4W.もやもや
領主館の領主執務室を出て、自分の部屋に戻った。
侍女さんに、入浴の準備をお願いした。
入浴後、ベッドに腰を掛けて、横になる。
なんか……疲れたな。
2泊3日の外泊で、長距離を移動したから、疲れているのだろうけど……。
何故だか、気持がささくれ立っている。
これから、製紙工場の建設の事を考えないとならないんだけど、何となく気が重い。
私、アイルが居ないと、何も出来ないんだなと熟々そう思う。
あー。それにしても、このモヤモヤは何なんだ。
ウィリッテさんが部屋にやってきた。
魔法でアイルが橋を作った事に関してのウィリッテさん達の説明は終ったようだ。
橋への対応は、今、領地の文官さんたちが実施しているのだろう。
「ニケさんの様子が気になって来たのですけれど、部屋に入っても良いですか。」
私の様子って変だったのかな。
私自身では、あまり気づかなかったけど。
「えぇ。どうぞお入りください。
ウィリッテさんが、私の部屋に来たのって、ひょっとすると初めてじゃありません?」
「えぇ。アイルさんの部屋で会うことばかりでしたからね。」
「やっぱり、女性の部屋ですね。花が飾ってありますね。あの花瓶は、ガラス製ですか?」
「あっ、あれは、アイルが作ってくれたので、ガラスでは無いんですけど。まあ似たようなものですね。
庭を手入れしてくださっているセアンさんが、毎日花を持って来てくれるんです。」
「そうなんですか。
なんか羨しいですね。アイルさんが花瓶を作ってくれるのも、セアンさんが花を届けてくれるのも。
それで、ニケさんは、具合の方は如何ですか。」
「いえ、大したことはありませんよ。なんかちょっと疲れてしまったみたいです。」
「そうですか。それなら良いのですけれど。
何か気落ちしているように見受けられましたから。
気になっていたんです。」
ウィリッテさんには、そんな風に見えていたんだな。
「そう見えたんですね。私自身はあまり気付かなかったんですけど。
でも、なんとなくモヤモヤしているのは確かです。心の中がささくれ立っているというか何というか……。」
「あのアイルさんの大魔法のせいじゃないですか?」
やっぱり、このモヤモヤの原因は、アイルのあの凄まじい魔法なのかな。
でも、なんでだろう。
あの魔法は凄まじすぎて……私は、それに対して、どう感じたんだろう。
羨望なのかな。憧憬とは違うな。嫉妬というほどでもない。置いてきぼりにされているという感じだろうか。
「うーん。そうかもしれないです。何となく、置いてきぼりになったような気がしているのかもしれません。」
「なるほどね。
女性に生まれると、男性の力に圧倒されることはありますよね。
でも、それを羨しいとか狡いとか思って対抗しようと思うか、御互いに協力しようと思うかは、人それぞれです。」
「でも、アイルのあれは、凄ましかったです。とても私には出来そうもない事です。
それに、私は、アイルが居ないと、何もできないんですよ。」
「ニケさんとアイルさんに限って言うと、それは、違うんじゃありませんか。
二人はそれぞれ得意な事が全然違うのでしょ。」
「でも、私の魔法は、この前、ウィリッテさんが出来たみたいに、
知識さえあれば、皆できるようになると思うんです。」
「ニケさん!
私は、これでも2級魔法使いですよ。
まあ、口外してないので、アウド様とニケさん以外は知らないですが。
この王国全体でも、2級魔法使いは、本当に数えることができるぐらいしか居ません。
その2級魔法使いの私でも、あの「えんかなとりうむ」がやっとです。
あれは、単純な形をしていたから思い描くことができて、海水から、ほんとうに僅かに取り出すことができました。
だけど、他の物、えぇと「えんかかるしうむ」でしたっけ、とかは、知っているからって、海水から取り出すのは、私でもムリです。
それに、ニケさんの知識を手に入れるのに、あちらの世界の人達はどのぐらいの年月を掛けたのですか?
d1,000年?
d2,000年?
d3,000年?
少くとも、ニケさんが生きている間に、この大陸の誰も、ニケさんの知識の片鱗を獲得することすら出来ないでしょう。
ニケさんが知っていることは、この世界の誰も知らないことです。
ニケさんが、自分の魔法の優位性を保つために知識を隠蔽しても仕方の無いことだし、私ならきっとそうしますわね。」
隠蔽?
そんなこと考えてもいなかった。
そんなことしたら、私は、私にしか出来ないことに振り回されてしまいかねない。
私は、この世界の事や、転生した理由や秘密が知りたい。
美味しい物ももっと作ってもらって食べたい。
「私は、私の知識を隠蔽することはしないです。
私の出来る事は、皆に出来るようになってほしいと思ってますから。」
「そうね。ニケさんは、これまでも、そうしてきましたからね。」
とウィリッテさんは、ニッコリと微笑んだ。
「あれっ。そういえば、ウィリッテさんは、1級魔法使いになれるって言っていませんでしたっけ?」
「あぁ、それは今申請中なの。でも、間違いなく成れるわよ。
ちなみに、アイルさんとニケさんは、既に、1級魔法使いよ。」
「えっ?それは、何故?」
「二人が凄い魔法使いなのは、知るべき所は既に知っているわ。
そうじゃなかったら、噂が先行して、とんでもない事になっていたでしょうね。
ただ、まだ幼ないこともあって、王国の機密事項よ。」
なに?それ?怖いんですけど……。
それより、何故そんなことをウィリッテさんは知っているのだろう。
なんか、さらに怖いことになりそうだったので、聞かなかったことにしよう。そうしよう。
「ふふふ。王国の機密事項だから、今話したことは内緒よ。」
そう言って、ウィリッテさんは、部屋を出ていった。
さっきまで、胸の中にあった、ささくれは、綺麗になくなっていた。
そうだ。私は、これからアイルを扱き使って、プラントを建設しなきゃならない。




