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惑星ガイアのものがたり  作者: Tossy
はじまりのものがたり 1
64/370

50.コンビナート

翌日


アイルの研究室に行く。


測量の結果がどうなったかを聞こうと思った。


アイルの研究室の中は、紙が散乱していた。助手さんたちは、ソロバンと格闘している。


『あっ、ニケ。どうしたんだ?』


それは、私のセリフだと思ったんだけど……この部屋を訪ねたのは、私だったね。


『アイルこそ、この状態は、何なの?』


『いや、ちょっと、計算が大変で……』


なんとなく、理由が見えているんだけど、あえて聞いてみた。


『何の計算?』


『それが、一昨日、測量したデータの計算がなかなか終らないんだ。』


三角測量で測量したんだろう。基準になる長さの見掛け角度を基準に測定する。

そうなると、測定点ごとに、三角関数を使用する。

三角関数の値を数値計算するのは、ソロバンでは大変だ。

計算量が半端じゃない。

多分、級数の項をメモするのに紙が大量に消費されているんだろう。

アイルのことだから、なるべく正確に計算しようとしているのかもしれない。


『ふーん。それで、どうやって計算しているの?』


『三角関数を、テーラー展開して求めているんだけど、コンピュータなんて無いじゃない。結構大変なんだ。』


『あのね。

概算で良いのよ。概算で。

一々、ソロバンで計算して値を求めないでよ。』


そう言って、私は、紙の上に円を書いて、放射状に線を何本か引いて、


『図から長さ求めりゃいいじゃない。数字の精度は2桁も要らないわよ。』


『でも、けっこう広かったから、2桁の精度だったら何十mも狂うよ。』


『あのね。もともと現場合わせだって良かったのよ。

100平米の広さが、80平米になったところで、設置する装置のサイズをその分小さくすれば良いじゃない。

1000立米のタンクを1割狭い敷地に建てるんだったら、背を高くすれば良いだけでしょ。

とにかく、概略だけでも出してよ。

のんびりやっていたら、アイルは何時迄経っても天体望遠鏡なんて作れないわよ。』


アイルはワタワタしていたが、見掛けが見掛けなので、本当に可愛い。


『昼までに、概略の敷地の形を出してね。』


そう言い置いて、自分の研究室に戻る。


私の研究室には、助手さんと手伝いの人たちが、見てきた工場用地の概略図で、必要な施設のレイアウト作業をしている。

少し正確な位置決めをしたいと思って、アイルのところの進捗を見に行ったのだけど、予想していた通りだった。


「昼までには、もう少し正確な図面が手に入ると思うわ。」


そう助手さんたちに話して、作業を続ける。


川縁には、荷揚げ、荷積み作業のための船着場と作業エリアを作る。

橋が出来たので、どのぐらい使うかは不明だ。

問題は、電気分解できるようになったときの海水の運搬だ。海水が良いのか、塩にして運べば良いのか。これは文官の人に考えてもらおう。

何にしても、馬に曳かせて荷台で陸送するよりも、大量に運べる可能性がある水上輸送が良いという判断もある。


川上側は、取水設備を設置して、敷地の奥に向って浄水のための水槽を配置する。


川下側は、排水を纏めて、処理する装置を配置する。

植物のカスが排水に含まれるので、初段は、活性汚泥槽にした。水車の動力を当てにして、攪拌装置と曝気装置を設置しよう。

排水で、公害なんて絶対に嫌だからね。


肝心の製紙工場は川下側の川沿いに作る。その上流側には高圧水蒸気を発生させるボイラー。これは黒液を乾燥させたものを焼却する炉と併設する。

高温で処理しなければならない酸化バリウムの反応炉、炭酸バリウムや炭酸ナトリウムの分解炉も併設だ。高温炉には、例のコンプレッサーを配置する。

今回は、高圧蒸気があるので、軸流コンプレッサーを回すのは、蒸気圧にする。


そんな具合に、レイアウトを具体化していって、必要な素材量を概算する。


大体の計画が出来たところに、アイルの測量の結果が届いた。

想定していたレイアウトに変更点が発生するかを確認する。問題は無かった。


上流側と下流側では、50mの標高差がある。5mのほどの段差を付けて10区画の平地にすることにした。


文官さんと、ボーナ商店にお願いして、ステンレスの原料になる鉄鉱石とクロム酸鉛を大量に、鋼を作ったり、試験運転するのに必要な木炭と原料になる亜麻や鉱石類を運び込むことを依頼した。


翌日、私たちは、事前に、工業用地の整地に行った。往復の時間が2時程度だったので、日帰りで対応した。

敷地を階段状の平地にするだけでなく、区画間の階段。船着場周辺の整備をした。

当然、魔法を使いまくった。


原料を準備して工場用地に運び込んでもらっている間。

私とアイルは工場に設置する装置の設計をしていた。


設計の話を二人でしていると、日本語になってしまう。


私とアイルの助手さん、お手伝いの人、ウィリッテさんやカイロスさんには申し訳ないけど、時々翻訳して説明してあげることになる。

暇じゃないのかなと思ったのだけど、私達に圧倒されたのか、口を開かずに、じっと成り行きを見ていた。


水車の想定される仕事率と、生産する紙の張力とのバランス。危険物タンクとタンクに掛る荷重や強度。ボイラーで発生する高圧蒸気の扱い。などなど。

こういった事は、この世界の人たちには、全く解らないだろう。


時間がもったいないので、置き去りにされている人たちには申し訳ないが、無視している。


後で……、解説して理解してもらわないダメだろうな……。


最初、あの岩山の麓にある場所のことを、工場の候補地、工場予定地、製紙工場予定地など、適当に呼んでいた。

ある頃から、私とアイルの二人とも、あの場所を『コンビナート』と呼び始めていた。


別に何と呼んでも良いのだけれど、これから、色々な化学品を生産する拠点のつもりだったので妥当だろうな。


どうせ、有機的に連動して化学品を生産する拠点なんて、この世界にないからね。


助手さんたちに説明する時にも、『コンビナート』と呼んでいたら、いつの間にか、あの場所の名前になってしまった。本当は、有機的に関連する工場群を指す言葉で、場所の名前では無いんだけど、まっ、どうでも良いよ。


そのコンビナートに物資の集積が終了したという連絡が入ってきた。

まだ、完全に細部まで設計が完了していなかったけれど、後は、現場合わせでも良い程度には完了していた。


この間に、アウドおじさんが、工場の周辺整備をしてくれていた。工場従業員用の宿舎などを建設していた。

噂を聞きつけた商人さんたちが、食料品店や飲食店などを作っていた。コンビナート周辺はちょっとした街になっていた。


しばらく、通いで建設をすることにした。

泊まり込みで建設を実施すると沢山の侍女さんたちが付いて行くことになる。

通いだと、侍女さんたちの負担が小さい。


ボーナ商店から来ている、お手伝いの人たちは、建設が始まっている居住地に移住する準備をしていた。


現場に着くと、資材や原料はコンビナートの中央に山になっていた。


私は、ステンレスや鋼を製造し、アイルは機械を設置していった。

煙突や建造物は岩山の岩を使った。


アイルがものすごい勢いで機械と建物を作っていく。1週間もすると、かなり形になってきた。


取水設備をコンビナートの上流部分に穴を掘って作った。沈殿槽、浄化槽、水位調整槽。

各設備に水を供給するためのパイプライン、下流側の水車の有るところまで大量の水を移送するための水道橋などをコンビナートの川沿いに作った。

水車のための竪穴を作って、スクリューにしか見えない水車を設置した。

排水のための、活性汚泥槽、浄化槽を作り、川への排水口を作る。


上流部の手前には、水酸化ナトリウムのタンクを設置。

水酸化ナトリウム水溶液は、パイプラインで製紙工場へ移送する。


中央の手前側には、ボイラーを建設。高温高圧蒸気を発生させるためだ。

そして、炭酸バリウムの分解炉や炭酸ナトリウム、炭酸カルシウムの分解炉を併設する。

この炉の熱は蒸気を生産するためにも利用する。

この場所には、例によって、巨大なコンプレッサーを設置した。

炭酸ナトリウム鉱石や、熱分解して得られる金属酸化物は、種類や用途に分けて保管する場所を作った。


製紙工場は、石組みの建物にした。岩が沢山あるから。


繊維の不要物除去と裁断エリアの後は、繊維を叩いて解すエリア。これは、ボイラーで作った蒸気圧があるので、機械化した。

リグニン除去のアルカリ浴、何段かの洗浄浴。

黒液の濃縮槽。これは蒸気で加温して木炭で加熱する。

洗浄した繊維は、漂白した後で、懸濁液にする。

懸濁液は、ベルトコンベアの様な細かな網の上に均等に散布。

水を切ったら、剥してロールに巻き込ませて、プレスと乾燥をする。

乾燥は、ボイラーで作った高温蒸気を金属ロールの中へ導入した高温ロールで搬送しながら、高温の部屋を通すことで実施。

出来たシートは、裁断装置で一定長さに切る。裁断装置は、蒸気圧で動作させる。

ロール類の回転は、水車の回転を回転シャフトで工場内に引き入れて動かす。


私は、ステンレスと鋼が不足しそうになったら生産した。

空いた時間で、装置類の動作確認をお手伝いの人と助手さんたちと実施していく。不具合があったら、アイルを呼んで修正する。


2週間で、コンビナートは完成した。


岩山の高さは、当初の半分以下になっていた。


速やかに本生産できるように、生産原料をリリスさんと文官さん達に調達してもらう依頼を掛けた。


個別の装置の動作確認と試運転を実施して、機能確認が完了した。



いよいよ、工場のお披露目をすることになった。


アイルの両親、ウチの両親。宰相さん一家、ボーナ商店の関係者、コンビナート担当の文官の人達。

そして、多数の領都民の見学者が集まっている。

警備のために、沢山の騎士さんたちも居る。


コンビナートの敷地の大半はガラガラで、製紙工場に近い入口周辺に沢山のテーブルが運び込まれている。


工場の完成と操業開始の式典の後は、宴会になるんだな。沢山の料理が作られていた。


領主のアウドおじさんが、少し高くなった壇の上で、工場の完成と操業開始の演説をする。

ウィリッテさんが、拡声の風魔法で集った人たちに声を届ける。


「本日、アトラス領に新しい商品が生まれた。紙だ。

そして、紙を作るための工場が完成した。

これまで、関係した人々の努力に感謝する。

ここに集ってくれた領民は、驚いたと思う。

これは、神々の世界の知識によるものだ。

「新たな神々の戦い」の時に、我々の元に生れた、神々の知識を持つ、私の息子のアイルと、騎士団長のソドの娘のニケのおかげだ。

既に、数字も、ソロバンも、鉄も、ガラスも、メガネも、この二人の知識が生み出している。」


そう話した時に、二人とも母親に抱かれて壇上に上った。


割れるばかりの拍手に見舞われた。


ええぇ!

ここで、そんな事、言うの?

隠蔽して、ひっそりと警護するのかと思ってたんだけど。


まあ、今さらなんだろうなぁ。


大体、あの橋をどうやって作ったのか、説明するのムリだものね。

あっ。それより、この工場か。

もう、隠しておくことがムリなので、公表したってことか……。


ん?魔法の事は言わないんだな……。


「そして、この場所は、コンビナートと名付けられた。

新しい商品を生み出す場所となる。

この地で、今後、様々な産物が生み出されていくだろう。

我領地の発展に尽力してくれた者たちに、拍手を。」


再度、拍手の渦に包まれた。


開始の合図とともに、工場が動き出す。

水車は常に回っていて、ボイラーは稼動しているので、動力を連結するだけだけどね。


動き始めた工場内の見学会が始まった。これまで頑張っていた、お手伝いの人たちが、それぞれの場所で説明をしている。

沢山の人達の前で、自慢気に話している。これから、工場の運営で大変だろうけど、頑張ってね。


動かし始めて、1/8ときほどして最初の製品が出来上がってきた。

原料を投入して、自動で製品が出来上がるのは、この世界では始めての事だ。

人手に依らず機械が動いて製品を生み出していくのを見て、見学している人たちは、皆驚いていた。


工場を動かした後は、原料供給を一時停止して工場を止めて、宴会になった。


私たちは、御婦人たちと一緒にいる。警護の騎士さんの人数が多い。

ウィリッテさんと、カイロスさんとその兄姉もいっしょだ。


アウドおじさんや、お父さん、グルムおじさんは、領都から見学に来た人たちに混って歓談している。


信じられないものを見たとか、紙をどのぐらい作ることができるのかとか、あの銀色に輝いているものは何で出来ているのかとか、あの橋は何時作ったのかとか……。


話題が尽きることが無さそうだ。


助手さんたちも、あちこちで話をしている。家族が来ていたりするんだろう。


私とアイルは、お母さんたちと、ご馳走を食べている。


そこに、リリスさんがやってきた。


「ニケ様、そしてアイル様。この度は、工場の完成おめでとうございます。

最初、ニケ様から、完成まで2ヶ月ほど時間が掛ると言われたときには、このようなことになるとは、全く予想出来ませんでした。

お二人には、驚かされてばかりです。

さきほど、工場が動いているところを見ましたが、不思議なものを見たとしか言いようがありません。

ウチから派遣した者達が、しっかりと説明しているのを見て、感謝と感激しかございません。

ありがとうございます。」


「リリスさん。もともと、紙は、アイルが欲しいと言ったことから作ることになったんです。沢山作ってくださいね。」


「もう、既に、宰相様から、まとまった注文を頂いております。

なるべく早く、注文に応えられるように尽力いたします。」


「多分、この領だけでなく、この大陸中に売れると思いますよ。

亜麻の作付の方、宜くお願いしますね。」


そんな感じで、リリスさんと話をしていた。

そろそろリリスさんがこの場を離れようとしているところにボロスさんがやってきた。


もう、喧嘩はやめてほしいな。

グルムおじさんは、離れたところで、どこかの人と談笑している。


「ニケ様、アイル様、ご無沙汰いたしております。

しかし、どえらいものを作りましたね。

人手をほとんど掛けずに物が出来上がるところなんて、始めて見ました。

しかし、返す返すも残念です。

何故、エクゴ商店にお声掛けいただけなかったのか。」


「ボロスさんは、紙を作るところはご覧になったんですね?」


「ええ。ただただ吃驚です。

どうやったら、あのドロドロの物が板みたいになるのか。」


「じゃあ、ボロスさんは、紙が何から作られているのは、分りましたよね?」


「えっ?何から……ですか?

なんか草みたいなもんを叩いてましたけど。草から作るんじゃねえんですか?」


「ボロスさん。だから、ボロスさんには声を掛けなかったんですよ。

紙の原料は、亜麻です。亜麻ってご存知ですか?」


「亜麻ですか……。それは……何なんでしょう?」


「そんなだから、ボロスさんのところは、関連が無いんです。

亜麻は、糸や布の原料です。ボーナ商店さんは、原料から糸や布を作っています。

農地に足を運んで、原料になる亜麻を農家と契約して作っているんです。

もう、その段階で、ボロスさんに声を掛ける理由は無いじゃないですか。」


「はぁ。それで、ボーナ商店だったんですか。

確かにウチは服飾関係はやってませんからね……。

なるほど。

やっと合点がいきました。

いや、てっきり嫌われちまったんじゃないかと気が気じゃなかったんで。

なるほど。

そうとは知らず、先日は申し訳ありませんでした。」


ボロスさんは、私とリリスさんに、先日の行いを謝罪した。

見掛けはともかく、まあ良い人みたいだ。


というより、お父さんたちは、私やアイルに悪い人を近付けたりしないか。

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― 新着の感想 ―
合点がいってよかった 押しの強さと商材への無理解と、ちょっと貴族相手に図に乗ってきてたので 相手見て営業しないと…
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