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惑星ガイアのものがたり  作者: Tossy
はじまりのものがたり 1
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36.不正の処理

オレは、収穫担当文官のフォクスだ。


アトラス領に勤め始めて、12年になる。


勤め始めた頃は、先代の領主アドル・アトラス様が健在だった。先の領主様は、あの魔物の大量発生時に討伐に向われ命を落されてしまった。

伝え聞くところによると、魔物に囲まれたサムラ・グラナラ殿を助けようとして、二人とも大怪我を負われて亡くなったそうだ。


若くして、その跡を継がれた、アウド・アトラス様は、アドル様の領地経営を守り、堅実な領地経営をされていた。


ただ、この半年ほどの間に、領地の状況は大きく変わってきた。


この事は、文官の間では秘密でも何でもない事だが、アウド様のご子息のアイル様と、サムラ様の跡を継いだソド様のご息女のニケ様のお力に依るところが大きい。

このお二人は、「新たな神々の戦い」の最中にお生れになった、神々の知識を持つ子供と言われている。


お二人が考案された、数字やソロバンは、文官仕事を大幅に効率的なものに変えた。


年配の文官の中には、未だにソロバンを使い熟せない者も多い。

これまで我々若手は、年配の文官から計算の稚拙さについて、随分と嫌味を言われたものだ。

今は、我々の方がずっと計算能力が高くなっている。それまで、割り算を間違い無く行うことは困難だったが、今では、あっという間に割り算もできる。


お二人は、ソロバンだけではなく、『鉄』という素材も見出された。原理は判らないが、河原や海岸にたくさん有る、黒い『砂鉄』というものと、薪を使って作りだした『木炭』というものを一緒にして、激しく燃やすことで生み出された。

『たたら』という手法だそうだ。

『たたら』で鉄を作り出したその時に、研究所に見に行った。それは凄まじいものだった。


友人の騎士から聞いたのだが、『鉄』製の剣には、青銅の剣では全く歯が立たないらしい。

その友人は、早く使ってみたいと心待ちにしている。今は、領都内の鍛冶師達が『鉄』の加工を試行錯誤している。

既に、騎士団の隊長達は、アイル様がお作りになった『鉄』の剣を装備しているという。

威力が全然違うらしい。

魔物を切り殺すことが出来るらしいのだが、想像が出来ない。


それは、腕の違いじゃないのかと友人を素見ひやかした。

しかし、その友人も『にほんとう』という剣で、材木や魔物の皮を切り刻むことができたというのだ。

魔物は、人や家畜を喰らう。その魔物の脅威が減るのであれば、そんなに良いことは無い。


領地内で『鉄』が普及し始めたのは、領都から外れた場所に、新たに『たたらば』を建築し、そこで順調に『鉄』を生産する様になったためだ。

『たたら場』は、ニケ様が行なった『たたら』の鉄生産を大規模に実施する場所として新たに建設されたものだ。その建設は、アウド様の大魔法で1日で行なわれたらしい。


まだ、剣に用いる『玉鋼』をどのように扱うかは鍛冶師達が研究中だ。

一方で『銑鉄』を用いた、鋳物の『鉄』は様々な用途に使われ始めた。鋳物『鉄』の農具も普及し始めた。

『鉄』の農具は優秀で、これまで木の鍬では歯が立たなかった硬い農場の土も簡単に耕すことができている。

これまでは、アウド様を呼んで、魔法で耕してもらう他無かったのだ。


『鉄』の流通の管理は、我々収穫担当文官の業務になった。


オレはとても興味が有ったのだが、担当者は、『たたら場』に派遣されて駐在することが有るらしい。

妻に相談したら、「まだ、子供が小さいのに、長期に不在になられるのは困る」と言われてしまい断念するしかなかった。


さて、今回から、穀物の収穫の確認の方法が大幅に変更された。

これまで、袋詰めで納入されれば終りだったのだが、今回からは、袋から穀物を容器に空けて、重さを量り、再度規格品の袋に詰め直して倉庫に納める。


先日、計画的な納入量の不正が見付かったことによる対処だ。


重さを量ると言えば、領地内で、長さと重さの単位が制定された。長さは1デシという単位だ。

どうやって決められたのかは知らない。アイル様とニケ様が関わっていることだけは確からしい。


文官達は、麦の穂の長さではないかとか、アウド様の足の甲の幅ではないかなど様々な憶測が流れているが定かではない。


モノサシという道具が文官に配布された。


体のどこかの場所がちょうど1デジと同じ長さであれば、その場所を覚えておくと便利らしい。

オレの場合は、中指の長さがちょうど1デジだった。


重さの単位は1キロ。辺の長さが1デシの立方体の大きさの水の重さだ。


重さと言えば、先日、重量計で沢山の穀物袋の重さを量らされた。


一つ一つの重さがあれほどバラついているとは知らなかった。


ニケ様は、バラつき具合が『正規分布』になっていると言っていた。

バラつき具合の指標を『分散』と言うこと、代表的な値を『平均』と言うことを教えてくれた。


そしてその計算方法を。


ソロバンが無ければ、とても計算しきれなかっただろう。


『ヒストグラム』という表わし方で、不正を行なっていた商人の納入した袋を見付け出した。

その商人が納めた穀物袋の『平均』の値は、他の商人が納めたものよりずっと小さかった。


この計算はとても役に立つものだと思った。できればもっと教えてもらいたかった。


ニケ様は、『分散』が小さくて、『平均』が規定の値に近い袋を納入した商人は、真面目に仕事をしているので、大切にしないといけないと仰っていた。


そんなことを思い出しながら、商人を待っていた。

ようやく商人達がやってきて、今年の収穫穀物の運び込みが始まった。


各商人は担当する文官と共に農村を周る。

文官は租税の徴収と収穫量と作付状況の確認のため同行する。

農民は、商人に売却した穀物の代金から、文官に租税を支払う。

商人は穀物を購入し農民との間で決済する。

穀物袋は、前回の収穫の際に商人から農村に渡してある。


租税は、土地の貸借代金と収入税だ。

アトラス領では、土地の貸借代金は、穀物収穫量の3/12としている。


他領では、土地の面積で定額というところが多い。

アトラス領は辺境で農業従事者が領地面積に比較して極めて少ない。農村の人口を増やすために、このような処置をしている。


他にも優遇政策はあり、土地が痩せて穀物の作付に適さなくなっている土地で、野菜の作付や、畜産動物の飼育していても、税金の取り立てはせず、不問にしている。


ただし、穀物を作付できる土地を他へ流用するのは禁止だ。

もし、不正に他の用途に使用したり、収穫量を誤魔化して隠匿した場合は、農地没収の上、追放される。

農民達は、そこは真面目に対応している。


痩せた土地が復活している兆しが見えた場合は、アウドが、その土地を再開墾する。


収入税は、次回の作付のための種籾分を除いた穀物売却金額の1/3だ。


この税率は商人や職人と同じだ。

自産自消の穀物は、穀物の引き渡し量と売却金額の調整で行なう。

農民が申告することで、手元に残しておく穀物と現金収入の調整ができる。

但し、土地の貸借代金と収入税は支払わなければならない。

そして、種籾を除いた1/2の穀物は最低でも引き渡さなければならない。


収穫量の記録は、今回から数字が使われる様になった。


袋詰めされた穀物の数量を数字で記載し、担当文官、商人、農民が自分の名前を記入する。

そこには、全数量の他に、商人に引き渡した数量、種籾の数量、自産自消で農家が所持する数量が記載される。

この木簡が収穫量の大本の記録になる。


文官はこれを領都に持ち帰り、税収担当文官に渡す。


税額の計算は、これまで担当文官にかなりの負担を強いていた。

今回からはソロバンが使用できるので、とても楽になっている。


今回の収穫量の検証については、変更した方法に合わせて、アイル様が様々な改良をしてくださった。


運搬に使用する台車のことは、『ハンド式フォーク』台車と言っておられた。


移動のために押す取っ手のところに棒が付いていて、それを右に倒すと腕のような部分が上に上り、左に倒すと下に下がる。


重量計の容器を載せる部分は、その『ハンド式フォーク』台車の腕の部分がちょうど嵌る様に、深い溝がある。そして、重量計の下はテーブルの様に足があって、その『ハンド式フォーク』台車の車の部分が重量計の足の間に潜り込むようになっている。


腕が上に上っている状態で、重量計に台車の車部分を潜らせると、重量計の重さを量る部分の溝に『ハンド式フォーク』台車の腕の部分が入り込む。『ハンド式フォーク』台車の腕を下げると、重量計に容器だけが乗っている状態になる。


重量計は、あらかじめ容器の重さを差し引いた重さが表示されるようになっているので、中に入っている穀物の重量だけを量ることができる。


商人達は、会場の入口で、穀物袋の中身を台車に乗った容器の中に空ける。


担当の文官は、中に穀物以外の異物が無いことや、申請した穀物に間違いが無いことを確認する。


容器を載せた台車は、12台並んだ重量計のいずれかの一台に向かい。重量計に付いている文官が、日付、時刻、商店名、穀物名、重量計の指針が指す重量を記録する。


記録が終ったら、台車で容器を重量計から持ち上げ、穀物の種類別に用意された大型の容器の場所へ運んで行き、中身の穀物を大型の容器に空ける。空になった容器と台車は入口に戻って行く。


大型の容器の場所では、円筒形のスコップの様なもので、重量計の上に載せられた別の容器に穀物を移し、規定の重量になったら、その穀物を大きめの麻袋に収納して口を塞いで、倉庫に移動する荷台に載せられる。


この手順については、事前に、各商店に通達をしている。


穀物袋の中に、石や砂などを混入する不正が出来ないこと、穀物袋の大きさを変えて、重量を減らす不正は出来無いといったことを知らせるが目的だ。


商人が真っ当に役目を果していれば罰するつもりは無いというのが宰相様の考えだ。


それでも、故意に石などを混入したり、重さの不正を働く農民や商人が居たら、産地の農民、商人、担当した文官の責任を追求する。


新人文官達は、容器と台車を移動する者、重量計で納入された袋の内容物の重さを量り記録する者、再度袋詰めする者、の3手に分かれて作業をしている。


さらに、この作業を行なっている背後に中堅の文官達がいる。

各商店毎の集計を行なっている者、商店毎のヒストグラムを作成している者、各穀物毎の集計を行っている者など、ソロバン片手に、分かれて作業をしている。

オレは、中堅なので、商店毎の集計をしていた。


作業は、昨年までの袋を受け取るだけとは違って、手間が掛る分、遅くなる。


しかし、商人の納入する量とは上手く釣り合いが取れていた。暇になることも、遅延することもなく進んだ。


例年どおりであれば、2週間ほどで、納入作業は一段落つくはずだ。


3日目に、奇しなことが発生した。


穀物袋あたりの小麦の重さの平均値が大きな商店があった。


商店の名前を見ると、くだんの小麦袋を偽装して、重さが軽かった商店だ。


ニケ様の話では、『平均』の値はそれほどバラつかないそうだ。そうは言ってもバラつきは発生する。

そのため、他の商店の『平均』と違いが有っても『平均』のバラつきである事もある。


その商店の納入品の重さの『標準偏差』分ぐらい、『平均』の値が違っていれば、故意に何かをしたと考えて良い。


そのように以前、ニケ様に教えてもらった。


オレは、他の文官に、全体の『平均』の値を教えてもらった。


その商店の『平均』の値は大きな方にズレている。

その『分散』の値を求めて、『標準偏差』を計算した。


『標準偏差』の値は、同じ数を掛けて、『分散』の値になる数だ。


ニケ様は、『平方根』と言っていて、筆算で計算する方法を教えてくれたが、ややこしくて、まだ使いこなせていない。

ただ、ソロバンで同じ数同士を掛けた結果を得るのはそれほど難しくない。

何度か計算を繰り返して、『標準偏差』の値を求めた。


他の商店の『平均』の重さと、件の商店の『平均』の重さと『標準偏差』の値を比較した。『平均』の差が『標準偏差』の値より大きかった。


前回は軽くて、今回は重いことに奇異な感じを受けたが、結果を宰相様に伝えるとともに、件の商店主の身柄を拘束するように騎士に依頼した。


罪を罰するのは、オレの仕事ではない。


その後は、奇しなことも無く、収穫物の納入は終了した。


収穫物の納入作業が終ったところで、友人の騎士に事の顛末を聞いた。


その商人は、農村では大きめの穀物袋で回収して、不当に安い金額で穀物を入手していた。

それを小さめの穀物袋に移し替えて、不当に高い金額で穀物を売却していた。


それを実行するため、担当の文官と示し合わせていたようだ。農家と確認した木簡の数値を改竄していた。


これまでの数の表記方法であれば、I (ウノ)を Xデイル に変更したり、末尾に ウノを加えることは容易だった。


ところが、記録が数字に変更されたため、簡単に改竄が出来無くなった。


今回は仕方が無いと普通に納入作業を行なった。


しかし、前回の収穫の際に大きな穀物袋を農家に渡していたことを忘れていた。


そのため、悪事が発覚してしまったのだ。


罪を犯したのは、その商店の商人全てと担当文官とその部下だったようだ。

農村は、不当に収穫料金を安くされていたのに気付かなかったらしい。


農家のこれまでの損失は、商人から没収した資産で賠償をした。


罪を犯した者は全て犯罪奴隷として鉱山などで人手が不足している他領に売られた。


妻子持ちも多かったらしい。

幼い子供も居たようだ。

オレの子供もまだ幼ない。罪を犯した訳ではない幼い子供が、これから過酷な生活に追い遣られるかと思うと、少し可哀想に思った。

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