59.食料供給
夏になって、作物が実り始めた。
収穫には未だ未だ早いけれどね。
領民台帳の登録は順調で、領都はほぼ完了している。
今は農村を回っているらしい。
殆どの領民は、協力的だ。
毎日のように、領都に職を探して人が入ってくる。
中には、台帳への登録協力を依頼すると、その場から逃げる人も居たみたい。
逃げ切る人も偶に居るらしいけど、大抵は、そのまま警務団に取り抑えられる。確認をすると、犯罪者や、犯罪組織の構成員だったりする。
防犯に役立っているので、ニケ達の提案は有効だったと、お父さんに、褒められた。
少し嬉しい。
ギルドへの登録も順調で、領都で職に就いて居る人の登録は終って、今は、毎日増え続ける人の登録をしている。
契約の件数も日を追って増えている。
契約と言えば、ギルドだけが使える特殊な紙を作った。麻を多めに配合した硬い紙で、透かしが入っている。
透かしは圧縮ロールに文様を作って圧縮して作る。
紙の取引を独占しているボーナ商店からギルドだけに卸している。
今のこの世界の技術では、複製困難なものだ。不正取引に対応できるようにした。
逆に、この紙で行なった契約は信頼できるものとして、まっとうな商店や工房からは、歓迎されている。
アウドおじさんは、人口の増加への対応で、農村地域を駆け回っている。
新規開墾地の造成だ。ただ、農民が思うように増えないと嘆いていた。
ようやく、説明できるだけのデータが纏まったので、農作物育成に関しての説明会を開くことにした。
コンビナートの建設が終わった頃が、ちょうど作付の時期だったので、私と私の助手さん達は、グラナラ家の休耕地で、小麦の作付を行っていた。
今では、小麦が青々と育ち、実り始めている。
時々、領地の三役とその御婦人達が、見に来ていた。
色々聞かれたけど、結果が纏まるまで待ってもらっていた。
実は、これまで、グラナラ家の休耕地だけでなく、各地の土壌分析を行なっていた。
各地の休耕地。畜産をしている土地。野菜を作っている土地。普通に小麦が生育している土地。新たに開墾した土地。
派遣したのは、私の助手さんのうち、2名の男性のジオニギさんとギウゼさんだ。
遠距離だと何泊かしなきゃならなくなるので、男性を選んだ。派遣の際には、騎士さんに同行してもらった。
時々、農村で不審者だと思われて追い掛け回されたりしたみたいだけど、騎士さんが同行してたために事無きを得ている。
近場の休耕地や耕作地は、残りの女性のカリーナさん、キキさん、ビアさん、ヨーランダさんにお願いした。
4人には、休耕してからの年数や、耕作地は耕作してからの年数、収穫量などを詳細に調べてもらった。
そして、土を持ち帰ってもらって、成分分析をした。
当然、魔法でだよ。
小麦は、前世の世界でも連作をすると、生育障害が起きることは知られていた。
作物に限らず、植物の生育には、土壌の養分が必要。
特に、リン、カリウム、窒素の元になる硝酸塩は、必須と言われている。他にも、カルシウム、硫黄、マグネシウムなどなど。様々な元素が不足すると生育に影響を与える。そして、植物は、それらを土壌から吸収するしかない。
説明会は、希望する文官の人も参加できるように、領主館の大広間で行なった。
黒板を持ち込んで、絵が得意な、ヨーランダさんに農村と麦の絵を左端に、都市と人の絵を右端に、中間に牛や羊など、その左に、豆やクローバーなどを描いてもらった。
興味を持っている人がかなり多い。かなり広い大広間に288人分の椅子を用意してもらったんだけど、立ち見が居る。文官の大半の人が詰め掛けている。
こんなに沢山の人を見るのは、たたら製鉄の時以来だな。
報告会の開始を告げて、助手さんたちに、順番に、報告をしてもらう。
報告の内容は、板書すると大変なので、大きな紙に予め書いておいた。ポスターセッションのポスターみたいなものだ。1枚目の報告の紙を黒板の右端に掲示する。
それと一緒に、A4ぐらいの紙に、掲示した紙と同じ内容の紙を聴きにきた人たちに配布する。かなり多めに準備したので、不足はしなかったけれど、ギリギリだった。
実は、これは、魔法で準備した。
勝手に転写の魔法と言っている。
ウィリッテさんに言わせると、新規魔法らしい。
大きな紙に書いてあるものを小さな紙に縮小コピーしたものだ。
インクと紙を準備して、魔法で紙インクを載せるようにイメージしたらできた。
変形の魔法が不得意な私にも不思議な事に出来た。
最初は、カリーナさんにお願いした。植物の育成に必要な元素の説明だ。
元素と言うと、4元素の話になりかねないので、『エレメント』と言うことにした。
説明するのに、私の研究室から、各エレメントの酸化物などを持ってきてもらっている。
最も重要な窒素(N)、燐(P)、カリウム(K)の三大要素。
それほど量は要らないが重要な、カルシウム(Ca)マグネシウム(Mg)、硫黄(S)。
微量だけど重要な、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、硼素(B)、亜鉛(Zn)、モリブデン(Mo)、銅(Cu)、塩素(Cl)、ニッケル(Ni)などだ。
これらのエレメントを実際の物を示しながら説明してもらう。
そして、これらのエレメントが作物として、都市に流れ、最後は川や海に消えていくことを伝えてもらう。
続いて、キキさんにバトンタッチだ。
キキさんは、一番年下だけど、大人し目のビアさんやヨーランダさんと違って、明るくて元気なので、切り込み隊長だ。
2枚目の報告の紙を黒板に掲示して、手元資料を配る。
連作によって、エレメントがどう減っていくのかをグラフで示してある。
グラフそのものも馴染が無い所為か、興味を引いたみたいだが、グラフが示している結果は、悲惨なものだった。
連作を5年も続けると、燐とカリウム、硫黄はほとんど無くなっている。
次に、他の農地ではどうなのかを報告する。
これは、遠征をしてくれた、ジオニギさんと、ギウゼさんの男性の二人だ。
3枚目の報告の紙を黒板に掲示して、手元資料を配る。
ジオニギさんは、野菜、特に豆類を育てている農地の土壌について説明する。
下落一方だったグラフが、特に、窒素分について、急速な回復があることが示される。
根粒菌による窒素固定だね。
4枚目の報告の紙を黒板に掲示して、手元資料を配る。
家畜を育成している土地については、ギウゼさんが報告する。
こちらは、燐の減少が緩やかになっている。
家畜の糞、尿が土壌に混ることで、それらのエレメントの減少が抑えられている。
窒素やカリウム、硫黄に関しては、若干増加していた。
鶏を飼っている場所では、リンの増加も見られた。これは、穀物を餌にしていて、他から持ち込んでいる可能性がある。
休耕地の状況については、ビアさんが報告する。
5枚目の報告の紙を掲示して、資料を配る。
休耕状態になっている年月に伴なって、どのようにエレメントが増えているのかを説明する。長期に渡って、休耕している土壌は、少しずつ燐の増加が見られるが、小麦の生育には足りない。
最後に、グラナラ家の所有している休耕地での薬剤散布による小麦の生育状態について、ヨーランダさんが報告する。
6枚目の報告の紙を掲示して、資料を配る。
魔法で、獲得した、エレメントを土壌に鋤き込み、小麦を作付した結果を報告してもらう。
エレメントの量と、植物の生育度合い。
何をどの程度鋤き込むことで、どのぐらい生育が助長するのかを説明した。
締めは、私の番だ。三圃式農法を提案する。
7枚目の報告の紙を掲示。資料を配る。
畑を3面に分けて、一面は小麦などの穀物。一面は豆や大麦。一面はクローバーを植えて牛や羊を育てる。
年が変わったら、小麦の場所には豆や大麦、豆や大麦の場所はクローバー、畜産していたところに小麦を育てる。
休耕地になっている場所では、まず畜産を2年。豆や大麦を2年。そして、小麦を作付して、三圃式農法を実施する。
雑草も生えなくなっている場所は、薬剤を使って、地力を回復させる。
特に、畜産については、これから人口が増えるに従って、肉や卵などの食品を消費する量が増えていく。
計画的に畜産量を増やすことも必要になる。
アウドおじさんからは絶賛された。
よっぽど新規の農地開発で疲れていたんだろうね。
「しかし、その薬剤を全領地に散布することは出来ないのか?」
無い訳じゃないんだけど、大変だよ。特に、アウドおじさんが。




