25.アイルとニケ
夜が更けてから、アウド様に呼び出された。
部屋に入ると、アウド様が
「ウィリッテ殿、こんな時間に呼び付けて申し訳ない。」
と仰った。
同じ部屋には、領主のアウド様の他に奥方のフローラ様、騎士団長のソド様、その奥方のユリア様が居た。
間違い無く、アイルさんとニケさんの事だろう。皆、何やら深刻な顔をしているが、突然どうしたんだろうか。
今日の午後は、アイルさんが、ソド様の依頼で、剣を鋼で作っていたはず。機密性の高い、騎士団の事だったので、他領の貴族の娘の私は同席できなかった。そこで何かあったんだろうか。
あの二人の行動は、予測の範囲を軽く越えてしまうので、何かあったとしても分る訳がない。
「実は、あの二人の事なのだ。
この二週間ほどの間に、数字、ソロバン、ソロバンを作るための道具、カトラリー、厨房用品と、様々なものを生み出している。そして、どれもこれも見たことの無いものだ。
そこで、教育している時に詳細を見ているウィリッテ殿に、教育の時の状況やウィリッテ殿がどう感じたかを教えてほしいのだ。」
以前も、教育の進捗を簡単に説明してはいた。
とても優秀で、文字や数字や魔法はあっというまにマスターしてしまったと伝えている。本当のことを言うと私は要らないのじゃないかと思うほどだった。ただ、これは私の雇用条件が変わってしまう可能性があったので、そこまでは伝えていなかった。
教育の時の事を順に説明していった。
特に、数を教えた時には、1から10まで数えたときには、目がきらきらしていたが、11と12を数えた時から、アイルさんの様子がおかしくなったこと。
足し算、引き算はもちろん、掛け算や割り算も最初から知っていた様に感じたこと。
質問に答えた時に、こちらの間違いを指摘されて、正しい答を告げられたこと。
どうやら、数については、教える前から知っていたんじゃないかと思うと伝えた。
「あの数字を表す文字については何か言っていたのかな?」
「いいえ、数を教えたときには何も言っていませんでした。私が知ったのもソロバンを教えてもらったときです。」
「あのソロバンについて、何か知っていないかね。」
「ソロバンは、変形の魔法を伝えたときに、アイルさんが集中して魔法で作製していました。
それ以前に、ソロバンについて何か言ってはいませんでしたし、その時作っていたものがソロバンだとは思わなかったです。
ご存知の様に、二人で、意味の解らない言葉を話していることがあります。
その会話の中で話されていたのかもしれませんが。」
それから、魔法を教えたときの事を聞かれた。
座学では、とても熱心に聞いていて、訓練所に行ってからは、一般的な魔法は説明すると即座に全て発動させた。
最初に発動した水の魔法が、とんでもない規模になったこと自体は、本人達が一番驚いていた。その後、加減の取り方が解ったのか、問題は起きなかった。
座学で説明した、殆んど使われることのない、困難な魔法として、分離と変形の魔法を使ってみたいと言うので、砂と海水を準備した。
ニケさんは、海水から、水以外のものを取り出したり、石から金属を取り出したりしていた。
分離の魔法で、海水から水以外のものを取り出すことは、これまで数多の魔法使いが試みたが、成功したことは無い。ましてや砂から金属を取り出すなんて聞いたこともない。
変形の魔法は、砂を塊にすることが出来る人はいる。アウド様も建物を作るときには、砂から岩を作ることができると思う。
しかし、簡単な形でさえ、思い通りに作れる者は見たことがない。ましてや、ソロバンを作る道具のように複雑なものを作るなど有り得ない。
どちらかというと、分離魔法は、ニケさんが得意で、変形の魔法は、アイルさんが得意だった。
「ふむ。以前報告してもらった話と変わりは無いな。
正直なところ、なぜ、二人はそこまで優秀なのだろう。
どう思うかね。
何でも良いので、思うところを教えてくれないか。」
私にもそれは解らない。
優秀なのは確かだが、それが何故かという問いに答があるのだろうか。
二人とも生れて1年と少し経っただけの幼児だ。
その問いを何度自問自答してみただろう。
これまで何度となく思っていたことを伝えることにした。
「お二人は、最初から何もかも知っていたんじゃないかと思うのです。
ただ、生れ落ちたこの世界のことだけを知らなかったのではないでしょうか。
新たな神々の戦いのときに生まれたお二人には、神々が宿っていて、神々の世界のことを知っているのではないかと思うことがあります。」
「なるほどな。
貴重な意見をありがとう。
ここから先は、二人に直接聞くしかないだろうな。
申し訳ないが、明日の朝、二人を連れて、また執務室に来てもらえないだろうか。」
「はい。承知いたしました。」
そう言って、私は領主様の部屋から退出した。
ーーー
我々が集まって相談を始めたのは、今日の武器や防具を作ってもらった事にある。
二人は、多種多様の武器を作っていた。
中には見たこともないものがあった。
なぜ、あの二人はそんなものを作れたのだろう。
あの二人が出会うまでは二人は利発な幼児だと思っていたのだ。
あの二人が会って、それから二週間と経っていないのに、驚く事ばかりが起っている。
何故だろうかと考えても答は出ない。止むを得ず、ウィリッテさんを呼んで話を聞くことにした。
なにか参考になることを知っているかもしれないと思ったのだ。
ウィリッテ殿が席を立った後、思わず呟いてしまった。
「神々の知識を持った子供か。容易には信じられない事だな。」
その呟きに対して、ソドがこんなことを言い始めた。
「一つ変った武器がありまして、アイル様は、ニケからあれこれ聞いて作ってました。
切ることに特化した武器だと言っていましたね。
ニホントウという名前だとか。
細身で、他の剣と比べるとかなり軽いため、気に入った騎士が何人かいたのです。
その者達が、素振りしているのを見て、それじゃあ切れないと言って、ニケがそこらにあった棒切れで素振りをして見せたのです。
その剣筋は、見たことのないものだったのですが、堂に入っていて、なかなか綺麗な剣筋でした。
それを真似た騎士達は、そこらにあるものを切り飛していました。」
「すると、そのニホントウというものも、その扱い方もニケは知っていたということか。
そうすると、ウィリッテ殿の言葉に真実があるのかもしれないな。」
二人の妻達を見ると、なんとも言えない表情になっていた。
自分達が、産み、育てた子供が、神々の知識を持って生まれたなど信じられないだろう。
もし、それが本当だとして、それは名誉なことなのか、恐しいことなのか。
そこで、大変なことに気付いてしまった。
「オレは、あの二人から、悪意や害意を全く感じることができない。
我々の事、館内のこと、領のこと、領民のことを大切に思っていると感じる。」
「そうですね。二人はとても優しいですね。」
「木工職人のことや鍛冶師のことまで気にかけていたのでしょう。」
「ただ、あの二人は、莫大な魔力を持っている。
さらに、理由はどうあれ、我々の知らない知識を持っている。
これらは事実だ。
もし、他領の者に攫われたりしたら大変なことになりかねん。
二人に話を聞いてからだが、あの二人を守ることを考えなければならないかもしれない。」
まあ、全ては明日の朝だなと、散会することにした。




