54.シーケンサ
助手さんたちが頑張ってくれたお陰で、星の座標データが集まってきた。
今、惑星と確定しているのは、恒星ヘリオに近い順に、惑星ヴィナ、惑星メゾナ、惑星アストラ、惑星ソタニア、惑星シカニナの5つだ。
順番は、現時点での経緯度の変化度合いで当りをつけているが、まだ確定できるだけのデータは無い。
それぞれ、幾つかの衛星が見付かっている。
まだ、観測時間がそれほど長くないから、他にも見付かる可能性はある。
これが全てでは無いだろう。
惑星ヴィナには、衛星は見付かっていない。恒星ヘリオに近いこともあって、衛星が安定して存在できないのかもしれない。
惑星メゾナには、衛星が3つ見付かっている。
惑星アストラには、衛星が2つだ。特筆することとしては、外側を回っている衛星はかなり大きい。
惑星アストラの直径の1/12より大きそうだ。
惑星ソタニアは、木星型の惑星のようだ。表面の模様がはっきり見えていて、自転による縞が良く見えている。
かなり大きいのだろう。衛星は10個見付かっているのだが、どのぐらいの大きさなのかはまだ分らない。
惑星シカニナは、現時点で一番外側を回っている惑星だ。
これも木星型の惑星のように見える。衛星を4つ発見している。
衛星に名前を付けるのに苦労した。結局、地球の偉大な物理学者から何文字か採って命名した。
まだ、観測をして1月足らずなので、それ以上のことは今後の観測結果待ちだ。
実際に、この星を見ると、三日月だったり半月だったりしている。
太陽の光を反射して光っている。
元々この5つの惑星は、明るい星として名前が付いていた。
今は、この5つの星を重点的に位置の変化を測定してもらっている。
太陽の軌道も測定した。
それで大体の黄道の経路を想定した。
黄道の北極近傍の星の経緯度の測定を始めた。
残念なことに、あまり明るい星が無かったので、比較的明い星をいくつかピックアップした。
これは、光行差を利用して、惑星ガイアの軌道速度を算出するのに必要な事だ。
明い星の星図の作成も一段落ついた。
そこで、星の観測の人員を減らすことにした。
担当者は、天体観測に積極的だった、ダビスさんと、ピソロさんの2名にした。
その二人は、かなり天文に興味を持っていて、天文台で観測を始めてから、目の色が違っていた。何か興味を引くところがあるんだろう。
適材適所だな。
その二人には、少し暗い星の観測をして、星図の項目を増やしてもらっている。
まだ他に惑星が見付かるかもしれない。
他のアルフさん、ウテントさん、セテさんの3人は通常業務に戻ってもらった。
それで、今、何をやっているかと言うと、三角関数の表を作っている。
衛星軌道の計算をするのには、三角関数を多用する。
観測結果の度に三角関数の値を求めていたら間違うかもしれない。
それで、計算を始めたのだが、いいかげんうんざりしてきた。
どうにかならないだろうか……。
夕食の時にニケに会ったときに、どうにかならないかとボヤいた。
『結局、アイルは、どうしたい訳?』
『コンピュータとは言わないけど、電卓みたいなものが作れないかなぁ。』
『発電機を作って、電気仕掛けの何かを作れば良いんじゃない。』
『いいや、発電機の設計にも三角関数は必要だし、他にも色々計算しなきゃならない。』
『ふーん。ようするに計算を自動化したい訳ね。』
『そうなんだ。良い方法が思い浮かばない。NORとNOTを実現できれば、後は組み合わせていけば、計算機ができる。』
『論理手順を実現するんだったら、圧縮空気があるんだから簡単じゃない?』
『えっ?何だいそれは?』
『アイルも知っているじゃない。紙の裁断装置で、手を間違っても切らないように、安全装置を付けたでしょ。』
そう言えば、紙のプラントの最終場所に紙の裁断装置を作った。
その時に、ニケに言われて、裁断刃の手前と奥の紙押えに付随した仕掛けを作った。
紙押えが下まで下がっていない状態だと、裁断する刃を押し下げる圧力が加わらないようになっていた。
ニケが言うには、工場の高温高圧蒸気は、熱や圧力を利用する以外に、シーケンスを組むことができるので便利の事がある。
この部分が規定通りに動いていなければ、危険な動作を止めるといったものだ。
こういった手順を実行する機構をシーケンスと言う。
それを実行する装置の事をシーケンサと呼ぶんだそうだ。
もともと、どこかのメーカーの商標だったらしいが、一般的になったと言っていた。
シーケンスを実施するのでシーケンサって、普通の単語じゃないか?
シーケンサと言われて思い出したのは、音楽を趣味にしていた友人が使っていたコンピュータプログラムだ。
音符を順番に様々な音源で鳴らしていた。
関係……あるのだろうか……。
可燃性の粉末や、揮発性の有機物を扱うような工場では、電子回路を防爆構造にするよりも、高温高圧蒸気でシーケンサを構成する方が楽だったりするそうだ。
『高温高圧蒸気だと火種にはならないからね。この世界だと電気回路を持ち込んで制御なんてできないから、高温高圧蒸気でシーケンサを作るわ。
アイルが、発電機と電子回路を作ってくれれば、それでも良いけど。』
微妙に、プレッシャーを掛けてくるな……。
それでも、圧縮空気があれば、シーケンサが作れて、上手くすれば演算処理装置も作れるという訳だ。
圧力が有る状態を1として無い状態を0とすれば、ディジタル装置が出来上がる。
その翌日から、多項式をソロバンで計算するのを止めた。
助手さんたちから、理由を問われて、計算する装置を作ると伝えた。
大量のアルミニウムをニケに作ってもらった。アルミニウムでパイプを作り、その中に圧力で移動する弁を作る。
まず、単純な構成で、圧縮空気の圧力で動作するか確認した。
弁の構造物は他の弁を動作させるために、硬いステンレスにした。
最初に、64ビットの加算器を作ってみた。作ってみて分ったのだが、演算をする度に、圧力を抜かないと上手くいかない。
値が安定する時間待って、圧が残存する構造の場合に圧を抜くための仕組みが必要になった。ディジタル回路のクロックみたいなものだ。
自励式の発振器を圧力回路で作成した。
管の太さを細くすると抵抗、空気溜りを作るとコンデンサーになる。
昔、電子回路を作ったときの記憶と知識を総動員して圧力回路を作っていった。
しばらくすると、回路に結露が発生することが分った。
加圧された空気を抜くときに、断熱膨張による局所的な冷却が発生して水が溜る。
ニケに相談して、塩化カルシウムを詰めた容器を準備して、乾燥した空気で動作させた。
5日ほど、パイプ細工を繰り返して、終に自動テーラー展開演算器を完成させた。
とりあえず空いていた部屋を使って組み立てていたのだが、部屋一杯になってしまった。
作っている途中から分っていたことだが、この装置は恐しく煩い。
一つのユニットなら、ガスが漏れるプシューとか、弁が移動するコンとかいう音がするだけだった。
それが、全ての圧力回路がクロックで同期して動作していると、マフラーを外したガソリンエンジン以上の騒音になる。
その上、圧縮空気の消費量が半端じゃない。
研究所の圧力タンクの圧縮空気を使うとあっという間に枯渇してしまう。
研究所の隣に巨大な圧力タンクと軸流コンプレッサーを3台作って、設置する羽目になった。
騎士さんが交代で、一向ペダルを漕いでいる。
ソドおじさんが、訓練に丁度良いと言って騎士さんたちを貸してくれた。
しかし、全力で漕いでいる騎士さんたちが供給する空気と消費する空気がなんとかバランスしている状態だ。
あまりに煩いので、作業コンソールと結果の表示は部屋の外に設置した。部屋の中は、布団を持ってきて、隙間という隙間を塞いだ。
そんな具合にして、6秒(約0.1度)単位の三角関数のテーブルを完成させた。計算には5日掛ったが、多分ソロバンと紙で計算していたら、何ヶ月、ひょっとしたら年単位で時間が掛っただろう。
折角なので、計算尺にSINとTANの目盛を振った。かなり便利になった。
ニケとその助手さんたちが持っている計算尺にも加えようかと持ち掛けたら、化学計算では、三角関数を使うことが無いからと、お断りされた。




