31.たたら製鉄
朝になった。
朝食を食べて、早速研究所に移動する。
今日は、ギャラリーが多いな。
アウドおじさん、ソドお父さん、パオラ副騎士団長、ラザーラ警務団長、グルムおじさん、あと、20人ぐらいの文官の人、20人ぐらいの騎士さん達。
いつものウィリッテさんとカイロスさん。私とアイルの助手さんと、私達の警護の騎士さん達は別に居るよ。
研究所には、沢山の粘土が運び込まれていた。
アイルに頼んで、粘土で、4m×4mの広さで、厚さ50cmぐらいの台を作ってもらう。
部屋の奥の方を少し高くして、入口側を低く傾斜を付ける。
入口側には、鎔け出した鉄が外に溢れ出ないように、10cmぐらいの高さの防液堤を作った。
分離魔法で、水分を飛ばして、アイルの変形魔法で台を固めてもらった。
さて、残りの粘土で、炉を作りますか。
助手さん達にお願いして、直径2mぐらいの円の形で粘土を積み上げてもらう。
上に粘土を積み上げて行くのに従って、だんだん内径を広くしていった。
上の内径が広くなったのに合わせて、炉の下の部分の粘土を厚くしていく。
炉の内側の底は、30cmほど嵩上げして水平にした。
一番下の部分の炉の厚さは、80cmぐらいかな。用意された粘土を全て使いきって、炉の高さは1m50cmぐらいになった。
炉の内側は、底の部分が狭くなっているコップみたいな形だ。
外壁は、円筒形になっている。
上の開口部から木炭や砂鉄を投入していくことになる。
昨日作った、コンプレッサーの出口を4又に分岐させる。分岐させた鉄のパイプの先を、炉底の4ヶ所に差し込んだ鉄のパイプと繋げる。
アイルがいれば、溶接することなく繋げられるんだけど、そこらへんにアイルがころがっている訳じゃないからね。この先どうするかは要検討だね。
フレキシブルなパイプが欲しいな。
そのうちゴムパイプを作ろうと決心する。
鉄滓を流し出すため、炉の底の入口側に穴を空ける。
炉を作った粘土は、入念に水魔法で水分を取り除いて、アイルにお願いしてガチガチに固めてもらった。
鉄滓を流し出す穴は柔らかな粘土で塞いだ。あとで何度か穴を開けるからね。
空気を入れるパイプと炉壁の隙間は、漏れが出ないように粘土で塞いで水分を除去して固めた。
この段階で、助手さん達に、構造物の大きさを記録してもらう。
記録が終了したら、火入れだ。木炭を炉に敷き詰めて、火を付ける。炭に火が回ったら、コンプレッサーのバルブを少しずつ開けていく。全開の遥か手前で十分な風量になった。
パチパチいいながら、炭が燃えていく。まずは、炉が熱に保つか確認しないと。
鉄を作っている最中に割れたりしたら大惨事だ。
しばらく、助手さん達に、炭を追加してもらいながら、炉の温度を上げていく。炉内が真っ赤になってきたところで、炉の状態を観察したが、問題は無さそうだ。
では、砂鉄を投入しますか。助手さんの一人は、作業を記録して、二人か三人が砂鉄を投入していく。1刻ごとに、スコップ4杯ぐらいの砂鉄を投入していく。木炭は、炉の上端より木炭が低くなったら投入。これでしばらく様子を見ることになる。
コンプレッサーは、圧力容器内の圧力が半分になったら、騎士さんに頑張ってもらって、圧力を戻してもらう。
砂鉄は3トンぐらいが準備できている。炭は5トンぐらいだ。しばらく、このペースで作業をして、砂鉄と炭の減りぐあいを見ていくことにする。
2刻経ったら、底の穴の粘土部分に鉄の棒を刺して、下部に溜った鉄滓を出していくことにした。最初の2刻では、ほとんど何も出てこなかったが、次の2刻では、溶融した鉱物が少し流れ出てきた。
それを見て、ギャラリーは、鉄が出来たのかと五月蝿い。まだ不純物の多い鉄だから、これが使える訳ではないと説明する。
昼は、研究所で食べた。助手さん達も一緒だ。
ギャラリーは入れ替わり立ち代わりしている。騎士さん達が興味を持つのは何となく判るが、文官さん達は、どうして来ているんだろうか?
助手さん達に聞いてみた。これからの産業になるかもしれないということで、凄く興味があるらしい。
あちこちで、期待されてしまっているんだ……。
失敗できないな。大丈夫だろうか。
昼すぎに、夕方から深夜までの担当助手さん達が参加した。引き継ぎをしてもらって、朝から働いていた助手さん達は帰る。
そう言えば、夜間のコンプレッサー担当はどうしたら良いだろう。
今更ながら気づいた。
お父さんが、夜勤の騎士さんを充ててくれるらしい。流石お父さん。株が爆上がりだよ。
夕刻の鐘が鳴ったところで、私とアイルは館に帰る。幼児は寝るのが仕事だから仕方が無い。
もし、異常事態になったら、起してもらう約束をして、寝た。
翌日になった。
今日は、天気が悪い。雨が降っている。そう言えば、雨の時に外に出たことは無かったな。
傘なんて……無いんだよね。
やっぱり無かった。
麦藁を編んだ、カッパみたいなものを着て、研究所へ向う。
傘は必要だと思うのだが、防水の布なんて有るのかな。
柿渋を塗った番傘を思い出した。でも、柿も紙も無いな。
研究所に付いて、原料の砂鉄と木炭の残量を確認する。どちらも3/4ぐらい残っている。
砂鉄と木炭の消費量がバランスしているのなら、まあ、良いだろう。
今は、炉の粘土と鉄が反応して、鉄滓が出来ているはず。
鋼の生成が主体になると、温度が上昇する。
そのタイミングで、原料の投入量を一気に上げていく。
それ以降は、炉壁が鎔けて穴が開くのが先か、原料が無くなるのが先かということになるのだ。
今は、昨日の状況と変わらないな。
まだまだ時間が掛りそうだ……。
夕刻になって、夜勤の助手さんが来た。もう1日夜勤をしてもらうことになるかもしれないと伝える。
その日は、特に何も無く、夕刻になったので、館に戻る。
夕食時、アウドおじさんにあとどのぐらいの時間が掛るのかを聞かれる。
それは、私も知りたいよ。
私の製鉄経験なんて、ほとんど無いに等しい。解っているのは、製鉄の際に起り得る反応にどんなものがあるかという知識だけだ。
「たたら製鉄」も、地球に居たころに恭平から、鉄の精製を依頼されたときに、興味本位で、ネット動画を見たぐらいだ。
そう言っても、原料に限りがあるので、原料以上の製鉄作業は出来ない。
反応を加速させるタイミングが何時かに依るだろうな。
それまで原料が保てば良いんだけど……。
一応、明日の夕刻か、明後日の朝方ぐらいには終るだろうと伝える。
翌日。
雨は上ったみたいだ。研究所に行く。あまり昨日と状況は変わらない。原料の残量は、1/2ぐらいになった。
研究所に着いて、それほど経たない時分に、炉の温度が上り始めたのか、火の色が鮮かになってきた。
鋼が出来始めたのだろう。砂鉄の1回の投入量を3倍にして、1/3刻ごとに投入するようにした。
炭の消費も多くなってきたようだ。下部の穴は完全に塞いで、そのまま推移を見守ることにした。
さあ、ここからは、炉壁の消費と鋼の生産の競争だね。
急遽、アイルに、鳶口と、大きなハンマーと大きなタガネを鋼で作ってもらった。
夕刻になった。薄暗くなったころに、炉の壁が赤くなりはじめた。そろそろ炉が崩壊する。
原料もほぼ使い切っている。初めてにしては、タイミングが良いね。
ここからは、文官の助手さんには危ないので、騎士さんに代ってもらった。
底の穴を再度空けて鉄滓を流し出す。
もうすぐ鉄を取り出す作業に移るので、アウドおじさん達や、不在の助手さん達を呼びに行ってもらう。
皆が揃ったころには日が落ちていた。
凄い人数のギャラリーだよ。
研究所の壁という壁に人が居る。皆仕事はどうしたんだ?と思ったんだけど、終業時間を過ぎていたんだね。
逆に言うと良くこんなに人が残っていたな……。
私の合図で、送風を止めてもらう。
騎士さん達に、巨大タガネと巨大ハンマーで、炉に穴を開けてもらう。鳶口で、炉を崩して、燃えている炭を取り除いていく。
中心に、真っ赤になっている、大きな塊があった。
ようやく鉄が出来たよ。
しばらく、そのまま冷えるのを待って、最後は水魔法で、大量の水を掛けて冷した。
アイルに頼んで、変形の魔法で、縦、横、高さ方向に3分割して、全部で27分割してもらった。
冷えた塊の中央の真ん中を調べてみたら、炭素含有量の少ない鉄だった。
玉鋼かな。
自慢じゃないが、これまで見たことが無いので良く判らない。鋼なのは確かなようだ。
掃除や、解析や、作業の記録と報告は、明日以降だ。
その後は、例によって、宴会だった。
私とアイルは雛壇に座らされた。
久々に海鮮スパゲティとハンバーグが出てきた。準備していたのかな。とても嬉しい。
集っている騎士さん達は嬉しそうだった。鉄の武器がほしかっただろうね。
私が鉄は作れると言ったことで、待っていたんだろう。
まだ暫く待つことになると思うけど。
ただ、これまでと違って、出来るのかどうか判らなかった状態からは脱却したんだから、嬉しいのだろう。
文官の人も嬉しそうだ。「これで、我が領地に、新しい産物が出来た」なんて言っている。
まあ、贔屓目にしても、海産物ぐらいしか特産品は無さそうだからね。良かったんだろうな。
いずれにしても、これから文官の人達とは相談しなきゃならないことが出てくるよな。
しかし……眠い……。
精神的にかなり疲れている。
裏でこれだけ盛り上がっている感じはヒシヒシと伝わってきていたからなぁ。
これで鉄が出来なかったりしたら、目も当てられないよ。
何にしても良かったよ。
気がついたら、翌日の朝になっていた。
どうやら食事している最中に寝てしまったみたいだ。
お世話してくれている侍女さんが、昨日はお疲れだったみたいですね。と労わってくれた。
ハンバーグを食べようと思っていたあたりから……記憶がない。
食べそこねてしまったのか……?




