41.メガネ
メガネを掛けた、グルムおじさんを見て、父さんとソドおじさんは、笑いを堪えているようだった。
オレには見慣れたものだけど、この世界の人は、メガネを掛けている人を見たことが無いんだよな。
まあ、メガネをしているグルムおじさんは大満足みたいだから、良いだろう。
そのうち周りの人達も慣れるよ。
メガネの扱い方の注意点を伝えて、メガネケースを木で作ってあげた。
その後で、グルムおじさんが文官の引退の話を始めた。
文官は歳を取ると引退をする。そして、その引退の理由は、目の霞みだと言う。
歳を重ねていくと、目が霞んで、だんだん手元の木簡の字が読めなくなってくる。
文官は文書を読んだり、書いたりすることが仕事の重要な部分を占める。
腕を延ばして木簡を遠く離しても字が読めなくなると引退せざるを得ない。
大体、50歳を過ぎた頃には、手元の字が読めなくなって、殆どの文官は引退する。
それで、老齢の文官は殆ど居ないのだ。
なるほど、文官には若い人が多い訳だ。
今、アトラス領は、新しい産業が興っていて、必要な文官を調達するのが難しい。若者を文官として雇えたとしても、即座に戦力になる訳ではない。
ベテランの文官が、目の霞みで、次々と引退しているのをどうにかしたい。
かなり切実な悩みの様だ。
老齢になって、目が霞む場合、老眼以外に、目の障害になる病気がある。白内障とか緑内障とかは比較的良く知られている病気だ。
そういった病気は、この世界で治すことはできないだろう。ただ、遠くは良く見えるのに、手元が見えないという理由で、文官を泣く泣く引退しなければならない人は、老眼鏡があれば、仕事を続けることができるはずだ。
「この、メガネがあれば、そういった文官は仕事を続けることができるのではないだろうか。
そういった文官のために、ぜひ、このメガネを作ってもらえないだろうか。」
言っていることは分る。分るのだが、あまりこの件ばかりに携わりたくない。
それよりも、この宇宙の事を調べたい。
望遠鏡の有用性を伝えたくて話をしに来て、妙な方向に向かってしまっている。
困ったな。これは、ニケのガラスの花瓶の時と同じだ。
「文官で、直に引退しそうな人への対応はしますが、今後全ての文官への対応はしきれないです。
それに、目が霞んで困っている人は、文官の人達だけじゃないですよね。
商人も、職人も、目の霞みで仕事ができなくなる人は大勢居るんでしょう。
私がそういった人全てに私が対応することはできません。
領内にメガネを作れる人を育成した方が良いのでは。」
と言ってみた。
この後の、三人の食い付きがスゴかった。
ガラスの新しい使い方を知って、間違い無く、領内の新しい産業になると思っている。
なんか、ニケが追い捲られていた時の気分は、こんな感じだったんだろうな。
ニケは、鉄のときもガラスの時も大変だっただろう。
後日、早々に引退しそうな文官の人に対応することと、領内でメガネを製造できるようにすることを約束した。
バーター取引で、天体望遠鏡と天文台の建設の許可を獲得した。
早速ニケの元に向った。
「あら、アイルからこっちに来るのって、珍しいわね。」
ニケの元を訪ねると、何やら忙しそうにしている。また、鉱石探索チームが戻って来たらしい。ニケの実験室には、真新しい棚があって、瓶に詰められた様々な薬品らしきものが並んでいる。
その前には木札があり、「PbO」とか「MgO」とか書いてある。地球のまんまじゃないか。
助手さん達は、これらの意味が分るのだろうか。
壁を見ると、周期表が掲げてある。そこには、「H」「He」「Li」「Be」「B」「C」「N」「O」「F」「Ne」……とある。
そのまんまだな。
望遠鏡の説明をしに行って、メガネを作ることになってしまったことを伝えよう。
『メガネに適していて、この世界で作れるようなガラスって何があるんだろう。』
『えっ?メガネ?誰か近視の人でも居るの?』
あぁ。そういう反応になるか。普通だな。
『そうじゃなくて、作るのは老眼鏡なんだ』
『あっ。なるほど。虫めがねも無いもんね。さしずめ、グルムさんあたりから頼まれた?』
『ああ。グルムさんには、もうメガネを作ってあげたよ。これから、老眼になり始めている文官の人にも対応することになる。
領地でメガネを作れるようにする約束との交換条件で、天体望遠鏡と天文台の建設の許可はもらったんだ。
それで、ニケ、知っているか?文官さん達の引退の主要因は、老眼らしいよ。』
『ふーん。そうなんだ。それで、歳取った文官の人って居ないのね。
それで、屈折率が高くて、この世界で作りやすいレンズ用のガラスが要る訳ね。
うーん。鉛は屈折率が高くなるけど、メガネには向かないかな。皮脂でヤケが入るかもしれないわね。
タリウムやバリウムは毒だからあまり使いたくないわね。
ビスマスなんて良いかもしれない。』
『なんか、周期表の下の方の元素が出てきたけど、それは何故なんだ?』
『えっ、屈折率って、原子量の大きいものが入っているほど大きいのよ。知らなかった?』
『へぇ。そうなんだ。原子に含まれている電子が多いからかな。
オレは吸収が有るものほど屈折率が大きいというのは聞いたことがあるけど』
『どちらも、光と物質の相互作用の大小なんだと思うけど。
そんな話は、量子論を知っているアイルの方が詳しいんじゃないの。』
『いや。物質と光なんていうのは量子化学の世界じゃない。
まあ、そんな話は良いけど、何か良さそうなものを検討してくれないか。』
『じゃあ、適当に領地で作れそうなものを準備するから、明日の午後に高温研究室でね。』
そう言って別れて、次の日になった。
午前中は、教育があった。
ニケがガラス作りでワタワタしている間は休みになっていた。ガラス作りが完了したことで再開した。
今日は、王国の貴族の話だった。貴族は、上位から、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士爵がある。
公爵は、王位継承権を有する侯爵家を指す。現在公爵家は、一家だけで、ゼオン家だけだ。ゼオン家の当主は、オレのフローラ母さんの父親。すなわちオレの祖父にあたるオルムート・ゼオンだ。
ゼオン家は、ガラリア王国の設立を提案し実行した家で、代々宰相を勤めている。
侯爵家は、4家あり、テルソン家、アスト家、ハロルド家、ゼオン家だ。順に、西の侯爵、北の侯爵、南の侯爵、中央の侯爵と呼ばれている。
侯爵家は、もともと、ガラリア王国を設立する際に、ガラリア王国設立に多大な貢献をした王国の国王家が、そのまま領地とともに、侯爵として封じられた。
伯爵家は、28家あり、先の東部大戦で共闘した中小の王国が封じられた場合と、大きな功績を上げた者が封じられた。ニケの母親のユリアさんの生家のサンドル家は、英雄ガリム・サンドルの直系で伯爵家だ。
代々、近衛騎士団長を勤めている。当主は、シアオ・サンドルで、ニケの祖父だ。
魔力を持たない例外的な伯爵だ。そのため領地は持っていない、騎士団長を輩出するためにある家だ。
子爵家は、63家ある。出所は様々で、ガラリア王国設立時に、小王国が封じられたり、戦後、功績が認められた男爵が陞爵したりしている。
アトラス家も子爵家だが、設立はかなり特殊だ。英雄ガリム・サンドルの息子のマリエム・サンドルが、強力な魔法使いだった。
もともと、ガリム・サンドルは、アトランタ王国の王家の出なので、隔世遺伝だったのかもしれない。
マリエムは、当時の王女マリムと結婚してガラリア王国の東の端に封じられ子爵となった。そのため、領地は通常の伯爵領より大きく、アトラス山脈の東側全てと、領都マリム周辺の海ぞいに及ぶ。
アトラス家の由来は、このアトラス山脈の名前から取った。
ちなみに、領都の名前は、家名を付けるのが普通なのだが、妻の名前を付けたみたいだ。どんだけ奥さんのことが好きだったんだ。
男爵家は、152家ある。東部大戦の際に、功績を上げた小王国が封じられたり、功績のあった家臣の魔法使いの家系だったりする。
騎士爵家は、王国の重要な役職に付いているか、子爵以上の領主の騎士団長か宰相を勤めている者が成る。
1代かぎりの爵位で、勤めを引退すると、貴族ではなくなる。
しかし、家系重視のこの世界では、各領地の騎士団長や宰相は代々子孫が継いでいくのが普通のことで、グラナラ家も、セメル家も、アトラス家が封じられた時からの騎士団長、宰相を勤めている家だ。
よっぽどの事が無ければ、別の家に変わるということは無い。
今日の教育はここで終了になった。
メガネ開発の話がウィリッテさんにも伝わっていて、明日からまたしばらく教育は中断になった。
昼食の後、研究所に向う。
昨日の内に、ニケが色々と高温研究室に運び込んでいたみたいだ。
高温研究室に入ると、既に木炭が燃えていた。
『さて、始めましょうか。
実は、領地で、硼砂は見付かっているので、硼珪酸ガラスは鎔けさえすれば作れるのよ。
硼珪酸ガラスの屈折率は、1.5ぐらいで、アッベ数が60ぐらい。
ただ、ガラス転移温度が800℃を越えるから、ガラス加工出来るのか微妙なのよね。
鎔解温度を下げて屈折率を上げるには、ビスマスやバリウムを混ぜると良いと思うんだけど、バリウムの酸化物は毒なのよ。
だからとりあえず、ビスマスの一択。
そして、屈折率が上がる分、アッベ数が小さくなる。
ちなみに、酸化ビスマスは、銅の鉱床が見付かったところに有るのは分っている。
アッベ数を上げようと思うと、フッ化物を入れるのが良いのよ。
フッ化カルシウムの蛍石も見付かっている。
ただ、これを入れると強度が弱くなる可能性があるんだよね。
だから、硼珪酸ガラスを主体に、酸化ビスマスの鉱石と蛍石を混ぜてどうなるのか確認することにしたいの。
なにしろ、魔法で作った素材と違って、鉱石から作ると不純物がけっこうあるからね。』
『ニケは、アッベ数なんて知っているんだ。』
『透明な樹脂は、スマホや眼鏡レンズ用に開発されている物もあるのよ。
その樹脂は、高屈折率で、高アッベ数の樹脂が求められていたわ。
屈折率を上げるために、樹脂に硫黄を入れたりしてたはず。
でも樹脂製のレンズは、この世界ではまだまだ無理だから。
とりあえず、屈折率1.5以上、アッベ数60以上、ガラス転移点700℃以下が目標かな。」
硼砂と蛍石、酸化ビスマスの鉱石はそれほど多くないということで、かなり小分けして鎔解試験を行なった。
これが無くなったらどうするのかと聞いたら、ボロスさんに頼めば、特急で持ってきてくれると言っていた。
商売が掛っているのだから、必死で動くだろう。
ニケの予想通り、硼砂と珪砂を混ぜたものは、800℃では柔らかくならなかった。
ビスマス鉱石を砕いたものを入れる量を段々増やした試料で鎔解試験をしていく。ビスマスが多くなるとガラス転移点は下がる。
多いものでは600℃ぐらまで下った。
それに、蛍石を粉砕したものを混ぜて、ガラス転移点が、700℃ぐらいになったものを作った。
冷えたガラスを見ると、濁っている部分があった。
ニケの助手さん達が、それを砕いて、透明なものだけ集めて再度鎔かした。
700℃で柔らかくなれば、それで大丈夫と言っていた。
濁っているのは、アルミナとか、チタニアとかでこの温度では鎔けきらなかったためだと言っていた。
ビスマスと蛍石の比率を変えて、700℃で柔らかくなる素材が5種類ほど得られた。
『あとは、アイルの仕事ね。』と言って、ニケは、自分の研究室に戻って行った。
オレもそれらの試料を持って、自分の研究室に戻った。
試料でプリズムを作って、分光してみる。
緑の線の位置から屈折率が、赤から青までの幅でアッベ数が分る。
5つの試料の内、ビスマスと蛍石を多く入れた3つのサンプルが条件を満しそうだ。ニケが、蛍石を入れると強度が弱くなると言っていた。
その3つのサンプルを鋼のヤスリで擦ってみた。
一番ビスマスと蛍石を多く入れた試料は、傷が付きやすかった。
残った2つは硼珪酸ガラスと比べて若干傷が付きやすい程度だった。
これで、成分の比率範囲が決まった。
しかし、半日で、実験が終了してしまった。ニケには頭が下がる。
翌日の午前中、ボロスさんを呼んだ。
ボロスさん達から、工具の相談等で度々訪問を受けることはあったが、オレが呼ぶのは初めてかもしれない。
「アイル様お久しぶりです。今日は、また何の用事でしょう?」
「実は、父さんやグルムおじさんの依頼で、領地で、こんなものを作ることになりました。」
と言って、メガネを渡して見せる。グルムおじさんにメガネを選んでもらったときに作って不採用になったフレームに硼珪酸ガラスを嵌めたものだ。
「これは?変わった道具ですね。2つ透明な板が入ってますが、これはガラスですか?」
「ええ、そうです。単純なガラスではないのですが。ガラスですね。」
「随分と華奢な作りですが、この道具は何に使うんです?」
ボロスさんから、メガネを返してもらって、近くにいた騎士さんに掛けてもらう。
この騎士さんは、あの日メガネをグルムさんに渡したときも警護してくれていた人だ。
使い方は知っている。
想定外だったのだろう。ボロスさんは、不思議そうな顔をしている。
「えぇっと。この道具は顔に付けて使うのですか?また、何で?」
それから、老眼の説明をする。
歳を取ると目が霞んで、近くが見えなくなるということは良く知っているらしい。
目が霞むようになって父親は商人を引退したと言った。
「お父上は、ご存命ですか?」
「えぇ。目が霞む以外は、いたって健康そのものです。」
「この道具はメガネという名前の道具です。
お歳を召して、目が霞んで近くが見えなくなった人が、また近くが見えるようになる道具なんです。」
そう言ったとたんに、ボロスさんの目の色が変わった。
本当にこの人は解りやすすぎだ。
「そ、そんなことができるのですか?
父親は、もうこの目は治らないと言ってまして。
最近は、普段の生活にも困っていました。
そんなことが出来るのであれば……」
「このメガネはボロスさんのお父上にお貸ししましょう。
本当はその人の目の状態で、このガラスの部分、レンズと言うのですが、これを変えなければならないのですが、多分、お父上の症状も軽減すると思います。
ちなみに、このレンズは、グルムさんの目に合わせたものになっています。
もう既に、グルムさんは愛用してくれています。
実は、グルムさんから、目が霞んで引退する文官を引き止めるために早急に対応してほしいと頼まれています。
それで、ここからはお願いなのですが、メガネを製造するためにこの木簡に書いてある場所から、素材を運んできて欲しいのです。出来ますか?」
そう言って、素材の採集できる場所を記載した木簡と素材のサンプルを渡した。
しばらく、ブツブツ良いながら、木簡の場所を見ている。
「だいたい、場所は見当が付きました。どのぐらいの量が必要でしょうか?」
「硼砂と書かれてあるものは100キロぐらい。他のものは、それぞれ20キロもあれば、メガネを作ってもらう職人さんに教えるのには十分でしょう。
どのぐらいの日数で、運んで来てもらえますか?」
「3週間いただければ、全て揃えて持ってまいります。」
「そうですか。その時に、このメガネを生産することに興味のある方も連れてきてください。よろしくお願いしますね。」
「それで……このメガネは本当にお貸しいただけるのでしょうか?」
「ええ。本当はお父上の目の状態を見て、目に有ったものを差し上げるのが良いのです。
このままだと目に合うかどうか判らないものですから。お貸しします。
もし、お父上を連れてきていただければ、目に合わせることもできますよ。
ボロスさんには色々とお世話になっていますから。
目に合わせたメガネを差し上げますよ。」
「えっ。本当に?連れてきちゃうかもしれませんよ?本当に宜しいのでしょうか?」
「ええ、かまいません。
たいして手間が掛る作業じゃありませんし。
それに、メガネを作ってくれる職人さんにも説明する手間が省けますから。」
「ありがとうございます。」
と言って、あっという間に、木札と素材サンプルとメガネを持って去っていった。
それから1時ほどして、グルムさんが年配の男性を引き連れてやってきた。
顔付きが似ているので、父親だと分るけれど、体格が全然ちがう。
ボロスさんの父親は筋肉ムキムキの大男だった。
その大男が、商人らしい柔和な笑みを浮かべて挨拶をしてきた。
「どうも、お初にお目にかかります。
息子のボロスが大層ごやっかいになっております。
ボロスの父のバルノと申します。」
「わざわざ、ご足労いただきありがとうございます。
それで、どうでした?メガネを着けてみた感じは?」
「いいえ、恐れ多いことです。
このメガネというものを着けたところ、近くのものが随分と見易くなりまして。
驚きました。」
やっぱり度が合っていないんだな。早速調整しようか。
助手さんに頼んで、レンズを交換できるメガネと交換レンズ一式を持ってきてもらった。
助手さんに度を合わせる作業をしてもらうことにした。
バルノさんは大男のため、オレの背丈だとあれこれするのがとても難しい。
「ボロスさん。メガネを売るときには、お客さんの目に合ったものじゃないとダメです。
お客さんに、合っているレンズを選んでもらわなきゃなりません。
ボロスさんのお店でやっても良いですし、メガネを作る職人さんがやっても良いのですが、これから、私の助手さんがやる手順を覚えておいてくださいね。
じゃあ、そのレンズの無いメガネを掛けてもらってください。
良く見えているかどうかは、こんな感じで指を前に出して、指紋が見えるかどうかで判断してもらってください。」
その後は、助手さんにレンズを交換してもらいながら、良く見えるレンズを探す作業を行なった。
だんだん良く見えるようになっていくのが嬉しいのか、バルノさんは嬉しそうだ。
それを見ているボロスさんもニコニコしている。
レンズの度が決まった。
レンズの入っていないフレームを着けてもらって、目の中心の位置を確認する。
おなじ焦点距離のレンズを光軸と目の位置を合わせて魔法で削り取った。
それをフレームに嵌める。
メガネを入れる木製のケースとメガネ拭き用の麻の布とともに渡す。
「メガネは、歩くときに着けているとまわりが良く見えないかもしれません。
近くの物を見るときだけ着けるようにしてください。
そして、このケースに麻の布で覆って入れておくとキズが付いたり、壊れたりしないので、使ってください。
レンズが曇ったら、この布で拭くようにしてくださいね。
それでは、そのメガネはバルノさんの目に合ったものですから、差し上げます。
バルノさんは、良い息子さんに恵まれましたね。」
「ありがとうございます。
ありがとうございます。
もう、二度と近くのものは見えないと思って……思っていたのですが。
こんなに……こんなに良く見えて……」
バルノさんは、最後は、涙声になってしまったため、最後まで言えなかったみたいだ。
「アイル様。3週間後、かならず。
かならず。
腕が良くて熱意のある職人とともに素材を持ってきます。
今日はありがとうございました。」
ボロスさんも涙声だ。
「ボロスさんも親孝行できて良かったじゃないですか。
じゃあよろしくお願いしますね。」
ボロスさんとバルノさんは、顔をぐちゃぐちゃにしながら、何度も「ありがとうございます」と言いながら帰っていった。
いいな。親孝行か……。オレの前世は、随分と親不孝だったかもしれないな……。
午後からは、グルムさんから依頼された、年配の文官さんにメガネを作って渡さなきゃならない。6名いるらしい。
午後になって、文官が8人来た。
追加の2名は、グルムさんがメガネをしていて、手元が良く見えると吹聴しているのを見て、歳の所為で目が霞んでいるのを隠すのはやめた人達だった。
歳の所為でというのも恥ずかしかったのだろう。
この世界だと、目が霞むのは、仕事が出来ない老いぼれということになる。
恥を覚悟で自分もメガネを使いたいという人が2人いた。
文官さん達の対応が終了して、やっと一仕事が終った。
材料が届く3週間後までは、本格的に、天体望遠鏡とその架台の設計の続きができる。
オレとしては、それが一番嬉しい。




