49.紙の量産準備
リリスさんとの間で、契約やら何やら、面倒な事が発生しそうだったので、グルムおじさんも呼んだ。
グルムおじさんは、他の用事もあるから、元々研究所に行く予定だったと言っていた。
ん?何だろう。
他の用事といったら、アイルがやっているメガネ関連のことかな。
そう言えば、アイルの方は、そろそろ終わりになると言っていたな。
これまで頑張ってくれたお手伝いの人達に、リリスさんへ作業工程についてのプレゼンをしてもらうことにした。
ふふふ。社長への研究報告だね。頑張りたまえ。
その日、午前中は、リリスさんへのプレゼン資料を皆で協力して作成した。
初めて紙に書いたプレゼン資料だね。
リリスさんが来る時刻が近付いたので、助手さんやお手伝いの人達と、研究所の1階に移動した。
研究所の1階には、年配の職人さん達が、メガネを手に、御互いを素見し合っている。顔見知りの、ルキトさんや、ガゼルさんも居る。皆、なんだか嬉しそうだ。
研究所の入口で、リリスさんを待っていたら、グルムおじさんとベスミルさんがやってきた。
グルムおじさんは、ボロスさんを呼んで、文官の人用のメガネを定期的に購入する契約を始めた。
なるほど、今回アイルが作った機械も貸し出し対象になるんだ。
そんな様子を見ていたら、リリスさんが、老齢の人と一緒にやってきた。
事前に、リリスさんには、人員や運転時間をどうするかの相談をすると言っておいた。商店の上層部の人を連れてきたのだろう。
「リリスさん、態々お越しいただいて、ありがとうございます」
「いえいえ、作業をしていた者から、だいたいのところは聞いています。お招きいただきありがとうございます。
カミを作る方法が出来たそうですね。今日は、お話を聞くのを楽しみにしていたんですよ。」
そんな挨拶をしていたら、ボロスさんがやってきた。
「ニケ様、大変ご無沙汰しております。
今回も、アイル様には色々とお世話になりました。
ボーナ商店さんとは、また、不思議なところでお会いしますね。
ところで、ニケ様、カミとは何でしょうか?」
ボロスさんは和やかに話しかけてきた。けど、目が笑ってないな。
今回の紙の件は、ボロスさんは、知らない。
だけど、それは関係が無いから当然だよね。
リリスさんのところは、元々原材料を持っていた。
ボロスさんとの付き合うのは、ボロスさんが対応可能だからだ。
「ご無沙汰してます。ボロスさん。お会いするのは、ガラスの時以来ですね。
メガネの件では、アイルが色々お世話になったようで、有難うございます。
ところで、ボロスさんは、紙の何をお知りになりたいのです?」
「ニケ様が、また新しい商品を作り出されたのかと思いまして。
今回は、エクゴ商店にお声掛けいただけなかったようですね。
それがとても残念です。
それで、紙というのは、一体どういったものなのでしょう。」
「ええ、このところボーナ商店さんにご協力いただいて、紙を作る方法を検討していました。
やっとメドが立ったので、詳細な打ち合わせをするために、ボーナ商店さんにお越しいただいたんです。
ただ、今回の件は、エクゴ商店さんとは関連が無いと思いますよ。」
「ニケ様。また、何と冷たいことを仰られるのでしょう。
これまで同様、エクゴ商店は、誠心誠意お手伝いさせていただきます。
ぜひ、その紙についてもお手伝いさせていただけませんか。」
うーん。厄介だ。
これからも、こんな事が起るんだろうな。
商人同士が鉢合わせて、こんなことになるんだったら、日を変えていた方が良かったよ。
どうしたら良いのだろう。
下手な事を言うと、リリスさんに迷惑が掛りそうだよ。
「ちょっと、ボロス。
ニケ様が困っているじゃない。
こんな幼ない子供を困らせてどうするつもりなの。
最近、ニケ様とアイル様が作り出した商品を扱っているからって、増長してるんじゃないの。」
おっと、リリスさんが参戦してきたよ。
私は、見掛けは幼なくても、中身は幼なくないぞ。多分……。
最近、自信がなくなってきたけど。
「うちは、昨年来のお二人とのお付き合いだ。
そっちこそ、オレの商売のジャマをしようと思っているんじゃないのか。」
「今回は、私達が扱っている商品を利用して紙を作っているのよ。
大体、ボロス商店では、服飾製品は扱っていないじゃない。
それとも、私達の商売に横槍でも差すつもり?」
「今のエクゴ商店だったら、何だって出来るさ。
お二人のご要望にだって、十二分な対応が可能だ。
ボーナ商店のような弱小商店なんかお呼びじゃないんだよ。」
完全に口喧嘩になってるよ。
どうするんだ、これ。
いつの間にか、グルムおじさんが横に立っていた。
これだけ騒いでいれば……気付くよね。
「こら!ボロス!
お前、本当に増長してるんじゃないのか?
お前のところも1年前は、弱小商店だったじゃないか。
今回は、ニケ様の依頼で、ボーナ商店を勧めたのは、宰相の儂だが。
その判断に、異論があるのか?」
「さっ、宰相様。いえ、そ、そんな心算は微塵もございません。」
「なあ、ボロス。お前とは、長い付き合いだ。
これまでは、領の発展のためにと思い、色々とお前のところに声を掛けていた。
今後も、声を掛けることがあるだろう。
ただ、儂は、領地の宰相として、一箇所に集中するのが良いとは思っておらん。
今回は、ニケ様が服飾関係の素材を使うと言われた。
そうなると適材適所。
紙については、ボーナ商店と取引をする。
儂の決定だ。
これ以上四の五の言うんだったら、今後のエクゴ商店との関係を見直さなければならなくなる。
良いな。」
「……わ、分りました。」「宰相様、お口添え有難うございます。」
おお、強権が発動されたよ。
ボロスさんは、私に一言「お騒がせして申し訳ありませんでした。」と言って、去っていった。
やれやれ。
この後、助手さんとお手伝いの人で、紙の生産のデモンストレーションを実施した。リリスさん達に紙の生産の方法を見てもらうことが目的だ。
グルムおじさんと、丁度メガネの製造研修を終えたアイルにも見てもらう。
これから、工場を作らなきゃならないからね。
デモンストレーションをしている最中に、アウドおじさんとお父さんもやってきた。
お手伝いの人達に緊張感が走ったみたいだ。
表情が硬ばっていた。
一通りデモンストレーションを見せ終えたところで、今後のことをリリスさんと相談することになる。
ちょうど良いな、リリスさんとの話の前に、アウドおじさんに、工場の設置場所を相談しよう。そう思っていたら、アウドおじさんから話し掛けられた。
「ニケ、紙を作るのに随分と沢山の手順があるが、これは、領地のどこで行なうんだ?」
参加している皆に、紙を作るのには、水が大量に要ること。
今後アイルに水の流れる力を使って特殊な道具を作って利用すること。
今後の領地の発展のために、鉱山開発と、金属類の精製をしようとすると、危険な化学品が必要になる。
鉱石や、鉱石から取り出した有用な素材を、保管しておく場所が必要なこと。
鉱石や有用な素材を運び出すためには川を使って輸送することが効率的なこと。
そんな説明をして、川の側で使える広い場所が無いかを聞いた。
出来れば、「たたら場」を作った広さのd100倍の広さが欲しいと伝えた。
領地上層部の三人が相談を始めた。
聞いていると、川の側は農地になっている。水が近くにあるんだから当然だろう。
川は時々氾濫して、豊かな農地になる。そのため、休耕地は少ない。
なるほど、それで「たたら場」の選定の時に、川の側は、丘の上が候補地になったんだ。
農地利用しているため空けられないこと。鉄を生産している最中に川が氾濫したら事故になる。
その時、グルムおじさんが、今は、もう事情が違うと言い始めた。
鉄、ガラスを生産するようになったアトラス領は、農業、漁業で成り立っている他領とは違う。
北部の未開拓領地を農地にすれば、川沿いの土地を農地以外の産物のための場所としても問題はない。
今後、鉱山開発が進めば、さらに変わっていく。
場所については、この場では決められないが、早急に考えることになった。
さて、じゃあ、リリスさんと相談しますか。
リリスさんは、事の成り行きに驚いていた。
きっと、紙の生産は、布を織るぐらいの気持でいたんだろう。
領地を使った工場を作るなんて思ってはいなかったはず。
でもね、紙は作れば作っただけ消費される消費財だ。布や家具みたいな耐久財ではない。そして大量に作れば、価格を抑えられる。
そうしないと、紙を使う時代には移行できない。紙が高級品だと困る。
まずは、手伝いの人達にプレゼンをしてもらう。
リリスさんと、商店の上層部の人だけでなく、領主様、宰相様、騎士団長が居る。心情的にとんでもなかっただろうな。
ま、仕様が無いよ。
人生で……そんな事もあるさ。
生産方法の概要の説明。
水酸化ナトリウムや、酸化バリウムなど危険な薬品を使うため、厳重に管理しなければならないこと。
一旦動かし始めたら、それなりの量を生産しないと非効率なこと。
各工程で、決められた量の中間生産物を作り続けなければならないこと。
建造する工場の規模に対して、想定される工場運営に必要となる人員。
生産する紙の量に対して、必要となる原料の見積り。
4人で、互いに補足しながら、それらを説明する。
何とか乗り切った。頑張ったね。
そして、ボーナ商店の人達には、場所が決まり次第、工場を建設する事を伝える。
当面、その管理は、領地で実施することになるだろう。
ただし、何時迄も文官さんが管理や運営をしている訳にはいかない。
ボーナ商店に運営を移譲していくことになる。
その工場の責任者や、工程管理をする人を育成して欲しいとお願いする。
工場が動き始めたら、作業員も必要になる。
その作業員の管理もボーナ商店でできるようになって欲しい。
これまでの、鉄やガラスは、従来から居た、鍛冶師や陶芸職人で対応ができた。
ただ、紙を始め、化学合成については、対応できる職人が居ない。
そんな話を皆に伝えて、了承してもらった。重要人物が同席すると話が早いね。
当面の間、ボーナ商店には、準備に必要な資金を領地から貸し出すことにした。
あとは、担当する文官と打合せてもらおう。
お手伝いしてくれた人員を、今後どういう扱いにするのかをリリスさんに確認した。
何しろ、化学合成について、僅かながらも知識がある有望な人達だ。
リリスさんは、一緒に来た初老の男性と暫く話をしていた。
その結果、お手伝いの人達は、工場が立ち上がって操業を始めるまで、私の元に居ることになった。
工場が操業したところで、ボーナ商店に戻り、紙の事業の責任者になることが決まった。
お手伝いの人達は、大喜びだ。大出世なんだろう。
そして、私は肝心な事をリリスさんにお願いする。
「紙の生産を始めると、綿、亜麻、麻を使用します。特に亜麻は良質な紙になるので、大量に必要になるでしょう。これから工場の立地、規模などが決ってきますが、今年の収穫時期に、不足することの無いように、対応をお願いしますね。」
「わかりました。
原料の供給は、ボーナ商店に引き受けさせていただきたいと願っていますので異論はありません。
しかし、必要な量によっては、現在の作付では対応しきれないかもしれません。
その場合には、領主様に、新規開墾をお願いしても宜しいのでしょうか?」
「どうせ、工場用地分の新規開墾を実施することになる。
その時に、作付に適した場所を見繕ってくれ。
いっしょに開墾してしまえば、手間は掛らない。」
「ありがとうございます。そういう事でしたら、これからは、計画を共有して、対応していくことにいたします。」
良い感じで、話が纏まったみたいだ。
あとの契約やら、計画の擦り合せやらは、商店と文官の人達で対応してもらおう。
私たちは、工場の建設だ。




