93,領主館晩餐会
領主館にアイルと馬車で戻る。
相変らず、沢山の騎士さん達が、周りを取り巻いていた。
私やアイルのところの准教授さん達もそれぞれ、私やアイルの馬車に乗っている。
メーテスの事務長をしているバンビーナさんも一緒だ。
私の元助手の中では、ジオニギさんだけが不在。そろそろノアール川の金鉱脈あたりに着いている頃かも知れない。そもそも、何時出発したのか知らないんだけどね。
辿り着いたら、手付かずの鉱山だ。嬉々として、調査に励むんじゃないかな。
驚いたことに、アイルのところの准教授のダビスさんとピソロが二人とも居たことだな。
代わり番こに天文台に詰めているから、二人そろって居るのを見ることは稀だ。
私のところで、紙幣の開発をすることになって、メーテスの学生達の数学の教師として駆り出されている。天文台は、休業らしい。何か申し訳ないね。
まあ、直ぐに何かが起こったりするなんて、考えられないから、問題は無いみたいだけどね。
天文学では、数学を多用するので、今、数学を教えているメーテスでは、貴重な戦力なんだそうだ。
領主館に着いてみたら、沢山の人が居る。
一体何事だ?
入口あたりの場所に家令のバルトロさんが沢山の人の相手をしていた。人波が落ち着いところで聞いてみた。
「バルトロさん。沢山人が居ますけど、何かありました?」
「あっ、アイル様にニケ様。お帰りなさいませ。
お疲れでしょうに、人が沢山居て、申し訳ありません。
どこから聞きつけたのか、王都の王宮博物館の国宝と言われている絵画が領主館に運び込まれたことを知ったらしく。人々が、押し掛けてきまして……。
急遽、今夜は、晩餐会を催すことになったのです。」
げげっ。これも私の所為か?
紙幣用の手本が欲しいと言った所為だな。これは。
しかし、何処からその情報が漏れたんだろう。
「何か、迷惑を掛けてしまいましたね。申し訳無いです」
「いいえ。ご嫡男のアイル様と奥方になられるニケ様が為さる事であれば、それがどの様な事であれ、私達は、誠心誠意ご奉仕させていただきます。
お気になさらず。」
うぅぅ。何か重いんだけど……。
「ありがとうございます。それじゃぁ、今日は宜しくお願いしますね。」
何て言えば良いのか分らなかったので、とりあえず御礼だけ伝えた。
領主館の中には、様々な人が居るみたいだ。見覚えのある商人の人、国務館の人、全く見覚えの無い人。
他所から来た人なんだろうか。
晩餐会は未だ始まっていないのか、それらの人たちは、庭や廊下に溢れていた。
庭の奥の方を見ると、ウィリッテさんが、何人もの男性の人達と会話していた。
私達に気付いた、ウィリッテさんが、私達のところに歩み寄ってきた。
「あら、アイルさんとニケさん。お帰りなさい。
どう?例の件、上手く行ってます?」
えっ?例の件って。
「ええと?例の件と言いますと?」
「ふふふ。ニケさんは、慎重ですね。でも、そのぐらいが良いのかもしれません。
バール管理官から話は聞いていますよ。」
ウィリッテさんは、バールさんとロッコさんの上司だから、知っていて当然なのか。
それとも国務館では周知の事だったりするんだろうか?
「その件は、国務館では皆が知っているんですか?」
「いいえ。私と経済研究室の准教授になっている二人だけじゃないかしら。貨幣管理部門で知っている人が居るかどうかというところだと思うけど。
あとは、諜報機関の職員かしら。彼等は、どこから情報を掴んでくるのか良く分らないのよね。」
殆ど知られていないのか……。それなのに、こんなに人が集まったのは何故だろう。
「それなら、何故、こんなに人が集まっているんでしょう?ウィリッテさんは、御存じだったりします?」
「そうね……不思議に思うわよね……」
それから、ウィリッテさんが、事の顛末を説明してくれた。
今日、王都から、有名な絵画が領主館に運び込まれる事は、国務館では周知の事だった。
公式には、王国が、鉄道の敷設と、ガリアやロッサにコンビナートを作ってくれた礼として、短期間、アトラス領に縁のある国宝の絵画を貸し出すことにした、ということになっている。
うーん。それって、礼になってるのか?
迷惑なだけの様な気がするんだけど……。
ただ、ウィリッテさんに言わせると、そういった建付けで、公開していた方が警備がやりやすいんだそうだ。
突然、大人数の王国の騎士達が領主館の警備をしたりすると、余計な噂が立つことになる。
明確に国宝を守るためという事であれば、沢山の王国騎士が領主館に居ても不思議には思われない。
そんな理由から、昨日、国宝の絵画をアトラス領に輸送していると公表したのだそうだ。
貸出期間が、短期間という事だったので、目の前の館の中に国宝がある内に、是非見たいという人が詰め掛けたという訳だった。
しかし……昨日の今日で、こんなに人って集まるものなのだろうか。
前世と違って、情報が溢れている訳じゃないから、こういった情報は一気に伝わるのかも知れない。
「でも、不思議なのよね。あそこに身形の良い人が何人も集まっているでしょ?」
そう言われて、ウィリッテさんが指差した方を見ると、確かに、他の人達より、装飾品が派手な一団が談笑している。
「あの人達は、この近隣の領主達なんだけど。どこでどうやってこの話を聞き付けたのか。偶然なのか、それなりに確りした耳があるのか?
ふふふ。今、諜報機関が探りを入れ始めたわ。」
怖っ!
あんまり、そういった話はしないで欲しいんだけど。
私は、まだ7歳の小娘なんだからね。
まあ、中身は四十路過ぎのオバさんだけど。オバさんでも、そういった話は怖いよ。
「それで、上手く行っているの?」
「へ?」
「だから、例の件よ。」
話が、あれこれ流れていった所為で忘れていたけど、ウィリッテさんは、最初にそれを聞いていたんだった。
「最近、王宮からの無線機での会話にしょっちゅうそれが出てくるのよ。
王宮の上層部では、大分、気になっているみたいね。」
「あっ、そうなんですね。」
「だから、王宮博物館から絵の貸し出しなんて強行手段も厭わずやっているの。
今回の絵画は、余程の事が有っても、博物館から外に出すなんて事は無いわ。
運んで来た絵画担当の文官から、散々嫌味を言われたわ。」
多分、受け入れ側の総責任者は、ウィリッテさんなのかも知れない。
なんか、知らない内に、迷惑を掛けていたんだ……。
「それで、どうなの?」
「あっ、今のところ順調ですよ。」
「そう。一応順調なのね。
王宮では、試作品が直ぐにでも欲しいみたいだけど、どうなのかしら?」
「うーん。まだ、本格的に検討し始めて、2日なので、今の段階では、何とも言い難いですね。どのぐらいの時間が必要になるかは、これから次第なんです。」
「今日の、バールの報告も、印刷が凄かったってことばかりで、具体的な進捗については、上手く説明してくれないのよね。
まあ、見る物全てが驚きなら、仕方が無いのかもしれないけれど。
印刷の時のアイルさんの説明では、紙とインクが重要だって言っていたらしいけど、それって、ニケさんの担当なのよね?」
「ええ。そうですね。私の担当です。
今日、どんな事が重要なのかは分ってきたので、あとは、作ったものの耐久性ですね。
こればかりは、良い素材を見付け出さなきゃならないので、待っていてもらうしか無いんですよ。」
「そうなのね。まあ、ニケさんだから、どうにかしてくれるんでしょう。
これからは、時々、様子を見せてもらいに行くわ。
バールの報告だと、要点が掴めないのよ。」
「ええ。良いですよ。是非、メーテスに来てください。歓迎します。」
「ふふふ。ありがとう。」
そう言うとウィリッテさんは、先程、会話していた人達の元に戻って行った。
晩餐会を準備しているところを見たりして、家族の居る居間に入ったら、お祖母様達が居た。
正月のお祝い以外で会うのは、フンちゃんとセド君が生まれたとき以来かな。




