48.メガネ製造
42.メガネ製造方法の続きです。
47.紙の製造検討の冒頭で、アイルがニケに相談して、ボロスさんを呼び出すことにしたところに繋がります。
ニケのアドバイスどおりに、ボロスさんに来てもらった。
「アイル様。お呼びだということで、まかりこしましたが……。
また、沢山の道具がありますね……。
あっ、依頼されていた、素材は、明後日には間違いなく持ち込めます。」
「わざわざ、来ていただきありがとうございます。
その後、お父上は、いかが過されていますか?」
「父は、あれから、商人に復帰しまして。私の仕事を手伝ってくれています。
感謝してもしきれないですよ。
あのメガネ。商人や職人達に羨しがられまして。
そのうち、アイル様の指導で、街中で作れるようになると伝えたら、大変な期待で。
もう、沢山の注文が届いています。」
「そうですか。期待が大きいんですね。
それで、今日来てもらった用件なんですが。」
と言ってから、硝材、レンズ、フレーム、フレームに嵌る形になっているレンズ、メガネを、前に並べた。
「まず、ガラス職人さんに、このレンズ用のガラスを作ってもらいます。
このガラスを道具を使って、レンズにします。
そして、これは、レンズを嵌め込むためのフレームです。
フレームの穴の部分の形に合うように、レンズを削ります。
そして、レンズをフレームに嵌め込むとメガネになる訳です。」
「えぇっと、この前言っていた素材は、このレンズ用のガラスを作るのに必要なんですよね。」
「そうです。そして、ガラスが出来て終りじゃないんです。レンズにするために磨かなければなりません。それも何種類も作っておくことが必要です。
いくつもの種類に削るための道具を作りましたら、その道具を使います。
そして、先日、バルノさんの目に合わせたように、メガネを着ける人の目に合ったレンズを選びます。
多分、その場で作っていると時間がかかりますから、あらかじめレンズは作っておいた方が良いかもしれないですね。
そこらへんは、職人さんか商人さんにおまかせですが。
そして、肝心な、レンズを嵌めるフレームを作っておかないとなりません。
これは、どういった職人さんにお任せするのが良いのでしょう。」
「これは、黄銅製ですか?」
「手元に黄銅があったので使いました。顔に着けるものですから、人によっては、重いと感じるかもしれませんね。
何か硬くて加工しやすいもの、例えば亀の甲羅とか、牛の角、硬い木とかでも良いかと思います。」
「そうですか。小間物の類ですね。木工職人なんかは、いろいろ扱いますんで、こころあたりを探しておきます。」
「他にも、鍛冶師さんにも手伝ってほしいのですよ。
それで、明後日、その小間物を作る職人さんと鍛冶師さんにも来てもらって説明したいのです。」
「えぇっと。鍛冶師もですか?それはまた何故でしょう。」
「理由を説明するには、まず、ここにある道具の説明をした方が良いでしょうね。」
そう伝えて、機械の説明をする。
現在領地で作れる技術で構成していることを伝えた。動かしかたを説明する訳じゃないから、あまり時間がかからず終了する。
「するってぇと、フレームの形にガラスを削るあの道具や、道具の回る軸の部分の加工を、鋳物でできないかってことを、鍛冶師に検討してほしいってことですか。」
「そうです。もともとレンズは、この形ですから、フレームに合うように削らなければならないんです。
そして、今回お見せした道具は、全て鋳物で作ることができますから、領都で作れるようになってほしいと願っています。
実は、文官さんのメガネや、バルノさんノメガネを全て魔法で作っていましたから、気づくのが遅れてしまったんです。
メガネを領内で作ろうと思ったら、領内の様々な職人さんの手が必要になります。
ご協力いただけますか。」
「いやいや、ご協力なんてめっそうもない。
アイル様やニケ様には、領民皆感謝しているんですから。
それに、メガネの話に一番に食い付いてきたのは、領都の職人の親方連中ですよ。
連中も、ムダに歳を食っていて、目が霞んでますから。一刻も早くメガネが欲しいはずですわ。
自分達がメガネを作るのに役に立てるとなりゃぁ、馳せ参じてきますって。
じゃあ、明後日、素材と一緒に、職人の連中を連れてきます。」
そう言うと、ボロスさんは、颯爽と帰っていった。
素材が届くまでの間に、助手さん達に、作業の再確認をしてもらった。
レンズ用の硝材の製造。レンズの研磨。
レンズをフレームに取り付けるための切削加工。
グラインダー砥石の製造方法。
ロールベアリングを作るためのロストワックス鋳造。
素材が届き始めた。荷台4台分で、硼砂、蛍石、酸化ビスマスの鉱石だ。
それと前後して、職人さん達が集まってきた。
懐しいルキトさん、ガゼルさんの顔も見える。
総勢26人の人が集ってきた。ボロスさんとバルノさんも居る。
年配の人ばかりだな。
ボロスさんに職人さん達を紹介してもらう。
陶器やガラスの職人さんが10人。
鍛冶師の人が10人。
木工職人さんが4人だった。
皆工房を持っている親方だと言っていた。
みな、研究所にある機械に興味津々だった。
紹介が終ったところで、ボロスさんが謝ってきた。
「アイル様、本当に申し訳ないんですが、こいつらにメガネを作ってやってくれませんか。
こいつらの、腕が良いことと熱意があることは、保証します。
ただ、最近目の霞みが酷くなって、工房の運営に支障をきたしてるらしいんです。」
それで、年配の人だらけなんだ。
そこに、バルノさんが、話を加えた。
「私だけがメガネを使っていると風あたりが強いんです。
腕の良い職人を集めたのは良いんですが、やっかみが酷くて。
古くからの馴染なんです。何とかなりませんか。」
どうやら、腕の良い職人に声を掛けたのは良いが、バルノさんが、只同然でメガネを貰ったことをあれこれ言われたらしい。
まあ、都合が良いと言えば良いか。
ここで、作り方を教えながら、皆のメガネも作ってしまおう。
そう思って、了承した。
皆、目が霞んでいるんだったら、虫メガネも紹介しておこう。
これまで作ったレンズで、焦点距離が短いものを使って、虫メガネを作った。
全ての職人さん達に渡した。
物が拡大されて見えることや、老眼で見えなかった近くを見ることができることに驚かれた。
そして、ここで作り方を教えるながら現物レンズを作ってもらうので、それを皆のメガネに加工すると伝えた。
喜んでいたよ。
作業の説明をするのに、ガラス職人さん、鍛冶師職人さん、木工職人さんでチーム分けをしようと思っていた。
ところが、全ての職人さんが、全ての作業工程を知りたいと言ってきた。
自分の作業が全体のどの部分を担っているのかを知ることはとても大切だからね。
良いんじゃないかな。
結局、最初の日は、講義と全ての工程の説明を職人さん全員に伝えることになった。
まず、老眼が起きる原因の説明をする。
ソドおじさんじゃないけれど、その筋肉は鍛えられないのか聞かれた。
これは、老化なので、ムリだと伝える。
手元に虫メガネがあるので、レンズの仕組も容易に教えることができた。
職人さん達なので、理屈の詳細はともかく、起こっている現象を理解するのが早い。
ついでに、虫メガネの他に、さらに単焦点の凸レンズや凹レンズを渡して、遠くが拡大してみえることなども実演した。
望遠鏡に興味を持ってもらえれば良いな。
そのまま、レンズを作るための研磨道具の使い方、グラインダーでメガネレンズの加工方法、ロストワックスで同じ形の鋳物を作る方法、グラインダーの回転砥石の作りかた、レンズの硝材の配合方法などを順に教えていった。
途中で、昼食になったときには、昼食を振る舞った。
侍女さんにお願いして、職人さん達の昼食を準備してもらった。
海鮮パスタとハンバーグを出してもらった。
食べている時に、目を剥いていた。
美味しいを連呼していたので、満足してもらえて良かった。
一通りの説明が完了する頃には、夕方になっていた。
職人さん達からは、質問が山のように出た。
特に、グラインダーでの切削とロストワックスの手法を教えたときに質問が多かった。
この二つの技術は、この世界では完全に新しい技術になる。
応用を考えての質問だった。
技術を流用したり、改良したりして、領都の技術レベルを上げてくれれば良いよな。
翌日からは、レンズ硝材関連の作業と、鋳物関連の作業に別れて実習をしてもらった。ここからは、助手さん達に指導を頑張ってもらった。
職人さん達は、自分達のメガネになるということもあって、真剣に取り組んでいた。
木工の職人さん達には、様々な形のフレームを魔法で作ってみせた。
顔に着けるものなので、フレームの形で顔の印象が変わる。
意匠は腕の見せどころだ。
素材について聞いてみたら、亀甲という素材があって、アクセサリなどに良く使っているらしい。
軽くて加工しやすい素材だと言っていた。
木工職人さん達は、素材と工具を持ち込んで、研究所でフレーム作リをすることにしたみたいだ。
フレームが無いと、自分達のメガネが出来上がらないからね。
1週間たったころには、レンズ用の硝材が人数分以上に出来上がった。
フレームも様々な形のものが作られていた。
鍛冶師さん達は、グラインダーや、研磨の機械を組み上げ始めていた。
レンズの研磨作業に移る前に、メガネを希望している人達の目の検査を行なった。
結果は、当然ながら人によってそれぞれに度数が違っていた。
それで、メガネを使う人に合わせてレンズを選択しなければならないことを理解できたようだ。
メガネフレームも一緒に選択してもらう。
互いに素見しながら、フレームを選んでいた。
なかなか楽しそうだ。
一番真剣な目でその様子を見ていたのは、バルノさんだった。
理由を聞いてみたら、メガネは、ボロス商店で扱い、その担当者にバルノさんが就くことに決った。
目が霞んで困った経験を活かして、同じように困っている人の役に立ちたいという強い願いがあったのだとか。
目の検査の方法とか、フレームの人気の具合は、担当する商人として知りたかったことだと言っていた。
さらに1週間かかって、ようやく実習は終了した。
後半、手の空いた木工職人さん達は、他の作業を手伝っていた。
総力戦になっていた。
新しい技術と、自分専用のメガネを手にいれて、職人さん達は嬉しそうだった。
最終日に、グルムおじさんとベスミルさんがやってきた。
今後、メガネを領地の文官の予算から購入することが決まったらしい。
これでベテランの文官さんが退職に追い遣られなくて済む。
ボロスさんと契約書を交していた。
そして、今回ここで作った機械はベスミルさんが管理して貸し出すことになった。
どの職人さんが、ここの機械を使うのかは、ベスミルさんとボロスさんが相談して決める。
やれやれ、やっと終った。
ニケは、これまで、鉄とガラスでこんなことをしていたんだな。
大変だったろう。
自分でやってみて熟々そう思うよ。
さて、今度は、ニケが紙を作るのを手伝わないと。




