4N.工場用地
グルムおじさんの号令一下、文官さんたちは、大急ぎで工場用地を探した。
2日ほどして、私とアイルは、アウドおじさんのところに呼ばれた。
工場建設の候補地が決まったみたいだ。
執務室に行くと、グルムおじさんとブリートさん、お父さんが居た。
部屋に着くとアウドおじさんが話をする。
「グルムとブリートに、急遽、工場に使える土地を探してもらった。
纏まった広さがあって、川の側ということで、候補に上ったのが、ここなんだが……。」
そう言って、領地の地図の一箇所を指差す。
そこは、領都マリムから見たら、マリム川の対岸。川沿いの土地だった。
以前、「たたら場」の候補地になった川沿いの2箇所のちょうど中間ぐらいの対岸だ。
「ただな。近くに橋が無いんだよ。
橋があるのは、ここだ。
かなり距離がある。
だから、ここで作ったものは、全て船で運ぶことになるだろう。」
橋の場所として指し示したところは、確かにかなり上流だ。
この大陸には、大河と呼ばれる川が沢山ある。
マリム川もその一つで、河口部分の川幅は、20km以上あると言われている。
当然ながら、正確かどうかは分らない。
「たたら場」の視察に行ったときに見た河口付近の川幅は、とても広かった。
対岸は、海の向こう側と言われてもそうなのかなと思うほど遠い。
日本じゃ考えられない川幅だ。
広い川に橋を架ける技術は無く、川幅が広いところは、渡船で渡る。
河口から少し上流と言っても、まだまだ川幅が広い。
川幅は、6kmぐらいだろうと言っている。
これも測量した訳ではないので、かなり不正確だ。
その候補地は、「たたら場」のときと同じで、地下に岩盤があって、あまり耕作に適さない場所だ。
以前は作物を育てていたけれど、段々と作物が育たなくなってきた。
原因を調べたら、地下に岩盤が埋まっていた。
今では広大な休耕地になっている。
この土を岩盤の上に乗せたのが、誰なのかは判らない。
今の領都マリムは、川の東になる。
アトラス家が、アトラス領を拝領する前から一応耕作地ではあった。
西から発展してきた歴史を考えると、アトラス家で領有する前に、マリム川近傍を領有していた領主は、幅の広いマリム川の西側の土地をなるべく耕作地にしたかったんじゃないだろうか。
ただ、土を盛ったのが、人の手によるのか、自然現象によるのかは分らない。
「岩盤の上にある土は取り除いてしまっても良いんですか?」とアイル。
「ああ、構わない。それに、その周辺も、今は耕作をしていない。取り除いた土は、周辺に積み上げてしまっておけば良い。
そもそも、ここは、工場に適さなかったとしても、土を入れ替えなければ農地にもできなくなっている。」
「それでは、まずは現地を見てからですね。」
なんと、翌々日に、移動することになった。
お父さんが、警備のために、渡船で移動するのではなく、上流の橋を渡って、現地に行くべきと主張した。
そのため、移動に1日。現地の視察に1日。帰りに1日。結局、現地で2泊になった。
移動の前日、アイルは何やら作っている。私は、言われるがままに、素材を作っていただけだ。
「アイル何を作っているの?」
「測量のための道具だよ。現地に行ったら、測量しておかないと、あとで計画を立てるのに困るだろ。」
その日は、鉱石探索チームが2ヶ所戻ってきた。これで、5ヶ所戻ってきたことになる。アイルに依頼された素材を作った後で、片っ端から分析をした。
終らなかったので、残りは、工場建設予定地を視察した後だな。
ただ、問題が一つあった。
ウラニウムを見付けてしまった。ガイガーカウンターなんて無いので、どのぐらいの放射線が出ているのか分らない。
急遽、アイルに頼んで、鉛の容器を作ってもらった。アイルもウラニウムが見付かって保管することになったことに微妙な表情をしていた。
その鉱石は、鉛の容器の中に小分けして、全て放り込んだ。やっぱり有るんだな。放射性物質が。
もともと、この惑星は、同位体の比率が怪しいので、いつか見付かるような気はしていた。
扱いをどうするか考えないと……。
まあ、後だ後。
詳細を調べるのは、工場が出来てからでも良いだろう……。
移動する日になった。助手さん、お手伝いの人達、ウィリッテさん、カイロスさんも一緒だ。
カイロスさんは、まだ馬を操ることができないので、騎士さんに頼んで一緒に馬に乗る。
当然、私とアイルは、騎士さんが連れて行ってくれる。
領都を出てからひたすら北に移動する。今回渡る橋は、マリム川に掛っている橋の中で、一番下流にある橋だ。王都に向う街道もその橋に繋っている。
今は、アトラス領の特産品としての、ソロバンや、鉄の農具、ガラス工芸品、釉薬付きの陶器が、近隣の領地に大人気だ。それらを積み込んだ荷馬車が何台も西に向っている。
荷馬車の周りは、いかつい風体の人達が囲んでいる。
警護しているんだろうね。
アトラス領で作られた物品は、一体幾らで取引しているんだろう。
下手な宝飾品より高いかもしれないな。
橋に辿り着く前に、昼になった。
昼食を急いで食べて、川沿いを北上する。
ようやく橋が見えたときには、昼を大分過ぎていた。
この場所でも、川幅はかなり広い。橋は、木を組み上げたもので出来ていた。
橋を渡って、今度は、川沿いにある道をひたすら南に移動する。
暫くすると、岩山が見えてきた。私を載せてくれた騎士さんが、この岩山には、昔、魔物が住んでいた。
今は駆除しているので、安全だと言っていた。
岩山の先が、今回の工場予定地だ。
到着してみると、なだらかに下流に向って傾斜している、広い草原があった。
「たたら場」を建てた場所と良く似ている。
ただ、とてつもなく広い。
移動に同行した人達は、広い草原の手前の岩山の下で待っていてもらう。
私とアイルが出発前に相談したとおりに、表層の土の層を下流に向って魔法で剥していく。
魔法全開で、地面の下に埋まっている岩盤を剥き出しにしていく。
暫く作業をすると、広大な岩の大地と、その下流側に、土の大きな丘が出来上がった。
同行した侍女さんたちは、剥き出しになった岩盤の上で宿泊の準備を始める。
巨大なテントを建てて、周辺で煮炊きを始める。
日が翳り始めたころには、食事の準備ができていた。
翌日。
侍女さんたちは、表土を積み上げて出来上がった丘に薪の苗木を植えていく。
アイルとその助手さんは、測量だ。
試作で大量に作った紙を持ち込んでいる。それに何やら数字や図を記録している。
私と助手さんとお手伝いの人達は、剥き出しになった岩盤と、川を見て回る。
岩盤の大きさは、川が流れている方向に6kmぐらいだろうか。
川からだいたい2kmぐらいの幅がある。
巨大コンビナート並の広さだ。
作物が出来ないのなら、有効活用すれば良いんだよね。
川は、岩盤の下5mぐらいのところを流れていた。自然石の護岸壁になっている。対岸は、どうやら土手になっているようだ。
アイルが貸してくれた望遠鏡で見ると、対岸の農地で作付の準備をしている人が居た。
川が氾濫しても、こちら側には溢れることがなく、対岸に水が溢れるのだろうな。
岩盤は、あまり平らではなく、凸凹している。下流に行くにしたがって、だんだんと低くなっている。アイルの測量で、どのぐらい低くなっているのかは分るだろう。
うーん水車を設置するのは、どこが良いのだろう。
そんな話をアイルに振ったら、下流側の岩盤に竪穴を作ってそこに設置すると言う。
「えっ。水車だよ。森の水車小屋の水車だよ。」
「ん。何それ?水車だろ。竪穴を作って、そこに設置すれば良いじゃない?」
何だか話が合わない。アイルに水車の図を書いてもらう。
「えっ。何これ。スクリューじゃない。」
「だから、水車だろ。最初はこいつの回転を使って、製紙工場を動かして、後で発電するんじゃなかった?」
アイルの言っていることは正しい。
違っていたのは、水車の形だ。
私が思い描いていた水車は、木で作られていて、縦に回る、田舎の水車小屋の水車だった。
そんな話をしたら、そんな効率の悪いものじゃ、何も動かせないと、一蹴されてしまった。
そんなこと言ったって……水車で、スクリューを思い浮べる方が無理じゃないの?
まぁ良い。機械の事は、アイルに全面的に従っていれば、問題ないさ。
なんだかんだで、視察作業の大半は、午前中に終了してしまった。アイルの助手さんだけかな。測量でアクセクしているのは。
昼食が終ったあとで、川縁でアイルが対岸を見ている。
「ん。アイル何か見える?さっき見たら、対岸で農家の人が作付をしていたけど。」
「いや。橋を作るんだったら、ここら辺かなと思ってたんだ。」
「えっ。ここに橋を掛けるの?」
「ああ。丁度良い材料もあるからね。」
と言って、岩山を指差す。
それからは、壮絶だった。岩山の上の方から、巨大な岩が空中に浮んで、川幅の1/10ぐらい離れた場所に沈んでいく。
いくつもの岩が空中を移動して、川の中に沈んでいった。
そのうち、それらの岩が川面の上に顔を出し始める。
さらに岩を上に載せていく。土台の水没しているあたりは、川の流れに逆らわない、流線型の形に変形した。
さらに岩山から岩が空中を移動して、土台の川上側と川下側の2ヶ所に岩が積み上がっていく。
アイルの魔法で、流線型断面の柱が川の中に2本立ち上がった。
こちら側の岸にも岩が積み上がっていく。
岸の積み上がった岩の上部と、川の中の柱との間に、アーチ状の構造物が組み上がる。川の流れの垂直方向に、2列のアーチが繋がって、その上に柱ができて……。
最後は、欄干が形作られる。
四半時もすると、川幅の10分の1のところまで、幅20m、長さ500m以上ある橋が出来ていた。
なりゆきを見ていた人たちからは言葉が無い。
「ふふ。何とかなるものだね。」
アイルは、そう言うと、呆然としていた騎士さんの一人を呼んで、橋の状態を調べてもらった。
橋の強度は十分だったようだ。全く揺れないと驚いていたくらいだから、良いんだろう。
それから、騎士さんの半数を呼んで、橋の上でタイミングを合せて、何度もジャンプしてもらっていた。
オイオイ、人間使って強度試験するなよ。
十分な強度があるというのは、大勢の騎士さんたちがジャンプしても大丈夫だったので、一目瞭然だったようだ。
この場に居た全ての人が橋に殺到して、橋の上から川を覗き込んでいる。
私とアイルも、侍女さんに抱き抱えられて、橋の先端まで行ってみた。
「じゃあ、また先を作るから、ボクの前には出ないでくださいね。」
とアイルは言って、岩山から、岩を浮ばせて、橋の先、先刻岩を沈めたぐらい離れた場所に、沈めていく。
最初は一つずつだったのが、そのうち同時に2つの岩が移動するようになって、それが4つになって……。最後は、同時に20個近い岩が空中を移動している。
岩が水面の上に現われるようになったら、流線型の土台の形にした。岩山の上でなにやら大きな音がしたと思ったら、橋の形をした大きな岩が浮び上った。
そして、それが、川までやってきて、二つの土台の間を繋げた。
今度は、一瞬で橋が出来たよ。
また、騎士さん達にお願いして、集団ジャンプをしてもらって、強度試験。
今度も皆で、橋の先端近くまで移動した。
「じゃあ、また先を作りますね。」
今度は、アイルは、幾つもの岩を同じ様に岩山から移動させて岩を川の中に沈めていく。そうやって、更に7回橋を延長していく。
最後に、向こう岸にも岩を積み上げていく。
もう、何個岩が空中に浮んでいるのか分らない。
向こう岸の岩は、既に橋桁の形をしている。
川の中の土台が出来たところで、橋の形をした岩が空中を移動してくる。
その巨大な橋が土台の上に乗った後、アイルが魔法で形を整える。橋が開通してしまった。
気の早い騎士さん達は、繋った橋の上でジャンプしている。
もう……慣れたんだね……。
アイルは、開通した橋に手を付けて、橋の継ぎ目を全て繋げて一塊の岩にしてしまった。
「これで、完成かな。」
「折角だから、川上側の端と、川下側の端にも,もう1本ずつ橋を作ちゃおうかな。」
そう言うと、出来たばかりの橋の中央で、魔法を使って、川上側と川下側の川の中に岩を沈めていく。
それは、とんでもない風景だった。
空中に無数の岩が浮いて、次々と川の中に沈んでいく。川の両岸に岩で石組みが出来ていく。
川の中に、上流、下流それぞれ9本の土台が出来たところで、とんでもなく巨大な2つの橋が空中を移動してきて、上流側と、下流側の、それぞれの土台と両岸の石組みの上に乗る。
乗った瞬間に、巨大な橋の形が少し歪んだと思ったら、きちんと川幅に合った橋になってしまった。
「これで、もう、回り道しなくても、ここに来れるね。」
少しの間があって、突然皆が拍手をし始めた。
口々に「凄い」とか、「信じられない」とか言っていた。
うん。私もこのトンデモ無さが、信じられないよ。
そもそも、橋、3本も要る?1本で良いじゃない。
岩山の方を見ると、岩山の高さが2/3ぐらいになっていた。
まあ、岩山の事は、この際どうでも良いんだけど。
その日の夕食時は、お祭騒ぎだった。
まあ、あんなとんでも無いものを見せられたら、人間興奮するよね。
2泊の旅程だったので、酒は持ち込まれていなかった。
そのため、酔っぱらっている人は居ない。
興奮に酔っているんだろうなぁ。
これで、酒が入ったりしたら、怪我人が出たかもしれない……。
夕食時に、ウィリッテさんがやってきて、少し興奮気味に、アイルの魔法の凄さを話していた。
ウィリッテさんも、何で、橋を3本作ったのか理由が理解出来ないみたいだ。
まあ、きっと、そういう気分だったんですよ。みたいな回答をしておいた。
本人に聞いてくれよ。私も分らないよ。
翌日。
当初の予定では、早朝から撤収の作業をしたら、朝食もそこそこに、即座に帰る予定だった。
だけど、急がなければならない理由が無くなっている。
のんびり朝食を採って、のんびり片付けを始めている。
騎士の人が、この橋を渡った場合の領都への帰り方を調べに行った。
橋を作っても、その先に道が無いんだよ。
当り前と言えは当り前だよな。
対岸の農家の人に、領都への行き方を聞いて、戻ってきた。
農道を少し進むと、比較的整備された道があるらしい。
その道を使って、馬を1時ほど走らせれば領都に着く。
工場の候補地は、既に工場予定地になってしまっている。
橋が出来たことが大きいかな。
午前中は、助手さんとお手伝いの人達と、どの場所に、何を設置するのか、具体的な案について議論しながら、剥き出しになった岩盤の上を歩く。
私は、水車が下流側に固まって設置されるのであれば、製紙工場は下流側に置きたいと思う。
橋も目の前にあるしね。
逆に、危険な薬品類は、上流側に置こうと思う。
何かの事故で漏れたとしても、この敷地内に留めておけるだろう。
取水設備は上流側に作るので、上流側には、浄化装置を設置して、大きな貯水槽が出来るはずだ。
薬品設置場所には防液堤を設置するのは無論だけど、除害化するためには、水が必要な事も多いだろう。
あとは、高圧蒸気用のボイラーも欲しい。それは、中央部かな。
炭酸ガスを有効に使用できるようにする必要もある。
酸化カルシウムや酸化バリウムの加熱炉もボイラーと併設するのが熱効率が良いかもしれない。
結局、昼食を採ってから、帰ることになった。
昼食後、帰る準備をして、皆で馬に乗り、新しく出来た橋を通って、帰路に就く。
工場の候補地に向う時には、馬を疾駆して移動した。
帰りは早足程度の速度で帰ってきた。
本当に1時ほどで、領主館に着いた。直近に橋が有ると本当に近い。
領主館に着くと、アウドおじさん達が待っていた。
バルトロさんに案内されて、執務室に向う。
部屋には、アウドおじさん、お父さん、グルムおじさんが居た。
「随分と早かったじゃないか。
ニケどうだった?あの場所は使えそうかな?」
アウドおじさんが声を掛けてくれる。
「えぇ。近くて、面積も広く、川の水量も多くて、良いかと思います。」
「そうか。そうか。ん?近い?」
「アイルが橋を掛けてくれましたから、領都から1時程で行くことができます……。」
「えっ。橋?あの場所にか?」
それからは、工場用地の話はどこかに消し飛んで、橋の話で終始した。
もう、私から説明するような事じゃ無い。
アイルとウィリッテさんと、カイロスさんに任せた。
一番話を聞きたがったのは、グルムさんだ。川の対岸の領地に行こうと思えば、今回往路で選んだ経路しかない。
対岸の開拓を進めるにも、移動時間が影響する。
あの場所に橋が出来れば、そういった悩みは解消される。
早速、ブリートさんが呼び出された。良く呼び出されるよね。中間管理職は辛いね。
橋の周辺の耕作地を調べ始めた。領都からその橋まで、道を整備する。
その経路にある耕作地をどうするか検討が始まった。
私、疲れたよ。部屋に戻っちゃダメかな。
そんな様子をお父さんは見ていたみたいで、隣に居るアウドおじさんに耳打ちしている。
「アイルとニケは、疲れただろう。夕食まで、部屋に戻って休みなさい。
もし、あの場所で問題があれば、夕食の席で聞こう。」
とアウドおじさんが言ってくれた。




