27.農場
転生前の記憶があることをアトラス領の主要メンバーに伝えた後、私は専属の騎士さん達に警護されることになった。
ニカンドルさんも居た。
君は……見習いではなかったか?
まあ、総勢8人も出すんだったら、見習いも混じるか。
生活も、領主館で行なうことになった。それで、その日の午後に、一度家に戻らせてもらった。
これまでと違い、本格的に領主館で生活することになったので、普段使いの衣服や靴なども含めて、必要なものを移すことにした。
ただ、この年齢だと、1ヶ月もすると、体に合わなくなってしまう。
着れないものを運んでもしょうがないので、体に合うかどうか確認することにした。
家に戻って、お母さんと話をしていた。
お母さんは、前世のアイルのどこが好きだったのかとか、恋バナをしきりに聞いてくる。
お母さんの気になるところって……そこですか?
そんなことをしていたら、一人の侍女さんに声を掛けられた。
会話を遮って申し訳なさそうな侍女さんは、カリーナ・ドナルと名宣った。
「お話をしている最中に申し訳ありません。少しニケさんにお願いがありまして、用事が済んだときに、少し時間を頂けないでしょうか。」
「あら、カリーナ。ニケに用事って、ひょっとすると、数字やソロバンのことかしら。」
「ええ。興味がありまして、教えていただけないかと思ったのですが。」
「ニケ、カリーナに数字やソロバンを教えてあげて。彼女は、ウチの経理の担当者なの。彼女にはソロバンの知識はとても役に立つわ。」
ウチに経理の担当者なんて居たんだ。これまで見掛けなかったのは、私の面倒を見ていた侍女さんとは職種が違うからだね。会うことが無かったんだ。
「ええ。解りました。じゃあ、ドナルさんは半時ほどしたら、私の部屋に来てください。」
ドナルさんにそう伝えた。早速、服の選別をしてしまおう。
自分の部屋に移動して、侍女さん達に服をベッドに並べてもらう。
服を着てみて、体に合わなくなって、着られなくなった服を選別していく。
選別する対象ではないが、ベビー服があった。それを見て、私はこんなに小さかったんだなと思う。
着られなくなってしまった服がかなりあった。ユリアお母さんは、私の服をまた準備しなきゃと嬉しそうに笑っている。
服や靴、その他領主館に持ち込むものの選別が終ったころにドナルさんがやってきた。手には、新しい木でできたソロバンと石版があった。
自分の事は、カリーナと呼んでくださいと言われたので、カリーナさんと呼ぶことにする。
カリーナさんに、そのソロバンのことを聞くと、領主館に納められた1台を譲ってもらったらしい。あの時のやりとりを考えると、騎士団向けのものかな。
騎士団にも廻ってくるぐらいなら、ソロバンの生産は順調みたいだね。
早速、カリーナさんに数字やソロバンを教えていく。
カリーナさんはとても優秀だった。教えるのにそれほどの時間はかからなかった。
「この計算の方法は、とても楽ですね。これまでの苦労は何だったんでしょう。」
カリーナさんは感激していた。
一通り教え終えてから、カリーナさんの生い立ちや仕事の内容を教えてもらった。
仕事の内容を聞いたのは、私は、グラナラ家の資産状況など全く知らなかったからだ。
カリーナさんは、王都の近くに領地を持つ、ドナル男爵家の三女として生まれた。
魔法が使えなかった。跡継ぎや貴族の家に嫁ぐことにはならないので、王都で教育を受けた。
勤め先を探していた時に、友人だったユリアお母さんに誘われて、グラナラ家に勤めるようになった。
計算が得意だったことで、グラナラ家の経理担当になった。
ふーんお母さんの友人だったということか。
グラナラ家は、騎士団長をしているソドお父さんの給金と、所有している農場の収穫から、運営費を賄っている。農場はかなり広く、小麦、野菜などの収穫はかなりの量になる。
騎士団長の給金も結構な額だが、農場からの収入はそれを上回る額だ。
カリーナさんの仕事は、
農場の収穫時期には、収穫した量から、発生する税金を差し引いて利益の計算をする。
そして、月々の、使用人の給与計算、必要な経費、日々の支出を集計して、損益の計算……。
結構な計算量になる。
私が、もしあの計算方法で、その計算を間違い無くするのは……多分ムリだな。
すごいね。あれを実行してしまえるっていうのは。
いろいろ聞いた話のなかで、農場のことが気になった。この世界ではどんな農業をしているんだろう。
農地の管理方法についても、収穫金額に関わっているのでカリーナさんは知識があるみたいだ。詳しく教えてくれた。
グラナラ家が預かっている農地には、未開墾地もまだかなりあるらしい。
開墾は、領主様の土魔法で行なうらしい。
開墾したあとは、しばらく小麦や大麦の作付をして、収穫が落ちてきたら、野菜を育てる。野菜も採れにくくなってきたら、休耕地として10年以上何も作付しない状態で放置する。雑草が茂るようになったら、再度開墾して小麦や大麦を作付してを繰り返す。
だんだん収穫ができなくなっていくのだが、全然作物が育たなくなるまでには、40年近くかかるらしい。
本当の意味での未開墾地がたくさんあるので、問題にはならない。
それって、地力が落ちても、ほったらかしってことじゃない?
いいのか?……それで。
古い王国などは、肥料を土地に与えて、作付しない土地を復活させたりしている。
ただ、肥料がとても高価なので、大都市の近くの農場以外は、一般的じゃない。
まあ、そうやって、大陸の西の方から、東に人類は耕作地を広げてきたんだろうね。
でも、アトラス領は、見せてもらった地図が正しければ、東の端だ。
いつまでもそんなことを続けていて良いはずがないな。
農場が見てみたかったので、場所がどこにあるのか聞いてみた。
なんと、屋敷の西側は農場だった。領主館は東側にあるから、行ってみたことがなかったけど、近いんだ。
見てみたいと言ったら、あとで連れていってくれるそうだ。
仕事があるのではと聞くと、あの計算方法だったら、1週間に1日ぐらいあれば仕事は終わるだろうと言っていた。
これまでは毎日かなりの時間を費して計算していた。
私の仕事が無くなってしまうかも、と寂し気に言う。
私の助手になってほしいと頼んだら、それはとても名誉なことなのでしてみたいと言われた。
カリーナさんを私の助手にしたいとお母さんに頼むと、カリーナさんが若い子に計算の方法を教えて引き継ぎしてくれれば、私の専属になっても良いと言ってくれた。
屋敷の西にやってきた。ずいぶんと広大な農場だった。
どこまでがウチの農場なのか聞いたら、マリム川までが農場だと言っていた。
マリム川ってどこだ。
全く見えないので、抱き抱えてもらった。
「あのずっと先にある並木が川のほとりの並木ですから、そこまでです。」
あの彼方にかすかに見える木のことなんだろうか。そこまで木らしいものが無いんだけど。広すぎでしょ。
なぜ、領主館に近い農場をグラナラ家が持っているのか聞いてみた。アトラス家が、アトラス領に封じられたときに、アトランタ王国から父と連れ立って来た父の盟友が、東の未開地まで付いてきてくれたことに感謝して、一番良い農地をグラナラ家に渡したんだって。
うーん歴史を感じるね。
屋敷の側の農地を見ると、僅かな雑草が生えているだけだった。
このあたりは、もう雑草も勢いがなく、だいぶ前から休耕地なのだ。
それなら、まずは、このあたりの土壌調査をしましょうかね。
そして、足りない栄養分を特定して、復活できるか試してみましょう。
まずは、ソドお父さんに許可をもらわないとだね。
農地の実験は、作物を育ててみないとならないから、ボチボチやっていくことにしよう。
その前に鉄をどうにかしないとならないし。
カリーナさんと分かれて、領主館に戻った。カリーナさんは、明日から通いで領主館に来てくれる。助かるな。
夕食のときに、ソドお父さんに、屋敷のすぐ西の農地を貸して欲しいと頼んでみた。お父さんは何のことか分らなかったみたいで、ユリアお母さんに聞いた。
「ほら、随分前から休耕地になっているところですよ。」
お父さんは、なんでそんな場所を借りたいのか聞いてきた。どう説明しようか悩んだ。
日本語だったら、土壌の成分分析と、不足元素の特定をして、土壌の復活をさせる。それを、簡単に説明できるんだけど。
うーん、この世界の言葉で、どう説明するか。きっと言葉足らずになってしまうんだが、まあいいか。
「休耕地じゃないようにできないか、検討してみたい。」
と言うと、ニケは、そんなこともできるのかと言いだす。一応検討だからと濁しておいた。
すると、アウドおじさんまで、乗ってきた。
「いや、だから、検討だから。」
お父さんは、休耕地は好きなだけ使って良いと言いだした。いや、そんなに要らないから。




