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惑星ガイアのものがたり  作者: Tossy
はじまりのものがたり 1
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45.紙の試作

アイル達と一緒に食事をするようになって、もうすぐ1年になる。

相変らず、毎夕食は、アトラス家、グラナラ家、セメル家でいっしょだ。


私やアイルがやっている事を知りたがっているのだろうか。


時々、夕食の新メニューがあったりするからというのが大きそうだけど。


最近では、グラナラ家の厨房担当のテレスさん達も、夕食の準備は、領主館に来ている。


夕食前に、貰ったカラフルな布を御婦人方に渡した。


凄く喜んでいた。


衣装に使うのだろう。私の服も作ってくれるらしい。


それは嬉しい。


夕食後に、アイルやグルムさん、アウド様、お父さんに出来上がった紙を見せた。

紙作りを依頼しているアイル以外は、何だかピンとは来なかったようだ。

見たことの無いものは、何だか分らないのだろうな。


木簡の代りに記録することができる事を伝えて、実際に字を書いた紙を見せて説明する。


最初に食い付いてきたのは、なんと父さんだった。


騎士さん達は、作業命令書を木簡でやりとりしている。木簡は嵩張る。

野外活動でなるべく身軽で居たいのに、命令を書き記すための未記入の木簡を運搬するのは負担だったみたい。

さらに、作業する人は、渡された木簡を携帯しなきゃならなくて、それが、作業に邪魔だったようだ。


もちろん、グルムさんも事情が分ったのか食い付いてきた。


ただ、文官の仕事は、1年で纏めて、過去の記録は2年分ぐらいを保管しておけば良い。

通年の記録を纏めたところで、何年か前の記録は廃棄する。

木簡を廃棄するという訳ではなく、表面を削って新たに記載できるようにする。


少し気になって、木簡の納入状況を聞いてみた。


紙が主流になると、木簡なんて使われなくなるだろう。

そうすると、木簡を納入していた業者さんや職人さんが生活に困るかもしれない。


木簡は、ボロスさんのところが一手に扱っていて、作製するのは木工業者。

そこは、今、ソロバンや新しい意匠の家具が大流行で、木簡の仕事が無くなっても困らないだろうと言われた。


平気で100年保管しておけると言ったら、かなり興味を持ったみたいだ。

流石に100年前の記録を見たりすることは無いんだろうけど。

どのぐらい保管できるのかと聞かれたので、前居た世界では1000年以上前の記録が残っていると言ったら、驚かれた。


書き直しをしないでかと聞かれた。


逆に事情を聞いたら、100年以上前の記録は、木の変色やインクの変色で読めなくなってしまうらしい。

そのため、長期の記録をするものは獣皮を使う。


それでも、時間とともに、獣皮が劣化したり、インクの色が消えてしまうので、書き直しをするそうだ。

そんな風にしているのは、聖典とか、国の歴史書とか、国の間で取り決めた条約などに限られる。


セルロースと炭はとても安定な物質だ。

虫に食われたり酸化してリグニンが劣化したりしなければ、何千年も変化することなく保管できるだろう。


明日から、ボーナ商店から手伝いに来てくれる人が、研究所に入ると言ったら、アウド様とお父さんが、互いに頷いていた。


何だろうと思って聞いたら、警備のための騎士さんを増員するのだそうだ。

これまで理由を気にしていなかったが、イベントで人を呼ぶときには、やけに騎士さんが多いなと思ったことがある。

私とアイルを守るために不特定の人が来るときには騎士さんを増やしていたみたいだ。


話の最後に、試しに字を書いた紙を正方形に切って、折り鶴を折って見せた。


奥様達を始め、女性や子供に絶賛された。


結局人数分折ることになった。

ものほしそうに見ていた侍女さんにも折ってあげたよ。ウィリッテさんもその一人だった。


翌日、アイルはアイルで、老眼鏡の生産のための準備をしている。


研究所の1階に、自動機械が並び始めている。


紙を生産する装置を考えるときには、またアイルを頼らなきゃならない。

お願いするのは、アイルの手が空いてからだな。


ボーナ商店から手伝いの人が来た。

若い人達が4名。

性別の内訳は男性2名と女性2名だった。


その人達は、綿と麻と亜麻を、袋詰めにして、それぞれ28キロずつ荷台に載せて持ってきた。

全部で28キロのつもりで頼んだのだけど、ありがたいことだ。


作業を始めてもらう前に、手伝いの人達が、これまで何をしていたのかを聞いてみた。全員、染色の仕事に従事していた。

紡がれた糸や織られた布を植物から採れる染料で染めていた。

そのために、糸や布を染料といっしょに煮込んだり、染めた糸や布を洗ったりしていた。


全員の手が黒ずんでいた。特に爪の端は黒く染まっている。

手作業で染色しているとこうなるんだろうな。


防水手袋なんて無いんだろう。


女性がするのには、過酷な仕事のように思うのだけど、なぜこの仕事をしているのかを聞いた。


真っ黒な染料浴に糸や布を浸けて、それが様々な色に染まるのが楽しいと言っていた。

うん、分るよ。その気持。


手伝いの人達は皆、ソロバンの事や、鉄やガラスの事を知っていた。


今、領都ではこの話題が流行している。


リリスさんからは、あの鉄やガラスを作ったニケ様の元に行くのですから、心して学んできなさいと言われたらしい。


そして例の如く、あまりにも幼ないので吃驚したと言っている。


まあ、しょうがないよ。


どこかの少年探偵みたいなもんだ。一応中身は大人だから。


今日は、ウィリッテさんとカイロスさんは珍しく、わたしのところに居る。


ウィリッテさんは、私の助手をしてくれているカリーナさんと、とても仲が良い。


二人とも貴族出身の侍女さん仲間だからだろう。


今日は何故、アイルのところでなく此方に来たのか聞いてみたら、紙の作り方に興味があるんだって。

アイルのところは、行かなくて良いのか聞いたら、いろいろ相談を受けたけど、今は加工装置を作り始めていて、居てもジャマになりそうな感じだったらしい。


持ってきてもらった袋の中を見てみる。


素材そのままだった。


綿だけは見て分ったが、麻と亜麻の違いが分からない。


手伝いの人に聞いたら、太くて長い方が麻らしい。


綿は、がくの部分とか種と思しきゴミも入っている。


麻と亜麻は明らかに表層の皮が取りきれずに付着していた。


まず、ゴミを取らないと。


手伝いの人に普段はどうしているのかを聞くと、ただ、手で取っているとのこと。


作業開始前に、全員に安全眼鏡を付けてもらう。


とりあえず1/12キロぐらいを取って、綿はなるべく解して、麻と亜麻は、1デシぐらいに切って、なるべく解して、水の入ったガラスの容器に入れてみた。


水の中だと浮いてくるゴミとか沈むゴミとかがあって、分離が楽になるかと思ったが、そうでもない。


地道にゴミを選別して取り除いていく。


水の中の方が楽だという助手さんと、乾いている方が楽だという助手さんと意見が別れる。


ゴミを取ったら、水のまま煮込んでみる。溶液に若干色がついてくる。


濾過したあと、横鎚で叩く。


これって、どのぐらい叩くのが良いのだろう。


しばらく叩いていると、ケバ立ってきて、繊維が解れてきた。


この状態で、叩いた繊維の一部を、バットの中で紙にしてみる。水を除くために魔法は使った。


残っているものをさらに叩いて、同様に紙にして。


これを繰り返してみる。


どこかで、叩くのに必要十分な時間があるだろう。


同じようにして、水で煮るのではなく、水酸化ナトリウム水溶液にして煮てみる。


溶液の色は、水のままと比べて、かなり濃くなった。

黒いと言っても良いかもしれない。

リグニンが加水分解したかな。


濾過したあと十分に水で洗う。


同じように叩いて紙にしていく。


これで、素材の違い、煮るときの溶液の違い、叩いた時間の違いの紙が出来上がった。


紙の状態を見ると、綿の紙は柔らかい。麻の紙は硬くて粗い。亜麻の紙はその中間といった感じだ。


煮た後の溶液の色の濃さは、水と水酸化ナトリウムでは大分違っている。


叩いた時間の違いは、紙の粗さの違いになっているみたいだ。


ある程度叩くとほとんど変わらなくなる。毛羽立ち始めた倍ぐらいの時間叩くのが良さそうだ。


紙としての候補として考えると、亜麻か綿が良いだろうか。


綿は少し柔らかいので、厚めの紙に良いかもしれない。


破いてみると、亜麻の方が丈夫そうだ。


麻はもっと丈夫だが、繊維が太いのだろう。


紙質が粗い感じがする。時間を掛けて、繊維をほぐせば、丈夫な紙になりそうだが……。


手伝いの人達と相談をする。


薬品で処理をすると、これまで日に晒した繊維より白くなっていると感じたそうだ。

亜麻と綿と麻で、煮るときの水の量と薬品の量を変えて、確認をすることにした。


それと、麻については、切る長さを短くしたものや、横鎚で叩く時間を長くしたものも作ってもらうことにした。


助手さん達が、バットに紙の元になる懸濁液を入れたら後は私が魔法で水を除去する。


昼になった。


今日から手伝いの人達と一緒に昼食を摂った。


初日なので、海鮮スープパスタとハンバーグにしてもらった。


手伝いの人達は、食べたことがない美味しい食事に驚いていた。


領内にはパスタマシンやミンサーが無いので、この料理は、重役三人の家でしか味わえない。


ふふふ。驚くが良いぞ……。


昼すぎぐらいまでに、助手さんと手伝いの人達が、条件を変えて紙作りをしてくれた。


その結果、紙は、綿、亜麻、麻の順で硬くなる。


麻は繊維の長さを短めにして、長い間叩くとちゃんとした紙になった。


水酸化ナトリウムで煮込む時間は、一定の時間以降は、紙質には影響が出なくなる。


紙の色は、どれも薄茶色だね。漂白剤が要るよ。


紙の種類としては、綿は画用紙、亜麻は普通の紙、麻は賞状用紙みたいな感じかな。


みんなの手が空いたところで、助手さん、手伝いさん、ウィリッテさん、カイロスさんに紙作りのフローと使用する薬品を説明することにした。


黒板に書き出していく。


助手の皆は、元素記号や化学式には慣れてきている。


ウィリッテさんやカイロスさんは、あまり知らない。


アイルの方に行っていることが多かったからね。


手伝いの人は、瞬きが多くなっている。


フローを書き出していくと、最初にリグニンの分解に使用する水酸化ナトリウムやそれを作るために使用する酸化カルシウムは回収して再利用できることが分った。


フローは、こんな感じだ。


水酸化ナトリウムは、ガラスの生産に使っている炭酸ナトリウムと生石灰を混ぜて作る。


炭酸カルシウムが沈殿するので水の部分には水酸化ナトリウムが残る。


濾別した炭酸カルシウムは高温で加熱すれば生石灰に戻る。


紙の原料繊維のリグニンと反応した水酸化ナトリウムの水酸基は分解に消費されてしまう。


何か有機塩基化合物とバランスすることになるだろう。


水酸化ナトリウムで煮込んだ紙の繊維には水酸化ナトリウムが残っているので水洗して、アルカリ性を中性にしなきゃならない。


炭酸ガスを吹き込めば良いかな。


濾過した濃い色の液(黒液)は、有機物なので燃やせるだろう。


そうすると炭酸ナトリウムが残るので、消石灰でまた水酸化ナトリウムに戻せば良い。


炭酸ナトリウムは、鉱床があって、地面から簡単に掘り出せるとしても限度があるだろう。


なるべく大切に使わなきゃ。


一杯質問が出た。


答えられるところは、助手さんに答えてもらって、私は間違いを修正するようにした。


新入生が入ってきたときの大学のゼミみたいだね。


何にしても、水が大量に必要だな。川の側に工場を建てようかな。


黒液を燃やした時に出る炭酸ガスを中和反応に利用することが出来そうだな。


そう私が言って、フローに線を加えたとき、助手をしているカリーナさんが、洗った水を乾かして燃やしたものは、全て炭酸ガスになるのですか?と質問した。


鋭いね。いい質問だ。


植物を構成している元素の大半は、炭素と水素と酸素。


蛋白質を構成しているアミノ酸に含まれている窒素や硫黄がある。後は、カルシウムや微量のリン、必要金属がある。


こっちはガスにはならないけれど、窒素や硫黄はガスになる。窒素酸化物や二酸化硫黄だ。


大量に処理するようになったら、脱硝や脱硫してやらなきゃならない。


ここで、硝酸や硫酸が得られたら他に利用できるかもしれないな。


そんな話をしていたら、夕刻になった。今日はこれで終りだ。

明日も、この続きをすることにした。


手伝いの人達に、最後の質疑をどう思ったかと聞いたら、難しかったけれど面白かったという感想だった。


木簡に記録したかったと言っていた。


沢山作った紙を使えば良いと言って、試作した紙の一部をサンプルで残し、残りの紙を参加していた人全員に渡した。


ウィリッテさんが、領主館の帰りに質問してきた。


「あの『元素』と言っているものは、元素とは違うのですか?

部屋に有った、『元素』の表を見ると沢山ありました。」


あのメンバーの中では、唯一ウィリッテさんが魔法を使える。


魔法の基礎が4つの元素なので、気になるのだろう。カイロスさんも気になっていたと言う。


水を例にして説明した。水は冷えると氷になる。温めると湯気になって消えていく。これは空気の中に溶けてしまった状態。


この状態で冷すとまた水に戻る。


水に土が混じって氷になったり、水に風が混って風になったりしたのではなく、状態が変わっただけ。


土、水、風、火は、世の中の物を構成している元素と言うより状態を表わすものだと考えたほうが良い。


この世界を構成している大本の物は、100種類ぐらいある『元素』が結びついて出来ている。結び付きで説明すると、上手く説明ができる。


「でも、結び付き方が色々あって、それによって物が構成されているのなら、4種類の元素でも説明できるんじゃないですか?」


とカイロスさん。


うーん鋭いね。


原子を考えたら、陽子と中性子と電子の3つが構成部品になるから、それの結び付き方で説明できる。

そうであれば、4つの元素の結び付きで説明出来ても良い訳だ。


全く正しくないのだけど。


ただ、相互矛盾するケースが沢山出てくる。


ひとつは、重量変化だ。


水を凍らせても重量は変わらない。土の元素と結び付いたと考えると矛盾する。


金属酸化物に炭を加えて加熱して金属を作ったとする。

この時に関連する元素は土と火ということになるのかな。

元の金属酸化物と比べると、軽くなっているはず。


火に重量を減らす効果があるという説明をすると、金属を加熱して酸化した場合の重量増加の説明が出来ない。

他にも、辻褄の合わない事が満載なんだけど、証明しないと納得はしてもらえないよね。


分離魔法がこれまで使えなかったのが一番の証拠になりそうだけど。


どうしようかな。


「それに反論できる証拠を示す事例は沢山あるんだけど。

一番の証拠は、分離の魔法。

魔法使いの人が分離の魔法が使えないのは、物を4つの元素で思い描くから。

私は、100近い『元素』を基に思い描くから分離魔法が使えるの。」


とだけ答えておこう。


「やっぱり、証拠があるんだ。そうじゃないかと思っていたんだ。」


とカイロスさん。


「ニケさんが分離の魔法を使えるのには理由があったんですね。

その『元素』を元に思い描くことが出来れば、私にも分離魔法が使えるのでしょうか?」


「やってみないと分らないわね。

でもウィリッテさんに使えるかは私も興味があるわ。

今度試してみましょうか。」


ウィリッテさんが使えれば、他の人も使えるようになるのかもしれない。

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