28.時計
前世の記憶の話をしたのだけれど、想定していた反発も、態度の急変も何も無かった。
父さんに聞いたら、「奇しいと思っていた理由がはっきりしただけだ。」と言われた。
もともと変だと思われていたらしい。
まあ、普通に考えて、変だったんだろうな。
午後は、厨房道具や、剣と防具を作った。
注文があれこれ入って、対応するのが大変だった。それでも何とか終えることができた。
厨房道具は、後出しでニケが、あれこれ品目を増やしてくれたので、余分な作業が増えた。ただ、作るのは一瞬なので、大したことは無い。
追加したものも含めて、グラナラ家用とセメル家用の厨房道具は、使用人の人たちが、各家に運んでいった。
剣と防具は、作業所に行って、作った。
ソドおじさんが、剣の鍔部分に装飾が欲しいと言ったので対応した。
その後は、様々な希望が殺到して、とても面倒だった。
まあ、それほど沢山作る訳ではなかったので良かった。
対象になっていない騎士さんたちの視線が若干怖かっただけだ。
翌日になった。
普段と変わりなく、午前中は教育だった。
父さんは、あんな事を言っていたんだけど、変わらないことが、何となく気持が悪い。
カイロスさんとウィリッテさんに、昨日の件を聞いてみたら、父さんと同じ事を言っていた。
やはり、二人からも変だと思われていたみたいだけど……。
カイロスさんは、
「理由が分って、すっきりしました。」
と言っている。ウィリッテさんはそれを聞いて、和やかに頷いている。
あまり深刻に考えすぎだったんだろうか。
そんな事、無いと思うんだけど……。
「生れ変りというのは、普通に有ったりするんですか?」
と聞いてみたら、ウィリッテさんは、
「生れ変りですか?聞きたことは全くないですね。
今まで、あまりにも信じ難いことが沢山あったので、今更です。」
と言われてしまった。
昨日から、警護の騎士さんと助手さんが付くことになった。
実験しようにも、幼児の体型では出来無いことだらけだから、ありがたいことだ。
助手さんは5人居た。騎士さんは8人が交代で常時4人が付くらしい。
オレの助手さん達は、文官から選抜されたと言っていた。
一度自己紹介で名前を教えてもらったのだけど、既に個々の名前は怪しくなっている。
……まずいな。
どうにも、昔から人の名前を覚えるのが苦手だ。
確か、アルフ、ウテント、セテ、ダビス、ピソロだったと思う。
日本人と違う、馴染が無い人の名前なので、かなり怪しい。
今日の午後から、ニケは、領民が鉄を作るためのあれこれを実験すると言っている。
オレの方は、これから色々な実験をしていくために、時間を計れるようになりたい。
この世界で、地球と同じ時間単位で時間を計る手立ては無い。
長さや重さは、保証は無いのだが、変形の魔法のイメージが地球でのイメージと同じであれば、かなり近い単位になっているかもしれない。
時間は、そういう訳にはいかない。
何か方法があるかもしれないけれども、地球と同じ単位に拘っても仕方が無い。そもそも地球の単位と比較する方法が無いのだから。
例えば振り子で時間を計ることができる。振り子の周期は重力加速度と振り子の長さに依存する。
重力加速度を測定するためには時間の基準が必要だ。つまり時間が計れなければダメだ。
堂々巡りだ。
とりあえず、この世界が、地球と同じ宇宙に在るのかを知りたい。
最初は、重力定数や、光速度などを測定して比較すれば、地球があった宇宙との違いを確認できると思っていた。
ただ、単位を同じにする方法が無いために、仮にそれらを測定しても、比較ができない。
そのために、出来ることは、地球の物理法則とこの世界の物理法則が同一なのかを確認していくことだろう。
魔法が使えることで、既に、地球の物理法則が成り立っていないから、望み薄なのだが……。
何はともあれ、いろいろな確認していくためには、正確な時間を計る方法を考えなければならない。
いろいろ考えた結果、時計を作ることにした。
地球でもそうだったが、時間の基準は、毎日の太陽の南中間隔にするのが良い。
同じ物理法則が成り立つのであれば、惑星の自転や公転はかなり正確な時間測定の基準になるはずだ。
南中時刻は、天気が良ければ、かなり正確に計れる。時計の示す時刻と南中時刻とのズレから時計の時刻を補正していくことは、手間はかかるが出来無いことじゃない。
まずは、振り子がどのぐらいの周期で振れるのかを調べようと思う。
一定の時間を簡単に計るために、砂時計を作った。
砂は、細かいアルミナ。
シリカで中央が縊れた容器を作り、その中に砂を収納した。
少し大きめに作ってみた。体感では、10分計といった感じだ。
この材料は、事前にニケに作ってもらった。
適当な金属で錘を作って、紐を付けた。助手さん達に手伝ってもらって、天井近くにある灯明を置く台からぶら下げてみた。
何となく同じ周期で振り子が揺れている。そう言えば、フーコーの振り子なんていうものがあったな。などと考えていたら、振り子の振動面がだんだんずれてくる。そのうち、振動面が回転しはじめた。あろうことか、だんだん早くなっていく。
なんなんだ。これは。
もう一度振り子を動かしてみる。ただボーと眺めていると何も起こらない。さっきの現象は何だったんだろうと考えたあたりから、振動がおかしくなっていく。
ひょっとすると、魔法の影響か?
どうやら、オレが観測していると、というより、オレが良からぬ事を考えると、まともに振動しないみたいだ。
うーん。厄介な。
オレが実験しようとするとマズいので、助手さんに頼んだ。
砂時計をひっくり返して、砂が落ち終えるまでに何回往復したかの回数を数えてもらう。
時間が掛るが、5回測定してもらった。幸い、助手さん達も、騎士の人達も魔法は使えないと言っていたので、魔法の影響はないだろう。
実験をしている間、オレは、部屋を出て待っていた。
5回測定した結果は、ほとんど同じだった。
それから、紐の長さを変えて、測定してもらった。
これは何を調べているのですかと聞かれて、時間を計る道具を作るための実験と言ったのだが、理解はしてもらえなかった。
そのうち分かるよ。多分。
振動の回数は、紐の長さの二乗の逆数になっているみたいなので、地球のときの状況とは違いがなかった。魔法を除けば。
振り子が機能することが判れば、あとは時計を組み上げていくだけだ。
問題は、ギアの材料だ。非磁性の金属が良いのだが、アルミニウムは柔らかくて長時間の使用に耐えそうもない。シリコンは欠けそうだ。
真鍮があれば良いのだがと思っていたら、ニケがやってきたので相談した。
ニケ曰く、「青銅があるんだったら、黄銅(真鍮)もあるでしょ。」だそうだ。
どういう理屈でそうなるのか分らなかったのだが、助手をしている人に特徴を伝えたら、手に入れてくれた。普通にある金属らしい。
動力は、鋼で作った「ぜんまいバネ」だ。
1日検討して、時計の詳細な構成が決った。
組み上げるために、軸受にする何か硬い鉱石が欲しいと思った。
ニケに相談したら、抽出の魔法のやり方を教えてもらえた。
アルミナを作れないかと思ったのだが、どうしても上手くいかなかった。ニケに言わせると、アルミナの結晶構造とアルミや酸素の原子構造をイメージできれば簡単だって。
ムリだろ。そんなこと。
ニケの頭の中は一体どうなってるんだ。
結局、オレの抽出の魔法で炭とダイヤモンドだけは作れるようになった。
ダイヤモンドは、炭素だけで構成されている単純な結晶だ。
材料が揃ったので、時計を作っていく。
軸受がダイヤモンド、振り子を支持している部分もダイヤモンドの刃とダイヤモンドの受けという、地球では考えられない部分もあるが、気にすることはないさ。
時針、刻針、分針、秒針の4つの針が回るようにした。どの単位も12が単位なので、文字盤もシンプルだ。
振り子の部分が見えると、また変なことが起きそうだったので、敢て見えないようにした。
時刻合せをするために、庭に大きな日時計を作った。南中した時を知るためだ。太陽が南中したときに、時計の時刻を4時にセットして、時計を動かした。
翌日のズレを見て、補正してを繰り返した。2週間ぐらいで、正確に時刻を刻むようになった。
文字盤を白く塗って、時刻を示す針と数字を黒く塗って、見栄えを少し良くした。
お披露目してみた。
この世界の人が正確な時刻を必要としているかは解らなかったけれど。
助手さん達にお願いして、領主館の大広間に設置してもらった。アウド父さん、ソドおじさん、グルムおじさんに時計の機能を説明した。
思っていたより、かなり食い付きが良かった。
文官の会議は、人が集ったら開始ということが多くて、先に会議する場所に行った人が、長い時間待たされることが多い。
騎士の訓練は、誰も立てなくなったら終りというケースも多く、時間で区切って訓練できれば効率的らしい。
そういった理由で、あちこちに欲しいということになった。
さらに各自の家にも欲しいらしい。結果的に60台ほど作るはめになった。
まあ、コピーするだけだから、単なる作業だよ。
図面が頭に入っているので、一瞬で出来るので、剣を作っていたときとちがって手間もかからない。
領主館の中のあちこちに時計が設置された。
折角なので、全ての時計に手を加えて、1時ごとにチャイムが鳴るようにした。
それで解ったのだが、神殿の鐘はけっこういいかげんだった。
天気の良い日はまだしも、曇っていたり雨だったりすると、四半時ぐらいズレている。
神殿は日時計を使って鐘を鳴らしているらしい。
日が出ていないときは、感と経験で対応しているようだ。
しばらくして、神殿から時計を購入したいという申し入れがあったそうだ。
アウド父さんは、オレ達二人を神殿関係者と会わせないようにしているみたいだ。
オレ達の知識が、神殿で伝えている内容と齟齬が生じると、かなりややこしい状況になるかもしれないと考えてのことだった。
地球でも、宗教関係者と科学者とは意見が合わなかった黒歴史があるからな。
そんな状況の中で、どうしてオレが、神殿が時計を購入したいと申し入れたのを知っているのかと言うと、アウド父さんから幾らで販売したら良いかと相談されたからだ。
そんな事を言われても、判る訳がない。
細工職人に図面を渡して作ってもらった場合の金額にしたらどうかと話してみた。
随所にダイヤモンドを使っているので、とんでもない金額になると言われた。
仮にダイヤモンドが無くてもとんでもない金額になるらしいのだ。
なにしろ、精密な機械というものが存在しない世界だ。
グルムおじさんが、そのとんでもない金額を提示して、神殿の年間運営費用の1/12ぐらいの金額に割引きして、恩を売っておけば良いと言っていた。
流石に宰相様だね。悪知恵が働く。
結局金額は、それで決まったみたいだ。
それから、少し経って、神殿の鐘が変わった。時計の正時にその時の時刻の数を2回繰り返すようになった。そして、半時には1回鳴るようになった。
これまで、朝の鐘だったのは、2時にカランカラン、カランカランと鳴り、正午の鐘はカランカランカランカラン、カランカランカランカランと鳴った。
これまでの生活の仕方が変わってしまうのはマズいのではないかと思ったのだが、夏は長く働き、冬は短くなるのが不合理だと思う人も多かったらしい。
ほとんど混乱は無かった。
今度は懐中時計を作ることにした。デイデイト、ストップウォッチ、ラップ機能付きだ。仕組みを考えるのは、パズルを解くようで楽しかった。腕時計にしようかとも思ったのだが、幼児の腕に付けるのは流石に無理だったので、懐中時計にした。
テンプにインバーを使いたいとニケに相談したのだが、希少金属のコレクションが無いので今は無理と言われてしまった。
後日、熱膨張係数の小さなセラミックスを手に入れられたので、精度を上げることができた。誤差は、1日に1/4秒以下(地球時間で大体1秒以下)になった。
実用的には全く問題ないだろう。
これもお披露目した瞬間に、沢山のリクエストが来た。まあ、分っていたけれど。
結局これも30台ほど作ることになった。




