってきていないチームは、16チームになった。
遠い場所に行っているチームなんだろうな。
今のところ、浄水場の水質保全のための次亜塩素酸ナトリウムは、私が海水から作って、投入している。
最近は大量に作るのも苦ではない。
浄水場に海水プールを作ってもらって、ダバダバと次亜塩素酸ナトリウム水を作って保管している。
それは、担当の文官さん達が、毎日巨大な貯水タンクに指定した量を投入している。
ただ、長期保管できないんだよね。夏で気温も高いし、気密容器も無いし、屋外の保管プールだと紫外線当りまくりだし……。
しばらく放っておくと、有効な次亜塩素酸イオンが分解してしまって、食塩水になってしまう。
そうなったら、またダバダバするんだけど、面倒だ。
早いとこ、発電装置が欲しい。
そんな風に思って、アイルのところに様子を見に行く。
アイルの研究室は、銅線が散らばっていた。
『あっ。ニケだ。丁度良かった。相談に乗ってくれよ。』
『なんか、難航していそうね。』
『そうなんだよ。何か良い絶縁材が無いかな。』
『銅線が散らばっているところを見ると、銅線の絶縁材?』
『ワニスが良いんじゃないかと思って、以前、黒板を作るときに見たワニスを手に入れてみたんだ。最初はそれで上手くいったんだ。
ただ、いざ、本格的に発電しようと思うと、銅線の温度が高くなって。
そうなると、ワニスが柔らかくなって、ショートするんだよ。』
ふーん。ワニスかぁ。
天然の樹脂だよね。
地球では天然の樹脂は大体熱可塑性だったわね。
ん。何か熱硬化性の天然樹脂が有ったような、気が……する。
あっ、カイガラムシだったな。カイガラムシの中に熱硬化する分泌物を出すヤツが居たのだけど……。
居ないかもね。ここは地球じゃないし。
今手に入るものを使うしかないんだよねぇ。
『セラミックスとかは試してみたの』
『最初は、手元にあるアルミナとか、ガラスとかで試したんだけど、薄くしないと効率が悪くなるんだ。それで、薄くすると熱の所為か、割れちゃうんだよな。』
確認済みか。
セラミックスで、熱膨張係数が高いのは、フォルステライトだったかな。
マグネシウムとケイ素の複合酸化物だ。
これでも、銅と比べると、熱膨張係数は半分強だよね。
あとは、ジルコニアかな。
まあ、アルミナよりはマシだろうけど。
『セラミックスの微粉末をワニスに混ぜて、ペーストにして、固めたら?
これだったら、柔らかくなってもショートしないんじゃない?
もし必要だったら、熱膨張係数が大きなフォレストライトを作るけど。』
『ん?フォレストライト?何か聞いたことがあるような……。
あっ。高周波特性が良い、セラミックスじゃないか?』
『それは、私は知らないけど、そう言うんだったら、そうじゃない?
マグネシウムとケイ素の複合酸化物だから、材料はふんだんに有るわよ。』
『それじゃ、それを作ってもらえないか。』
頼まれたので、一旦、私の研究室に戻る。
手持ちのマグネシウムとケイ素を使って、1キロぐらいのフォレストライトを作る。
助手のギウゼさんに、持ってもらって再度アイルの研究室に戻る。
アイルは、ワニスを準備して待っていた。
出来上がったフォレストライトの塊を実験机の上に置いた。
おもむろに、アイルが魔法で、フォレストライトの微粉末を作って、ワニスと空中で混合した。
その混合物は、しばらく空中でウニウニと動いて、モーターみたいな機械のコイルのところまで移動した。
そのペースト状のものは、コイルに吸い込まれて姿を消した。
そんな操作を何回か、2台のモーターのようなもののコイルに実施していった。
また、器用なことをしている……。
「コイルにペーストが含浸できたみたいだ。これで上手く動くと良いんだけど。」
2台のモーターのようなものは、1台は発電機で、1台は本当にモーターだった。
発電機には、例によって、フィットネスバイクがつながっていた。これは二人乗りになっている。
発電機とモーターは3本の電線で繋っている。電線には、メーターのようなものが6つ付いている。
騎士さんに頼んで、ペダルを回してもらうと、発電機の回転に合わせて、モーターが回りだす。
アイルは騎士さんたちに、何時もの様に、1時ほど交代しながら漕いでほしいと頼んでいた。
メーターの針が、発電機の回転に応じて、プルプルと動いている。
アイルのところの助手さんたちは、そのメーターを見て、記録を取っている。
私の助手さんたちは、唖然としている。
「あのぉ。こちらの道具はどうして動いているんでしょうか?」
助手のキキさんが質問した。ウチの助手さんたちはウンウンと頷いている。
そりゃぁ、不思議だよね。
何にも繋がっていない回転軸が、勝手に動いている様にしか見えないんだから。
私も理科系の研究者だったので、一応原理や理屈は知っている。
アイルは、丁寧に説明を試みているが……ダメだよ。それじゃぁ。
私が聞いても話が飛躍しすぎていて、皆が、理解出来る気がしない。
だからと言って、私が説明して理解させることが出来るはずも無い。
ハードル高すぎだよ。この世界で電気は。
私が子供の頃、どうやって理解したのか思い出そうと思ったのだが、良く覚えていない。
ただ、身の回りに、電気で動くものが沢山あった。
だから、そんなものだと納得していた気がする。
最後は、スイッチを押せば、洗濯機は洗濯をしてくれるし、クーラーは涼しい風を送ってくれるから、それで良いということになっていたな。
別に、それで困らなかったし。
ふと、アイルの助手さんに説明してもらえば、良いのではと思って、聞いてみた。
「不思議ですよね。」とか、「良く解らないけど、こういうものなのでは?」と言っているので、説明できるとは思えなかった。
最近は、この部屋に居ることの多い、ウィリッテさんとカイロスさんはと思って、顔を向けたら、苦笑いをしていた。
ダメだね。これは。
しかたが無いので、私も説明者として参戦することにしてみた。
色々説明してみるのだが、どうにもピンと来ないみたいだ。
解らないところを突き詰めていったら、銅の中を電気が流れるという事が理解できない。
銅は金属の塊だ。その中を一体何が流れるというのか。
至極尤もな話だ。
電子は見ることも、体感することもできない。
体感は出来るかな……。
でも流れを実感することは出来無いだろう。
空気は見えないけれど、風は実感できる。
穴の中を空気が流れていると、空気が何かが解らなくても、その中を何かが流れているのが解る。
このとき、電気化学的な現象を見せると、電気が流れていることを伝えられるかもしれないと思った。
少なくとも、私の助手さんたちは、様々な化学物質を見ている。物が分解したり、合成されたりしているのも見ている。
それに、電気が関与したら、どう思うだろう。
「じゃあ、ちょっと実験してみましょうか。」
そう言って、私の実験室に移動してもらう。あれこれ持ってくるより私の部屋に移動したほうが楽だから。
申し訳ないけど、騎士さんたちには、継続して、ペダルを漕いでもらっておく。
大きめのビーカーに硫酸銅を入れて水を加える。
アイルに頼んで、亜鉛と銅の長い板を作ってもらう。
正確な重さを測っておく。
そして、硫酸銅水溶液の中に入れる。
ダニエル電池だね
ビアさんを亜鉛の側に、ジオニギさんを銅の側に居てもらって、二人に銅線の端を持ってもらう。
「じゃあ、ビアさん、銅線の端を亜鉛の板に触れさせて。ジオニギさんは、銅線の端を銅の板に触れさせて。皆は、水中の金属の板を良く見ていてね。」
二人が金属に銅線を接触させる。しばらくは何も起こらない。少しずつ、銅板の表面がピンク色になっていく。逆に亜鉛の表面はザラザラしてくる。
「それじゃ、二人とも、銅線を板から離して。」
ここで、水を切って、金属板の重さを量ってみる。
銅は重くなっていて、亜鉛は軽くなっている。
こんどは、アイルに頼んで、アルミニウムの線を作ってもらう。同じ操作をしてもらう。銅線と同じことが起る。
銅線とアルミニウム線を繋げて同じことをする。銅線とアルミニウム線の間に、木炭を挟んでみて同じことをする。
木炭の代りに、ガラスやアルミナを挟んでみる。
まあ、これは何も起こらないよね。
この場合には重量が変化しないことを確認する。
「じゃあ、何が起ったのか考えてみましょうか。」
助手さんたちに、起ったことを述べてもらう。
挟んだものが金属や木炭だと重量の変化があって、ガラスやアルミナではそうはならない。
「なんで、そうなったのか分りますか?」
それからは、フリーディスカッションだ。
ウチの助手さんたちは、化学反応を色々見ているので、亜鉛は水の中に溶けたけど銅は硫酸銅が銅の板の表面に付いたといった発言をしている。
そして、銅線やアルミニウム線や木炭を繋いだことが原因だと気付く。
助手のキキさんが、
「これって、銅線やアルミニウム線や木炭の中を何かが移動したってことなんですか?」
と聞いてきた。
そう。これが求めている答だ。
それからエレメントの中には、電子と原子核があって、反対の電気を持っていること、亜鉛が水に溶けるときに、電子を置いていくこと、その電子が金属や木炭の中を流れていって、今度は、硫酸銅の銅イオンに渡して、銅板の表面に銅が付着すること。
「ガラスやアルミナでは移動できないんですね。」とキキさん。
「そうです。空気中も移動しませんね。だから、繋りを切ると変化が止まってしまうんです。」
それから、質問が幾つも出てきた。それに応えているうちに、どうやら、ウチの助手さんたちは、理解し始めたみたいだ。
アイルのところの助手さんたちは納得できないみたい。
ウチの助手さん達が、アイルの助手さん達に説明をしてくれている。
この世界の人が理解して、この世界の人に説明できるようになるのが一番良い。
私やアイルは知っていることが多すぎて、この世界の人が何故理解できないのかが分らなかったりする。
そんなことをしていたら、汗だくの騎士さんがやってきた。
「アイル様、1時経ちました。今回は何も起らず終了しています。」
それを聞いたアイルは嬉しそうな顔をした。
「ニケ。ありがとう。これで、次の作業に移れるよ。」




