2W.炭焼き窯
今日の午前中は、助手さん全員と使用人さんに砂鉄取りをお願いした。
海岸で、砂鉄の蒐集はしてみたことがない。問題点が無いかを確認しなきゃならない。
そして、助手さんたちは、炭焼き窯の建設があるのでそれに集中してもらいたい。
砂鉄の蒐集は、ある意味単純作業だ。できれば使用人さんたちだけで進めたい。
使用人さんのリーダーを推薦してもらった。
今日の午前中は、実地検討しながら、リーダーの指導をすることになった。
リーダーに砂鉄の蒐集を任せてしまう予定だ。
私は、午前中は、教育だよ。歴史の続きだ。
負けそうだった、ミケナ王国は、アトランタ王国とフィニカ王国との同盟で息を吹き返して、奪われた土地を奪還。膠着状態に。
それから200年も戦争を続けている。飽きないのかね。人的損害もバカにならないと思うんだけど。
なんで、そんなに戦争が長引くのか聞いてみた。
すると、作物を作っているときには、農地を戦場にしない。農地を戦場にするとしても、刈り取りから作付までの短い期間だけだ。
それは、国際条約のような不文律がある。
アトランタの戦いの時に、その不文律無しに戦争をして、人類絶滅の危機に陥ったことがあったらしい。
それから、その不文律を律儀に皆守っている。
都市や街に攻め込むのはいつでも良い。
農地を荒す戦争をすると、民衆が暴動を起す。
いくら領主が大魔法を使えても、1万人対1人じゃ、数で負けてしまう。
過去にそうして滅びた小国はそれなりに有ったんだって。
そうして、小競り合いや、全面衝突などを繰り返して中部大戦は、停戦になった。終戦じゃないんだね。
それから、ほどなくして、テーベ王国は、東の小国群に侵攻を開始した。
東部大戦が始まる。
どんだけ戦争が好きなんだテーベ王国。
力の差が大きくて、東にあった王国は、次々に敗北していく。
そんな時に、ガリア王国を中心に、テーベ王国の東にあった王国がまとまって一つの王国を樹立した。
それが、この国、ガラリア王国だ。
ガラリア王国樹立の際に、主体的に動いた王国は、ガリア王国以外に4つあった。
それが、そのままガラリア王国の侯爵家になった。
アイルの母方お爺さんは、ガラリア王国の宰相をやっている、そのゼオン家は、その侯爵家の一つだって。
アウドおじさんは、とんでもない家の娘を妻にしているんだね。
その当主のオルムート・ゼオンは、母親が国王の妹だ。そのため、当主に王位継承権がある。
王位継承権を有する侯爵家のため、ゼオン公爵家と呼ばれている。
おぉ。アイルは、ガラリア国王の遠戚かい。凄いね。
そんな話をしていたら、私の母さんの実家も、国王の遠戚なので、私もだって。
なんと!!
なんて話で驚いていたら、昼になった。
昼食後、私の部屋に助手さん達が集まってきた。
午前中の成果を聞いたら、砂鉄はざくざく取れたみたいだ。
使用人さん達も、砂鉄蒐集作業に慣れたようで、問題らしい問題は無い。
マリムの北には、鉄鉱石の鉱床があるみたいだから、その影響かな。
何にしても原料が豊富なのは良いことだ。そのうち、河原でも蒐集することをバルトロさんに依頼してみよう。
午後からは、二人組3チームで3つの方式の窯を建設する。
助手さん達の会話を聞いていると、どの方式が優れているか、誰がいい炭を作れるかということに気が向いてるみたいだ。
ここは、ちゃんと話をしておかないとならないな。
実施する前に判っていることがある。
この3つの方式では、使用する建材の価格に大きく違いがある。
レンガで窯を作ると建材に費用が掛る。建設する人工もそれなりに必要だ。
木造を粘土で目張りするのは、レンガを使った方法に比べるとずっと費用と人工が掛らない。
土を掘って作る場合には、建材はほとんどいらない。人手はかかるだろうが、安く建造できる。
一方、嵐などの災害には、レンガ製は強いだろう。水が溢れるような災害が発生したら、土を掘って作った窯は水没して作り直しになる。
忘れていけないことは、この窯は、領民が自分の金で建造するということだ。
そして、木炭を売って生活しなきゃならない。
私達がすべき事は、自分達が如何に上手く炭を焼くかではない。
それも大切なことには違いない。
しかし、そんなことより大切なのは、領民に選択肢を提示して、それによる収益やリスクを明確に伝えることだ。
そして、多くの人に炭を焼いてもらうことにある。
ここまで、話すと、助手さん達は理解してくれた。
全然関係ないけど、この話をしているときに、つい、三匹の子豚の童話を思い出してしまった。
助手のビアさんが口を開いた。
「でも、穴を掘るのは、人手が凄くかかって、決して安くならないですよ。」
ふふふ。君は近視眼的だね。
「では、簡単に穴が掘れる道具があったらどうなるかな?」
「えぇっ、穴を掘るのは、そんなに簡単なことじゃないですよ。」
「我々は、いったい何を作るための検討をしているのかな?」
「木炭、あっ、鉄でしたね。鉄の道具はそんなに優れているのですか?」
「セアンさん達に、鉄で作った穴を掘る道具を渡してあるよ。それを借りて、どのぐらい穴を掘るのが楽になるか、きちんと調べておくことも大切だね。」
助手さん達には、記録することがとても大切だと教えた。
それぞれの窯を作るのに必要な素材とその金額、人工などをきちんと記録しておくこと。
一足飛びに、作業を実施しないで、段階を踏んで確認してそれを記録しておくこと。
方式を相互に比較して、それぞれの相違点を明確にしていくこと、などを伝えて作業を開始してもらった。
しかし、建築作業をするのは良いが、女性比率がとても高いのが気になっていた。ドカチンは筋力が必要じゃないかな。
始めてみて解ったのだが、この世界の女性は、体力があって、持久力が高い。女性比率のことを気にする必要は全然無かったよ。
作業自体は、領主館から15人の使用人を貸してくれたので、順調に進んでいった。領主様の期待はかなり大きいみたいだね。
毎日、昼すぎと夕刻に助手さんから状況の報告をしてもらうことにした。
私?私は、何もしないよ。幼児なんだから。
相談に乗ったり、指示を出すだけだね。
あとは、記録を報告書に纏める手順などを教えていった。
検討を進めていくうちに、いくつか課題が発生した。
一つは、排水だ。
火を付ける場所の反対側に、水蒸気や木ガスを排出するための煙突を設置した。
木が炭に変る過程で水蒸気を含めてガスが発生する。
気体を排出する部分を作らないとならない。
煙突は、発生するガスを地表に散蒔かないためにも必要だ。
床部分の木材が炭にならない現象が見られたので原因を調べたところ、煙突で結露したり、煙突から雨が入っていたりして、床が湿ってしまうことが原因だった。
煙突の下部に、排水する仕組みを作ったら上手くいった。これは、どの方式においても同様だった。
もう一つは、保温性能だ。
木を粘土で目張りした方式の炭の出来具合が、他の方式と比較してあまり良くなかった。
どうやら、壁の保温性能が、レンガや土と比べて良くなかったみたいだ。
目張りの粘土を厚くするのと同時に、麦藁を練り込んだことで、格段に良くなった。土を掘る窯にも使用してみたところ効果があった。
結局、どの方式にも壁や床に麦藁入りの粘土を使うことで、炭の生産量を増やすことができた。
あとは、窯の内部に角を作らないほうが良いとか、窯の内部の薪の積み方を工夫する方法とか、窯の中に空間を作らないように、麦藁とか小枝とかを詰め込むとか、いくつかの改善を行なっていった。
1ヶ月と少したったところで、本焼成を開始した。
焼き上がるのには1週間ほど掛った。窯を開けてみたら、全て綺麗な木炭だった。
あとは、これまでの記録を基に、窯の作り方、その費用、炭焼きの方法、注意点、標準的な生産量などを纏めていく作業をして完了だ。
使用人さん達には、引き続き炭焼きを続けてもらっている。
鉄を作る時には、木炭を砕いたものを使うため、作った木炭は順次細かく砕いて大きさを揃えてもらう。
実際に鉄を生産する前に、炭の金額を決めなければならない。
助手さん達は文官なので、知人や上司だった人達と相談して、炭焼きが仕事として成立する金額を出してもらった。
その金額であれば、夫婦で4つの窯で炭焼きをして、時々窯の整備をして、子供4人をなんとか養えるらしい。
木炭のメドが立ったので、砂鉄の蒐集の人員を増やす方法について相談をした。
海岸や河原で作業するので、日中しかできない。それでも、今の蒐集量を60倍には増やしたい。
それに、何時までも、領主館の使用人が作業するという訳にはいかないだろう。
領民に作業してもらって、採った砂鉄を領主が購入する。
子供も作業出来るパートタイムのような方法も考えてもらった。
結局、領主が永久磁石の貸し出しをして、砂鉄を引き取るときに磁石は回収する。重量あたりの砂鉄金額を設定して採れた砂鉄を購入するのが良いということになった。
これまで、使用人さん達で、蒐集した実績を基に、標準的な時間あたりの蒐集量から金額を決めた。
子供も参加するのであれば、磁石の重さを抑えた方が良いだろうと、1キロの磁石とともに、1/3キロの磁石も大量に作製した。
この作業をしている間に、カリーナさんが正式に私の専属助手になった。
他の文官助手さん達に遅れを取りたく無くて、後輩に大急ぎで引き継ぎを済ませたと言っていた。




