30.コンプレッサー
順調に、砂鉄は集っている。
木炭生産のメドも立って、3つの炭焼き窯で量産中だ。
今は、木炭を生産する人を公募している。応募してくる人がかなり多い。窯が出来たら軽作業なので、年配の人も応募している。
炭焼きのために、低利で領主が金を貸してくれるので、その金で窯を外注すれば、1年ほどで、悠々自適の老後生活ができるという噂が流れている。
鉄の生産が始まれば、木炭はそのうち大量に必要になるだろう。
沢山の人が係わってくれれば有り難い。
炭焼き人の公募は、鉄の生産の時期に合わせて採用すると言っていた。
…………
砂鉄が3トンぐらい、木炭が5トンぐらい確保できた。
さて、いよいよ鉄を作りますか。
その前に、吹子を作らなきゃならない。
実際にたたら場を作って鉄を作るには、製鉄炉が要るけれど、これは粘土を積み重ねて固めれば良い。
吹子は新たに作らないとならない。
他にも、実際に鉄を作り始めたら、鋼を鍛えるために、鎚や金床、鋏など鉄の道具も必要だ。
青銅だと融けてしまう。
鉄を作るのに、鉄が要るというのは、魔法が無かったらどうにもならなかったね。
さて、ここからはアイルの出番だ。
アイルが開発した時計は、おひろめで大好評だった。これまで追加生産で忙しそうにしていた。
都合を聞いたら、今はストップウォッチ付きの懐中時計を設計しているので、時間は有ると言っていた。
えっ何それ。私も欲しい。
そう言えば、ちょっと前にインバーが欲しいと言われたけど、これの為だったのか。
熱膨張係数だけが問題なのだったら他の手もあると伝えたら、ぜひ欲しいそうだ。
その前に、鉄のために吹子を作って貰いたいとお願いした。
ちなみに、私が想定していたのは、足踏みの大きな吹子だった。
昔のたたら場では、人足が足踏みの吹子を踏んで、大量に空気を送っていた。
アイルが、私に、地球だったらどうするのかと聞いてきたので、コンプレッサーか圧縮空気ボンベかなと回答する。
その回答を聞いて、アイルはコンプレッサーを作ると言い出した。
相変らず、道具類に関しては、オーバーテクノロジーでも平気なんだね。
いよいよ鉄を作るための準備をすると言ったら、今日の教育はお休みになった。
アイルはどうか知らないが、私は久々の、作業場所への移動だ。
アイルもこの1ヶ月ぐらい、使っていなかったと言っている。
侍女さんに抱きかかえられて、連れていかれたのは、倉庫が並んでいる方ではない。
あれれ?
そこには真新しい二階建ての建物があった。
アウドおじさんが、私達の研究所を新しく建てると言っていたけど出来上がったんだ。
付いてきていたウィリッテさんが、
「そういえば、今日から使えるようになるというお話でしたね。」
と言っているけど、
「アイルは知っていた?」
「ボクは知らなかった。」
考えてみたら、私達は場所や使えるようになる日を聞いたところで、一人でここまで来れる訳じゃないことに気付いた。
前の倉庫があった場所より、居住場所に随分と近くなっている。もう少し歩けるようになったら、一人で来られるかもしれない。
お付きの侍女さんが、
「重いものを扱う場合には、1階をお使い下さいとの事です。
二階には、6部屋あるので、用途によって、ご自由にお使いください。
この建物の右手の広場は、外で作業した方が良いものの場合にお使いください。」
と説明してくれた。
中に入ってみると、大きな体育館のようになっていた。天井も高い。建物は石造りで、火災の心配はあまりしなくて良さそうだ。
奥の真ん中に階段とスロープがあった。二階にはあそこから上るんだな。階段の両脇には扉があった。
奥の扉の先は倉庫になっていて、以前の作業場所にあった鋼などが置いてある。
倉庫の中を覗いて見たら、残っていた鋼の他に、鉄鉱石とクロム酸鉛の鉱石、木材が沢山置かれていた。補充しておいてくれたんだな。
嬉しいのは、1階の作業場の奥に時計があったことだ。これで、時間を知ることができる。
二階には時計があるのかを聞いたら無いらしい。アイルに各部屋用に時計を作ってもらおう。
アイルが、たらら製鉄について聞いてきた。
「たたら製鉄」の手順は、こんな感じだ。
縦型の炉に砂鉄と炭を投入して火を点ける。下方から風を送り、炉の温度を上げる。
体積が減ったら上から材料を入れていく。炉の温度は1500℃ぐらい。そのうち、炉の下部に重い金属が溜ってくる。
最初は炉壁の粘土と反応した、ケイ素と鉄の混合物。
炉の下部から不純物の多い金属を流し出しては待つことを繰り返す。
その間も原料の砂鉄と炭を入れ続ける。
後半には、かなり大量の炭と砂鉄を投入し続ける。
炉壁が反応して薄くなってきたら、加熱を止めて、冷して鉄を取り出す。
反応に必要な時間は2昼夜ぐらい。
空気は、反応させている間、ずっと送りつづける。
終りに近づくにつれ、反応が促進されていくので、空気量は増えていく。
出来る鉄は、炭素をかなり含んだものになる。
運が良ければ中心あたりに鋼が出来る。
この話を聞いたアイルのプランは、空気を圧縮するためのポンプと加圧容器を作るというものだった。
ポンプは、これから様々な場所で使うことになりそうだから、早いうちに作っておくと便利だろうと言う。
いろいろなポンプの話をしてくる。はっきり言って何を言っているのか解らない。
私にとって、ポンプは電源のスイッチを入れたら動いてくれる便利なものだ。
ただ、中身や動作がどうなっているのかに興味を持ったことはない。
有機溶媒を送液するなら、このポンプが安全ですと営業の人に言われて購入したことはある。
営業さんを全面的に信頼していたので、何故安全なのかなど考えたことも聞いたこともない。
まあ、それでもアイルが嬉しげに話しているから、聞いてあげたよ。
1/10も理解できていない自信だけはある。
今後のメンテナンスをしなくて済むために、なるべく単純な構造のポンプが良いと言って選んだのは、軸流コンプレッサーだった。
構造を聞いたら、ジェットエンジンみたいなものだった。
これのどこが単純な構造なんだ?
アイルに言わせると、金属が接触している場所が回転軸だけだからだそうだ。
ゴミが入らないように、入口に網でも付ければ、フィンが壊れることもない。
回転軸が破損しないかぎり使える。
まあ、作るのはアイルだから、私は何でも良いよ。
修理や調整が要らないなら歓迎だよ。
アイルが、テキバキと、ステンレスで台座を作って、ジェットエンジンみたいなものを作る。
ベアリングを作って、軸を台座に固定する。アイルの助手さん達は大忙しだ。
取り付けるよりアイルが部品を作る速度のほうが早い。
フィットネスバイクのようなものを作って、そのジェットエンジンとチェーンで繋いだ。
警護のために付いてきた騎士さんにペダルを漕がせる。1秒に1回転で、この世界1秒だと4回転かな、ペダルを漕いでもらう。
放出口から大量の空気が出てきている。出口に、板をぶら下げて、風量を見ている。
度々動かすのを止めて、羽の角度を調整している。魔法だと一瞬で調整が終るから便利だね。
調整に納得したアイルは、出口を塞いでメーター付きのものを取り付けた。聞いたら圧力計だった。
加圧できなきゃだめなんだね。
それから、何度か微修正した。1回だけ、ベアリングを大きなものに取り替えていた。
私の助手さん達は、全員、呆然としていた。
一度手伝おうとしたみたいだけど、ジャマにしかならなかったので、諦めて眺めていた。
適材適所だからね。仕方が無いよ。
私がやったことは、ステンレスが足りなくなりそうだったから、ステンレスを作って追加しただけだ。
ステンレスを追加するときに違和感を感じた。今回は重量計を使ってクロム酸鉛から得られたクロムの重さを量っている。得られるクロムの量が少し合わないみたいだ。
思い違いかな……。
その後、アイルは、直径2mぐらいの球形の容器を作って底に水抜きバルブを取り付けた。
その後、ジェットエンジンの噴出口に繋いだ。
間に逆流しないように弁を付けた。
騎士さんに頑張ってもらって、容器に加圧空気を送りこんだ。だいたい5分ぐらいで最高圧に達した。
コンプレッサの空気取り出し口のバルブを開けたら、ものすごい勢いで空気がでてきた。
2時ぐらいで、コンプレッサーが出来上がった。
まだ、昼前だよ……。
研究所の1階に、この世界に有ってはならないものが鎮座しているけど……今更だな。
試験的にたたら場を設置するのは、研究所の1階は都合が良さそうだ。
ここに、たたら場炉を作って、試しの製鉄をすることにしよう。
あっという間に吹子ならぬコンプレッサーが出来上がってしまったけど……鉄を作る炉の方の準備ができていない。
明日までに、砂鉄と木炭、大量の粘土を運び込んでもらうことにして、今日の作業は終りにした。
アイルの助手さんも製鉄の作業に興味があるようなので手伝ってもらえることになった。
11人の助手さんを3人と4人の3グループに分けて、三交代で2昼夜の連続作業をお願いする。
夜勤の人は、睡眠時間の調整をお願いした。
夕食のとき、アウドおじさん達に、明日から製鉄をすると伝えた。




