81.数
今日から、メーテスの授業が始まる。
朝から、同室のエリオさんと、ゼリアさんも、そわそわしている。
そう言えば、カイロスさんは、どうするんだろう?
「カイロス君は、今日からの授業は、どうするんです?」
「今日は、一応出席しますよ。ただ、既に知っている事の筈なんで、時々他の用事で欠席するかもしれません。
一応、単位は、試験で合格すれば取れるので、早い内に試験を受けてしまおうかとも思っているんです。」
何だか凄いな。ボクより幾つも年下の子とは思えないよ。
朝食後、ローブを羽織って、4人で大講義室に行く。
まだ、開始の時間には早いので、ちらほら人が席に着いている。
集団で、入学式の時と同じ席に座っているみたいだ。
時間が進むにつれ、人が増えていく。
全員、入学式のときの席に着いていった。
後ろの方で、こちらを指差してキャーキャー言っている女の子達が居た。
時間になったところで、講師の人と、アイルさんとニケさんが大講堂に入ってきた。
講師の人が壇上に移動して、アイルさんとニケさんは入口の近くの壁にある椅子に座った。
「私は、アルフと言います。アイルさんの助手を勤めています。アトラス領の文官です。
ここ、メーテスでは、電気研究室の准教授をしています。
さて、今日から授業となるのですが、これからの2年間は、その後の物理研究所や化学研究所、国務館研究所で研究を行なう為に必要な基本的な内容を学んでもらいます。
今日は、皆さんに、数について学んでもらいます。
数もそうですが数学は、これから何をするとしても必ず知っておかなければならない大切なものです。
そして、当面の間は数学の講義が続きます。
物理学や化学では様々な現象について説明が為されます。数学を知らないと、その説明を理解すること出来ないでしょう。
特に、私の電気研究室では、数学の助けが無いと何も出来ません。」
少し大講義室内がザワついた。
電気研究室と言ったところで、ザワつき始めたから、電気について、皆興味が有るのだろう。
電気のお陰で、魔法の様な事ができという事を、皆知っているんだ。
「では、講義を始めましょう。」
あれ?出席の確認はしないんだろうか?
「カイロスさん?出席の確認とかは無いんですか?」
「特に講義に出席したかどうかの確認はしないですよ。
内容が理解できるのなら、出席する必要は無いんです。いくつかの講義の後、試験がありますから、そこで合格すれば良いだけです。
内容が理解できているのでしたら、早い時期に試験を受けることも出来ますよ。」
「それは、内容を理解できるかどうかが問われていて、講義に出席することは問われないって事で良いのか?」
ボク達の話を聞いていたゼリアさんが質問した。
「そうです。ただ、講義に出て、説明を聞くと理解しやすい筈です。だから、講義には出ておいた方が良いですね。」
ボク達が話をしている間にも講義は進んでいた。
黒板には、「整数」、「分数」と書かれてあった。
ダメだな。講義に集中しよう。
「他に数が色々とあるのですが、ご存知ですか?」
誰かが、「実数」と声を上げた。
「あなたは、手引書の計算尺の使い方を読まれましたね?」
アルフ准教授の質問に、実数と声を出した人が頷いている。
アルフ准教授は、黒板に「実数」と書いた。
「そうです。実数も数種類の一つです。他に虚数というものもありますが、それは、後日の講義で説明がある筈です。」
それから、実数の説明をしてくれた。
ソロバンの割り算は、答えとして置いた数と割る数を掛けたものを、割られる数から引いていって、順に小さくしていく。割られる数が割る数より小さくなったら、そこで割り算の計算は終わりで、そこまでで得られた答えの数と残った数分の割った数を足したものが最終的な答えだ。
これを、割られる数の1の位を無視して、割り続けることも出来る。
その場合、1の位の右隣りは、1/d10(=1/12)の位、その右隣りは、1/d100(=1/144)の位と考えていけば良い。
こうやって求めた答を、1の位の後に点を書いて記述したものが実数だ。
「分数を実数で書く事が出来るのは良いですか?
分数をソロバンで計算したときに、どこかで計算が終る場合と終らない場合があるのは分りますか?」
「5で割ると計算が終わりません。」
さっき応えた人が、発言をした。
「そのとおりです。d1/5を計算すると、こんな数になります。」
黒板に、「0.249124912491……」が書かれた。
「良く見ると、2491が繰り返し出てきます。こういった実数になります。小数点の後の部分は、小数と言いますが、こうやって、数が繰り返すのを循環小数と呼びます。
分数を実数として書くと、割り切れてどこかの桁で終るか、循環小数になります。循環小数は、書き終える事が出来ませんから、このように記述します。」
そう言うと、アルフ准教授は、
1/5=0.249724972497……=0.2497
と黒板に書いた。
「この二本の線は、等号と言って、右の数と左の数が同じという意味です。
循環小数の場合には、循環の最初の数字と最後の数字の上に・を書いて循環小数だと示します。
分数を実数で表わすと、必ず、どこかの桁で数字が終わるか、循環小数になります。逆に、循環小数は、分数で表わすことが必ず出来ます。
この例では、この数をd10,000倍すると……
先刻の小数をd10,000倍した数と、元の数を縦に小数点を左右の同じ位置にして黒板に書いた。
2497.249724972497……
ー 0.249724972497……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
2497.0
この上の数字から、下の数字を引くと、2,497になります。これは元の数字のdW,WWW倍の数です。
従って、d0.2497d は、 2,497/dW,WWW ということになります。
これを約分すると、1/5になります。
同じ様にして、循環小数は、分数にする事ができます。
これは、循環している桁分だけ値をずらして、引き算すれば、延々と続く数字列を打ち切ることができるからです。」
それから、大きな数の分数の約分の方法を教えてくれた。
d2,497とdW,WWWは、dWで割り切れて、d275とd1,111になる。
それらは、d11で割り切れて、d25とd101になる。
d101はd25で割り切れるので、1と5になる。
この様に、二つの数の両方を割り切ることが出来る数の事は約数と言う。
二つの数の約数の最大の値は最大公約数と言うのだそうだ。この場合は、d2,497が最大公約数になる。
循環小数は正しい値だけれども、実際に物理や化学で使う数字は小数が無限に続く数は使わない。その場合には、5捨6入という操作をして、近似値にする。
その時の数字の並んだ数を有効桁というのだそうだ。
「大体、実数の話は、分りましたか?
それでは、分数にすることの出来ない実数があることを示します。」
そう言うと、黒板に、
0.110100100010000……
と書いた。
「これは、1、d10、d100、d1000と桁を増やした数字を小数点のあとに並べたものですが、これも実数ですね。これは循環する部分がありません。
従って、分数で表わす事はできないのです。
こういった分数で表せない数のことを無理数と言います。分数で表せる数は有理数と言います。」
大講堂の中が騒ついている。
分数で表わせない数なんて有るんだ。
「実は、無理数というものは、有理数の全体より多いのです。それは別な話になりますか後の講義で出てくると思います。
さて、この実数というのは、物理学や化学では良く使われます。
それは、大小関係が一目瞭然だからです。」
11/84 12/90
という分数を黒板に書いた。
「これのどちらが大きいか、すぐに分る人は居ますか?」
誰からも返事は無い。中にはソロバンで割り算を始めた人も居る。
「実数で書くと、d11/d84 は、d0.16878……。d12/d90 は、d0.168になります。どちらの数字が大きいのか、実数で書いた方が良く分りますよね。
皆さんは、分数に慣れているかもしれませんが、実験の結果などは、これからは、実数で書くように心掛けてください。」
それから、有効数字の意味の説明になった。
掛け算や割り算をした場合には、桁数を揃える事。
足し算や引き算の場合には丸めた桁の大きなところまでが有効な数字になる事などを実例で説明してくれた。
測定には誤差が付きもので、桁数を沢山計算しても意味が無い事も説明を受けた。
一旦休憩が入って、筆算と計算尺の使い方の説明になった。
午後は、一向計算をさせられた。少しでも早く、筆算や計算尺や実数の扱いに慣れさせるためだと言っていた。
午後は、ニケさんは不在だった。エリオさんが、アイルさんにニケさんの事を聞いたら、経済研究室で打ち合わせをしていると言っていた。




