3W.ガラス研究所
珪砂の採集と炭酸ナトリウムの採掘作業、それらの領都への輸送は順調に進んでいる。
ボロスさんが、暗躍、もとい頑張ったらしい。
いつの間にか、ボロスさんは、ガラス用の原料を押さえている。ソロバンや鉄みたいに独占販売の体制を築こうとしている。
商売の事は、商人さん達のやり方があるんだろう。悪事に手を染めなけりゃどうでも良いけど。
私は、領地で確保した原料で、ガラスを作るための最適な方法を確立しなきゃならない。
研究所の隣にある「高温研究室」で作業をする。これからは高温作業は、高温研究室で常設の炉を使えば良いので助かる。
耐熱レンガの耐久性も大丈夫だった。騎士さん達の頑張りで実施したd1,000回の昇降温試験で、強度の劣化は見られなかった。
温度計の補正も実施した。炉の温度を上げて、錫、鉛、銅が鎔ける温度に合せて、温度計の目盛を付けた。
高温研究室には、1400℃ぐらいまで温度を上げられる炉が5台設置できた。
第二弾の鉱石探索チームが帰ってきた。今回は、金、銀、銅の鉱床を見付けた。アウドおじさん達は大喜びだ。
ランタノイドを含む鉱石もあった。こっちの方が希少なのだけど、この世界だと誰も分からないからね、仕方が無い。
私の金属コレクションも種類が増えてきた。厨房で使えなかった瓶に保管している。
助手さん達が、興味を持っていたので、周期表について教えてあげた。
元素は4つというのがこの世界の共通認識だ。どちらかというと、四元素というのは、物質の状態を示していると考えた方が良いのだが……。
この世界の常識と大きく異なる所為か、中々理解してもらえない。
この領地の素材でガラスを作るときの組成が決まった。
融点が低くなって、耐水性が有る組成を選定した。カルシウム分を増やすために木炭灰も混ぜることにした。
ついでに、私の金属コレクションを使って、色ガラスも作ってみた。
低温で鎔ける組成のガラスで釉も作った。
陶器が素焼きのままなのは、私自身が許せない。
スープを飲むときに食器がザラザラしているのは我慢できなかった。
そして、油っぽい食料を載せると、跡が着く。洗ってあるので、衛生的には問題ないかもしれない。でも、なにやら汚点だらけの食器というのも気分が悪い。
着色元素を釉と組み合わせると彩色もできる。
いくつかサンプルを作ってみた。彩色もしてみた。
絵心のない私には、絵付けは無理なので、色の柄を付けただけだけど。
うん。この陶器だったら許せるね。
組成が決まったので、アウド様とグルムおじさんと今後のガラス製造について相談した。
できれば、寒くなる前に、温室を作りたい。
早いとこ、ガラスの検討は他の人たちに任せてしまいたかった。
まあ、そうはいっても、あまり無責任なこともできないから、ちゃんと説明したよ。
ガラス製品の生産で一番の課題は、安全に作業をしてもらうための教育だ。
この世界では、ガラス細工の様に、手元で高温の物体を扱う仕事は無い。
柔らかくなっているガラスに直接触れたら大火傷だ。
陶芸職人が火を扱うと言っても、陶器を焼いているときに外に出したりしない。
鍛冶師は間近で高温の金属を扱うと言っても、手で形を整えたりしない。
せいぜい、鋳物のための熔融金属を容器に入れるか、鍛造のために鎚を振うかだけだ。
アウド様もグルムおじさんも、体験ガラス細工をしているので、危険については良く分っている。
ガラスの作り方だけ教えて、あちこちの陶芸工房で怪我人続出というのは避けたい。
郊外に作った、耐火レンガの工場の側に、ガラス工芸の研究所を作ってもらいたいと伝えた。
何を研究するのかと聞かれたので、色ガラスと色の付いた釉を掛けて焼いた陶器を見せた。
また、大騒ぎになった。
ソロバンや鉄の農具で、アトラス領の税収はうなぎ登りらしい。
ガラスが出来れば、飛躍的に税収が伸びると思っていた。
それが彩色ガラスに彩色釉の陶器にまで及ぶと、とんでもない税収になる。
色ガラスや釉は、私が魔法で分離した元素を使っている。アトラス領で採れる鉱石を混ぜると色は着くだろうが、不純物がどう作用するか判らない。
そこまでは、私も面倒を見きれない。
他にしたいこともあるから、それは、研究所でやってほしいと伝えた。
それからは、物凄い勢いで、進んでいった。
製法を失伝してしまったガラスを、作ることができる唯一の領地になるんだから、意気込みが違う。
沢山の文官の人達が、高温研究室に押し掛けてきた。ガラスの素材調整の方法、炉の温度調整やガラス細工の方法を学びに来たのだ。
グルムおじさんが、例によって担当文官の選抜を行なったらしい。
これから花形産業になるガラスの生産に携わることができると、皆、意気盛んでいる。
ガラス研究所の職員の地位を勝ち取ったと胸を張っていた。
……どこかで聞いたことがあるよ。それ。
巨大な研究所はあっという間に出来た。当然ながら魔法を使ってだけど……。
そこに、d50台のガラス用の炉を設置して、徐冷用の炉も多数設置した。
炉と炉の間隔もかなり広く取った。
巨大なコンプレッサーも設置した。
残念ながら、領内の鍛冶工房の鋳造で、ガラス細工に必要な鉄の道具は作りきれなかったみたいだ。
私とアイルの手で作っていった。今後は、町場の鍛冶師さん達に期待だ。珪砂の倉庫も隣に建設した。
以前、レオナルドさんに、陶芸工房の様子を聞いていた。陶器を作っている工房はそれほど大きなところは無い。
粘土を捏ねて、形を作ったら、あとは炉で焼くだけだ。
基本、机と椅子と焼く前の陶器を乾燥させる棚があれば良い。ガラス細工みたいに、立ち作業で、長い棒を振り回したりしない。
ガラス工芸を学びたい陶芸家には、有償で研究所に設置した炉を貸して技術を磨いてもらうことになった。
研究所の開所と同時に、ガラス細工職人になりたい人達の募集も行なった。大勢の人達がやってきた。一応、陶器生産の経験者ということだったのだが、中には全くの素人の人も居た。
一攫千金の花形エンジニアの募集みたいなものだな。
ガラス細工の技術を習得できれば、将来を約束されているようなものだ。あまりの人の多さに、造形の素養がある人を選抜したようだ。
その中に、レオナルドさんも居た。少しだけだけど、事前に検討したりしてたんだろう。レオナルドさんの作るガラス細工は一味違っていた。
そのレオナルドさんは、色ガラスや、色付きの釉に飛び付いてきた。
きっと、頭の中にはそれらを使った造形が浮んでいるんだろう。
あとは、担当する文官の人達やレオナルドさん達職人さんに任せよう。
これで、本当に、ガラス製造の仕事が終ったよ。
やれやれだ。
ガラス製品と絵付けした陶器に関しては、2ヶ月後に品評会をするらしい。
今後、剣や鉄器と一緒に、毎年夏に品評会を開催することにしたようだ。
ようやく、私が作りたかった温室を建築できる。
もう季節は冬間近になっていて、ほとんど花は咲いていない。
椿のような花をいくつかセアンさんが届けてくれるが、だんだん寂しくなってくる。
温室があれば、冬でも花を楽しめるだろう。
この世界の窓は、木の扉やブラインドのようなものなので、温室なんてきっと無い。
陽光を入れようと思うと空間を開け放たなければならない。暖かくなる要素が見当たらない。
温室の話は、大分前から、アウドおじさんや、フローラおばさんに話してある。
暖房が無くても冬でも暖かいという話は信じてもらえなかったけど……。
セアンさんと設置場所や、その周辺の植栽を相談した。
庭の中央に、ガラスでドーム状の建造物を作って、まわりを花壇にすることにした。
ふふふ。クリスタルパレスだね。
設計は全面的にアイルにお願いした。
鉄骨を組んで作るのだけど、重機が有る訳じゃないので、建材を魔法で持ち上げて造った。取り付けは、騎士さんたちにお願いした。
直径100mぐらいの巨大な半球状の建造物になった。
しかし、風の魔法という名称なのだが、鉄骨が浮ぶ理由は不明だ。
風で持ち上げているような気がしない。
アイルも原理が良く解らないと言っていた。
なかなか素敵なものが出来上がった。
結局、私は建造物のための素材を提供したのと、魔法で持ち上げただけで、建材はシリカの板1枚も作れなかったよ。……とほほ。
クリスタルパレスは、私とアイルの両親達と、グルムさん一家には好評だった。
さっそく、セアンさんが、温室の中を整えている。
まだこれからの事だけど、きっと、冬でも花が咲きそろうだろう。




