33.鍛冶師(かじし)
なんとか、夕刻の前に「たたら製鉄」した鉄の成分測定が終了した。
天秤があるので、かなり正確に測定できた。
アイルに感謝だね。
鉄全体の重量は、アイルに27分割してもらった塊の重さを騎士さん達に依頼して計ってもらった。
各区画からサンプルを取るのにかなり苦労した。
私じゃないよ。騎士さん達が。
炉を破壊するときに使った巨大タガネの先端を尖らせて、巨大ハンマーで鉄の塊を叩き壊してもらった。
急冷したこともあって、あちこち細かな皹が入っていたんだろうね。
破壊することは出来たけれど、大変そうだった。
最後に鉄の塊になっていた総重量は、1.5トンあった。砂鉄3トンから得られたものだ。
中央の区画の鉄は、炭素含量1%ぐらいの鋼になっていた。周辺の区画は、炭素の量が4%ぐらいの銑鉄だった。
鋼は全体の10%弱。銑鉄は全体の70%ぐらい。
残りの20%は、鉄滓のように、ケイ素が混っていた。
それらの結果を、助手さん達から、アウドおじさん、ソドお父さん、グルムおじさんに報告してもらった。
助手さん達は、緊張で報告書の説明を噛みまくっていた。普段大人しいヨーランダさんは顔色まで青くなっている。
まだ若いからね。
領地の偉い方から三人に報告するなんて経験が無かったんだろうな。
一番堂々としているのは、カリーナさんか。やはり貴族の娘だからだろうな。
でも、これは助手さん達の功績だから。
皆に協力してもらえなかったら、私は何も出来なかったよ。
私なんかの助手になって、随分と大変だっただろうな。
これが、最初の大きな成果だから誇れば良いんだよ。
アウドおじさんとグルムおじさんは、助手さん達に金一封を渡すと言っている。
そうだよね。
正当に評価してあげないと。
鋼が150キロぐらいなので、剣にすると40本ぐらいになる。
父さん達は、どんどん鉄を作ってほしいそうだ。
銑鉄は、青銅よりも硬くて粘りがある。鋳造できるので、ナベ、釡や、様々な工具になると伝えた。
グルムさんは、ほくほく顔で、鉄の道具が、アトラス領の新しい特産品になると喜んでいた。
鉄を継続的に生産するために、「たたら場」の建設を提案した。
私達の研究所で鉄を生産するのは現実的ではない。
原料の砂鉄や木炭のための倉庫が必要なこと。
出来た鉄の塊から、銑鉄や鋼を取り出すための作業場所が必要なこと。
銑鉄は比較的容易に鎔かすことができるので、銑鉄のインゴットを作る場所があると良いこと。
それらを集中して実施できる場所が必要だと伝えた。
どういった場所に作れば良いのかと聞かれたので、冷却に水を使うので水が使えること。
重い鉄を運搬するために、領都からあまり遠くないところが良い。
激しい雨の日に、万が一水没するようなことがあるとマズいので、小高い場所が良いと伝えたら、候補が何箇所か出てきた。
グルムさんが、この件に関しては、文官の担当者チームを作るので、その者達と相談して決めてくれと言われた。
予算については気にしなくて良いと言った。
あれほどソロバンの時に予算を気にしていた人がどうしたんだろう。
そう思っていたら、ソロバンの売り上げがとんでもないことになっているらしい。既に税収が大幅に伸びることが確定している。
なるほど、エクゴ商店はボロ儲けしているんだね。
今回生産した鉄を加工してもらうために、鍛冶師さんと相談したいと伝えたら、明日、やってくると言われた。こちらの動きを見越していたみたいだ。
昨日、鉄の製造が出来たことから、今日から炭焼き公募の採用を開始したと言っていた。
砂鉄の収集品の引き取りも開始した。
対応が早すぎるよ。
まだ青銅の武具を使っている騎士さん達からの突き上げが酷いのかもしれない。
こっちの様子を見て、成功したら動く算段をしていたんだろうな。
私の方は、上手く行くかどうか気が気じゃなかったのに……。
領主館の炭焼き場所は、そのまま継続して、木炭を作り続けることになった。
領主館でも、料理に木炭を使うようになった。
安定して燃えて、火持ちの良い木炭は、薪に比べると、煮込み料理を作るのに便利だった。
そのため、領主館の炭焼き場所では、領主館で使用する木炭を作ることになった。
翌日の朝、セアンさんが、新しくしてくれた花に癒されて朝食に向う。
今日は、鍛冶師さんに、「たたら製鉄」で作った銑鉄や鋼の説明をする。
鉄は、鍛冶師さん達に武具や農具にしてもらわないとならない。
アイルに、今日はどうするのかを聞いた。アイルは、昨日渡したコージュライトでテンプが作れないかテストすると言った。
どこでやるのか聞いたら、研究所の二階。私も、鍛冶師さんに会うとすれば、研究所の一階だ。助けてほしくなったらアイルを呼ぶからと宜しくと頼んだ。
食後、作業場の二階に移動した。
テーブルの上に精密化学天秤。なんとなくそれだけで癒される気分になるのは、奇しいのだろうか。
この部屋には薬品棚を作ってもらおう。ガラス瓶が必要だな。
今後のためにもゴムを作りたいと思う。
そのためにはイソプレンを重合反応させなきゃならない。化学器具が全くない今の状況で、それが出来るとは思えないな。
その上、イソプレンの重合は、繋がりかたによって特性が全然違う。天然ゴムと言われるものは、酵素の働き故、特定の化学結合が100%。
生物ってすごいよね。
ゴムの木とか無いかな。無い無い尽しのこの世界で、期待できないよね。
こんな状況で、今出来ることは、魔法を駆使することだけだ。
イソプレンは、どの植物にも含まれている。特に熱帯地方の植物は豊富だ。暑いときに植物が感じるストレスを緩和する効果があるという論文を見たことがあった。
困ったことに、私は植物については、それほど詳しくない。どの植物に大量のイソプレンが含有されているのか判らない。
助手さんに、領主館に生えている様々な植物の葉を取ってきてもらうのが良いかもしれない。
イソプレンの含有量の多い植物を探すためだ。
そんなことを助手さん達と話していたら、来客があったと侍女さんが伝えに来た。
一階に降りてみたら、久し振りに見る顔があった。ボロス・エクゴ君ヒサシブリダネ。随分儲かっているらしいが、この件にも絡む心算カネ。
いっしょに付いてきた、男性は、一目で肉体労働タイプのオジサンだ。顔も体同様厳つい感じだ。というより、目が怒っている様に見える。
挨拶をした。この人はガゼルさんという。鍛冶の親方だ。頼むから、幼い女の子を睨むなよ。普通の子なら、泣いているぞ。
「お久しぶりです。ニケ様。この度は、新しい金属がようやく出来たとお聞きしまして、急ぎ駆け付けた次第です。
ソロバンの時には、言葉に出来ないほどお世話になりました。何と御礼申し上げたら良いのか分りません。
今回、鉄の生産に取り組むことになったと聞きまして、駆け参じたしだいです。
先日の炭焼きの公募もこの件に関連していると聞き及んでおります。
今回も、ぜひ、ボロス商店をご贔屓いただきたく、宜くお願いいたします。
ところで、今日は、アイル様は、どちらに、いらっしゃるのでしょうか。一言、ご挨拶……」
「前振りは、良いから、鉄を見せろ!ここにあるんだろ!」
おぉ。痺れを切らせたみたいだ。
「鉄なら、あそこにあるのがそうだけど。」
部屋の隅の方に、先日作った鉄は、どの区画に相当するのか分るように並べてある。昨日、騎士さん達に、移動してもらった。
粘土の台座なども撤去した。この部屋には巨大なコンプレッサーと鉄の塊、テーブルと椅子しかない。
ガゼルさんは、鉄の方を見て、睨んでいる。
「おい、見ても良いか?」
あれを見てもらっても良いけど、炭まみれなんだよね。中心の部分は、綺麗だけど。
「あれは、作ったばかりの鉄で、炭まみれですから、あとで時間があれば、ゆっくり見てもらいます。その前に、鋼そのものを見せますね。」
騎士さんに頼んで、私が作ったインゴットを持ってきてもらった。3キロぐらいの重さがある。念のため、それを2個と、アイル謹製の1キロのインゴットを一つだ。
アイル謹製品を手渡してもらう。
「随分と軽いじゃねぇか。」
そりゃ、青銅や銅と比べると比重が小さいから軽いと思うのも無理はない。
「どのぐらい硬いか試してみますか?」
騎士さんに頼んで、インゴットを2つを床に置いて、1キロの鉄をその上に置いた。炉を破壊するのに使用した巨大ハンマーを持ってきてもらった。
「それで思いきり叩いてみてください。」
ハンマーを見て、「これも鉄か?」と聞くので、頷いてあげた。
私は、ハンマーを手渡した騎士さんの後ろに移動する。
ガゼルさんは、にやりと笑って、軽々とハンマーを振り被り、鉄に叩き付けた。
ガン!
なかなかに大きな音がした。流石に鍛冶師さんだね。ハンマーにブレが無いよ。
ガゼルさんは、鉄のインゴットをジッと見ていた。
その後4回ほどハンマーを叩き付けた。
床大丈夫かな。割れたら直すからいいけど。
「なんだ。こいつは。歪みもしなけりゃ、割れもしねぇ。」
しばらく、インゴットを見ていたが、今度はハンマーの方を見ている。
「おい、アンタ、とんでもねぇものを作りやがったな。これじゃ青銅は使われなくなっちまう。」
「だから、鍛冶師の方をお呼びしたんです。これで、騎士さん達の剣を作ってもらいたいんです。」
目の色が大分柔らかくなった。ようやく睨み付けるんじゃなくて話をしてくれるようになったみたいだ。
色々話してみると、最初に喧嘩腰だった原因は、ルキトさんの工房にあった。木工用の旋盤に使われている金属が、これまで見たこともないものだった。鍛冶師さん達にとって、興味が尽きない。
しかし、道具類は、領主様からの貸与のため、借りて調べてみることもできず、ヤキモキしていた。
そこに、上級騎士の装備が換わったと噂になった。青銅の武器は時代遅れになるという話も伝わっていた。
自分達にとって、死活問題になりかねない事態が知らないところで進んでいる。気が気ではなかったらしい。
その後、鍛冶師さん達の加工方法をいろいろ聞いた。青銅は、どこかの鉱山で作り、その青銅を購入して加工している。青銅を鎔かして鋳物にして形を作る。剣などの場合は、そこから、鍛造して硬度を上げる。
さっきから、ガゼルさんは、ちらちらと、「たたら製鉄」で作った鉄の塊を見ている。気になるのかな。なるよね。
「「たたら製鉄」で作った鉄を見てみますか?」
嬉しそうに頷くので、鉄を置いてあるところに移動した。
もともと一塊だったものを27に分割してあること。中心に近いところは、剣を作るのに最適な鋼であること。その周辺の大半は銑鉄で、その周りは、鉄に粘土が混ったもので、鉄としては使えないことを順に説明していく。
「この銑鉄は、銅が鎔ける温度より少し高い温度で鎔けます。銅の鋳物が作れるのでしたら、この銑鉄で鋳物を作れますよ。銅や青銅より遥かに硬くて粘りがあるので、色々なものに使えます。」
ガゼルさんは、一つ一つの塊を持ち上げて観察している。その塊50キロ以上あるんだけど。どんだけ力があるだよ。
そこに、ボロス君が声を掛けてきた。
「ニケ様は、なぜ、製鉄をなさったんですか。鉄は魔法で作れるのでは。」
今後、「たたら場」を造って、大々的に領地で鉄を生産すること。
鉄を使った剣や日用品は、そこで作った鉄を使って、鍛冶師さん達に加工してもらうこと。
これは、領地のためになることから、領主様達が大々的に進めることになったこと。
魔法以外で鉄が作れることを示さなければならなかったから、製鉄をしたこと。
などを伝える。
ガゼルさんはニコニコしながら聞いている。
ボロス君は、既に頭の中で皮算用に忙しくなっているみたいだ。遠い目をしている。
まあ、商売は商売でやってもらうけど、まず鉄で製品を作るための算段をしないと。
この領では、どうやら銅を鎔かして鋳物にすることはできない。
薪が燃料だと火力が足りないのかな。吹子はある。そうすると、燃料を変えてどうなるか確認してもらうのが良いかもしれない。
使っている道具も教えてもらった。鉄を加工するなら、これまで青銅を加工していたものより耐熱性を上げておかないと、道具が鎔ける。
どうやって進めようか。
結局、ガゼルさんのところで、試作実験してもらうことにした。
侍女さんに、アイルを呼んでもらった。
アイルに、ガゼルさんが使う道具類一式を鋼で作ってもらった。
「たたら製鉄」で作った銑鉄と鋼を少し分割した。
小分けした鋼と道具類、木炭をガゼルさんに渡した。
鋼や銑鉄を使って自分の鍛冶場で対応できるか確認してもらう。何か不足するようだったら、連絡をもらって、対応する。
渡したもの全てを持って帰れなくなったので、運搬のために使用人の人達を呼んでもらった。
次の打合せの時に、銑鉄の鋳物作成、鋼の錬成の結果を報告してもらう。
どのぐらいで、報告できるか聞いたところ、2週間は欲しいと言う。
鍛冶場が領内にどのぐらいの数あるのかを聞いたら、10ヶ所だった。一度に説明や道具の貸与をするのが楽なので、3週間後に、他の鍛冶師さん達といっしょに来てもらうことにした。




