7N.アッサルム
今日は、ラムゼン商店と知己のある、テーベ王国の商人達が集まってくる日だ。
大体4ヶ月に1度、テーベ王国各地から集まって情報交換をする。
当然、その商人達は、オレの裏の稼業の同業者だ。
詳細な経緯は知らないが、まあオレと同じような環境で商人の振りをしているハズだ。
今、ガラリア王国内務省の拠点になっている場所は、ここアッサルムの他に、マンスーラ、ビヤラ、ダミエッタ、ラメント、そして王都アメンの5ヶ所ある。
会談場所は何時もアッサルムのラムゼン商店の地下室だ。
他領の商人が訪問する場所として、アッサルムが都合が良い。
アッサルムは、テーベ王国のガラリア王国への玄関口だ。
ガラリア王国の産物を調達しに来たという口実であれば、疑われる事もない。
マンスーラは、アッサルムからは、かなり南方にある港町で、アッサルムと同じくモニアと交易をしている都市だ。モニアとの距離がアッサルムの倍はあるがマンスーラ川がテーベ王国の内陸と繋がっているので、アッサルムより繁栄している。
ガラス製品を買い漁るのは、この街の商人が多い。
ビヤラはかなり西方の港街で、王都アメンの南にある。主な交易は王都アメンだ。ビヤラ川の河口にあるため、王都アメンに次ぐ規模の都市だ。
ダミエッタは、内陸にあり、ビヤラを河口とする大河ビヤラ川の中流域の大きな都市だ。
ラメントはかなり内陸にある都市でガラリア王国と王都アメンを結ぶ街道沿いにある。マンスーラ川の上流域にある大きな都市だ。
王都アメンの拠点は、ガラリア王国の外交団に出入りしている小さな雑貨屋を営んでいる。
ここアッサルムには、紙とインクを仕入れに来ているという建前になっている。
ガラリア王国で紙が使われるようになってから、テーベ王国に外交団は王宮に紙を献上するようになった。
まあまあ、良い隠れ蓑になっている。
マンスーラからレンゾ、ビヤラからカテロ、ダミエッタからニコロ、ラメントからバルド、王都アメンからセミルが来た。
何時もの面子だ。
当然ながら、皆、本名ではない。
オレもそうだが、ガラリア王国のどこかの領主の子息達だ。
オレと同じように、何処かの誰かに成り代っているハズだ。
今回は、ジュペト・タウリン長官も居た。
どうやってここまで来たのか、何時も分らないのだが、時々顔を出す。
ここでの名前は毎回変わる。今回はダラムと名乗っていた。長官の風体も顔付きも毎回違う。変装しているのだろう。
今回は行商人という役を演じている。
その行商人のダラムから、ガラリア王国の現状の説明を受けた。
・王都とマリムの間の定期船の運行は順調に行なわれている。
・王都の港の整備は遅れている。
・王都とマリムの間の鉄道が開通した。
・ゼオンとロッサに鉄道が通り、ゼオンとロッサの港が拡張され、キリル、ヨネス、バトルノから大量の物資が王都に運び込まれるようになった。
「すると、マリムから王都までの鉄道は開通したのですか?
王都ガリアでの、紙の価格は、かなり下ったのでしょうね。」
王都に潜んでいるセミルが質問をした。紙を仕入れている為、ガラリア王国での値動きに興味があるのだ。
「船による輸送も順調で、大分前から価格は下ってきていた。
鉄道の輸送で関税を抑えることができたので、一昨年の価格の大体1/8から1/12ぐらいには下った。
ただ、エモニ島での、価格を下げる訳にはいかないだろう。
精々、1/2程度に控える予定だ。」
「テーベ王国での売値も連動させて下げないとなりませんかね?」
「いや、輸送費が大半を占めているんじゃないか?それなら価格は変えなくても良いだろう。若干下げる程度にしておけ。」
「ゼオンに鉄道が引かれるのは、まあ分りますけど、ロッサにも鉄道が引かれたってのは何故ですかね?」
カテロが、ダラムに質問をした。
「これは、機密度合いの高い情報だが、ゼオンとロッサにはコンビナートが出来て、鉄の量産を始めている。
そう言えばカテロは、ヤマネ家の出身だったな。」
「ええ。良くご存じで。」
「ヤマネ男爵領にも鉄道が敷設された。駅が一つ出来たはずだな。
今、周辺の各地で、鉄鍛冶師を養成しているところだ。
鉄に関わる情報は、最高機密だ。くれぐれも漏れないようにな。とは言っても、テーベ王国でも、薄々感付いているんじゃないか?
では、各地の報告をしてもらおうか。」
最初は、王都アメン担当のセミルからの報告だ。
「王都アメン周辺では、銅の供給不足から銅や青銅、黄銅製品の価格が上っています。「新たな神々の戦い」以前の価格と比べると3倍は上昇しています。
噂ですが、銅貨を鋳潰して銅製品を作るなんてことが横行しているらしいです。
そのため、銅貨が極端に不足しています。
銅関連の製品は生活の至るところで使われているからでしょうか、銅の価格上昇に引き摺られるように、いろいろな物の価格が上昇していますね。」
「すると、ノルドル王国の滅亡はあまり影響していないという事なのか?」
「ええ、そうなります。あれで、侵攻を諦めてくれれば良かったんですけどね。どうやら、相変わらず青銅の武具の生産に銅を回している状況は変っていない様です。
青銅の剣は損耗が激しいので、かなりの数を作っているのでしょう。
ノルドル王国を頼れなくなったことで、さらなる兵力の増強を図っているのだろうと思われます。王都では兵の募集が積極的に行なわれています。」
続いて、内陸にあるラメントのバルドから報告があった。
「街自体は、特に変化はありませんね。今年は不作だったこともあって、農作物がかなり値が上りしていて、民の生活は圧迫されています。
その所為でしょうか、物流は低調です。
生活に使用する物品は値が上っても売れていますが、贅沢品はほとんど売れていません。宝飾品を扱っていた商店が店仕舞いをしたり、別な商品を扱うようになりました。
川船の荷運賃も大分上っています。
やはり、兵の募集は、領主が実施しています。」
ダミエッタのニコロも、ほぼバルドと同じ報告だった。
「ダミエッタでもラメントと同じ感じです。川の上流にある銅の鉱山からの銅が殆ど流通しなくなりました。
川上に銅鉱山があったことで、銅に関連した商店が多いのですが、銅の流通がほぼ停止状態になっているために、銅製品を扱っている工房、商店が潰れたり、商売替えをしています。」
「やはり、今でも青銅の武具を大量に準備しているという事かな?」
ダラムの質問に、バルドもニコロも同意した。
「商人の噂で、どこで生産しているという話は出てこないのか?」
この質問には、マンスーラのレンゾが応えた。
「どうやら、中央の山脈地帯が怪しいかと思います。
マンスーラの銅製品を扱っている工房が、川の上流へ移動したという噂があります。」
ニコロもそれに同意した。
「ダミエッタでも、そんな噂がありますね。マンスーラとダミエッタは、両方とも王国中央にある高山地帯が川の源流になっていますから、中央の山岳地帯で、というのが信憑性がありそうです。
それに、そのあたりですね。銅の鉱山があるのは。」
ビヤラに居るカテロの報告の番だ。
「ビヤラも特に街は変りはありません。ビヤラの街では造船が増えているようです。
キールが大きく、帆の大きな大型船が多いです。
ひょっとすると、ガラリア王国への兵の移送に船を使う事も考慮しているかもしれませんね。」
「ビヤラあたりで船を作っているのは、ガラリア王国から隠蔽する意図があるからだろうか?」
カテロの報告に長官のダラムが質問した。
「その可能性はあります。ビヤラ以北のいくつかの街で、造船しているという噂を聞きます。ビヤラ以南では、ほとんど聞きませんから。」
「しかし、本当に船で兵員を輸送する心算があるのだろうか。些か疑問に思わざるを得ないな。海流の所為で効率が悪すぎると思われるのだが。」
「ミケナ王国方面への抑えとは考えられませんかね?」
とカテロが言う。
「前回の東部大戦では、ガラリア王国とミケナ王国の連合で停戦に追い込まれましたら、ガラリア王国への侵攻の際に、ミケナ王国を海から、船で抑えにかかる心算なのでは?」
と王都担当のセミルが同調する。
「前回の会合では、船の建造については話題として出てなかったが?」
「そうですね。最近になって始まったのです。」
「それでは、まだ、船が完成したという訳では無いのか。この件は、引き続き調べておいてくれないか。」
引き続いて、マンスーラの様子をレンゾが伝える。
「マンスーラでは、活発にガラス製品を輸入しています。
その所為で、かなりの金が、ガラリア王国に流れていっています。
エモニ島では現金取引が基本ですので、往路の農産物を売った以上の金額のガラス製品を購入するため、金を積んで船を出す商人が多いですね。
かなり、売買の金額に不均衡があります。
それに追い討ちを掛けるように、貨幣の交換比率が、大分テーベ王国側が安くなってきています。
既に相当な額の金、銀がガラリア王国へ移動していると思われます。」
私もこの意見に同意した。
「アッサルムでは、マンスーラほどでは無いですが、やはり金を積んでモニアに向う船が多くなってきた様です。
こちらでも、ガラリア王国の貨幣とテーベ王国の貨幣の交換比率でテーベ王国側の貨幣が安くなっていると言われてます。」
「その点に関しては、王国の通貨管理をしている部門が確認している。
現在のテーベ王国の金貨、銀貨には、多くの別な金属が混ぜられているらしい。
テーベ王国の蔵には、銅だけでなく、金も銀も不足しているようだ。」
「なんと!」
皆が同時に声を上げた。
「それで、合点がいきます。じわじわと物の価格が上っているのは、他国からの輸入品の価格が上っているということですね。」
王都に居るセミルが言う。
「しかし、何故、金や銀まで不足しているのだ?」
マンスーラ担当のレンゾが呟いた。
「それについては、こんな噂を聞きました。
銅の不足を補うために、他国から、金、銀で銅を購入している様です。
購入先は、ミケナ王国やルシエ王国らしいですね。」
セミルが最近の噂を伝えてくれた。
「ひょっとすると、テーベ王国は、ミケナ王国やルシエ王国へも侵攻しようとしているのかもしれないですね。
そのための船の増産でしょうか?」
ビヤラのカテロが先程の話に補足した。
一体、この王国はどうしようとしているのだろう。
長官が呟くように話し始めた。
「まだ、結論を出せないな。
これからも状況を調べていってくれ。
しかし、色々な意味で、この国はヤバいな。
戦争以前に、経済的に破綻するんじゃないだろうか。
単なる予測だが、これまでの様には戦争準備は出来ないかもしれないな。
あるいは、経済的に破綻する前に戦端を開始するつもりなのか。
ひょっとすると、ノルドル王国と共闘して、昨年あたりにガラリア王国に侵攻する予定だったのかもしれない。
もし、そうなら、ノルドル王国を滅ぼしたのは、正解だったのかもしれない。
しかし、財務を管轄しているヤツが、相当にヌケているか、王宮が何かに取り付かれているのか……。
あるいは、軌道修正できていないだけなのだろうか……。」




