29.永久磁石
昨日まで使っていたこの部屋が、正式に私の部屋になった。
新しい花が活けてある。
セアンさん。どうもありがとう。
例によって、午前中は、ウィリッテさんの教育だ。
昨日は、午前中にアウドおじさん達に呼び出されたので、お休みになっていた。
今日は、西部大戦の話だ。
拡張していった、アトランタ王国の北部と東部で、独立戦争が起った。
今もそうらしいが、土地の個人所有は認められていない。
この当時、開拓が終わった土地は全て、アトランタ国王のものだった。
土地を自分達のものにしたい領主がアトランタ王国に反旗を翻した。
結果的に、西部大戦で、独立した王国がその土地の所有権を持つことになった。
あくまでも王国の持ち物になっただけで、一般個人のものじゃないんだ。
ただ、その所為で、東に勢力を延ばした人々は、王国を設立していくことになる。
王国を僭称すれば、土地の所有権を持てるのであれば、そうなるだろうね。
このときに独立した、フィニカ王国とミケナ王国は大国なので、周辺の貴族の弱小王国を併合していった。
問題は、ミケナ王国の東だ。多数の王国がせめぎ合っていた。
そんな中で、力を付けていったのが、神々の戦いのときに取り残されてしまった外国人が設立したテーベ王国だ。宗教や風習が違う民族なので、安住の地がどうしても欲しかったんだね。周辺の弱小王国を支配していった。
もう、既に、神々の戦いから2200年経っていたので、言葉は標準言語になっている。
なんで、宗教とか風習はそのままだったんだろう。
対人関係で使うものと、個人のものという違いなのかな。
まあ、そんな訳で、民衆は、異邦人の支配から逃れるために、東か西へと向った。
中には北に向い、砂漠の地で遊牧民族になった人達もいる。
テーベ王国は設立から400年近い年月のあいだに人口を増やし、ミケナ王国と国境を接するようになって、中部大戦が勃発した。
というところで、午前中は終った。
私も時代の流れとしての歴史は嫌いじゃない。
ただ、歴史上の人物の名前とか、年号とか、そういったことを覚えるのはかなり苦手だ。
……試験に出ないよね。
昼食を摂って、午後からは自由研究の時間だ。
アイルは時計を作りたいと言っていた。
そのために、少量でいいから、アルミナとシリカが欲しいといっていたので、庭で、アルミナとシリカを作ってあげた。
私は鉄だな。
午後は何をするのか聞かれて、何をするか決めるために午後の時間を使うと言ったら、ウィリッテさんも、カイロスさんも、アイルの方に行った。
さて、鉄を作る方法を考えますか。
カリーナさんの他に、文官の人が5人やってきた。女性が3人に男性が2人だ。
皆若いね。
幼児の私が言うことじゃないか。でも中身はアラフォーだから。
ん。文官の人って皆男性だと思っていた。
文官の人達が何をしにきたのかと思ったら、専属助手として手伝ってくれるそうだ。
アイルの方にも5人向かったらしい。
つい、女性の文官の人も居るんですねと言ってしまった。性差別になってないよね。聞くと5人に一人ぐらいは女性らしい。
それにしては、ここの女性比率高くないか?
私が女の子だから、グルムさんが女性を優先したかな。考えても意味ないな。
とても有り難いことなんだけど、グルムさんの命令で、幼児に付き合うなんて大変だねと言ったら、どうやらそうではないらしい。
グルムさんが、文官達の前で、アイルと私の助手を募集すると言ったら、争奪戦になったらしい。
「数字とソロバンを考案し、神々の国の知識を持ったニケ様のお手伝いをさせていただく役目を勝ち取りました。」
と小柄な男性が言うと、皆胸を張ってたよ。そうは言われてもねぇ。
数字もソロバンも私達が考案したものじゃないから。神々の国って日本のことなんだよね。大いなる誤解だから。
ちなみに、私の方に来た文官は、素材について興味があったり詳しい人達で、アイルの方には、道具やその構造に興味があったり詳しい人達らしい。
一応適材適所にはなっているのか?
まあ、手伝ってもらえるのに文句は無いよ。ありがたく手伝っていただきましょう。
とは言っても、何をするのかこれから考えるんだけどね。
それぞれ、女性は、ヨーランダさん、ビアさん、キキさん。男性は、ギウゼさん、ジオニギさん。さっき、勝ち取った発言をしたのは、ジオニギさんだ。
領都マリムに、どのぐらいの人が居るのか聞いてみたら、20,000人ぐらいらしい。
流石に高炉や転炉を作ってという訳には行かないよね。人手が足りなすぎる。
それにコークスをどうするかという問題もある。
小規模で鉄を作るとすると、日本で昔行なっていた「たたら製鉄」かな。
原料をどうしようか。べんがらの鉱石の鉄の純度が判らないな。魔法で取り出すときに大分鉄以外の不純物が残っていたようだった。砂鉄の方が鉄純度が高いかも。とりあえずは、砂鉄を集めてみないと。
木炭も要るな。吹子はどうしようか。加熱する部分は後回しだな。原料を手にいれないと。
砂鉄を取るんだったら、永久磁石が要るな。
そう言えば、助手さん達素材に詳しいようなことを言っていたな。
互いにくっつく性質を持った金属や石を知らないかを聞いてみた。
キキさんは、互いにくっつく不思議な黒い石があると聞いたことがあるらしい。自然に磁化した磁鉄鉱かな。それは手に入れられるかと聞いたら、聞いたことがあるだけで見たことは無いんだって。
木炭の事も聞いてみた。青銅を作るのに使っていないだろうか。
青銅を作るには、木を燃やす。炭じゃないんだ。木と鉱石を燃やして、溶け出した金属を加工するのだと。
やっぱり木炭も要るか。
早速、永久磁石についてアイルに相談しないと。そういえば、アイルは何をしてるんだろう。
アイルの部屋の方に歩いていく。助手さん達は後ろに付いてきた。アイルは大広間でボーとしていた。ウィリッテさんは居るけど、カイロスさんは居ないね。
『アイル。なに、ぼーっとしているの』
『あっ、ニケか。振り子の実験をしてみたんだけど、魔法がジャマするので、魔法が使えない助手さんに実験してもらっているんだ。』
それで、ウィリッテさんはここに居るのか。カイロスさんは、実験の方に居るのかな。
『じゃあ、暇なのね。ちょっと教えて。』
『それは良いけど。あっ。そういえば、真鍮って作れるかな。』
『真鍮って、黄銅のことね。そんなの有るんじゃない。』
『えっ、有るってどこに』
『だから、この世界に。青銅が有るんだから、黄銅も有るんじゃない。』
青銅は、銅と錫の合金だ。黄銅は、銅と亜鉛の合金。歴史上、青銅が使われる頃には、黄銅も使われていた。どちらも、融点の低い銅合金だ。青銅を作る技術があるんだったら、黄銅も作られているだろう。
『どういう理屈で、青銅があれば真鍮があることになるんだ?』
『そんなことより、永久磁石が欲しいのよ。どうしたら良いと思う?』
『そんなことって……。永久磁石か。強磁性体に飽和磁化するだけの磁場を掛けてやれば永久磁石になる。』
『そんなことは分っているの。だから、それをどうやったら良いと思う?』
『えぇっと。電気が無いから、電磁石は無いんだよな。うーんどうすれば良いんだろう。』
『フェライトの単結晶があったら、最初から磁石になってたりしない?』
『いいや。結晶と磁区はあまり関係が無い。』
『じゃあ、体心立方格子の鉄原子の電子スピンをそろえるイメージで塊を作れば、良いのかな。』
『そりゃそうかもしれないけれど、誰がそんなイメージを抱けるんだ?』
『うーんやってみないとできるかどうか分らないわね。』
『あっ、あと、光学ステージにレンズとかスリットとかプリズムなんかを固定する磁石があったじゃない。あんな感じで磁力が外に出たり出なかったりする構造って作れるかな?』
『あれは、ノブを回して磁気回路を変更しているんだけど、一体何をするんだい?』
『河原で砂鉄を取ろうと思って、砂鉄だらけになった磁石から砂鉄を簡単にはずせないかと思って。』
『そんなことしたら、回転部分に砂鉄が入り込んで、回転しなくなるよ。
皮袋に磁石を入れて、袋の中で磁石を皮から離せば良いんじゃないか。』
『そうか。磁力線を完全に遮蔽できないとダメか。その皮袋のアイデアは良いかも。アイルありがと。』
とりあえず聞けることは聞いた。うーん永久磁石って作れるだろうか。
私達が話している後ろでは、助手さんとウィリッテさんが、こそこそ話をしていた。
「あれが、神々の国の言葉なんですか?」
「ええ、そうね。二人があの状態になると、話が終わるまで待っていた方が良いですよ。」
「噂では聞きましたけど、始めて聴きました。本当に何を話しているのか分らないんですね。」
「お二人は、全く違う言葉を話せるんですね。スゴいです。」
うーむ。神々の国伝説は結局私達が作っているのかもしれない。でも日本語じゃないと、さっきの会話はムリだからなぁ。
とりあえず、鉄材料が置いてある作業場所に移動することにした。
お付きの侍女さんが、私を抱えて連れていってくれる。助手さん達は後ろに続いている。ウィリッテさんも付いてきた。
久々な気がするよ。作業場所。
鋼が1/10ぐらいに減っている。随分と騎士さん達に使ったんだね。
さて、いろいろな影響が無いように、純鉄を作りましょうか。
鋼から、炭素を取り出す。
多分、これで純鉄だと思うけど、この鉄の塊から、鉄を取り出す。取り出すときに粉にしないように変形の魔法で塊にする。その時、鉄原子が体心立方格子に並んでいて、鉄原子の電子スピンが上方向を向いているイメージを作って固めてみる。
うん。鉄のインゴットになった。
これが磁石になっていれば良いのだけど。
ダメだったよ。そもそもスピンを揃えるイメージってどうすんのよ。
電子は、ペアで電子軌道を埋めているのよね。ペアの電子のスピンは反対向きになって安定するんだ。こんなのを弄れるとは思えない。一番外側にある電子は、自由電子になっていて、ランダムな方向を向くから、スピンの向きが揃ったりはしないと思うんだよね。
電子軌道をペアで占有していない電子か。ん。鉄は強磁性体だけど、他は、コバルト、ニッケル。なんか周期表で固まってるな。遷移金属だよね。
あっ。d電子か。これは、基底状態で、1個ずつ電子軌道を埋めているな。こいつか、磁石になるのは。ということは、各原子のd電子のスピンを揃えるイメージが必要だってことか。うーん。出来るかな。
鉄のd電子っていくつあったかな。6個だな。あれ、10個のd電子の軌道のうち一つはペアになっているのか。d電子軌道の電子雲は、十字になっているのと、ボーリングのピンみたいなのだな。十字になっているのがそれぞれ一つずつ電子があって、そのスピンが上を向いているイメージで。
鉄のインゴットができあがったと同時に、
ガン!
という音がした。近くにあった鉄インゴットにぶつかったよ。
危なかった。指挟まなくて良かった。危うく怪我するところだったよ。
まわりに居た助手さん達は、吃驚していた。
そりゃ、何の説明も無いまま、突然金属が勢い良く、くっ付いたりしたら吃驚するよね。
しかし、どう説明しよう。
くっついた磁石は、私の力では引き剥がせなかったので、助手さんに引き剥がしてもらった。アイルが鉄のインゴットの重さを1キロにしていたから、この磁石は私の拳より大きい。
立方体の鉄の平な面がくっついて、さらにそれが別なインゴットにくっついて、幾つものインゴットが塊になっていたので、助手さんも引き剥がすのに苦労していたよ。鉄のインゴットの側で磁石を作ったらダメだね。
引き剥がしてもらった磁石の表面をフェライトに変えておいた。そのままだと錆るからね。
さて、磁石は何個作ろうか。助手をしてくれる人は、全部で6人か。木炭も作らなきゃならないから、分担してもらうか。どうしよう。
砂鉄集めは、単純重労働だから、助手さんを使うのは、勿体無いかな。下働きの人に頼もうか。それなら、沢山作った方が良いな。
磁石になったかどうか確認するために、鉄のインゴットから鉄片を作った。鉄片がくっ付いたら磁石になっている。
助手さんに、少し離れたところに鉄のインゴットを運んでもらって、10個の磁石を作った。磁石になっているのを確認して表面処理した。互いに近付けると危いので、それぞれを離れた場所に置いてもらった。
幼児は、1キロのものを持てないので、全面的に手伝ってもらった。
その間に、ヨーランダさんに、磁石が入るぐらいの皮の袋を10個持ってきてもらった。ジオニギさんには、海岸に行って、砂を桶に入れて持ってきてもらった。
ここまで、全然説明をしていないけれど、皆よく動くな。頭の中は疑問符だらけだろう。
磁石を皮袋に入れてもらった。砂も手にいれたので、説明をすることにしよう。
「そこに有るのは、『鉄』です。『鉄』に炭を混ぜると『鋼』になって、剣の材料になっているのは、聞いていると思います。
さっき話題にでた、御互いにくっつく性質の石と同じ性質を持っているものを『磁石』と言います。『鉄』にはその性質を持たせることができるので、魔法で、『鉄』にその性質を持たせました。
『磁石』になった『鉄』は、他の『鉄』とくっつきます。
他にも『磁石』にくっつくものがあって、それは砂の中にもあります。」
とりあえず、ここまでは理解してくれたかな。技術用語は日本語を使っている。そういう名前だと思ってもらうしかない。
「『磁石』が入っている皮の袋を砂の中に入れて少しかき混ぜてみてください。」
ギウゼさんが皮袋を砂の中に押し込んで、砂の中でかき混ぜた。
「それを引き上げてもらえますか。」
皮の袋には、多量の砂鉄がくっついてきた。
おぉ。という声が聞こえる。
白っぽい砂から黒い砂が取れるから、ちょっと意外に思えるよね。
とりあえず、砂鉄の鉄純度を見ておくか。
砂鉄の一部から鉄を取り出してみる。ほとんど残渣が残らないね。よしよし。
いろいろ確認するためにも、化学天秤が欲しいところだ。鉄が作れるようになったら、アイルに相談しよう。
「この黒いものは、『酸化鉄』といって、『鉄』の原料になります。この『酸化鉄』を炭といっしょに、とても高い温度にすると、『鉄』になります。
青銅を作るのと同じです。ただ、青銅よりずっと高い温度にしなければならないです。
この『砂鉄』を集めて、さらに沢山の炭を作ります。
とても高い温度になる窯を作ることで、マリムの街で『鉄』を作るのが、今回の仕事になります。
手伝いをお願いしますね。」
とりあえず説明はこんなところかな。
しかし、良かった。永久磁石ができなかったら、その先になかなか進まないよ。出来るかどうか分らなかったから説明もできなかったし。
その後、助手さん達に、いろいろ聞かれた。勉強熱心で良いね。




